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大晦日だよ、麻雀大会! 後編

あけましておめでとうございます。

年末に投稿するべきか、お正月に投稿するべきか、迷ってしまうネタだったので、こうやって年をまたぐ感じで投稿させていただきました。


 乗っかっていたみかんやお菓子が退けられて、コタツの上に麻雀卓が用意された。

「んじゃ、席はめんどいからこのままで、いいよな?」

 建兄ちゃんの言葉に、みんながうなずく。

 僕の右向かいに建兄ちゃん、正面に雪枝さん・お母さん、左向かいに宏和伯父さんと絵梨姉ちゃん、という形だ。

 まず、言いだしっぺの建兄ちゃんが、二つのサイコロを振った。

 5と6が出た。双六だったら、一気に進めるけど、これは次にサイコロを振る人を決めるための物で、えーと、合計が11だから……

 と僕が考えているうちに、建兄ちゃんの向かいに座っている絵梨姉ちゃんがすっと卓に転がったサイコロを手に取る。

 そして再び卓の上にサイコロが振られる。3と3。最初を1として反時計周りに数えていくんだから……あ、僕だ。

「じゃあ、僕たちが親でスタート、でいいんだよね?」

 僕が確認すると、お父さんがうなずいた。サイコロを振った絵梨姉ちゃんからくるりと一周してたちが親になった。

 こうして僕が東家で、建兄ちゃんが南家、お母さんたちが西家でスタートすることになった。

 ちなみに、麻雀では東や北を、「トン」とか「ぺー」と読むのが正しいんだけど、僕はよく分からないので、日本語で、きた、ひがし、って心の中で言ってる。まぁそれでも問題ないもんね。



 麻雀の牌は、1~9までの数字の牌と、「東・西・南・北」などの文字が書かれた字牌がある。数字の牌は三種類あって、萬子 (マンズ)、筒子 (ピンズ)、索子 (ソーズ)に分けられる。トランプのハートやダイヤ、スペードみたいなものだと考えれば分かりやすいかも。

 そんなたくさんの牌を交互に山から引いて、「役」を作って上がるゲームだ。役の難易度によって上がった時にもらえる得点が変わり、それを繰り返し、最終的に得点が一番高い人が勝ちだ。これもトランプのポーカーに似ているかな。


 僕の手元には14枚の牌が並んでいる。向きや順番がバラバラの牌を分かりやすく並べ替える。えーと。これはこっちで……これは……と。


『一・二・二・⑤・⑤・⑥・⑥・6・7・8・9・西・西・北』


 これが僕の手牌だ。あんまりよくなさそうだけど、まずはここから1枚いらない牌を捨てなくちゃいけない。

 うーん。

 僕は直感で、「二」を自分の手前(河)に捨てた。お父さんが何か言いたげな顔をしていたけど、お父さんはあくまで連帯責任と点数計算役なので、気にしない。

 続いて右隣の建兄ちゃんが山から1枚牌を引いて、「北」の牌を捨てる。反時計回りに、次は雪枝さん。その次に宏和伯父さん。そして再び僕の番。

 麻雀は基本的にはこれの繰り返しだ。

 僕が引いた牌は、「西」だった。やたっ。これで「西」が三枚揃った。

 うんうん。順調だね。

 僕はなるべく喜怒哀楽が顔に浮かばないよう、無表情を装いながら、「北」を捨てる。

 そして、それを何度か繰り返していると、待っていた萬子の「三」が来た!


『一・二・三・⑤・⑤・⑥・⑥・6・7・8・9・西・西・西』


 数字を三つ並べた組・もしくは同じ種類の牌を三つ集めた組を四つ作って、残り二つは同じ牌をそろえれば上がりになる。

 後は筒子の「⑤」か「⑥」が来れば完成。

 となれば、やるのはただ一つ。

「リーチっ!」

 僕はそう宣言して、「6」の牌を横向きにして置いた。

 周りがざわめく。自分がこの場の中心になったみたいで、この瞬間が一番好きだったりする。

 リーチを宣言すれば、僕が当たりの牌を引くだけじゃなくて、他の三人が当たりの牌を捨てたときにも上がれるのだ。

「……うーん」

 僕のリーチに、建兄ちゃんは少し迷ってから、萬子の「一」を捨てる。

「それ、チーね~」

 雪枝さんがそう宣言して、自分の手牌から「二」「三」を見えるように倒して、建兄ちゃんが捨てた「一」と一緒にする。

 麻雀はこうやって「鳴いて」手を作ることもできるんだ。

 得点が低くなったり、自分の狙っている役が相手に分かってしまったりとデメリットもあるけれど、素早く上がりたいときには便利。雪枝さんはこうやって、積極的に鳴いて上がることが多いんだよね。

