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8

 公爵邸に豪華な馬車が到着し、気品と強さに溢れた隣国のお姫様が現れた。


 フェリエスは私に言われたにも関わらず、出迎えをしない。


 ……ちょっと嬉しいのです。


 アレクシお爺ちゃんと、家老補佐たる私が出迎える。


「ご苦労様。わざわざの出迎え、痛み入ります」


 お爺ちゃんに倣い、私もお辞儀をする。その後頭部にじっとりとした視線が注がれています。見なくてもわかるよ。睨まれているってことがね。


 これは自分を側室という、ロゼニア王家にとってあり得ない立場で、フェリエスの元に来なければいけない状況に追いやった私への憎しみ?


 それともフェリエスを独占したいが為に、一連の謀略を働かせた私に対する怒り?

 

 いいや、単純に嫉妬でありんす。


 じゃじゃ馬姫様は、フェリエスに惚れてしまわれた!


 女の勘で、びびびと察知した私。


 アレクシお爺ちゃんに連れられ、屋敷の中へと入る王女の背中を眺め、溜め息をこっそりとついた私は、背後でいやらしい笑い声をたてる存在を知った。


「いっしっしっし……エミリ、心配だな」


 片目のおっさんが、私の肩をぽんぽんと叩く。


「うっさい。心配なんかしてないもんね」

「強がり、強がり。殿下も男だからな。あんな美人と顔を合わせていたら、おっと間違いがおきちまった! てなるかもな」


 あんた、私を応援してくれてたんじゃないの? もしかして、楽しいからやってただけって言わないでしょうね!


 しかし、ハザルさんの言うことも分かる。


 あの……お母さんを大事にしてたお父さんでさえ、キャバクラ通いをしてたもんなぁ。子供である私の知らないところで、浮気の一つや二つはあったのではなかろうか……。


「ハザルさん、男ってのはさ。どうして一度にたくさんの相手と仲良くできるの?」

「女だって、そういうのはいるぞ」

「統計では男のほうが多いと思います」

「……生物としての本能の違いか? まあ、お前の生まれ育った国ではいかんことでも、この国の殿下ほどの立場の人であれば側室など当然、持つべきだ。それとも、お前一人でたくさん、子供を産むか?」


 その行為を脳裏に描いた私……。


「スケベ! 変態! 片目!」


 傷ついたという表情をわざと作って泣く振りをするおっさん。そこにおっぱいお化けが近づいて来た。


 まずい……騒いでいるのを見られた!


「ハザル様、エミリ様をからかうのはお控えください。ただでさえ、落ち着きのない方でございます。私どもが注意して接してあげませんと、自制が効かぬ御性分。ご理解ください」


 うっせ! うっせーよ! 人を子供呼ばわりすんじゃねーよ。


「あ、いや、これはすまない」


 あんたも謝らんでいい! 認めたようなもんでしょうよ!


「さ、エミリ様。宮廷舞踊のお稽古の時間でございます」


 うう……私が最も苦手とするお稽古です。


 がっくりと肩を落とし、メリルさんの後ろをとぼとぼとついて歩く私に、ハザルさんの陽気な声がかけられました。


「ちゃんと勉強して、メリルみたいな素敵な女性になれよ!」


 ……ん?


 メリル先輩、頬を染めてんの?


 きらーん。


「ねえ、メリルさん。ハザルさんて優しいよね」


 私が背後から声をかけると、明らかに動揺した様子で振り返る侍女長。


「な……何を今さら。軍務卿閣下は強くお優しい御仁ですよ。あなたも随分と助けられたでしょう?」


 おいおい、顔が真っ赤じゃんよ!


 大公殿下を狙ってたあんたに、どんな心境の変化があったのかわかんないけど、ハザルさんを気に入るってのは、男を見る目がある証拠だよ、あんた!


