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全く知らない場所に、突然に立っていた。
アニメやマンガではあるかもしれないこんな事、自分がそうなったらどうしますか?
なった事がないから分からない?
ええ、私もそうでした。
そして、だから今、どうしようか困っています。
だって、あくまでもお話の中での事であって、現実には絶対にあり得ない事ですもんね。
ところがです。
私は今、そうなっています。
見たことも、来たこともない場所に立っている場所に立っている私。
あの世ではないみたい。
噴水の水が冷たい……。
どうしてこうなったのか考えてみましょう。
今朝、いつもの様にお母さんに起こされ、急いでパンを食べオレンジジュースを飲みほし、寝癖直してメイクして家を飛び出したんですよ。
学生です。高校一年生になったばかりです。
成績はよくなかったんですけど、お父さんが剣術や武術の道場をしていて、ひきこもりニートになったお兄ちゃんの代わりに跡継ぎにならないといけない私は、それはもう練習しました。そしたら、特別推薦枠で剣道の強い高校に入れたんですね。制服も可愛いし、ラッキーだなと喜んでいました。
だから学校も真面目に通います。
遅刻ギリギリですが。
今日もやっぱり遅刻ギリギリ間違いなしで、いつもの駅に突入し、いつもの急行電車に乗るべく列に並びます。ここで私は一本、普通電車を見送ります。すると、列の最前列に立つ事ができました。
電車が到着次第、空いたスペースに素早く移動すべしと考えていると、どんどんと増える後列の人達が、なにやら私をずんずんと押しています。
ああ! 押さないで! まだ電車来てないよ!
え? ちょっと! 落ちちゃう!
落ちちゃうってば!
「きゃああああ!」
私は悲鳴と共にホームから線路に転落。
痛む頭を撫でながら、何やら大声で喚く人達にムカつきながら、押した奴らをけっ飛ばしてやろうと怒りながら顔をあげました。
電車が目の前に……。
ああ……。
終わった?
まだ片思いの先輩に告ってない。
楽しい高校生活を満喫できてない。
デートもしたことない。
大学行ってみたかった。
お父さんとお母さん、朝だったからロクに話をしてない。
こういう時って、本当に走馬灯ってあるんだ……。
あ、教室の机の中に、見られたくない恥ずかしい物がある!
片付けてから死にたい。
いや……死にたくない。
私、死にたくない!
神様! 死にたくないです!
……。
いるんだったら、助けろっつうの!
「助けろっつうの!」
私が叫んだ時、水の跳ねる音と冷たい感触に襲われ驚く。
人工の池の真ん中に立っていた。
で、すぐ近くにある噴水はこれでもかと私に水をぶっかける。
何だ?
私の脳みそはこれまでにない勢いでフル回転する。でも普段、使ってないもんだからエンジンのかかりは悪い。
茫然と立ち尽くす私。
と、こうして今があるのです。
どうしていいか分からない状況で、私はただ突っ立っている。動いたらいけない気がして、冷たいの我慢してそうしています。
周囲を窺う。
もう確実に駅ではないし、日本でもない。
広い庭は芝が綺麗に刈られ整えられているし、大きなお城はヨーロッパって感じです。そしてこれまた洋風の屋敷は、どんな金持ちの家かと思うほどに大きく、その金持ちの、屋敷の庭の池の、これまた真ん中に私は立っているのだと理解しました。
屋敷は三階建てて、三階の角部屋の窓に人が立っているのが映っている。
目が合う。
助けてください! ていう声が出ず、私はガタガタと震える。
その人がいなくなった。
金髪の女の人……。
やはり日本じゃありません。
一瞬で、どうやって私は移動したのですか?
