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術後

「栗山さん、どうですか、身体の調子は?」

「……あんまり」

「うふふ。手術直後に元気な人なんていませんからねぇ。普通のことですよ。今日は絶対安静にしていてくださいねー」

「はい……」

 そんな会話を交わしながら、炭谷さんが僕の身体を拭いてくれる。少し強めの手の動きが、マッサージみたいなっていて、少しだけ心地よかった。


 無事手術が終わったと聞かされて、ほっとしたのもつかの間。僕は、手術が終わってそれでおしまい、ではなく、術後の方が大変だと思い知らされていた。

 ベッドの上から動けないし、そのせいで腰や背中や首が痛くなるし、流動食みたなものしか口にできないし、そもそも食欲もないし熱っぽいし。

 まぁちょっと考えれば、普段指の先を少し切って血が出ただけで涙目になっているのに、指の先の傷どころか、アレを切り取っちゃったんだもん。痛くないはずがないわけで。

 こんな思いをするなら手術をしなければよかった、という思いが何度も頭の中によぎって、それを打ち消す作業が、延々と続いた。


 それでも、人間の身体はすごいもので、翌日には痛みもかなり引いて、点滴等の管が付いた状態でも、ベッドから降りて歩くこともできた。――もっとも、出産直後の仔馬みたいな感じで、自分の脚とは思えなかった。体力が落ちている以前に、足の付け根の部分を手術したのだから、当然と言えば当然だけど。驚きや恐怖を通り越して、思わず笑っちゃったくらい。

 部屋を歩き回るだけで精いっぱいだったけれど、上本先生に、回復が早いと褒められたし、僕自身、少しずつだけど回復に向かってきているのが実感できて嬉しかった。

 次の日はもう少し長い距離を歩いて、その次の日はさらにもう少しと、リハビリが続いていく。そして――


「うむ。順調だね」

 病室で受ける、手術後の何度目かの検診で、上本先生が僕の下腹部――手術した跡を見て言った。

「本当ですか。ありがとうございます」

 同席していたお母さんが、ほっとした様子で先生に頭を下げた。寝た状態だからできないけど、僕もお母さんと同じ気分だ。

 そんな僕に向けて、上本先生がにやりと笑って言った。

「ところで、優希くん。そろそろ手術した部分を自分の目で見てみるかい?」

「え、えっと……」

 実はスプラッタなものが駄目な僕は、手術直後の傷口を怖くて見ることができず、いまだにその部分を目にしてはいなかった。

 けれど、もうだいぶ経ったし、痛みもほとんどなくなってきたし……

「それじゃ……ちょっとだけ」

 僕はゆっくりと身を起こした。お母さんや炭谷さんや先生が横で見ている前というのはかなり恥ずかしいんだけど、追い出すわけにはいかないので、仕方なくそのまま下半身を覗き込んだ。

 ――本当に、今まで見慣れたおちんちんがなくなっていた。

 少し丸みを帯びたその部分は赤黒く腫れていた。先生が言うには、時間がたてば普通の肌色に戻るとのことだけど、まだまだ痛々しかった。

 そのぷくっとした膨らみの真ん中に、割れ目ができていた。

「なんか……お尻をぴったりくっつけたみたい」

「ははは。それはまた、斬新な発想だね」

 僕がそうつぶやくと、上本先生に笑われてしまった。

 そもそも先生に説明を聞くまで、女の子の前の部分に穴が開いているなんて知らなかった(おしっこはお尻からしているものだと思ってた)くらいなので、これが正しい女の子のものなのか、よく分からない。

 この奥に、膣や子宮などの女性の大切な部分があるんだよね。お風呂に入るのは先の話だけど、水が入っても大丈夫なのかな。

 そんなことを考えていると、炭谷さんが僕の患部を見て言った。

「順調のようですねぇ。これでしたら、予定通りカテーテルを外しても良さそうですよ」

「うむ。そうだね」

 上本先生がうなずいた。

「……は、はい」

 僕は嬉しい半分、不安げに答えた。

 今、僕の下腹部の割れ目の中には、おしっこの管(確か導尿カテーテルとか言った)が繋がっていて、トイレはそれで済ませていた。今までおしっこをしていた部分を取っちゃったのだから、仕方ないことだ。

 それが外されるということは、ようやく普通の生活に近づいてきたということだけど、それはつまり、自分でトイレに行かなくてはいけないということであって、そのトイレというのは……やっぱり女子トイレ、だよね?

 そんなこと考えているうちに「では、さっさとやっちゃいましょうねー」と、あっさりとカテーテルが抜かれてしまった。すぅっという感触が下腹部に走って、急にトイレに行きたくなってきた。

「さて。順調に回復に向かって頑張った優希くんに、私からプレゼントがあります」

 急に上本先生が改まった口調で言って、小さな紙袋を手渡してくれた。

「あ、ありがとうございます」

 ちょっと意外だったけど、素直に嬉しかった。

「開けていいですか?」

「もちろん。これからすぐ必要になるものだからね」

 ――これからすぐ?

 ちょっと気になりつつ、僕は手渡された袋を開けてみた。

 …………。

「あの、先生……? これって」

 中に入っていたのは白と青の縞々の布地。

「普通の女性用パンツですよ。君はもう女の子なのだからね。あ、替えはあるし病院の備品ですから、言ってくれればいくらでも差し上げますよー」

「縞パンなのは先生のご趣味です」

 と炭谷さん。

「は、はぁ」

 僕はあいまいに答えた。

 なんか、お母さんが白い目で先生を見ているけど。

「いい機会ですから、トイレに行ってから穿き替えてみてくださいね。自力で排尿するのも、立派なリハビリの一つですよ」

 今僕が下半身につけているのは、導尿カテーテルがつけやすく、かつ包帯やガーゼ代わりにもなっているもの。おむつみたいで恥ずかしかったので、外せるのは嬉しいんだけど、女の子用のパンツを穿くのも相当恥ずかしい。いや、まぁ、もう女の子なのだから、それを穿くのは当然なのは分かるんだけど、心の準備というか。それに……

「あの……質問が」

「はい。なんですか?」

「……その。トイレは、どっちを利用すればいいんですか?」

「女子トイレに決まっているでしょう……」

 お母さんにあきれた口調で言われた。あ、やっぱり?

「不安でしたら、ご一緒しましょうか?」

「い、いえ。一人で大丈夫ですから」

 炭谷さんの提案を慌てて断った。

 さすがにトイレに一人で行けないというのは恥ずかしいし。

 僕は、先生からプレゼント(?)された紙袋を持って、三人に見送られながら、ゆっくりと病室を出た。

 そしてふと思った。

 ――あ、でも女子って、よく友達と一緒にトイレに行ってるんだよなぁ。


次回、そのままトイレの話です

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