私
この話で完結となります。
いままでありがとうございました。
「優希、改めて誕生日おめでとう」
「うん。夢月ちゃん、ありがとう」
今日、3月2日は僕の誕生日だ。昼には柚奈ちゃんたち学校のクラスメイトに祝ってもらって、夜には親族が中心に集まって、僕の誕生日会を開いてくれた。去年病室でひっそりと迎えたのとは大違い。まぁ、たまには僕が主役の日があってもいいよね。
「居酒屋って初めて入ったけれど、いい感じだね」
「ははは。夢月ちゃんなら、カウンターで一人飲んで店員さんに絡んでいても違和感ないよね」
「あはは。ってどういう意味だ」
夢月ちゃんのツッコミが入った。
親族が中心のこの席に、特別に夢月ちゃんと稔くんに来てもらった。二人だけじゃない。同じく僕の過去のことを知っている繋がりで、病院の上本先生と炭谷さんもお呼びした。それに僕の家族と秋山家の面々を加え、舞台となった居酒屋の座敷の間には、十人以上もの人が集まってくれた。まぁみんな、僕の誕生日をだしにして、飲んで騒ぎたいのが本音かもしれないけど。特にお父さんとか。
そのお父さんは、席を移動して稔くんの隣に陣取っていた。
「ところで、金子くん……」
「――はい」
お父さんがビールのジョッキを置いて、真剣な表情で稔くんに語り掛ける。
「優希を例えるとしたら、猫か犬か、どちらだと思う?」
「――犬ですね」
即答する稔くん。お父さんが稔くんに、がっちりと握手を求めた。
えーっ。僕、どちらかというと、猫っぽいと思ってたのに。
稔くんと顔を合わせたときは、すごく不機嫌そうだったけれど、今ではすっかり気に入ってしまったみたいで、僕そっちのけに二人で話をしている。なんか疎外感。
「やっぱり最初の一言が決まったよねぇ。叔父さんに優ちゃんとの関係を聞かれて、ずばっと『優希さんとは恋人関係を前提に付き合っています』って答えたのが」
絵梨姉ちゃんに稔くんの声真似(全然似てないっ)をしながら、その場面を再現され、また僕の頬が思わず熱くなってしまう。いや、確かに稔くんの言葉は嘘ではないんだけれど、その言い方だと、一歩関係が進んでいるような感じに見てとれなくもないというか……
ともあれ、そんな稔くんの度胸をお父さんも認めてくれて、それはそれで嬉しい。けど、二人の会話が妙に変な方向に進んでいる気がする。
「では金子くん。優希が酒を飲んで酔ったら、どんな感じになると思う?」
「そうですね。めちゃくちゃ甘えて来そうな気がします」
「おぉ。それはいいねっ」
えー。僕的には、お母さんっぽく、ねちねち愚痴を言いそうだなって思ってたのに。
「優希の、ちょっと変わった可愛らしい点といえば?」
「怒って拗ねているところなんて、意外と可愛いですよ」
「うん。それもよく分かる!」
えーと。これはもぅ、怒って拗ねてもいいよね?
「何だかんだで、上手くいくんじゃないか? 優坊が好きなもの同士、気が合うのかもな」
ビールをぐいっと呷りながら、建兄ちゃんが言った。
ただ酒飲めるからって、わざわざ来てくれたんだ。建兄ちゃんも、もうお酒が飲める年なんだよね。お正月のとき驚いちゃった。お酒って、美味しいのかな。
「なるほど。優希ファンクラブか。よしっ。だったら私も突撃してくるか」
夢月ちゃんも行ってしまった。
えーと。
僕としては三人の会話内容がすごーく気になるところだけれど、行かない方がいいのかな?