「メリルさん、今日は殿下、クリスティンさんとご飯を食べるだろうから、私はハザルさんとご飯を食べるよ」

「……それをどうして私に伝える必要があるのですか?」

「良かったら、メリルさんも一緒にどう? メリルさんみたいな上品な人が好むようなお店じゃないけど、ハザルさんと二人っきりってのもなんか誤解をもたれたら困るからさ」


 誤解を持つ人などいない。食事くらいで誤解をもたれたら、ロゼニアで一カ月も一緒に過ごしていたほうが危険である。


 そう、メリルさんが参加しやすいようにしてあげたんさ。


 おっぱいお化けはくるりと振り向くと、真っ赤な顔でこくこくと頷く。


「そそそそ……そういう事なら……いきいき……行きます」


 あんた、可愛いとこあるじゃん。


 オーギュストさんの下の毛を、無表情で剃ってた人とは思えないわぁ。


「ねえ、だからメリルさん。今日のお稽古は内容を変えない? 踊ったら疲れてご飯どころじゃなくなるかも」

「それはなりません!」


 ぴしゃりと言われてしまいましたぁ……。




-Féliwce & Emiri-




 メリルさんは、『グラインフェルン』の店内をきょろきょろと珍しそうに眺めている。そういや、この人、総督閣下の御令嬢だもんね。こんな場所でご飯を食べる事もなかったんだ。


 何事も経験ですよ。


「あら、また来てくれたんだね。今日は吐かないでよ」


 店のおかみさんに声をかけられた私。


 嫌な記憶が蘇りました……そうです。この店で、ハザルさんに思いっきりゲロをぶっかけたは私。あの後、ハザルさんと店の人達は、後片付けに追われたそうです。


 すみません。


「エミリは酒癖が悪いからな。今日は果実酒にしておけ」


 ハザルさんが落ち込む私に一言。メリルさんが「どういう事?」という顔で私を見ますが、説明する勇気などありません。ええ、スーザ人の偉いさんに剣を突きつけるより、メリルさんに粗相を説明するほうが勇気いります。


「こいつにゲロをかけられた」


 言わんでいいんだよ! 


 ああ、睨まれた……これはきっとお屋敷に帰ってオレンジソースを作る時のオレンジ並に絞られる……。


「閣下はこのようなところでいつもお食事を?」


 閣下? ああ、ハザルさんね。一応、軍の偉いさんだもんね。似合わないけど。


「まあな。メリルも閣下とかやめてくれ。今は男と女と酒癖の悪い女が楽しくご飯を食べる時間だ」


 あんた、私はイジメには実力をもって対抗するタイプって知ってた?


 テーブルの下で、思いっきりハザルさんの脚を蹴ってやった。彼は椅子から飛び上がらんばかりに驚き、そして痛がり、メリルさんに心配されている。


 テーブルに注文した品々が並べられる。


 ニジマスの香草焼き。


 子牛の鉄板焼き野菜盛り合わせ。


 キノコと野菜のサラダ。


 葡萄酒に果実酒。


 こんなところでも、メリルさんは上品に食べる。笑う時も口を手で隠す。


 大口開けて笑う私って……。


 場が随分とくだけ、盛り上がってきたところで、私はメリル先輩の為にひと肌ぬぐ事にしたんす。


「ねえ、ハザルさん。恋人いるの?」


 メリルさんの瞳が輝く。


 そうよ! 先輩の為に聞いたんすよ! だから、稽古の時はもっと優しくして!


「いたらお前と飯など食わない」


 嬉しいのか嬉しくないのか……。


「まえさ、女らしい人が好みって言ってたけど、ハザルさんの女らしいってのは、やっぱりメリルさんみたいな人?」


 先輩が私に初めて、「あんた出来る子」という視線を送ってくれました。


「そうだな。でも、メリルほどになると逆に恐くて近寄れないなぁ。俺はほら、ずっと貧しい暮らしをしてきたから。剣の腕を認められて殿下に雇われ、今のような大層な地位を頂いてはいるが、元はといえば、諸国を旅する浮浪者みたいなもんだ」


 へぇ……知らなかった。苦労してきたんだね。


「ハザル様。私はお高くとまってますか?」


 おお、いいねその表情。もっと行け!