記憶を辿ると、迫る電車を思い出した。
前髪が触れそうな程に接近していた電車は、けたたましいブレーキ音を発していたに違いないけど、私はあの時、一切の音を失っていたように思う。
その時の恐怖が蘇り、水がかかって濡れていて寒いのもあって身体がブルブルと震えるばかり……。
ここで、さっきの女の人が庭に出てきてくれていた。と、違った……男の人でした。ロン毛は紛らわしい。
美男子好きですが、今はどうでもいいです。
彼の後ろに、これまた金髪碧眼の美女が立っていて、彼が池にじゃぶじゃぶと入るのを見て叫んだ。
でも彼はおかまいなしに進み、私に近づく。
「ねえ、ここってどこ? 私の言葉、分かる?」
日本語を喋ったつもりの私だが、自分の話す言語が日本語じゃないと気づく。頭の中では日本語で組み立てているんだけど、口から外に出るのは不思議な言葉。英語じゃない。もっと何かにょろにょろとした感じ。
混乱していると彼が手を差し伸べてくれた。
私は、とにかく誰かに助けてほしいと思い、手を伸ばす。
さっと握られ、ぐいっと引っ張られ、あれよあれよと抱き留められた。
「ひゃああ わた! わた!」
意味不明な声を発した私を、彼は抱えるようにして池の外に運んでくれた。
「お前、誰だ?」
イケメンが私に尋ねる。
言葉は通じている。ていうか、彼の話すニョロニョロ語が理解できる。
「あの……私は……」
喋ろうにも震えがひどくて言葉にならない。
彼は「ああ」と声を出し、金髪碧眼の美女に振り返った。
メイド?
私と彼の視線を受けた彼女は、彼には笑みを、私には憎しみこもった睨みを向ける。
「おい、この者を風呂に入れて、着替えをさせてから俺の部屋に連れてこい」
「承知致しました」
生意気な口調の美男子は、そう言うとさっさと離れて行く。
そして、敵意しか私に向けないメイドが、私の手をガシっと掴んだ。
痛いんす……。
「殿下のご指示ですから仕方ありません。来なさい」
デンカ?
デンカって殿下?
生意気なイケメンて、殿下?
いや、それよりも……
「ここはどこですか?」
私の問いにメイドは無視で返してくれました。
ここは……どこなんでしょう?
私は、どうなったんでしょう?
私の質問に答えてくれる人などいなかった。
-Féliwlice & Emiri-
「アルメニア王国ベルーズド地方ソショー州の州都ストラスブールという都市よ。で、貴女は不作法に侵入したお屋敷は、ベルーズド地方のご領主様であられる大公殿下のお屋敷です」
私より五つか六つは年上であろうメイドの女性が、ここはどこかという質問に答えてくれた。
「あの、私の言葉、ちゃんと通じてます?」
「はぁ? もしかして密入国じゃないわよね?」
私はぶんぶんと頭を振って、滴を彼女に散らして怒られる。
今、お風呂に入っている。
日本でいう風呂に比べると、湯と薬剤で身体を洗うだけの風呂は風呂なんかじゃないと言いたいが、ここの人達にはこれが風呂なんだろう。でも、確かに湯煙のおかげで温まる事ができました。
「あの、日本ていう国はここからどう行けばいいですかね?」
「ニホン? 何、その変な名前の国は?」
「……ご存知でない?」
「知らないわよ、そんな変な国」
日本を知らない?
いや、比較的メジャーだと思うんす。名前くらいは知っていてもいいじゃん?