「親のリーチかぁ。ここは降りかなぁ」

 宏和伯父さんはそう言いながら、僕が最初に捨てた「二」を捨てる。

 麻雀では自分が一度捨てた牌で、他人から上がることはできない。実際僕が待っているのは、索子の「5」か「6」だ。

 こうやって、上がるために自分の手を進めるのではなく、相手に振り込まないようにするのを「降りる」って言う。

 面白いことに、雪枝さんとは対照的に、宏和伯父さんは降りることに喜びを感じるタイプ。実際、親の僕がリーチをかけたというのに、どこか楽しそうだ。

 一回りして、次は僕がツモる番。

 5か6、5か6…………

 そう念じつつ、僕が引いたのは「9」だった。はずれ。

 そしてまた一巡。今度こそ……と引いたのも、「3」だ。うーん。惜しいのにぃ。

 そんな僕を見た建兄ちゃんがちょっと考えて捨てたのは「6」だった。やった。当たり牌だ。

「ロンっ!」

 僕はすかさず宣言して、牌を倒した。

 その出来上がった僕の手を見て、建兄ちゃんが呻く。

「うっ。マジかよ。リーチのみでその待ちって、するか、普通」

「お父さん。点数は?」

 建兄ちゃんの負け犬の遠吠えはスルーして、お父さんに聞く。

 僕も大きい点数は分かるんだけど、細かいのはまだちょっと分からない。

「40符1飜の親だから、2,000点だな」

 お父さんが即答する。恰好いい。

 間違ってはいないようで、建兄ちゃんが素直に二千点分の点棒をくれた。


1位 優希 27,000

2位 浅村姉妹 25,000

3位 秋山父娘 25,000

4位 建兄ちゃん 23,000


 親の僕が上がったため、僕が親のまま局が続く。

 再びシャッフルされた牌を手元に揃えながら、僕はふと気づく。

「そういえば、僕が勝って、建兄ちゃんが負けたら、お年玉の条件が被っちゃうよね? その場合は、お年玉は2倍もらえる、ってことでいいよね」

 むふふ。

「そうだな。百円の2倍は、二百円かぁ。わー、出費が痛いなー」

「むぅぅ。僕ももう中学生なんだから。もうちょっと貰ってもいいと思うなー」

 なんて話をしながら、局を進めていく。

 そして、僕が萬子の「五」を捨てたときだった。

「ふふふ。優希ちゃん。勝てる前提で話をしちゃだめよ。はい、それ。ローン」

「ふぇっ?」

 初手で今回も「チー」していた雪枝さんは、まだ三巡目だというのに聴牌(あがる一個前のこと)していたみたいで、ロンされちゃった。

 みんなに見えるように倒された雪枝さんの役は……えーと。これはタンヤオのみでいいんだよね。となると……

「1000点の一本場で、1300点ね~」

 親が連荘(連続で上がる)と、○本場といって300点ごと加算されるルールがあるんだ。

 その結果、1300点が僕と雪枝さんとの間で移動することになり、僕は二位に転落してしまった。


1位 浅村姉妹 26,300

2位 優希   25,700

3位 秋山父娘 25,000

4位 建兄ちゃん 23,000


 ううぅ。でもまだ建兄ちゃんが最下位だから、お年玉のチャンスはあるもんね。

 続いて東2局

 今度は建兄ちゃんが親だ。

「相変わらず、母さんは軽い手で上がるなぁ。もっと点数伸ばせただろうに」

「いいじゃな~い。麻雀は上がるのが楽しいんだから」

 雪枝さんがお酒で酔った顔を赤く染めて笑う。浅村姉妹コンビは雪枝さんが打ち手を続行だ。

 一方で、秋山父娘ペアは、絵梨姉ちゃんに打ち手が代わっている。宏和伯父さんと違って、やや攻撃的な打ち方をするので注意だ。もっとも、あまり運が良くないのか、手牌が悪いことが多いけどね。