 心の中で応援する私は、困ったような表情を浮かべる片目のおっさんをじっと見つめる。彼はどうやら、メリルさんを私が誘った意図を感づいたようだ。こいつ、こんな顔をしてるくせに頭の回転は早いんだよね。


「いや、そんなつもりはない……なんていうか、釣り合わないって事だ。これでもいろいろ経験したきた俺が思うに、無理して背伸びしたら、それは決して良い事にならん」

「あんた、私に喧嘩うってんの? 訳も分からず捨てられた猫みたいな私が、フェリエスに拾われ、今じゃ相思相愛だってのに、それにケチをつけんの?」

「そうですよ、ハザル様。大公殿下の御慈悲あっての野良猫の幸せまで、否定なさるのですか?」


 自分で例に使ったけど……、猫ちゃんが可哀そうだ。いや、私が可哀そうだ!


 しかし、メリルさんは酔いのせいか、少し強引に出てきたな。こうなりゃ、相手をコーナーに追い詰めて、ボディ連打で顔があがったところにストレートだ!


「私は、大公殿下に長くお仕えし……十二の時からお仕えをして、いつか私を見てくれるものと信じておりましたが、それをこの途中でのこのこと出て来たエミリに奪われてしまいました」


 すみません……。


「落ち込む私に、慰めの言葉をかけてくださり、励ましてくださったのはこれだけ人の多いベロア家にあってハザル様だけでした」


 そ……そんな事があったの?


「私を元気づけようと、私の好きなカトレアを毎月、届けてくださったあなたの優しさに、私は随分と助けられたのですよ。そして同時に、とっても優しいお方をいつも想うようになったのです」


 カトレアを毎月? そりゃ大変だ。季節じゃない時はどうやって仕入れてたんだろ?


「……メリル。照れくさいからあまりばらすな」

「ハザルさんさぁ、好きでもないのにそこまでしないっしょ? メリルさん、好きなんでしょ?」


 カトレアは毎月、手に入るような花じゃないし高価だ。それだけ手間とお金をかけるって、つまりそういう事じゃないのん? ん?


「いや……その……」

「大公殿下が駄目だから乗り換えたのかと思われても仕方ないことではございますが、私がハザル様をお慕いしているのは、嘘偽りのない気持ちでございますよ」


 言ったー!

 

 てか、メリルさん。葡萄酒を飲むスピード早ぇ。酔いに任せて言ったんだね!? 


「メリル……気持ちはありがたいが――」

「ちょっと待った!」


 私はハザルさんの言葉を遮り、立ち上がった。


「あんた、これだけ注目を浴びてて、それでも勇気を出したメリルさんに恥をかかす気!?」


 静まり返った店内で、店員と客全ての視線が私達のテーブルに注がれている。


「そうだぞ!」

「男らしくしろ!」

「チューしろ! チュー」


 酔っ払いの後押しもあり、ハザルさんが片目をきょろきょろと動かした末

に、酔いなのか、恥ずかしさからなのか分からない理由で顔を赤くしているメリルさんを見つめる。


「メ……メリル、好きだ」


 キター!


「わたくしもです!」


 メリルさん、OKしたー!


 歓声と拍手に包まれる店内。


 チューしろコールが連呼されるなかで、私は手が痛くなるくらい拍手をしていたのでした。


 翌日、私とハザルさん、メリルさんの三人はお爺ちゃんに呼ばれました。


「昨日は随分と楽しかったみたいじゃの……」


 ストラスブール市内において、ベロア家の軍務卿が侍女長に交際を申し出た後、居合わせた家老補佐と朝まで飲み明かし、街の人を引き連れクロロ公園で歌を歌い、踊りまくったと話題になっているそうな……。