これはいよいよ怪しくなってきたと考える私の耳に、性格の悪いメイドの声が届く。
「剃毛してないような田舎の国なのね? 不潔よ。ちょっと足、広げなさい」
「テイモウ?」
メイドは私の股間を指差すと、剃刀をキラリと光らせる。
「殿下の御前に出るのに不潔は許しません」
「いえ! 大丈夫です!」
「ちょっと! 動かないで! 大事なところも切るわよ!」
十六年間、人様にそう迷惑をかけずに生きてきた私は、駅のホームから突き落とされ、気が付けば知らない場所にいて、他人にあそこの毛を処理されている。
情けない。
風呂が終わり、無言で渡された衣服に袖を通す私は、胸の箇所がぶかぶかであるメイド服を着て鏡の前に立つ。
「私のお下がりなんだけど、あんたの服が渇くまで我慢して」
「はぁい。ありがとうございます」
おっぱい、大きいんですね? 分けてください……。
私は胸のところがブカブカの服を着て、彼女に連れられイケメンが待つという部屋に行く。そいうえば、バッグも竹刀もありません。バッグの中には大事なお財布があります。全財産五〇〇〇円札一枚と、各種ポイントカード達。パスモも定期を買ったばかりだったというのに……。
ぶつぶつと呟く私を気味悪げに見たメイド。
おっぱいがデカくてムカつくから、おっぱいお化けと勝手に命名した。その彼女が私を開かれた扉の内側に押しやり、
「お連れ致しました」
と言って扉を閉じる。
広い部屋……
家の道場くらいあるんじゃないだろうか。
窓から差し込む陽光が室内を照らすように工夫されているのだと、その明るさから理解した私は、照明器具を天井に探すも、何も見当たらない事に落胆する。
知らない土地は、未開の土地のようです。
大きな横長の机に向かって座っていたイケメンが、金色の髪をかき上げながら手招きする。おずおずと歩み寄り、彼に進められるがままに、その脇に置かれた椅子に座った。
「お前はこの国の人間でも、周辺諸国の生まれでもないな? 今の不作法を見れば聞かずとも分かる」
おっしゃる通りです。
私はとりあえず帰らせてもらえるように懇願する。
「あの、私はどうしてここにいるか自分でも分からないんです。だからいろいろ失礼があったなら謝ります。どうか帰らせてもらえませんか?」
なるべく言葉遣いに気をつけてみました。
「名前は?」
と彼が尋ねる。人の話はスルーらしい……。
「堀川恵美理です」
「ホリカワ……エミリ? ホリカワ? 変な名前だな」
「……えっと、エミリが名前で、ホリカワは家というか……」
「あ、そういう事か。順番が違うのだな。お前の住む国は、個人より家なのだな。皆が貴族というわけではあるまいに、珍しいな」
どうでもいい……。
帰らせてくれ!
脳内で叫ぶ私は苛立っていたようで、それは相手にばれる。
「俺はフェリエスだ。フェリエス・ベロア・ベルーズドだ。お前、とりあえず落ち着け」
「ああ、よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げながら、落ち着いていられるかと思う。
とにかく日本に帰りたい。ここがヨーロッパかアメリカか分かりませんが、なんでもいいから帰りたいです。
「人の屋敷に忍び込んで来たお前は、さらに帰りたいとイライラを俺にぶつける……俺が素直に帰らせると思うか?」
言葉ほどに彼は怒っていない。ニコニコとそれはもう破壊力抜群の笑顔で私に問いかける。こういう出会いでないならば、私の目はハートマークになっていたでしょう。でも今は、どんなイケメンが前にいようとも、私はどうでもいいのです。
「お前は俺の領地を勝手に通過し、俺の屋敷に忍び込んだ。帰りたいからといって、帰らせてもらえるわけがないであろう?」
笑顔で言っておりますが、恐い内容です。
不法侵入というやつですね? 分かります。
私はとても情けない顔をしていたらしく、フェリエスさんが吹きだした。
「悪い。脅かしすぎたな」
彼は優しい微笑みで、私を宥めるように頷く。
「帰りたいというが、国はどこだ?」
その話題になるのを待っておりましたと、私は口を開く。
「ジャパン? ニホン? ニッポン……ヤポン?」
いろいろと言い方を変えてみましたが、彼は首を傾げるばかり。
彼は立ち上がると、書棚に近寄り大きな本を抜き取る。それを広げて眺めた彼は、私にこう言った。
「そんな国はないな。どうしてここに立っていた?」
冗談を言っている顔ではなかった。
私は身振り手振りも加えて、今朝から現在に至るまでを懸命に説明する。
「学校? お前は知識階級の者か?」
「駅? 馬車の駅か? 電車? なんだそれは?」
「ホーム? 線路? 分からん」
フェリエスさんはきっとクエスチョンマークをいくつも頭の中に描いているに違いない。それほど、何を言ってるんだ? という顔で私を見る。
私は机に散らばっていた紙をもらって、なんとも書きにくいペンを借りて、電車やら駅やらを描いて説明したが、彼は疲れたように椅子に戻り、私も疲労困憊で諦めた。
とんでもない場所だというのだけは分かりました。
そして、どうやったら帰る事ができるのか全く分からない今に、私は巨大な不安を覚える。
お父さんとお母さんに、もう会えない?