 けれどちらりと横目で見た絵梨姉ちゃんの顔は、苦虫を食いつぶしたような感じじゃないので、それなりに悪くない手なのかもしれない。気を付けないとダメかな。

 さてそんな僕の手だけど。


『二・三・四・七・八・③・③・⑤・⑥・4・5・6・東』


 うん。悪くない手だ。さっきはリーチだけだって建兄ちゃんに馬鹿にされちゃったけど、今度は平和 (ピンフ)や、タンヤオも狙える手だ。ふっふっふ。役が出来ていればリーチしなくてもいいので、建兄ちゃんの親のときに、黙ってこっそり上がってやるんだもん。

 なんて想像しながら僕が引いた牌は「東」だった。

 うー。二枚揃っちゃったけど、いらない、よね?

 少し考えてから、手に取った「東」の牌をそのまま、河に捨てる。

「ポンっ」

 建兄ちゃんがそう言って、手元に持っていた「東」の牌を二つ倒した。

 うう。ダブ東だぁ。親が「東」でポンをすると、点数が高くなっちゃうのだ。

 いらないから捨てたとはいえ、ピンチになっちゃった。

「兄さんには悪いけど、ここは勝負に行かせてもらうわよ。リーチっ!」

 しかも、今度は絵梨姉ちゃんが宣言して、牌を横に倒した。

 うぇぇ。せっかくいい手だったのに、ダブ東とリーチに挟まれてしまった。

 そして、僕が次に引いたのは、筒子の「⑤」。うわーん。いらない上に、真ん中の数字で怖い牌だ。

 僕はちらりとお父さんの顔を見る。お父さんは黙って、首を横に振った。

 ううぅ。僕は泣く泣く、「東」を捨てた。これは建兄ちゃんがすでにポンしているので安全な牌だけど、次以降はせっかくできたメンツを崩していかないといけない。

「――ツモ!」

 そして次に言葉を発したのは絵梨姉ちゃんだった。


『六・七・七・八・八・九・⑤・⑤・4・4・4・中・中』


「リーチ。ツモ。役牌、ドラみっつ、は、3,000・6,000。大きい方が来てくれて良かったわ」

 絵梨姉ちゃんが、余裕の笑みを浮かべる。

 ドラというのは、局ごとに決められるボーナス牌みたいなもので、今回は絵梨姉ちゃんが二つ持っていて、最後に引いた、「中」だった。

「……まったく、自分で引けたからいいけど。普通は出てこないよ」

「いいじゃない。せっかく高得点狙える手だったんだから」

 苦笑いで苦言を呈す宏和伯父さんに、絵梨姉ちゃんが笑って答えた。

 ちなみに、僕がダブって持っていた「⑤」は絵梨姉ちゃんのあたり牌だった。危なかったぁ。


☆ ここまでの順位(東2局終了時)

1位 秋山親子 37,000

2位 浅村姉妹 23,300

3位 優希   22,700

4位 建兄ちゃん 17,000


 絵梨姉ちゃんたちが一気にトップに立った。

 逆に建兄ちゃんは、親かぶり(親の人は点数が高くなる代わりに、他の子が上がった時には、多く点数を払わないといけないというルール)のおかげで、僕との差が少し開いた。


 そして東3局。

 僕の向かいで牌を整理しているのは、親のお母さん(シャレじゃないよ)だ。

 秋山父娘ペアは、宏和伯父さんに代わっている。どうやら絵梨姉ちゃんたちは一回ごとに交代。お母さんたちは、前半と後半で代わるみたいだ。

 さてさて、お母さんの実力はどうかな? 一応打てるみたいだけど、きっと僕の方が上手いよね? 

 男の子の時から、お母さんをやり込めるって経験はなかったから、その場面を想像するのは新鮮な気持ち。

「ポン」

 お母さんが僕の捨てた萬子の「九」で早速鳴いた。

 そして――

「ポン」

 また僕の捨てた「一」でお母さん鳴く。

 ポンというのは、自分が二枚同じ牌を持っているとき、誰かが捨てた同じ牌で鳴いて、三つ揃えるというものだ。

 あらら。

 僕は顔に出ないように気を付けながら、苦笑する。

 ポンは、前の人からしかもらえない「チー」と違って、誰が捨てた牌でも鳴くことができるので、素人が多用しがちな技だ。さっきの建兄ちゃんのダブ東はともかく、単独で役にならない、数字の牌を立て続けにポンポンするなんて、素人も良いところ。