「そういえば、優ちゃんは向こうのご両親とは会っているの?」
「え? ううん。まだ」
絵梨姉ちゃんに聞かれて、僕は首を横に振った。
「ふぅん。そうか。なら、優ちゃんも稔くんを見習って、がんばらないとね」
「え?」
「あぁなるほど。嫁姑問題か。男側の『娘さんを僕に下さい』もきついけれど、女になったら、それがあるんだよな」
「よ、嫁ってっ?」
建兄ちゃんの発言に、思わず声をあげてしまう。
さすがにお嫁さんはまだ早い。けど、男の息子さんが彼女を連れてきたら、お母さんからはそういう目で見られるのかな。
稔くんのお母さんとはまだ会っていないけれど、厳しそうな気もするし、会うのが楽しみ半分、ちょっと不安になってしまった。
「上本先生。わざわざお越しいただいてありがとうございました」
優希ファンクラブ(仮)はとりあえず放っておいて、僕は席を移動して上本先生に挨拶に行った。
「いやー。僕たちまでこういう席に呼ばれちゃっていいのかなー」
少し赤い顔をしながら上本先生が言う。
「そんなことないです。今日この日を迎えられたのも、先生のおかげですから」
本当にそう思う。
去年のこの時期はまだ入院中だった。そんな僕のため、上本先生たちは誕生日会を開いてくれようとしたけれど、呼べる友達はいないしお父さんも帰ってこれないしということで辞退したんだ。でそのとき、「来年の誕生日会にはぜひ」と言っていたんだけれど、それが実現できて本当に良かった。
あと実は、上本先生がお正月に言っていた、炭谷さんとプライベートで飲みに行きたい、というお願いをこっそり実現してあげようという狙いもあったりする。なぜか、宏和伯父さんと意気投合しちゃって、二人で飲んでコアな話で盛り上がっているみたいだけど。
「それにしても、先生が優希ちゃんの生みの親だったとは、本当にいい仕事してくれましたよ」
お酒で顔を赤らめた宏和伯父さんが言う。まぁ確かに、上本先生は僕の生みの親といっても間違いじゃないけれど。
「やっぱり、僕っ子は最高ですよねぇ」
「え、そっちっ?」
もしかして、宏和伯父さん、もう酔ってる?
ま、まぁ確かに、「僕っ子」に関しても、先生の助言が原因だけれど。
「えっと、実はそのことだけれど……」
と僕はそこまで言いかけて、やめた。
このことは会の最後に話そうと思っていたから。
「それじゃ、二人ともあまり飲み過ぎないでくださいよ」
僕は二人から下ネタ攻撃(無意識なんだろうけど、なんとなく、そんな予感)を受ける前に、ささっと退散した。
もう一人の招待者である炭谷さんは、お母さんと雪枝さんと一緒に談笑していた。こっちは平和そうだ。ただ雪枝さんは酒癖悪いから、ちょっと心配。
「炭谷さん。お仕事忙しいのにわざわざ来てくれてありがとうございます」
「いえ。たまの機会、こうやって羽目を外すのも悪くはありませんから」
そう言ってちらりと向こうで盛り上がっている上本先生を見る。
「本来は一患者さんとこういう関係になるのは宜しいことではないかもしれませんが、私の場合は、妹がお世話になっている方、という関係もございますので」
「ははは……」
確かに、炭谷さんとは沙織先輩のお姉さんとして何度かプライベートでも会っていたからね。
あ、そうそう。その沙織先輩も、炭谷さんと一緒にこの席に来てくれたんだ。せっかくだから、僕たちの方に来てくれればいいのに、居心地が悪そうに隅っこで固まったまんまなんだよね。
「沙織先輩も来てくれてありがとうございます」
僕は沙織先輩に挨拶する。けれど、沙織先輩はどこか焦点が合っていないというか、狼狽えた様子を見せている。
「あ、あ、あの、わ、私ったら……優希ちゃんの大事な秘密を知っちゃって……」
あ。
その一言で、僕は沙織先輩の様子が変な理由を知った。
この席には、僕が男の子だったことを知っている人だけ集めたつもりだったけれど、炭谷さんが妹として連れてきた沙織先輩のことはノーチェックだった。
「あら? ちゃんと話していなかったの?」
とお母さん。
「やだぁ。男の子のときのこと、もー洗いざらい話しちゃったわよ~」
雪枝さんはもう出来上がっていた。
「栗山さんに妹のことお話ししたとき、普通にOKされましたから、てっきりお話ししているのだと思っていました」
炭谷さんも悪びれた様子もなく言った。もしかして、こっちも酔っているってわけじゃないよね?
