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久しぶりの番外編です。

時期的には、衣替えの話の直後くらいになります。

「へぇ。これが有名なお寺なんだー」

 衣替えが終わって間もない、六月初旬。

 今日は学校の課外授業で、昔のお寺や神社がいっぱいある、ちょっと古風な隣町に、みんなで来ていた。

 みんなと言っても、クラスごとにぞろぞろ移動するのではなく、班単位での行動だ。出発前に史跡のことをいろいろ調べ、実際に見て触れて、それをレポートする授業なんだ。

 けどそれは建前で。

 僕たちからすれば、こうやって外を出歩くのは、遠足みたいなもの。

 夢月ちゃん、柚奈ちゃん、稔くんに義明くんに岡本くん。気心の知れた二班のみんなと一緒だから、とても楽しい。

 開放的な気分になっているのは僕だけじゃないみたいで、普段真面目な稔くんと岡本くんも、義明くんの調子(こちらはいつも通り)に合わせてはしゃいでいる。

「ちょっと、男子。真面目にやってよー」

 僕はそんな男子たちに向けて、声をかける。

「……まったく、男って子供っぽいから、やーよねー。ん、でもくりゅったら、言葉の割に、顔がにやけてない?」

「え、へへ? そ、そうかな……」

 柚奈ちゃんに指摘され、僕は両手で緩んだ頬を抑えた。

 ふふふ。実はこのセリフ、小学校高学年のときに散々言われてきたから、女の子になってから一度は言ってみたかったんだ。なので、ちょっと嬉しかったりする。

「優希も何気にハイテンションだね……って、おおっ」

 夢月ちゃんが、急に吹いてきた強風に慌てて髪の毛を抑える。

 現在、中型の台風が日本列島を縦断中だ。

 天気予報によると、雨は降らないけれど、もう少しで風のピークを迎え、あとは遠ざかっていくだけみたい。幸いにも進路が少しずれてくれたおかげで、楽しみにしていた課外授業は中止にならないで済んだ。

「さすが台風、風強いなぁ」

 夢月ちゃんが髪の毛を抑えながら、どこか楽しげに言う。ポニーテールの髪の毛が、ぱたぱたと、文字通り尻尾のようにはためいている。

「むふふ。これだけ風が強いと……くりゅ、気を付けた方がいいわよん」

 同じように、背中まで伸びる長い髪の毛を抑えながら、柚奈ちゃんが僕を見て、にやりと笑う。

「え?」

 柚奈ちゃんの言葉に、僕はこくりと首をかしげた。

 二人に比べれば、僕の髪の毛はそんなに長い方じゃないから大丈夫なんだけど。でも、柚奈ちゃんの視線は髪の毛というより、僕の足元を見ていたような……とそのときだった。

 強い風が足元から入り込んでくる。

 太ももにくっ付いた布地がふわぁっと浮き上がる感覚が――って、

「うぁわぁっ」

 僕は慌てて捲り上がりかけたスカートを両手で押さえた。

 わっ、ち、ちょっと、今のは危なかった……。

 女の子になって、もう四か月くらい経ったけれど、スカートを本格的に穿くようになってからは、まだ三か月も経っていない。

 最初は、スカート姿で街を歩いたり、学校で授業を受けたりしながら、スカートの中が見えてしまわないかと、不安でいっぱいだった。

 けれど、さすがに他の女の子たちも普通にスカートを穿いて普通に生活しているだけあって、意外とそういう機会はなく、風が吹いても、パンツが見られちゃうほどスカートが捲れることもなかった。

 とはいえ、台風の季節でもないその三か月の間、こんなに風の強い日は一度もなかった。――ちょっと油断してた、かも。

 そんな僕を嘲笑うかのように、再び突風が僕たちを襲う。

「うわっ」

 揺らめくスカートを、何とか抑える。

 ううっ。これは心臓に悪い。

 ところが、風にあおられてドタバタしている僕と対照的に、僕よりずっと短い丈の柚奈ちゃんは慣れた感じでスカートの裾を軽く押さえているだけ。

 一方、夢月ちゃんも、僕と同じくらいスカートは穿きなれていないはずなのに、絶妙な反射神経で、事なきを得ている。

 なんで僕だけ……とちらりと二人を恨めしく見た僕に、柚奈ちゃんがしたり顔で教えてくれた。

「くりゅって意外とスカート穿きなれていないみたいだから、忠告しておくけど、スカートって、短いより長い方が風に捲れ易いのよん。ほら、洗濯物で大きなシーツが、ばたばたはためくみたいにね」

「ええぇーっ」

 僕は思わずうめいてしまった。

 確かに、自由奔放な柚奈ちゃんは、女子高生みたいにスカートを短くしちゃっているし、実は意外と恥ずかしがり屋さんっぽい夢月ちゃんも、暑くてべたべた腿にくっつくのが嫌だから、という理由で、夏服になってから急にスカートの丈が短くなった。