「メリル……お前もか……」


 黙り込み、俯いたままのメリルさん。


二日酔いで三人とも顔色が悪い。


「アルメニア王家始まって以来の不始末じゃ!」


 三人揃って、お爺ちゃんにこっぴどく叱られてしまいました。




-Féliwce & Emiri-




 人の心配をしてる場合ではなかった私。


 クリスティンさんは美人でスタイルも良く、私と違って礼儀作法にも通じているうえに、フェリエスの好きな政治経済の話も余裕。


 ええ、完璧な女性です。


 ロゼニアが裏切らないように、彼らにとって屈辱的な格好で保証を取った私でしたが、ここにきて後悔を感じております。


 なぜなら、その完璧な女性と会話をして笑顔すら見せる大公殿下を目撃してしまったからです。


 てめぇ……いい度胸してんな。


「殿下、ストラスブールの新市街地開発計画をお持ちしましたので、説明をしたいと存じますが」


 オーギュストさんと私で作った都市開発の書類を、フェリエスは受け取り椅子に座る……てか、クリスティンさんがどうして、大公執務室にいるの?


「説明を聞こう」

「は……しかし」


 オレンジ頭がちらりと隣国のお姫様に視線を走らせる。


「かまわぬ。クリスティンにも意見を聞きたい」


 ……私、とってもブルーになりました。


 今、初めてメリルさんの気持ちが分かった! 


 つらつらと説明をするオーギュストさんに、耳を傾けるフェリエス。それを微笑みと共に見つめるクリスティンさん。それらを睨みつける私。


 ガルルル……。


「――となります。つまり、新市街地においては、増える人口を留める為に住宅と、それを支える市場を中心に開発するべきでございましょう。あと、子供が近くの学校に通えるよう、この辺りに教育機関を設けるとともに、病院も早急に必要となりますれば、医師の募集も火急と存じます」


「ふむ、クリスティンはどう思う?」


 宝石をちりばめたかのような笑みを浮かべた大公殿下の側室が、オレンジ頭は会釈をした。


「すばらしい計画であると存じますが、一つ懸念がございます」

「なんだ?」


 フェリエスの言葉に、我が意を得たりといわんばかりのオーギュストさん。来たばかりの奴が何を言うのかとでもいう表情ですね。いいね、応援する。


「これまでのストラスブールの街区とあまり変化が見られないと思うのです。これですと、古い街区から新しい街区へと人が移動し、古い街区の空洞化が危惧されます。治安にも影響を与えるのではないでしょうか」


 ……ムカつくけど、頭いいね。


 それは私もオーギュストさんも散々に考えたんす。でも、ここはとにかく、不法滞在者に住居と働く場所を用意するのが先だと思ったのです。古い街区は再開発をし、高級住宅街にでもすれば、街区ごとに特色が出るのではないかなぁという二人の結論。一年、二年の話ではないけどね。


「殿下、姫君のご懸念は最もなれど、新しい市街地の開発は待ったなしです。現状の都市設計では、増え続ける人口を抱えられませぬ。特色を街区ごとに持たせるのは、人口推移が落ち着いてから着手すればよかろうと、私とエミリは考えた次第でございます」


 フェリエスは顎に指を添えてじっと考え込む。この仕草すら素敵なんだよなぁ。絵になるっていうの? 


 フェリエスは青い瞳をクリスティンさんに向けた。その頬は微かに笑みを浮かべている。


 私は胸がきゅーと締め付けられる感覚を覚え、思わず両手を握りしめた。


「クリスティン、俺も二人の意見に賛成だ。だが、そなたの意見ももっともである。今後の都市開発には参考にさせてもらうぞ」

「いえ、出過ぎた真似を致しました」


 優雅に一礼をしたクリスティンさん。


「下がって良いぞ」


 茫然とする私に、オーギュストさんが肘でつっついてくる。慌てて一礼して退室したところで、オレンジ頭が苦笑した。


「あの姫君、なかなか分かっておられるようだ。……どうした?」

「なんでもない」


 廊下を並んで歩きながら、無言の二人にすれ違う侍女や文官達が頭を下げる。いつもはそれに応じる私だけど、この時は素通り。頭の中では、「下がって良いぞ」という言葉が何度も繰り返されています。


 私より、クリスティンさんと一緒にいたいの……?