 お母さんには悪いけど、この勝負、もらったね。

「うーん」

 宏和伯父さんが少し考えて、索子の「8」を捨てる。

 次の僕は、山からツモった必要なさそうな「西」をそのまま河に捨てる。

 そんな感じで局が進んで……

「ツモ」

 お母さんが静かに宣言して、手牌を僕たちに見せるように倒した。

 あ。上がったんだ。でも、鳴くと点数下がるっていうし、大したことないんだろうけど……


『南・南・南・西・西・西・北』


 そしてお母さんが最後にツモった牌は「北」。え? これって……

「混老頭・混一色、6,000オール」

 うげぇぇ。そ、そんなぁ。

 ドラも役牌も使わないで、まさかの大技だ。しかも親なので得点増! 

 お母さんが小さく笑って、僕を見た。うう。くそーっ。


☆ ここまでの順位(東3局終了時)

1位 浅村姉妹 41,300

2位 秋山親子 31,000

3位 優希   16,700

4位 建兄ちゃん 11,000


 お母さんたちが一気に逆転した。

 くぅぅ。でもまぁ、お母さんたち以外はみんな公平に-6,000点だから、まぁいいか。

 最下位の建兄ちゃんとの差は変わらず。このまま行けば、お年玉ゲットだもんね。


 ……と軽い気持ちで思っていたんだけど。


「ロン! リーチ・一発・裏が乗って、ドラ4! 12,300!」

 建兄ちゃんが高らかに宣言した。

「……うっっ」

「うーん。だから、危険な牌だって、言ったじゃーん」

「し、仕方ないじゃない。イーシャンテンだったのよっ」

 振り込んだのは宏和伯父さんに代わって打っていた絵梨姉ちゃんだった。咎める宏和伯父さんに、絵梨姉ちゃんが口をとがらせる。

 建兄ちゃんの手はリーチのみだったけれど、絵梨姉ちゃんの運の悪さがたたって、大きな失点になってしまったのだ。

「……さっき、リーチのみの手でリーチするか、って言ったのに」

「俺の待ちは、三面待ちだからいいんだよ」

 僕のつぶやきに、建兄ちゃんが勝ち誇って言う。

 それはさておき、僕はふと気づく。

 ……あれ? 建兄ちゃんが、絵梨姉ちゃんから跳満で上がったってことは……


☆ ここまでの順位(東3局終了時)

1位 浅村姉妹 41,300

2位 建兄ちゃん 23,300

3位 秋山親子 18,700

4位 優希   16,700


 いつの間にか、僕が最下位になってるしっ!

 やばい。このままじゃ脱衣決定だ。しかも建兄ちゃんからお年玉ももらえない。

 東4局。オーラス。いよいよ最後の局だ。

 親は宏和伯父さん。最下位の僕と2,000点差の三位だけど、親の場合連続で上がり続けることが出来るので、まだまだ一位になれるチャンスはある。

 二位の建兄ちゃんと僕との差は6,600点だ。建兄ちゃんから、ロンできれば、まだまだ二位と四位が入れ替わるチャンスはあるはず。

 一位は余裕の表情のお母さん。二位の建兄ちゃんとの差は18,000点もあるので、そう簡単には逆転されない差だ。せめてもの救いは、お母さんが勝っても、脱衣しなくて済むってところ。絵梨姉ちゃんはご愁傷さまだけど。

 とにかく、まずは最下位脱出。けどあまり安い手だと、宏和伯父さんを逆転できないまま最下位で終わってしまうから、注意しないといけない。もしもう少し高得点が狙えるようだったら、建兄ちゃんから上がることも考えたいところだけど。

 僕は揃った十三枚の牌を並べて……絶望した。


『一・七・九・2・4・8・②・④・⑤・⑧・西・北・北』


 見事にバラバラの牌だった。

 高得点どころか、どうやって上がったらいいかも、全く分からないよ。

 最後の局だからか、みんな警戒している様子で誰も鳴くことなく、静かに局が進んでいく。

 けれどよく見ると、右隣の建兄ちゃんの河には、萬子と索子のみで、筒子の姿が見えない。さっきのお母さんの時は見逃してしまったけど、同じ種類の牌を集める染め手かもしれない。一発逆転も可能な高得点を作れる手だ。

