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6

 フェリエスと再会した後、ストラブールへと帰った私。彼に起こった出来事を伝えた。当然、ギニアスさん達の事は上手く誤魔化す。彼とは一晩だけしか一緒にいられなかったけど、その短い時間の中でとっても愛されているんだと強く想えた。


 彼は私を片時も離そうとしなかった。わずかの時間を惜しむように、私の隣にいてくれた。


 王宮にはフェリエスが使者を立てて報告するとともに、ワラキア伯とも話合いを持つそうだ。怒り狂っていたフェリエスを、私は必死に宥め、これを政略に使うよう説得するのに、とっても疲れました。


 ひさしぶりに自分の部屋に入った私は、初めて見る侍女の顔に出迎えられた。


「お帰りなさいませ、エミリ様」


 メイド喫茶?


「私、サラ・ランドロープと申します。エミリ様のお世話を仰せつかっております」


 クリーム色の髪に茶色い瞳が可愛らしい彼女は、私より一つ下。クロエちゃんと同じ年の十六歳。


「エミリ・ホリカワ・ベルクスト・シャンパーニュ公爵令嬢ともなれば、当たり前だ」


 ずかずかと無遠慮に入って来たオーギュストさんが、大公領教育改革案の草案を私に差し出す。


「目を通しておけよ」


 ……公爵令嬢と言っておきながらの上から目線。


 でも、やっぱりこれが落ち着くなあ。あんまり奉られるのは好きじゃないんす。


「王宮からは正式にお前を公爵家の相続人として認めると書状が届いている。お前が放棄しなければ、ベルクトの町はお前のものになる。焼け野原らしいが城はあるぞ……それと、シャンパーニュ公爵位も継げるが、どうする?」


 私はとっても冷静だ。


「私がそれを相続したら、爵位を持つ貴族の義務が生じるでしょ? 国王に求められれば会わないといけなくなる。放棄します」


 オレンジ頭が笑みを浮かべた。


「わかった。その旨、使者を立てて伝えておこう」


 私はサラちゃんから水を受け取り、喉を潤すと椅子に座ったが、国王という単語を口にしたせいでどす黒い感情を顔に出した。


 途端にオーギュストさんが苦笑を浮かべる。


「そんな顔をするのはやめておけ」

「だって、誰のせいでお爺ちゃんがああなったと思ってるの!? 全部、この国の国王が仕組んだことじゃない! あいつがワラキア伯爵を使ったのは疑いの余地ないもん!」

「俺に怒るな」

「ごめん」


 彼は椅子を引き寄せそれに座ると、サラちゃんに退室を命じた。一礼して部屋から出て行った彼女。お仕事初日に嫌な空気で申し訳ない……。


「そうだな……国王の力を百としたら、俺達はまだ五くらいか?  百回戦えば、百回負けるだろう。数で押しきられる……お前の気持ちもわかるが、まだ早い」


 オーギュストさんの言ってることは分かっている。だけど、気持ちを沈めるのは、すぐには無理なのです。


「この世界から悲劇が無くならない元凶は、国王のような人が権力を握っているからだ! 確かに私達は賢い生き物じゃないし、ぶつかり合うこともあるけど、自分の為に他者の命を弄んで、それに全く動じない人間がいるから! 安全なところで、自分の利益の為に戦争をする下衆がいるかぎり、私達は平穏な日常さえも約束されないんだ! 私は絶対にそれを許さない! 許さないって決めたの!」


 興奮して机を激しく叩いた私。


 オーギュストさんが驚き動揺した顔で私を眺めていた。


 彼は私の手に視線を向ける。白い包帯が巻かれた手を、彼はそっと机から離すと、大事ないかと見てくれた。


「ごめん、興奮して……」

「いや、いいんだ。お前の怒りはよく分かる」


 彼は私の隣に座ると、散らばった書類をかき集め、膝の上でまとめる。そうしながら、私から視線を逸らして、口を開いた。


「俺には夢があると言ったことがある」


 私は、彼から書類を受け取った。


「それは、俺の娘が笑顔で暮らせる未来を作ることだ。願っていてもそれは叶わない。行動を今、しなければ絶対に変わらない。未来を変えることなんてできない。今を変えるしかないのだと俺は考えている。だから、俺は大公殿下にお仕えをしている」

「フェリエスの治世で、あなたの夢は実現できそう?」

「実現させてみせる。その為に、俺はここで働いているのだ」


 彼はようやく顔をあげ、私を見た。その頬が少しだけ赤くなっていた。


「エミリ、俺は親を戦争で失った。弟は徴兵され異国で命を落とした。彼らは無駄死にだったか? このまま、何も変わらないならそうだろう。だが、俺達が今、行動することで幸せな未来へと続くなら、彼らの死は無駄にはならない。きっとそうだ……きっとだ」

「うん……。私もそう思うよ。私一人の為に失われた人達の命に、私は責任がある。彼らはもう戻ってこないけど、私は生きている。生きているからこそ、私はやらないといけないの」