 このところ、私の部屋に来ないフェリエス。これまでもたしかにあった事だけど、それは忙しいからと分かっていた。でも、クリスティンさんが来てから五日が経つ今、本当に忙しくて私のところに来れないのか分からない。


 寝ている私の隣に、いつのまにか寄りそって寝ているフェリエス。


 それが、最近はないのです。寝る時も、起きる時も一人なのだ。


「エミリ、どうした?」


 オーギュストさんが顔を覗いてくる。


「別に……」

「……お前、自分の部屋を通り過ぎてるぞ」

「……」


 私は彼と別れて、自分の執務室に入る。そこには、学院から帰ったクロエちゃんが、私の机の上に並べられた書類を仕分けてくれていた。


「おかえりエミリちゃ……ん。何があったの?」


 友達の顔から笑みが消える。


「……フェリエス、クリスティンさんと仲良くしてるんだ」


 クロエちゃんは私を椅子に座らせると、用意してくれていた紅茶を淹れてくれた。


「それは……、まだ来られて間もないから気を遣われているんだと思うよ」

「来てから毎日、一緒にいる必要がある?」


 クロエちゃんが困ったように押し黙る。私は紅茶のカップを持ったまま、それを飲む事も出来ず、かといって受け皿に置く事もできず……。


 私は、まさかと思っていた事態に遭遇する事になったのです。




-Féliwce & Emiri-




 ロゼニア王家からの嫁入り道具って、すごい量です。衣装タンスだけで日本にいた時の私の部屋を埋めてしまうのではないかと……。


 クリスティンさんに付き従ってきた侍女の方々だけで五人。


 私、圧倒的に負けてます。


 気品、知性、家柄、資金力、そしておっぱいの大きさ。


 五戦全敗。ああ、勝てるとこないかなぁって必死に考えた結果、剣術ならと思って稽古に誘ってみました。


「そうじゃな。たまには剣を握っておらんと、忘れてしまいそうじゃ」


 あっさり了承しおった!


 へへへ、こてんぱんにしてやる!


 屋敷の稽古場で稽古着に着替えた彼女と向かいあう。彼女の後方には、水やらタオルやらを用意して控えるお付きの侍女達。一方、こちらの背後には、尻尾を振る犬が一匹。


 めらめらと闘志が湧いてきました。


 木で作られた模擬剣を握った私は、クリスティンさんに一礼した。彼女は優雅に微笑むと、私に倣い一礼する。


 右脚をやや前方に出し、左手に持った剣の刃先に右手を添える。


 むぅ……このお姫様、強いな。


 私はつつつと前進し、左手の剣を水平に払う。これは完全に陽動で、思ったとおり彼女の剣ではじき返された。


 左方向に勢いを削がれ、身体の重心がぐっとそちらにもって行かれるのを利用して、私は身体を回転させ右ひじをクリスティンさんの脇腹に入れる。それを左肘で受けたお姫様。


 まだまだこれからなり!!


 さらに一回転しながら、渾身の払いをクリスティンさんに叩きつけ、それを剣で防いで彼女は、たたらを踏んでよろけた。私の追撃を防ぐように、彼女は剣を突き上げてくるも、それを躱して右足で彼女の左肩を蹴る。


 蹴る! 蹴る! 蹴るー!


 勝った。


 「おぬし、剣術だけでなく武術の心得もあるのか」


 模擬剣が転がった先を見て、乱れた髪をかき上げたお姫様は、息を吐き出し私を眺めた。その目はとっても楽しそうだ。


 こいつ、マゾだ。


「ふむ。非力であるのを身体の回転を加える事で補っておるのじゃな? また、その速度と動きが早く滑らかじゃ。分かっていても防ぐので手一杯であった。エミリとやら、褒めてつかわす」


 ……どこまでも上から目線。


「もう一回、やります?」

「無論じゃ」


 お姫様は笑みを浮かべて模擬選を拾うと、自分の稽古着のスカートを破りだした。膝から下をびりびりに破くと、袖まで破り捨てる。口に手を当て驚く侍女達に視線を送ると、彼女は剣を構えた。


「始めようぞ」


 くそ! 脚も綺麗だ!


