もうすぐ彼女は
彼女は、気紛れにやって来て、僕の心の中に入りかけたころに、すっといなくなる。
ちょっとコンビニに行ってくるくらいの感じで、いなくなってしまう。
そうして、あるときふらっとまたやって来る。
彼女が来るのは、決まって春の、いい陽気の昼下がり。彼女の服装は、その時々でまちまちだけれど、僕は彼女の姿を見つけた瞬間に、彼女の匂い、彼女の体温、彼女の柔らかさを感じる。
「やあ」
久しぶりで照れ臭いのか、彼女は上目づかいでちらっと僕の目を見て、それからすぐ逸らし、小さく右手を挙げて、そう言う。
「やあ、元気?」
一瞬で彼女といた時間の感覚が蘇った僕は、照れるでも、懐かしいでもなく、日常として声をかける。
窓の隙間から入り込んだ春風が揺らすカーテンに視線を落として、それから部屋に吹き込む久しぶりの香りに心が躍る。
その日一日は、彼女はほとんど声を発さず、お酒を出しても、夕食を出しても、頷いて平らげるだけ。意外とシャイなのだ。
けれども、二日目、三日目と経ったころには、ラジオを聴いて笑い声を出して、それを見ていた僕の視線に気づいて、はにかんだりする。
彼女は、とても、自然体で動物的だ。緊張がほぐれてくると、本来の彼女の姿が見えてくる。
陽当たりのいい、窓辺に寝そべって、くうくうと小さい鼾をして昼寝したり、かと思えば、はっと起きて冷蔵庫からミルクを取り出して、ぐびぐびと飲んだり。
夕方で、涼しすぎる風が入り込むと、僕の懐に入って、足を枕にして、まあるくなって欠伸をし、うとうととする。
彼女は僕に何をしてくれるわけではない。ただただ側にいるだけだ。
が、そんな彼女が僕はたまらなく心地よい。
「あたし、この人、タイプ」
二、三日、雨が降り続いたある日、テレビを見ていた彼女がにこにこしながら、独り言のように言った。
それを聞いた僕は、咄嗟に口には出さないけど、独り言を言った。
『僕のタイプは、君だよ』
彼女は、気紛れにやって来て、僕の心の中に入りかけたころに、すっといなくなる。
僕が咄嗟にそんな言葉を思い浮かべてしまったのだから、彼女はもうすぐ、いなくなってしまうのだろう。
どこ行くの?
ちょっとそこまで。
と言って。
雨を落としている雲の先には、もう夏が迫っている。