 私は彼の手を握った。少しだけ照れたようにオレンジ頭が笑う。


「私、自分の為にも、皆の為にもここで戦う。フェリエスが悪い王様にならないように、私が彼を支える。だから、オーギュストさんも手伝ってね」


 彼は頷くと、さっと手を引いた。


「ご……誤解されたら大変だ。以後、慎むように」


 私は、オーギュストさんが家族にもなかなか会えない程の激務にも、文句ひとつ言わずに応えている理由を知って嬉しかった。強い信念を持っていた彼からしたら、ふらふらとしていた一年前の私など、とっても腹立たしかっただろう。


 部屋から出て行く彼の背中を眺めながら、私は無言で微笑んだ。




-Féliwce & Emiri




 フェリエスの帰りを待つ私。ただ待つだけでなく、仕事をこなしながら、メリルさんと稽古をする。モランお爺ちゃんのおかげで、踊りや公務での礼儀作法など随分と改善がみられたと褒められた。


「あとは歌ね。それで完璧よ」


 歌ですか……。


 えっと、この国の歌とは、日本でいう歌とはちょっと違って、どちらかといえば、詩? みたいな感じで作るのです。そして発表し合うのです。発表する時、音程や強弱をつけ、感情を込めて言葉を相手に届ける。それが歌です。


「貴族のご令嬢様方の間ではやはり恋の歌が喜ばれます。明日までの宿題にするから、ひとつ考えてきなさい。大公殿下の奥方ともなれば、いつそういう場に立つかわかりませんから、いくつか持ち歌を持っていれば、急も凌げるでしょう」

「長さはどれくらいがいいんですか?」


 メリルさんは膝の上に手の平を置いた状態で瞼を閉じる。そうして考えた彼女が、再び綺麗な瞳を私に向けた。


「息継ぎを三回。これくらいでいいんじゃないかしら」


 こういうことで、私はクロエちゃんと歌を考えます。彼女はさすがにブロー家のご令嬢。なんちゃって令嬢の私と違い、歌を考えていると言ったら、すぐにすらすらと歌い出す始末……。


「ああ、例の恋人の歌でありんすね?」


 顔を真っ赤にして首をぶんぶんと振るクロエちゃん。


 可愛い! 抱きしめたくなる。


「ちょ……エミリちゃん! 苦しい……」


 クロエちゃんを抱きしめ「このこの」とやってるところに、サラちゃんがやって来た。コンコンというドアのノックが、騒いでいたせいで聞こえなかったのです。


「……お邪魔でしたでしょうか?」


 咳払いをしながら離れる二人。


「エミリ様。ミラ・ジョビンコ様がお見えです」


 ああ! 忘れてた!


 今日は、仕立て屋さんが来る日だったのです。


 そうです。花嫁衣装を作ってくれるのです。わざわざ私の為に、王都からストラブールまでやって来てくれた仕立て屋さん。待たせるわけにはいきません。


 廊下を歩いていると、サラちゃんが笑みを浮かべている。


「どうしたの?」

「いえ、失礼しました。こちらでございます」


 応接間に入ると、艶やかな衣装で身を固めた長身美女が立っていた。


「ミラさん。お久しぶり~」


 彼女は満面の笑みで私を抱擁する。


「エミリ様、おめでとうございます。殿下とついに……ああ、私はなんて幸せ者なんでしょう。あなたの衣装を仰せつかるなんて!」


 王都でも有名な仕立て屋さんであるジョビンコ家。その長女であり家中を取り仕切っているのがミラさん。王都でジョビンコ家が有名になれたきっかけは、フェリエスの衣装を仕立てたことがきっかけらしく、以来、どんな無理な注文でも、最優先でやってくれるのです。


 私も何度か無理を言いました……下手な絵を元にデザインしてくれとかね……。


 私とそう身長が変わらないミラさん。この国の女性では珍しい。


「すぐに王都に帰らなきゃいけない?」

「いえいえ、エミリ様と殿下の恋のお話などを聞きながら、どんな衣装にするか考えたいと存じます。今日はお付き合いくださいね」


 付き合いますとも!


 たっぷり、のろけ話を聞かせてやりますとも!


 お茶とお菓子を食べながら、彼女に身体の寸法を測ってもらう。どんなデザインになるにしても、服のサイズは関係してくるそうです。何やら紐を上手に操る彼女に、為すがままになる私。


 わくわくどきどき……。


 ……期待してることがあります!


 たっぷりと時間が経ち、私の身体のいろいろな箇所を図ったミラさんが立ち上がり、紐を片づけると同時にこう言いました。


「前回と同じ寸法でよろしゅうございますね」


 ああ……少しばかりの希望が打ち砕かれました。これでも、ちょっとくらいはと期待してたんす。


 お……おっぱいは成長してないんすか!?


「エミリ様、胸だけで女性の価値は決まりませんよ。エミリ様はとっても魅力的ですよ。髪はとても綺麗ですし、健康的に締まって均整がとれた身体つきは羨ましいですわ。もちろん、お顔立ちはとても神秘的でお美しいですよ」


 ぴくり……。


「ほ……本当?」

「ええ、本当ですとも」


 ミラさんがにっこりとする。


 し……信じていいんすか?