 真面目にスカートの丈の長さを守っている(といっても、校則よりちょっと短めだけど)のは、僕だけだ。

 真面目な子の方がかえって大変だなんて、世の中不公平だーっ。

 と心の中で叫んでおいて、さて考える。

 即席でスカートの丈を短くするのも手だけれど、あまり短くしても恥ずかしい。私服だと、今の制服の丈より少しだけミニなスカートも持っているけれど、学校の制服になると別というか。

 稔くんたちも見ているし……うーん。

 風に吹かれながらしばらく考えた結果、結局、僕はこのままで今日一日を乗り切ることにした。


「――おっと」

 なびく風に、さっとお尻を抑える。

「うゎぁ、っとっと」

 不意に背中を押すような風に、すっとスカートの前を抑える。

「わぁ、あっ、わぁぁぁっ」

 前から吹き荒れる突風に、裾を膝小僧に押し当てるようにして、スカートを全力で押さえる。


 と、そんな僕の孤軍奮闘ぶりを、義明くんが遠慮ない視線でにやにやと見つめていた。ううぅ。変態。

「もぉーっ。変な目で見ないでよーっ」

「いやいや。そこに捲れそうなスカートがあれば、自然と目が行くのが男ってものさ。それがたとえ、色気のない栗山だとしても」

 うーっ、色気がないは余計だー。まぁ、色気を見られても、やだけど。

「しかし、栗山ももったいないよなー。もうちょっと、『きゃーっ』みたいに可愛い悲鳴をあげれば、色っぽく見えるかもしれないのに」

 大きなお世話だし。

「まるで男子が、慣れないスカート穿いて、うろたえているみたいだよなー」

 ぎく。

 別に深い意味はないんだろうけれど、まだ女の子になって間もない僕にとって、「男子みたい」は禁句。

 これから女の子として生きていくためには、義明くんの言う通り、もう少し色っぽい悲鳴を上げた方がいいのかな……?

 そう考えていたとき、おあつらえ向きの突風が、僕たちを襲った。

「……き、きやぁぁー」

 うわー、棒読み。

 って思わず僕自身も思っちゃうほど。

 稔くんと岡本くんは白い目で見てくるし、夢月ちゃんに至っては、「風に当たり過ぎて、熱でも出た?」なんて心配されちゃうし。ひどい……

 と、がっくり気落ちしていると、前から吹いていたはずの風が、急に向きを変えて背中から襲い掛かってきた。

 お尻がめくれないようにと両手をお尻の上に当てていた僕は、その後ろからの風に、一瞬対応が遅れてしまった。しかも神社のちょっと高い場所に立っていたため、風がもろに下からスカートの中に入り込んできた。

 僕の眼前で、紺色の布地がばたばたと激しく舞った。

 それは僕が穿いているスカートで、それが普通に視界に入るってことは、大きく捲れているわけで――

「わぁっぁあぁぁぁ!」

 僕は可愛らしい悲鳴なんて上げる間もなく、慌ててはためくスカートを強引に押さえつけた。

 前かがみになって揺れるスカートを腿に押し当てている僕の視線の先には、稔くんをはじめとする、男子三人の姿。

「――って、み、見たっ?」

 僕はスカートを必死に抑えながら、頬が熱くなるのを感じつつ、正面の男子たちに聞く。

「……あ、あぁ……」

 稔くんと岡本くんが戸惑った様子で顔を合わせてうなずいた。なんか微妙な反応だ。一方で、義明くんだけが、顔を真っ赤にして、僕に言ってきた。

「栗山、また騙したなっ。下に短パン穿いているなんて、聞いてねーぞ!」

「き、聞いてないって……言ってないもんっ!」

 変な言いがかりをつけてきた義明くんに、僕は言い返す。

 今日は課外授業だから。外で座る機会も多いかなって思って、スカートの下に短パンを穿いてきたんだ。けれど、いくら直接パンツを見られないからと言って、スカートが捲れて中が見られちゃうのは、やっぱり恥ずかしいから必死に抑えてきたんだけど。

「くそーっ。またしても男心を踏み弄りやがって。今日から栗山を、メンズセンチメンタルクラッシャーと呼んでやる!」

「め、めんず……っ?」

 義明くんが見せる予想外の反応に、僕は戸惑う。

「……えっと。僕が短パン穿いていたことが、そんなにいけないのかなぁ?」

 義明くんの隣にいる稔くんに聞いてみる。

 聞かれた稔くんは、ちょっと言いづらそうに僕から少し視線をそらしつつ、説明してくれた。

「い、いや……別に悪いわけじゃないけど……その、スカートが捲れ上がって、その下に短パン穿いているのが見えたときの、残念感、ていうか……」

「ざ、残念って。稔くんも、僕のパンツを見たかったのっ?」

「いや、だからそうじゃなくって――」

 僕は風がいったん止んでいるにも関わらず、スカートの裾を抑えながら、思わず頬が熱くなるのを感じていた。

 ちなみに、岡本くんは危機察知能力を発揮して、僕に詰問される前に離れたところに逃げてしまった。さすがに僕としても、追っかけてまで、パンツが見たかったかどうか聞くなんて、恥ずかしくて無理。