 僕の手は進まないのに、建兄ちゃんに仕掛けられてどうすればいいか……

 僕が強ばった表情を作りながら考え込んでいると、後ろからお父さんがお気楽に言った。

「うーん。これは厳しそうだな。ま、別に負けたっていいじゃないか。麻雀なんて所詮は運なんだし」

「――駄目っ。負けたら罰ゲームが待っているんだから」

「はっはっは。風呂くらい、減るもんじゃないし、罰ゲームでも何でもないだろ」

「――恥ずかしいから、ダメなのっ」

 何て感じで、お父さんと周りに聞こえないように小声で囁きあっていると、急にお父さんがまじめな顔に変わった。

「……優希の気持ちも分からなくもないが。けど春も冗談めかして言っているけれど、本当に優希の身体のことを心配しているんだぞ。せっかくだから、安心させてあげてもいいんじゃないか」

 うっ。

 お父さんの言葉に、僕の胸が少し痛む。

 僕が女の子になったばかりの頃は、お母さんがその現実を認められなくて、僕の身体とまともに向き合おうとしなかった。

 夏休みに再会した頃から、ようやく僕のことを「娘」として理解してくれるようになったけれど、今度は逆に僕の身体がちゃんと女の子かどうか、心配になったみたい。

「……うぅっ。それは分かったけど、出来れば少なくともあと一か月……もしくは一年くらい待って欲しいかな……って。たぶんそれくらい経てば……」

 僕も小声で囁き返すと、お父さんはその訳に気づいたのか、無神経に言った。

「あ。そうか。もしかして優希、まだ生えてな――」

「――お父さん。それ以上言ったら、僕、お父さんのこと嫌いになるかもしれないから……っ」

「わ、悪かった。ちょっとした冗談だ。よーし、お父さん、頑張っちゃうぞーっ」

 お父さんが急にあわてた声を出したから、他のみんなが何事かと視線を向けてくる。

「……本当に?」

 僕はジト目でお父さんを見上げる。

「ああ。任せろ」

 お父さんはそう言い切ると、卓に視線を向けた。

 目が真剣できりっとなっていて、少しドキっとしてしまった。

 僕の番なので山から牌を手に取る。引いたのは、最初のうちに捨てちゃった「西」だった。

 僕は引いた牌をお父さんに見せながら、指示を仰ぐ。

 けれどお父さんは何も言わずに、意味ありげな視線を建兄ちゃんに向けた。そんなお父さんの視線に気づいた建兄ちゃんが何故か不器用なウインクをした。

 ん? 今の何だったんだろう。

 お父さんは直接牌に触れず、僕に指示をする。

「優希、捨てるのは、筒子の『②』だ」

「え?」

 僕は思わず聞き返してしまった。

 建兄ちゃんが筒子を集めているようだけど、大丈夫なのかな……。

 不安になりつつ、お父さんの言う通り、②を捨てる。と、

「チーっ」

 建兄ちゃんがすかさず宣言して、手牌の中から、①と③を倒して、僕の捨てた②と一緒に、脇に置く。

 あぁぁ。やっぱり、ちょうど待っていたっぽい牌をあげちゃったよぉぉ。

 僕は恨めし気にお父さんを見るけれど、お父さんは知らん顔だ。

 そして一巡してまた僕の番。ツモった牌は「七」だけど、手は全くできていないので、何が来ても同じ状態。

「今度は、筒子の『⑤』で」

「えぇっ?」

 思わずまた声を上げてしまうけど、言われた通り「⑤」を捨てる。

「チー!」

 そしてまたチーされてしまった。建兄ちゃんの手がどんどん進んでいく。ううっ。みんなの視線が痛い。

 お母さんは迷わず、チーした後に建兄ちゃんが捨てた「北」を同じように捨てる。

 一方、親の宏和伯父さんも迷った様子で、同じように建兄ちゃんがすでに捨てている牌と同じものを河に出す。

 すでにどう考えても上がれそうにない僕も、同じように安全な牌を捨てるよう指示が出る。

 それがしばらく繰り返されて――

「ツモ」

 建兄ちゃんが宣言して牌を倒した。


清一チンイツ・一気通貫、3,000・6,000!」


 見事に、丸い柄の筒子が揃った綺麗な手だった。

 ……終わった。

 僕はがっくりとうなだれる。

 これで脱衣決定だ。

 まぁ、不本意だけど、お父さんの言うとおり減るもんじゃないし……