「私が殿方であれば、エミリ様のような素敵な女性は決してほっときません。美しいだけでなく知性も備え、それでいて可愛らしさも失わない……大公殿下は本当に女性を見る目をお持ちですわ」


 ふへへへへ…じゅるる。


 だらしなく顔をにやけさせた私に、ミラさんが可笑しそうに頬を弛めた。




-Féliwce & Emiri




「歌……か」


 クリスティンさんが紅茶のカップを口から離し、宝石のように輝く瞳を私に向ける。


 隣国の王女ともなると、当然そういう素養もお持ちだろうと思い、ここは恥をしのんで夕食を一緒に取ったのです。もちろん、歌の相談が目的。


「そうなのです。クリスティン様はどんな歌を歌ってこられたの?」


 美人で王女様。そして剣も馬も扱え、教養も備えたおっぱいの大きなお姫様が、初めて私に困った顔を見せた。


「歌は苦手なのじゃ。そういう場は避けるようにしていた」


 ……。


 わ……私、やる気が出てきました!


「エミリ……姫も苦手か……」

「ああ、姫とかつけられたらくすぐったいので、呼び捨てでいいです」


 照れるんすよ。


 彼女は紅筆で綺麗に塗られた紅い唇を少し開き微笑む。かなり敵対視していたけど、悪い人ではない。あくまでも、フェリエスの側室でなかったら!


「でも、フェリエスの側室だから、これからそういう場所に出るかもしれないよ。だれかお付きの侍女さんで得意な人はいないのですか?」


 彼女の背後に控える侍女達が、顔を見合わせ、下を向く。


 苦手なのね……。


「エミリは誰に教わっておるのじゃ?」

「メリルさんです」


 クリスティンさんは整った顎を引くと、私を窺うように見る。


「わ……私にも教えてもらえぬかと聞いて欲しい……」


 ……敵に塩を送れと?


「殿下に恥をかかすようなことがあっては……お願いじゃ」


 完璧な美女が頭を下げて懇願する。えらい人達ってのは、頭を下げる習慣がない。だから、彼女がこうするのは、とっても屈辱的な行為のはずです。


 しばし悩む私。


 顔立ちは、ミラさんの言葉を信じてドローと判定しよう。いや、かなり図々しいけどそうする! スタイルは……負けだ。家柄はなんちゃっての私では勝てない。財力……私のお財布には二万フラムしか入ってない……。剣術は勝ちだなー……でも、クリスティンさんは魔法を使えるから実戦ではどうか分からない。性格は……私、フェリエスを何回かぶっ飛ばしてるからな。現代日本ならDVです。となると、歌で圧倒的にポイントを稼ぐしかない……?


「エミリ、駄目か……?」


 顔をあげたクリスティンさん。女神のようだと形容される美しい顔。私は女でありながら見とれてしまった。


「だ……駄目ですよ! 歌でも負けたら、私は完全に不利だもん!」


 せこい……。


 でもいいのだ! 私は冷酷で自分勝手な女になるのだ!


「負けているのは私のほうじゃ……殿下はその……」


 彼女は目を泳がすと、透き通るように白い頬を朱に染めた。そして咳払いをする。彼女の背後に控えていた侍女達が、申し合わせたように部屋から出て行った。それを確認したクリスティンさんが、口をぱくぱくとさせる。


 何? 何を言おうとしてるの? 絶対に駄目だかんね! 私は冷酷な女なの。


「殿下は私を……その一度も……」

「一度も?」


 喉を鳴らすお姫様。


「一度も……抱いてくださらないのじゃ……」


 消え入るような声。


「私は確かに王家の姫らしからぬ女じゃ。男勝りと笑われたこともたくさんある。だから、殿下が人質としか私を見ていないこともわかっているのじゃ……でも……そなたを想う殿下を見るのがつらい」


 ……。


 完璧に惚れてしまわれてる。


「エミリ……確かにそなたの気持ちも分かる。私であってもそう願う。でも……私にも少しくらい……演技ではない笑みを向けて欲しいと想うのは駄目か?」


 私……負けてしまいました。


 こうしてメリルさんの前に並ぶ黒い頭と金色の頭。大公殿下のお傍に仕える女性が、雁首そろえて歌が苦手ときて、メリルさんは笑うのを我慢できない様子。


 頬がぴくぴくと引きつってます。


「では、エミリ様。昨日の宿題を発表してください」

「すません。できてません」


 難しいんすよ! 必死になって考えたさ! で、それをクロエちゃんに聞かせたさ! そしたら「愛してるって言い過ぎ。それに、会いたいという言葉を何回も使うのは変だよ」だそうです。日本で流行っていた歌のサビ部分をいくつもくっつけて作った歌は駄目出しをくらい、今に至っております……。


 パクリ作戦、失敗……。


「エミリ様。期限は何の為にあるとお思いですか?」

「守る為です……」

「であるなら、エミリ様はそうせねばならないのでは?」

「申し訳ないです……」

「謝る必要はございません。できなかったのはどうしてでございますか?」

「すません……」

「謝らなくていいのですよ。理由を尋ねているのです」


 こえぇよ……。思いっきり詰めモードじゃねぇかよ! ハザルさんとくっつく為に手伝ってあげたじゃん。もっと優しくしてよ!