炭谷さんの言う通り、せっかくですので妹もどうですか、と聞かれて、そっか炭谷さんの妹さんって沙織先輩だっけ、それならぜひ来てほしいな、ってなんも考えなしに言っちゃったんだ。
その沙織先輩も、まさか誕生日会の席で、僕が男の子だったことが当り前のように話されているとは、思いもしなかっただろう。
「だ、大丈夫よ。私、優希ちゃんが元男の子だったから軽蔑しているとかそういうわけじゃなくてただ重要な秘密を知ってしまって責任重大というか――」
「はいっ。大丈夫ですっ。分かってますから!」
先輩につられて僕もつい声が大きくなってしまう。その一方で、「分かってますから」と言いつつも、先輩も僕の過去のことを否定的に思っていないことにほっとする。
「秘密は、絶対、守るからっ。私、口固いから大丈夫! 豆腐くらいにっ」
「豆腐って、柔らかいですっ」
「へ、平気。水に戻す前の高野豆腐だから――っ」
「高野豆腐はだし汁で戻さないとダメ! 水で戻したら崩れちゃうからっ」
「……ツッコむところ、そこ?」
沙織先輩につられて慌ててしまう僕に対して、お母さんから冷静なツッコミが入った。
沙織先輩はぺらぺら喋るタイプじゃないけれど、うっかり口を滑らせちゃいそう――って、僕も人のことを言えないけどね。
でも。うっかりみんなにばれてしまっても、それでいいかもしれない。
みんなから変な目で見られたとしても、少なくともここにいるみんな、そして稔くんと夢月ちゃんがいてくれるから。
それに、柚奈ちゃんたちだってきっと……
いい機会だ。今度、しっかりと話してみよう。
「高野豆腐の件じゃないけれどぉ、優希ちゃんも、沙織さんのおかげで料理が上手になって~、私も助かっているわ~」
雪枝さんが言う。最近の僕は、お皿洗いだけではなく、料理の手伝いもできるようになった。ある程度基礎を覚えると、料理ってどんどん楽しくなってくるんだよね。
「い、いえっ。そ、そんな私は別に……」
沙織先輩が謙遜するけれど、本当に沙織先輩のおかげだよ。
「へぇ、そうなの。それじゃあ今度、優希と一緒に料理をしてみようかしら」
「うんっ。お母さんの味付けを教えてよ」
お母さんの言葉に、僕は身を乗り出してうなずいた。なんか、すごく嬉しい。お母さんとも母と娘の関係になれたんだなぁって。
二人して台所に並んで料理を作って、それを誰かに食べてもらったら……
その場面を想像する僕に、炭谷さんが言った。
「そうですね。せっかくですから、金子さんに、手作りのお弁当でも作ってみたらどうですか?」
「それは無理っ」
僕は慌てて胸の前でバッテンを作った。
頭の中に、部活の試合中、僕の作ったお弁当を食べている稔くんの姿が浮かんで、頬から湯気が出そうになってしまった。
そんなこんなであっと言う間に二時間近く経ってしまった。そろそろお開きの時間だ。
仕切り役の絵梨姉ちゃんが時計を見て言った。
「それでは。本日の主役である、優ちゃんに締めの一言をお願いします」
「えぇぇー」
絵梨姉ちゃんの振りに僕は思わず声をあげてしまった。
けれどまぁ、みんなに言いたいことはあるので、この機会にと立ち上がる。あっちこっち席を移り変わっていたけれど、基本座りっぱなしだったので、ちょっと足が痛い。
「えっと……本日はありがとうございました。去年の今頃は、女の子になったばかりで不安な毎日を過ごしていたのですが、それから一年。このようにみなさんと楽しい誕生日を迎えられるとは思ってもいませんでした」
みんなから拍手が起こる。え、ここで?