ニートで引きこもりで変態だけど、お兄ちゃんだってやっぱり会いたいと今は思う。
私はこれからどうなるんだろう……。
唇が震え、涙が勝手にこぼれる。
我慢しようと頑張るも、堰を切ったかのように止まりません。
泣きじゃくる私を、フェリエスさんが抱きしめてくれた。
「わかった。泣くな。お前は自分でも理解できない力でここに飛ばされたのだ、きっと。そうだな?」
コクコクと頷く私の頭を、彼は優しく撫でてくれた。
「帰りたい……帰りたいよぉ」
大泣き状態で、彼の衣服を涙と鼻水で汚しても収まらない。謝りながらも涙が次々と出てくる。
「エミリ、泣け。大声で泣き叫べ。俺も昔そうした。するといくらか楽になったぞ」
私は、強く抱きしめられて、その力加減が心地よくて、彼に言われた通り、一切の自制を取り払った感情の爆発に身を任せた。
-Féliwlice & Emiri-
私が見ず知らずの土地に来て三日が経つ。
電車に轢かれそうになった瞬間、私はここに立っていた。
そこで出会ったイケメンが、どうしてか親切に私を助けてくれている。住む場所を提供してくれたのだ。私は彼の厚意に乗っかり、フェリエス・ベロア・ベルーズド公爵の屋敷で寝泊まりさせてもらっている。
なぜか日本語ではないこの土地の言語を私は理解できて、文字も読めるし会話は成り立つ。でもなぜか書くと日本語になってしまい混乱する。
神様……気を利かせるならもう少し利かせて欲しいです。
私は今、おっぱいお化けの下で働かせてもらっていて、メリルさんという名前の彼女に従い、屋敷の掃除やら草花の手入れの手伝い等をさせてもらっている。
働かない者は食べては駄目らしいです。が、もともと居候みたいなものだから、そういう仕事をさせてもらったほうが遠慮しなくて済むというもの。
食事は大盛りを平らげております。
なんだかんだと三日が経ち、帰る目途も立たない中で、この世界の事も少しずつ知る事になる。
あちこちで戦争が発生していて、私がいるアルメニア王国というのはその中心みたいなものだ。民族対立に宗教対立、国家間の対立は領地、資源、国民感情いろいろといったところで、私は住んでいた世界とここも似ているなと思った。
フェリエスさんが治めるベルーズド地方も他人事ではなく、治安悪化が問題になっているらしい。山賊? 野盗? そういうものが集団で活動しているようなのだ。
魔導士という職業? の人達が足りないから募集しろと側近さんと話している彼に、話されている人達が私を見る。
「ああ、こいつはいいんだ」
と笑うフェリエスさん。
なんで? と思うも訊けず、理由は分からないまま今に至り、私は今日も夜が明けきる前から屋敷の庭を掃除している。
ほうきでサッサッと砂埃を石畳から掃き出し、馬の糞があれば「あわわわ」と言いながら回収する私は、メリルさんに怒られた。
「エミリ! あんた、こっち側、終わってないわよ!」
うう……そっちは他の人の持ち場なんですが……。
ざけんじゃねぇ!
先輩達はメリルさんを筆頭に、意地が悪い。イジメは学校だけでなく職場にもある!
結局、数人分の持ち場を一人で掃除した私が朝食にありついたのは、皆が食事を終えて談笑をしている時だった。使用人達の中でも女性ばかりが集まる食堂に私が入ると、楽し気な空気が消え失せ、「ふん」という鼻息が聞こえてきました。
いつか全員、ボッコボコにしてやると思いつつ、お父さんに武術を喧嘩に使うなと言われていたのを思い出し、落ち込みます。
それでも、空腹を訴えるお腹に勝てるわけもなく、
「栄養よ、おっぱいに行け。身長はもういらん」
と祈り囁きながら盆に乗せられた朝食を持って席に移動する。
当然、出入り口に近い端っこが私の定位置です。
ここで、食堂にシワシワヨボヨボのお爺ちゃんが現れる。
私が勝手にお爺ちゃんと脳内で呼んでいるこの人は、フェリエスさんの側近で、家老という役職を務めるアレクシ・デュプレさんだ。鼻の下から顎は白い髭で隠れて見えない。
私があんぐりと口を開けてパンを齧ろうとしたところで、お爺ちゃんが言う。
「エミリ、来てくれるか?」
ああ……私の朝ご飯が……。パンにサラダにオムレツが……。
「儂らと一緒に食べたらええ。殿下が呼んでおるんじゃ」
そういう事なら喜んで行きますとも!