 私の隣で、笑いを必死に堪えるクリスティンさんに、メリルさんが視線を転じた。おっぱいお化けは相手が誰であろうと手加減を知りません。この時も、とっても恐い目をしてます。


「クリスティン様」

「はい」


 クリスティンさんがぴくりと反応する。


「何がおかしいのですか?」

「申し訳ない……」

「私は何がおかしいのかとお尋ね致したのです」


 矛先が変わった……。助かった。


「エミリ様、何を安心なさっているのですか?」


 ……。


 もう……。


 許してくれぇい!




-Féliwce & Emiri




「難しいものじゃな。言葉を並べただけでは、ただの文じゃ」


 二人で紅茶を飲みながら、クロエちゃんの帰りを待つ。メリルさんレクチャー以外に、補習を受けねば無理だと思った私。それについてきたお姫様。


 ドアがノックも無く開き、オレンジ頭が書類の山を抱えて入ってきた。彼は、抗議の声をあげる私を無視して、クリスティンさんに挨拶をする。


「エミリ、ハザルがおらんからお前が代わりだ。ほれ」


 軍関係の書類……。


 あの片目、これだけの量をあの顔でやってたのか……ふらふらと暇そうにしてたくせに。


「エミリ、手伝おう。お礼をさせてくれ」


 クリスティンさんの申し出に甘え、隣国の王女様であったにも関わらず、書類を見せる私……。


「エミリ。お前は機密文書をそうやって人に見せるのか?」


 オーギュストさんのお叱りに、クリスティンさんが笑う。


「政務卿殿は私を疑っておいでか?」

「大公殿下の周りはお人好しばかりでございますゆえ、私があえて嫌われ役をしております。お許しを」


 確かに、お人好しが多い……。


「心配無用じゃ。私は大公殿下を誰よりも大切に想っておりまするゆえ」

「はっはっは。言葉と本音は違うものと私は思う性質ですから。エミリ、笑うな!」


 オレンジ頭が、私を睨む。


 クリスティンさんが政務卿に微笑んでみせる。でも目は全く笑っておらず、二人の視線がぶつかり、空気がずんと重く沈む。


 コンコン……


「失礼しまぁす」


 サラちゃんです。彼女は本当に間の悪い女の子。タイミングの悪い時に限って現れるという星の下に産まれたようです。そしてこの時も、睨みあうオレンジ頭と金色頭を見て、とっても顔を強張らせて立ちすくみました。


「どうしたの?」


 私が助け舟を出してあげると、サラちゃんが「助かった」と言わんばかりに駆け寄ってきます。走る彼女を睨むオレンジ頭。


「エミリ様、あの……これを渡して欲しいと男の人に頼まれまして」


 彼女は、おつかいで市場まで出かけ、帰ってきたところを誰かに捕まり、私宛ての手紙を渡されたそうです。


 ラブレター?


 白い封筒をびりびりと行儀悪く破った私。


 中から、予想外の手紙が現れました。


 ゴーダ騎士団領国のスパイ、ギニアスさんの部下だった人からの手紙です。私はオーギュストさんに見られないよう、部屋の隅に逃げます。怪しむ彼に笑みを向けると、気持ち悪そうに部屋を出て行きました。


 ええと? 明日のエリュトーの時間にクロロ公園の東口に来て下さい。


 どうしよ……。


「エミリ、どうしたのじゃ?」


 クリスティンさんが心配そうに私を見る。


 この人、フェリエスの側室じゃなければ仲良くできそうなのに。悪い人じゃない。いや、良い人です。とっても信用できる人です。でも、恋敵……。


「エミリ様はクロロ公園に呼び出されたようです」


 ……こぉら!! サラちゃん、覗き見たうえに声に出すなっつーの! お……おおお恐ろしい!


 フェリエスぅ……早く帰って来て! 私、大変な侍女をつけられたみたいだよぉ……。




-Féliwce & Emiri




 クロロ公園。


 ここは私にとってただの公園ではありません。この世界に飛ばされた私のバッグがこの公園から発見されたり、クロエちゃんが彼氏ゲットした瞬間に立ち会ったり……とっても頼りがいがあったスパイさんの尾行に気づいたのも、この公園の近くだった。


 あの時と同じように、エリュトーの時間に公園東口に立つ私。


 その隣には、一般人の出で立ちをしても美人すぎて、男の人に声をかけられまくるクリスティンさん。


 私をスルーすんな!


 ああ、スパイさん達、現れてくれるかな? こんな知らない人がついてたら、私がここにいても姿を現してくれないと思うのです。


「エミリ、そなたを呼び出した輩というのは、いずこの者だ?」


 説明すると大変なんすよ。どうしても聞きたい?