 あの脚にアオタンを作ってやるんだから!


 完全に敵キャラになってしまった私は、模擬剣を軽く振りながら横に移動する。円を描くように、彼女との間合いを測りながら移動する私に、クリスティンさんが突進してきた。


 金髪を宙に舞わすと、上段から下段へと変化する斬撃を見舞ってくる。私はそれを完璧に見切り、身体の動きだけで躱すと模擬剣を一閃した。彼女の動きの終着点を見極めて放った一閃だったが、お姫様はそれを駒の様に回転して躱す。私の左方向に移動した彼女の右足が私の腹部を狙う。それを右手で抱え込むようにして持つと、身体を捻って投げ飛ばした。


 バレリーナのように宙で回転したお姫様は、私の斬撃を脚で蹴り飛ばし防ぎ、床に着地し素早く後方にステップした。


 いつの間にか、家中の人達が見物席を埋めている。稽古場は円形で壁に覆われているけど、その上には数十人の人達が見物できる作りになっています。どうやら、模擬剣を見合って、意見を言い合う為のものであるのですが、今回だけは単に見世物となっております。


「エミリー、頑張れー」

「本気出せー!」


 おお! 一緒に訓練をした兵隊さん達は私を応援してくれる! てか、本気なんすよ。強いんです、この人。


「エミリー、百も賭けたんだぞ!」


 ……賭けてるし。


 私は声援に後押しされ、攻勢に転じた。


 剣を軽く振り、振りかぶると上段からの斬撃を見舞う。


 振りおろした模擬剣が、お姫様の模擬剣ではじかれるも、さらに踏み込み、水平に薙ぎ払った。それを後方にステップして躱したクリスティンさん。彼女は私の追撃を牽制するかのように、模擬剣を払い、さらに右方向にスライドする。私の左方向へと動く事で、利き腕が左の私が嫌がることをしようと思っているのだ。


 しかし、私はお構いなしに、模擬剣を持ったままの左腕をたたむと、左肩をお姫様にぶつけた。


 意表を突かれた彼女は、慌てて体勢を直し、私の追撃に備えたが、剣を右手に持ち替えた私の袈裟斬りが、見事に彼女の首筋寸前で止まる。


 はっはっは。二勝!


 どうして私が、左手でペンもフォークも剣さえも使ってるか分かる? 右利きである事を隠しているのですよ! こういう時の為にね!


 ハザルさん相手にしごかれた私は、この半年で驚くほど強くなっている。申し訳ないけど、お父さんより片目のおっさんのほうが強い。


 悔しそうな顔をして、模擬剣を収めるお姫様。


「エミリ! 何をしている?」


 フェリエスの声に振りかえると、そこには険しい顔をした大公殿下が立っていた。


「クリスティンに怪我をさせてないだろうな」

「……」


 彼は私を素通りすると、お姫様に寄り添い、怪我はないかと尋ねていた。この光景に、見物席で湧いていた兵隊さん達が凍りつき、一人、二人とその場から逃げるように消えて行く。


 さすが、ハザルさんの部下だ……逃げるの上手い……。


 フェリエスが、私に振りむく。その目は、いつも私に向けてくれる優しい目では無かった。


「エミリ、このような真似は二度とするでないぞ」


 私は深くお辞儀をして、無言でその場を離れた。


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[気になる点] 《オレンジ会釈をした。 》 《お姫様は笑みを浮かべて模擬選を拾うと、 》 《振りおろした模擬剣が、お姫様の模擬戦ではじかれるも、 》 《彼女は私の追撃を牽制するかのように、模擬戦を払い…
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