朝食が盛られた盆を持ち立ち上がった私は、女性陣の憎しみと嫉妬がこもった視線を背中で受ける。
私はフェリエスさんに何かと目をかけてもらっていて、それが彼女達の怒りの源です。
後でまた嫌がらせをされるのかとうんざりしつつ、お爺ちゃんと入ったフェリエスさんの部屋には、円卓にこれでもかと並ぶご馳走が眩しい。
部屋の主は手招きし、次に私が大事に抱える朝食の盆を指差し笑う。
「一緒に食べようと思って呼んだのだ。それもいいが、これも食べろ」
ご馳走を指差し笑顔の彼に、私は微笑み頷きを返す。
フェリエス・ベロア。ベルーズド公爵。
フェリエス大公。
国王の年下の叔父上。
いろんな呼ばれ方があるのだと、この三日間で知りました。
「朝からステーキですか?」
焼けた石の上でジュウジュウと音を立てるそれを見て訊いた私に、アレクシお爺ちゃんが目を剥く。
「殿下に対してお前は相変わらずじゃ!」
と叱られるも、フェリエスはカラカラと笑いステーキを切り、私の皿に置いてくれた。
「早朝から働くと腹が減るんだ。朝と夕食しか食べないからな。特に朝はたっぷりと食べる」
そうなのだ。
この偉いイケメンは働き者なのだ。
私が知る偉い人の典型は、忙しく働く部下達の後ろで、椅子にふんぞり返って高笑いというやつなのだが、彼は違う。
「他にどれが欲しい?」
笑顔で促されると、私も笑顔で返す。
「じゃあ、その肉団子を」
「ああ、これは俺の好物でな。繋ぎに使っているのは……」
料理の説明をしてくれる彼の横顔は、どこにでもいるお兄さん的なもので、私は意外さに戸惑った。最初に会った時に比べ、いくらか知っているからそう思うのだろうかと悩む私に、肉団子が運ばれる。
「エミリよ、お前は言葉遣いがなっとらん」
ご家老に叱られる。
「気をつけます」
謝り肉団子を頬張ると、甘辛のタレが絶妙で白いご飯が欲しくなる。
「ま、ゆっくり慣れろ」
フェリエスさんが片目を瞑った。
ウィンクというやつです。彼のようなイケメンがすると、破壊力は凄まじいものでしょうが、今の私はどちらかというと、日本ではない変な世界の人の一人という立場なので、彼と、彼の周囲の人々に対して、結構、引いた状態で見ていられます。そうでなければ、フェリエスさんにコロリといっているでしょう。
「お前が探してくれと言っていた荷物が出てきたぞ」
ご家老の言葉に、私は肉団子を喉に詰まらせ、ミルクと水で流し込んで咳き込む。
「市街の、クロロ公園の木に引っ掛かっていたそうじゃ。お前の言っていた特徴に似ている。屋敷の納屋に運び込ませたから、後で見ておけよ」
「ありがとうございます」
ご家老はそこでフェリエスさんに目配せし、私に言う。
「凡その事は聞いたが、お前は本当にこの世界の事を知らず、気づけば池に立っていたのだな?」
信じられないでしょうが、本当なんです……。
「はい……」
「では聞くが、来た方法がわからないのに、どうやって帰るのだ?」
え? どういう事?
困惑する私に、フェリエスさんが言う。
「俺と爺で考えたんだが、来た方法がわからないお前がどうやって帰るのかと思ってな。荷物を探せというから、それが帰る鍵か何かかとも思ったが、そうなのか?」
私はステーキを突き刺したフォークを皿に置き、二人を眺め言った。
「……何も……考えてなかったかな……」
それはもう可哀想な子という目で見られました。