「そなたが信を置く相手が、あのような接触をしてくるというのは興味ある。殿下には知られたくないが、敵ではないと言うことじゃな?」


 敵なんす……。


 アルメニア王国からしたら、憎き裏切り者達なのです。


「あの……絶対に秘密にしてくださいよ」

「無論じゃ。私はこれでも、そなたに感謝しておるのじゃ」


 本当であることを祈ります。

 

 それにしても、この人は本当に王女らしくない人だ。いや、確かに気品や教養はありますが、こうして私にくっついて来るなんて普通はあり得ません。私はもともと、えらい立場の人間じゃないから、自分でちょろちょろと動き回るの好きですけど、彼女のような立場の人なら、気軽に街に出てみようというのはないと思う。仮にあっても、侍女の同行を断るような事はないだろうし、輿とか馬車で移動するのだと思います。


 エリュトーの時間になりました。


 私達の目の前をのんびりと軽食屋さんが通り過ぎて行く。馬車でテイクアウト専用の軽食を販売しているそれに、私は思わず飛び付いた。


「生ハムとチーズ、レタスてんこ盛り!」

「はーい。ありがとうございます」


 女の店員さんが馬車を止めて、私が注文したサンドイッチを手際よく作ってくれます。あの逃亡生活以降、私の食欲はとっても活発になりました。あれも食べたい、これも食べたい!


「珍しい食べ物じゃな」


 クリスティンさんが目を輝かせて、サンドイッチの食材陳列棚を見る。


「珍しくないよ。いつも食べてる料理にも使われているよ」


 目を丸くする完璧美女。


「こ……こんなもの、食べたことがないのじゃ」


 生ハムがスライスされたところしか見た事ない彼女。大きくデンと置かれたそれを指差し、次にでかいチーズの塊を指差す。


「あー、すいません。同じ物をもう一つ……ああ! オレンジジュース追加!」


 食べれば分かるっしょ。


 サンドイッチと、オレンジの中をくり抜き、そこにオレンジジュースを淹れたものを受け取る。オレンジといっても、メロンくらいにでかい品種。日本では見た事ない。ベルーズド公領の特産品です。


 サンドイッチをはむはむと食べる私の横で、クリスティンさんがしげしげと手の物を眺めている。


「エミリ……これは、そのようにして食べるのか?」


 どうやら、かぶりつくのを躊躇っているらしい。


「そうでーす。ガブリです」


 意を決してサンドイッチにかぶりつき、もぐもぐと口を動かすクリスティンさん。


「ふぉふぃしゅい!」


 彼女は可愛らしい発音をして、黙々と食べ始めました。


 女二人が公園脇で、一心不乱にサンドイッチを食べる図が完成。そして、私がふと視線を感じて顔をあげた先に、黒髪イケメンのヒーロさんが、声をかけようかどうしようかという顔で立っていたのでした……。


 はしたないところを見られてしまいましたぁ。




-Féliwce & Emiri




「よければ、俺のも差し上げよう」

「喜んで!」


 カフェでテーブルを囲む私達。ヒーロさんの目の前から、アップルシュトゥルーデルを自分のほうに手繰り寄せ、もくもくと食べる私。そして、目を丸くして私を見るクリスティンさん。


 ストラブールの市場近くにある、『デジュー・ハ・フォルナ』というお菓子屋さんの店先でお茶をしてます。幸せな一服という意味を持つこの店は、ベロア家ご用達のお菓子屋さんで、ベロア家にお客さんが来る時は、ここから職人さんが屋敷に出張してきていろいろと作ってくれます。


 なかでも、アップルシュトゥルーデルは絶品なんす! 


 はぐはぐはぐはぐ……。


「エミリは、そのように食べても太らぬのか?」

「食べた以上に動けば平気です」


 クリスティンさんは、サンドイッチを食べたから、ここでは紅茶だけ。ヒーロさんは、私にお菓子を取られたから、コーヒーだけ。そして私は、紅茶にアップルシュトゥルーデル二つ。


 美味しいものを食べられるって、幸せだ……。


 ヒーロさんが煙草をいいか? と煙草をもって見せてきたので頷いてみせる。あれ? 煙草吸うんだっけ?


「戦場にいたからな。ついつい……普段は吸わないが、帰ってきたばかりで」


 煙草を口に咥えた彼。


「ギニアスさんのことで来たんでしょ?」


 紅茶を飲んで落ち着いた私が、姿勢を正す。


「それもあるが……いや、あいつは立派に務めを果たした。家族にはちゃんと補償が出るし、二階級特進もした。任務に危険はつきものだ。非難しに来たのではないよ」


 クリスティンさんが、ヒーロさんをじっと見つめる。その目は、彼が何者かを探るようなもので、それはヒーロさんも勘づく。


「ロゼニア王国第三王女クリスティン王女であられますね?」

「そうじゃ。そなたは?」

「はは、エミリどのも人が悪い」


 彼は苦笑すると、クリスティンさんに身体ごと向いた。


「ゴーダ騎士団領国中将ヒーロ・ギューンと申します」

「ん? ヒーロさん、昇進したの?」


 彼は照れたように笑った。


「あなたが帝国とターラザント……失礼、タラスをぶつけたからだ。あなたのおかげだな」


 嫌味に聞こえます。


 私と彼を交互に見るクリスティンさんに、これまでの経緯を簡単に説明する。当然、私が無事に大公領に帰って来られたのは、ゴーダ騎士団領国の諜報員が、命をかけて助けてくれた事も正直に話した。