「もぉっ、ラス親なんだから、もっと早く攻めれば良かったのに!」

「うー。仕方ないじゃないか。どっちみち、攻めていても建一の当たり牌だったんだし……あぁ、ビンテージ物のワインが……せめてあと一年寝かせておきたかったなぁ……」

 宏和伯父さんが大きなため息をつく。

 ……あれ? なんだか負けたみたいな反応だけど。

 僕はお父さんに振り返ると、お父さんがしたり顔で笑っていた。

 僕は首をひねって……気づいた。そうか! 親かぶりだっ。

 最後の親は宏和伯父さんだったから、払うのは6,000点。子である僕とお母さんは3,000点。親と子の払う点数の差は3,000点。

 つまり、結果はこうなるんだ。


☆ 大晦日だよ、麻雀大会 結果

1位 浅村姉妹 38,300

2位 建兄ちゃん 35,300

3位 優希    13,700

4位 秋山親子   12,700


 僕は大きく力を抜いた。こんな形で逆転するなんて……。

「こういうときは親の連荘を手助けするのがセオリーだけど、上家だったし、建一君が高い手を作っているようだったからね」

 とお父さん。

「まぁ。俺としてはツモじゃなくて、直撃での逆転が理想だったんだけど、母さんならともかく、叔母さんが振り込むことはないだろうしなぁ」

「あら、それは光栄ね。私としては、優希が最下位の方が良かったのだけど、まぁ仕方ないわね」

「……はぁ。正月早々憂鬱……」

 1位と2位の高いところからの会話をよそに、絵梨姉ちゃんがかっくりうなだれている。最下位なので、お正月の家事担当が決定だ。

 普段から雪枝さんの手伝いをちょくちょくしている僕と違って、絵梨姉ちゃんは本当に何もしないからなぁ。もしかすると、家事能力に限定にすれば、僕の方が絵梨姉ちゃんより、女子力が高いかもしれない。

 ちょっとぐらいは手伝ってあげようかなー。

 なんて優越感に浸りながら、すっかり付いていることも忘れていたテレビに、何気なく目を移す。

 いつの間にか歌合戦は終了していて、暗い外でのロケの映像が流れていた。カメラの前で、みんなが「おめでとう」と言い合っている。

 って、あれ? もしかして……年、明けちゃった……?

「あぁぁ、除夜の鐘を聞きそびれたーっ!」

 突然僕が大声を上げたので、みんなが驚いた様子を見せる。そして、すぐに笑われてしまった。まぁ、起きて年を越すのが目的であって、除夜の鐘はそれにくっついてくるおまけみたいなものだからね。

「で、優ちゃん、どう? 初めて一日の壁、年の壁を越えた感想は?」

「うーん。あまり実感が湧かないというか……」

 絵梨姉ちゃんの言葉に、僕は素直に答えた。

 ただ時計の針が「12」を越えただけで、ほんの一時間前と、何が変わったわけじゃなかった。だから、日付どころか、年も変わったと言われても……こんなもんなのかな、って感じ。

 今年こそは、と意気込んでワクワクしていた僕が、急に子供っぽく見えてきて、ちょっと恥ずかしい。

 でもそう思えるってことは、今の僕が去年(一時間くらい前)のより、少し大人になれたってことかな?

 そう考えると、ちょっと嬉しい。

「さぁ、明日は初詣に行くのだから、もう早く寝なさい」

「お母さん。明日じゃなくて、『今日』だよ」

 僕がどや顔で言うと、「そんな細かいこと、どうでもいいの!」とぴしゃりと言われてしまった。すっかりいつもの調子のお母さんだ。

 けど、目的も達成したし、急に眠くなってきた。もう「今日」に備えて、寝ようかな。

 僕は軽く伸びをしながらコタツを出て――


 あ、そうそう。忘れてた。

 僕はみんなの方に改めて向き直って言った。


「新年、明けましておめでとうございます。今年も一年、よろしくお願いします」





こんな話を書いていますが、実際に麻雀を打ったことはないので、変なミスがあるかもしれませんが、ご了承ください。


それでは。今年も一年、よろしくお願いいたします。

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