「でもさぁ、下に短パン穿いているんなら、別にあそこまで動揺しないで、もっと堂々としてても良かったのに」

 僕たちのやり取りを見ていた夢月ちゃんが、笑いながら僕に言った。他人事なのでお気楽な様子だ。

「いやー風が吹いてスカートがバタバタ揺れて捲り上がりそうなのに、抑えもせず平然としていたら、それはそれで変っしょ?」

 柚奈ちゃんがツッコミを入れる。僕も、うんうんと頷く。まったくもって、その通りだ。

「あはは。確かに風でスカートが捲り上がっても気にせずに仁王立ちでもしていたら、男っぽ過ぎかー」

 夢月ちゃんがそのシーンを想像したのか、笑う。

「そーだ、そーだ。栗山、男らしくないぞーっ」

 夢月ちゃんに同調するように、義明くんがはやし立ててきた。

「義明……あんたねぇ。くりゅは女の子でしょっ」

 柚奈ちゃんがさすがにあきれた様子で言い返してくれる。

 今更だけど、柚奈ちゃんの前で僕のパンツを見たがるのって、義明くん的には、どうなんだろ。もしかして、あえて柚奈ちゃんの嫉妬を狙う作戦? それとも「仕方ないなー。そこまで見たいなら私のを見せてあげる」的な展開を狙っているとか?

 ……いや、それはないか。

 ちらりと義明くんの顔を確認して僕は苦笑する。たぶん、本能的なものなんだろう。稔くんの言葉じゃないけれど、僕もちょっと前までは男の子だったから、パンチラに思わず目が行ってしまう気持ちも分からなくもない。

 ――と、それはさておき。

 僕は正直ムッとしていた。

 それは義明くんのスカートの中が見たいオーラにではなく、「男らしくない」という台詞に対するものだった。

 女の子になって、まだ半年足らず。男らしい、という言葉にはびくっと震えてしまう。

 けれど裏を返せば、僕もちょっと前までは男の子だったわけで。

 だから、義明くんの「男らしくないぞ」という言葉に、僕の中の何かが奮い立ってしまったんだ。何ていうか、僕が男の子として過ごしてきた小学生までの12年間が全否定されてしまったみたいで、複雑な気持ち。

 それに「男らしくない」って言葉は、小学校の時も何度か言われてきて、僕的にはNGワード。……まぁ、中身が女の子だったのだから今思えば当たり前なのかもしれないけど。

 むぅ……なんか、納得できないっ。

「僕、ちょっと、トイレに行ってくるね」

 僕は軽く頬を膨らませると、くるりと振り向いて夢月ちゃんにそう告げて、神社の境内に設置されているトイレに向かった。

 別に用を足したかったわけではない。

 古風な本殿とは対照的に綺麗なトイレの個室に入った僕は、スカートの中に手を入れて、短パンに指をかけた。



「義明くんっ!」

 女子トイレから出た僕は駆けるようにして、義明くんのところに向かった。

「はぁ……何ですか……ぁ?」

 気合の入った僕とは対照的に、義明くんは不貞腐れた感じで振り返る。

 そんな彼に、僕はついさっきまでスカートの中に穿いていた体操着の短パンを見せつけた。

「……え? これは、まさか……?」

「そう。さっきまで僕が穿いていた短パンだよ。これが今、僕の手元にあるということは……どういう意味か、分かるよね?」

 ごくり、と息を飲んだ様子で、義明くんのちょっと下心がこもった視線が、僕のスカートを穿いた足元に向けられる。

 僕はそれを平然と受け流して、きっぱりと宣言した。

「見るか見られるか――義明くんに、正々堂々、勝負を申し込むっ!」

「おぅ。その心意気やよし! 必ず、その決定的な瞬間を目に焼け付けてやるぜっ!」

 義明くんがすっかりいつのも調子を取り戻して僕の宣言に返答する。僕たちは互いの健闘を誓い合うように視線を交わした。

「おー。優希ったら、男らしいっ」

「……女の子だけどね」

 そんな様子を、夢月ちゃんは面白そうに、柚奈ちゃんはあきれた様子で、見ていた。

「ていうか、見るか見られるかって、栗山は何を見るんだよ……?」

 それは言葉の勢いってことで。



 ところが――

「うーん……」

 僕が短パンを脱いでトイレから出てきた頃から、急に風が止んでしまったのだ。時折吹く風がスカートを揺らすけれど、手で押さえるほどじゃないし。

 何となく微妙な雰囲気が漂う僕たちの間で、岡本くんが思い出したように言った。

「……そういえば、台風は午前中で抜けて、午後には風が収まるって天気予報で言っていたよね」

 時はすでに、お昼の後で。

 岡本くんの言葉に、台風の風ではなく、ただただ重い空気だけが流れた。


 結局、あれからスカートを捲り上げるような突風は一度も吹かず、僕と義明くんの真剣勝負は、不完全燃焼な形で幕を閉じるのであった。




本当は課外授業の話をメインにするつもりでしたが、なぜかこうなってしまいました。

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