「皆には内緒だよ。ややこしくなるから」


 クリスティンさんは、金色の瞳を揺らすと私を見つめた。


「エミリ……おぬしは戦い続けておるのじゃな」

「全部、ふっかけられているんだけどね」


 私は溜め息をつく。脳裏にギニアスさんの顔が浮かび上がった。あの憎めないスパイさんの為にも、私はくよくよなんてしてられない。クソ国王をぎゃふんと言わせて、玉座から引きずりおろしてやる! そしてワラキア伯爵だ! モランお爺ちゃんのお墓に引きずって行って、頭をふんづけて土下座させてやる!


「エミリ……私を睨むな」


 クリスティンさんが眉を寄せて苦笑した。


「で、ヒーロさん。ギニアスさんの仇は私が討ちますからご心配なく。今日はどうしたの?」

「無事な顔を見せに来ただけ……というのは嘘だ」


 どきりと言うような事は言わないでくださいよ。


「あなたが目的を持って策謀を巡らせているのと同じく、俺もそうしている。で、敵の敵は味方という。どうだ? 俺と手を組んでもらえないだろうか?」


 彼は私に説明をする。


 ゴーダ騎士団領国は、侵略戦争を憲法で禁止している国家であり、あくまでも専守防衛に徹している。にも関わらず、アルメニア王国は何度も騎士団領に侵攻してくる。


「根を絶つしかない」


 ヒーロさんは言葉を続けた。


 彼はアルメニア国王を倒すしか、ゴーダ騎士団領国の安定した発展はないと断じた。しかし、ゴーダ騎士団領国にはそれができない。代わりに倒してくれる国や勢力を考えた結果、野心と実力共に揃っているフェリエスに目をつけたというわけ。


「その代わり、俺達があなた方の背後を守る」


 ヒーロさんは、タラス共和国内、騎士団駐屯地を作る交渉をしていると教えてくれた。これが出来れば、ゴーダ騎士団は専守防衛を拡大解釈し、神聖スーザ帝国の東部へと進出することで、兵站や経済に打撃を与えるという。それは同時に、大公領にとってもありがたいことだし、ロゼニア王国にとっても助かる内容です。


「ふうん。でも、私達が一方的に得するみたいだけど、要望があるんじゃないですか?」

「さすがはエミリどのだ。実は、アルメニア国王を躍らせて、騎士団領内に攻め込むようにして欲しい」

「どうして?」

「お恥ずかしい話ではあるが……」


 ヒーロさんが苦しげに声を発する。それは、味方であるはずの同国人に対する苛立ちからのものだった。


 ゴーダ騎士団領国は、専守防衛を国是としているからといって、決して平和的な国家ではない。騎士団という軍事力が国家のトップにあるのだから、言ってしまえば軍事政権と一緒だ。だが、そうであっても国民の権利を保護しているし、生活も豊かだ。国土を、他国に荒らされたことのないゴーダ国民達の中には、戦争を無くす為には、まずは我々が武力を放棄するべきだと考える人達がいるという。


「悪いことではない。しかし理想で命は守れん。周辺国家が悉く、軍隊を持っている現状で、武器も持たずして平和は保てないのだ。理想は理想、現実は現実。理想を実現させる為に現実を無視すれば、かならず失敗するだろう。それに俺は、彼らの理想に共感できない。俺とすれば、無視できない勢力となりつつある平和主義者達の目を覚まさせてやることと、バノッサを潰しておきたいのだ。その為に、まずはアルメニア国王がこちらに手を出すという格好を取りたい」


「ヒーロ卿のおっしゃることは良く分かるが……あなたは自分の考えを国策とする為に、このような相談を我がベロア家の家老補佐にしたのですか?」


 クリスティンさんが金色の瞳を強く輝かせた。彼女はそこに非難めいた色をはっきりと浮かべていたから、ヒーロさんは困ったように唇を歪め、首を撫でた。


 それにしても、クリスティンさんはすっかり、ベロア家の人間だと自覚しているみたいだ。ロゼニアに全く触れない。


 私は、恋敵なのに好きになってしまいそうな自分に驚いた。


 い……いかん!