「女の子になって一年と一か月の間、絵梨姉ちゃん、夢月ちゃん、そして稔くんに沙織先輩……ほんとうにたくさんの人に助けられ支えられ、とても感謝しています」
また拍手が起こった。
ううっ。さすがにこういう話は慣れないので、恥ずかしい。
それでも場の勢いに任せて、僕は言いたかったことを口にする。
「話は変わりますが、今日誕生日を迎えるあたって、僕から重大な発表をしたいと思います」
「おーっ」
みんなの拍手が収まるのを待ってから軽く深呼吸して、僕は宣言した。
「今日この場をもって、僕……いや、私は、『僕っ子』を卒業しますっ!」
「えーっ」
座敷の間に、みんなの声が一斉に響いた。
「もともと女の子になるにあたって、自称を『僕』から『私』に変えるつもりでしたが、上本先生のアドバイスもあり、『僕』を続けていました。そのおかげもあって、周りや自分も急な変化に戸惑うことなく、また夢月ちゃんと仲良くなれるきっかけにもなって、『僕っ子』でよかったです」
一息つく。さっきと違って、拍手は起きず、みな、しーんと静まったまま、僕の言葉に耳を傾けてくれている。
「けれど今日誕生日を迎え、一つ年をとって、今後もずっと女性として成長して生きていくことを考えると、いつまでも『僕』のままではいられないと思います」
保育園でのボランティアのとき咎められたことがあった。変な目で見られることもあった。けれどそれだけが理由ではない。やっぱり、女性として生きることを決めたのだから、しっかりと女性としての自覚を持ちたかったから。ちらりと稔くんを見ながら、そんなことを思う。
「『僕っ子』をやめることで、男の子だったときの自分が無くなっちゃうんじゃと思うこともありましたが、今日ここに集まってくれたみんなや、その前に誕生日会を開いてくれた柚奈ちゃんたちを見て、大丈夫だと思いました」
こんなにもたくさん、今の自分のことを大事に大切に思ってくれる人がいるんだ。もう大丈夫。女の子としてやっていける。それに呼び方を変えたところで昔の記憶が無くなるわけじゃないし、ここにいるみんなだって、男の子のときのことを覚えていてくれるはず。それだけで十分だ。
「ですので、誕生日である今日を機会に、『僕っ子』から『私っ子』に変わろうと思います。色々柄にもなく話しちゃいましたけど。これからも、私、栗山優希をよろしくお願いします」
頭を下げると同時に、今までで一番大きな拍手が起こった。あまりの音量に店員さんが飛んでくるんじゃないかと心配になるくらいだった。
みんなの顔を見回す。上本先生や宏和伯父さんも不満げな表情を見せずに拍手を送ってくれている。お母さんは軽く目じりを抑えていた。軽く泣いているのかもしれない。稔くんにも相談しないで決めたことだったけれど、稔くんも隣のお父さんも、笑顔で拍手を送ってくれた。
これで今から、僕……じゃなくて、私は「私っ子」になったんだ。
最後に、隣に座っている夢月ちゃんと目が合う。
夢月ちゃんが拍手をしながら、聞いてきた。
「ねぇねぇ、優希。その宣言って、もう有効なの?」
「うん。もう『私』だよ」
そう返すと、夢月ちゃんはにやりと笑って、唐突な質問をしてきた。
「ねぇ優希、ここにある焼き鳥の盛り合わせの中なら、私はやっぱりモモ串が一番好きなんだけど、優希は、どれが好き?」
「え? えっと……」
なぜに焼き鳥の話? ……あ、そういうことか。
一瞬戸惑ったけれど、すぐに夢月ちゃんの意図に気づいた。
「ふっふっふ。甘い、夢月ちゃん。そうやって僕に、『僕は、皮串が好き』って言わせようとしたんでしょ。いくら僕がボケボケだからって、そう簡単に失敗しないよう、ひそかに練習してたんだから」
とズバリ見切って見せた。もし、僕なんて言ったら、罰ゲームを受ける覚悟だ。
けど、周りの反応が微妙と言うか……なぜか笑いをこらえているような。
同じく隣に座っている稔くんが、苦笑交じりで言った。
「……優希。素で『僕』って口にしている。しかも二度」
「あ――」
僕は慌てて口を抑えた。って、こっちもまた僕になっちゃってるしっ。
そんな様子に、みんなの口から、さっきの拍手に負けないくらいの笑い声が上がった。
あぁぁもぉ僕ったら……ってまたっ。
「やっぱり今のなしっ。『私っ子』になるのは、二年生になってから!」
笑い転げるみんなに向かって、“僕”は声をあげた。
僕が、僕っ子を卒業できる日は、もう少しかかりそうだった。
しばらく間が開きましたが、なんとか完結させられました。
最終話はできるだけ多くのキャラを出したかったのですが、さすがに話がまとまりきれず、このような形になりました。柚奈たちには申し訳ない・・・
番外編などは考えておりますが、休止中の連載や書きたい話もあるので、しばらく先のことになると思います。たまにチェックしていただけたら、幸いです。
それでは
今まで読了していただき、本当にありがとうございました。