「そう思われても仕方ないが……俺にとって、騎士団を危うくするものは全て敵だ。騎士団を守る為なら、なんでもする。騎士団あっての国だ。それを忘れた国民が、我が国には多すぎる……」


 穏やかな彼の激しい一面。いや、危険な一面とでも言えばいいだろうか。確かに、彼の考えも分かるけど、あなたのその想いが突っ走ったら、きっと恐怖政治が始まっちゃうよ……だけど。


 私は、厳しい目をヒーロさんに向ける完璧美女の腕にそっと触れた。


「クリスティンさん。私達にとって、ヒーロさんの力は必要です。確かに、殿下をお守りし、王家の圧力をはねのけ、凌駕していくには、敵の敵を利用するのも有効です」

「そうだ。利用してくれて構わない。俺もそうする」


 黒髪の軍人さんが、不敵に笑った。


「でもヒーロさん、わざわざ私に国王を躍らせるのはどういう理由? ご自分でもしようと思えば出来ることでしょ?」


 私の質問に、ゴーダ人のえらいさんが笑った。


 彼は全く質問に答えてくれなかったが、私にはわかっている。彼が私に工作をさせる理由は、失敗した時でもゴーダ騎士団領国にとって上手く転がるようにだ。


 クリスティンさんが呆れたように彼を眺める。


 彼はただ笑っていた。




-Féliwce & Emiri




 フェリエスが留守だからといって、ただ遊んで待ってるわけではない。私はいくつもの決裁をし、さらに新しい制度も作らねばならない。長子相続制度もその一つで、これは相続によって土地が細分化されるのを防ぐと同時に、生産人口の増加つまり税収を増やす意味でも大切な制度改革だ。


 オレンジ頭との打ち合わせの時に、クリスティンさんが参加することが多くなる。初めこそ、嫌な顔をしていた政務卿閣下も、彼女の知恵は頼りにするようになった。


 もたらされる報告によれば、ラネー公爵によるアラゴラ公討伐はうまくいっていない様子だ。その原因は、貴族達の慣れ合いだった。彼らは所詮、仲間であるアラゴラ公爵を本気で攻める意思はないのだ。ラネー公爵ばかりが本気となったところで、豊かな三州を領するアラゴラ公爵に、冷や汗をかかせることなどできない。


 フェリエスはそのラネー公爵の要請を受け、アラゴラ公爵領のなかでも最大の都市であるルグンベルンを攻めているという。ここはアラゴラ公にとって、領内の流通の中心地である為、是が非でも死守したいところ。自然と最も頼りとする幕僚に守備を任した。そして、攻めるフェリエスを本隊で背後から窺おうとしている。


 フェリエスはといえば、本気で戦う意思はないが、ラネー公爵に恩を売るつもりらしく、せめてアラゴラ公爵の目を自分に向けることで、他地域での戦闘を優位に進めてもらうという狙いのようだ。だから彼はのそのそと軍を動かした。らしからぬ動きをあえてするも、それは大貴族達の疑惑を招くほどあからさまなものではなかった。


 フェリエスからの手紙が届いた。


 にやける顔を必死に我慢し、すました顔で自室に戻る私。扉を閉じて、さっと机に向かうも、仕事ではなく手紙の開封に取りかかる……。


 ああ、相変わらず綺麗な字。ミミズの這ったような私の字が恥ずかしい……。


 ああ、フェリエスったら、こんなに愛してるなんて書いたら、歌にならないんだよ? チューしちゃお。手紙にチューしちゃおう! フェリエスぅ、早く帰ってきて……お風呂いれてあげるからね。ふふふ……ふへへへへ……。


 コンコン……


「失礼しまぁす」


 サラちゃんが部屋に入って来た。彼女は、手紙によだれをたらしてにやける私を見つけて動きを止める。


 慌てふためきよだれをぬぐう私。


「な……何!?」

「メリル様が講義のお時間になっても、エミリ様が来られないと怒っておい――」

「あああああ!!」


 ドヒュン! という効果音がつきそうな勢いで部屋を飛び出た私。


 ばたばたと廊下を走る。


「エミリ! 廊下を走るな!」


 怒鳴るオーギュストさんを無視した。


 稽古用の部屋に飛び込み、鬼と化したメリルさんと目が合う。


「すみません」


 先に到着していたクリスティンさんが、気の毒そうな顔で私を見る。ああ、私達は同志なのですね……。


「エミリ様。どうぞ」


 空席を勧めてくるメリルさんに、必要以上にペコペコしながら座る私。遅刻して上司に睨まれるリーマンてこんな感じなんだろうな……。


「申し訳ありません」


 深く、とっても深く頭を下げます。


「いいんですよ、エミリ様。ささ、歌を発表してください」


 こ……こんな空気で歌えるわけねーだろ!




-Féliwce & Emiri




 ジェロームの元に、カミュルの腹心の一人、アルデミル・バゼールが訪ねて来た。クロエの兄は、しばらく王弟が指揮する北伐の様子を聞いた。


 カミュルはコーレイト王国の本国において、反国王勢力を支援する事で大陸に展開するコーレイト王国軍を孤立させた。コーレイト王国軍は、反国王勢力のスコッターランド諸侯連合の海軍により、本島から大陸への補給を断たれ、物資不足でアルメニア軍の前に敗退を繰り返している。


「さすがは王弟殿下。私も手本とさせて頂きとうございます」


 応接間で紅茶を挟んで向かい合うジェロームとアルデミル。カミュルの腹心は、畏まるモリエロ州総督に笑みを浮かべてみせると、形だけの追従を撥ね退ける。


 アルデミル・ハザール。アルメニア王国の中でも、強力な魔力を宿す男児を排出する事で勇名な名門魔導士一族の家長である。三十代半ばで働き盛りの精悍な顔つきをしたアルデミルは、出された紅茶に口をつけることなく、緑色の瞳にジェロームを映していた。


「で、こうして私を訪ねて来られたのは、どういうご用件でしょうか?」


 ジェロームが使者に紅茶を勧める。そこでようやく、王弟の使者は紅茶の香りに頬を弛めた。


「お父上が、生きておられるとしたら、どうなさいますか?」


 冗談にしたら、これほど性質の悪いものはない。しかし、このような場で、こういう発言をする事に何の意味があるのか。ジェロームは、動揺を隠すのに苦労した。


「おかしなことをおっしゃいます。父は王都で処刑されました」

「見たので?」


 見たも何も、牢獄に閉じ込められてからは会うことすら許可されなかったではないか。


「王弟殿下が、密かにお救いしたのでございます。お父上は生きておいでです」


 二人の間に、緊張が走る。


 アルデミルが、一通の手紙を懐から出し、ジェロームに差し出す。それを無言で受け取ったモリエロ州総督は、行儀悪くスプーンで封を明け、中を確かめる。


 父から息子に宛てられた手紙が出てきた。


「お父上は、王弟殿下の庇護で一命をとりとめました。恩着せがましくするつもりはござらんが、そこは知っておいて頂きたい」


 ジェロームは魔導士の声など聞いていなかった。


 それほどまでに、手紙に書かれた内容が衝撃的であったのだ。


 彼はひどく狼狽し、アルデミルとの面談を途中で切り上げると応接間を出る。その背中に、緑色の瞳から放たれた視線が注がれていた。


 自室に入ったジェロームは、公務を中断し官僚達をさがらせた。彼は黒檀の机に向かうと、手紙を再度眺める。


 そこには、ブロー家が爵位を奪われた背後に、フェリエスの策謀があったと書かれていた。


 ベルーズド公爵となった時点で、フェリエスはモリエロを狙っていた。彼はまず、モリエロ州に近いソショー州開発に力を入れ、モリエロ州から人と財を取りこむ。次に物価を操作しモリエロ州の経済に打撃を与え、財政を悪化させた。そして、例の出征命令が下り、モリエロ伯たるジェロームの父は困窮を理由として軍役を断ったのだ。その結果、国王はモリエロ伯をブロー家から取り上げた。フェリエスはここで、白々しくもブロー家援助を申し出て、長男と長女を手元に置く。これは、後のモリエロ州統治を素早く行うためだ。なぜなら、ブロー家の統治は領民達にとって決して悪い記憶を呼び覚ますものではなかったのと、長年にわたってモリエロ伯として君臨してきたブロー家の名声を利用する為である。


 事はフェリエスの思惑通りとなり、現在において、モリエロ州はフェリエスの支配下となっている。


 偶然が重なって今となっているように見えるが、これを完全に否定する材料を、残念ながらジェロームは持ち合わせていなかった。彼は苦しげに呻く。


 率先してフェリエスに協力したのは自分だ。なぜなら、王家への憎しみとフェリエスへの忠義がそうさせたからだ。しかし、父上の手紙が本当であれば、俺はただの間抜けではないか。そもそも、クロエを殿下に預けているが、よく考えれば人質と変わらぬ。


 いや、殿下に限ってそのようなことはないが……。


 ジェロームはここで、フェリエスの野心を思い出した。彼の主君は王家への復讐を目的としている。それは彼もわかっている。であるからこそ、モリエロを取るべきだと進言したのだ。豊かな穀倉地帯に成り得る平地を抱えるモリエロ州は、万の軍勢を易々と養えるだけの生産力があるのだ。それは、王家と戦うフェリエスにとって、必須の土地であると彼にはわかっていた。


 重苦しい空気が、ジェロームの両肩にのしかかる。


 ソショー州開発は、直轄地であるからこそ率先して開発した結果であると説明されれば、反論できぬ。しかし、それは父の手紙を否定するものではない。


 よく考えれば、フェリエスの策謀の妙はそうと気付かせぬという点にある。効果を早急に求めないものであれば、かけられたほうが自ら選択してそうなったと思ってしまう程、絶妙の距離感なのだ。一方で、早急に結果を求める場合、有無も言わさず状況を作ってしまう。この二つを他者が真似できないほどの巧妙さで操るのが、フェリエスの凄みであった。


(父上は、どうして今頃になって……)


 彼は執務机の引出しを荒々しく開くと、無地の紙を取り出しペンを走らせる。彼が書こうとしているのは、公爵府への休暇申請と、アルデミル・バゼールを通して王弟へと渡してもらう手紙であった。


「俺は……父に会わねばならん」


 ジェロームは、笑顔のクロエを脳裏に描くも、すぐにそれを振り払ったのだった。


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[気になる点] 《彼女は満面の笑みで私に抱擁する。 》 に少し戸惑い、 《彼女は満面の笑みで私を抱擁する。 》 ではないかと思ったのですが、 《彼女は満面の笑みで私に抱擁を与える。 》 から 《彼女は…
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