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男・女


 僕は今更ながら、二つの後悔をしていた。

 一つはもちろん稔くんに秘密を打ち明けてしまったこと。もう一つは、上本先生に禁止されていた「男の子だから」を使ってしまったこと。

 あともう一つあげるのなら、両親が不在の男の子の家に上がり込んでしまっていることだろうか。

 というわけで今僕は、稔くんの家の居間のソファに、居心地なさげに座っている。稔くんのうちは共働きだから、この時間帯は稔くん一人だ。

 隆太の一件で、僕もそれなりに男女の関係を考えるようにはしているつもりだけれど、あんな話をご近所さんの前でするわけにもいかないし、外も寒いし、ねぇ?

 そういえば、稔くんとの付き合いは長いけれど、家にあがったのって、春先にトイレを借りたとき以来だなぁ。

 僕がそんなことを思い出しながら居間を眺めていると、稔くんがお盆にコップを載せて、やって来た。

「これ麦茶。冬だけれど」

「ありがとう」

 お礼を言って受け取る僕に、稔くんが冗談めかして付け加える。

「お茶やウーロン茶と違って、利尿作用はないから」

「あ……はは……」

 稔くんも同じことを思い出していたみたい。

「で。冗談はこれくらいにして、さっきのことだけれど……」

 稔くんがお盆を持って立ったまま僕の身体を見つめてきた。いつもと違って、やや不躾な視線が、僕の髪の毛、顔、胸元、スカートとその先の脚に向けられる。

「悪いけれど、どうみても優希が男には見えない。いったいどういうことなんだ? まさか、俺の話をはぐらかすために変な話を持ちだしたとか……」

「違う。そうじゃないっ」

 僕は慌ててさえぎった。冗談で口にできるような話じゃない。

 僕の剣幕に少し驚いた様子を見せた稔くんは、ゆっくりと向かいのソファに腰かけた。

「じゃあいったい……」

「ごめん。さっきつい勢いで言っちゃったけど、正確にはちょっと違うんだ。本当は『男の子だから』じゃなくて、『男の子だった』んだ」

「……だった?」

 稔くんが聞き返す。

 仕方ない。もう今更隠すことはできない。

 僕はゆっくりと、病気のことから話を始めた。

 半陰陽という症状で生まれたこと。そのため男の子として育ったこと。小学六年生のとき病気が分かって、あそこを手術して女の子になったこと。そして今の中学に入学して稔くんに会ったこと。僕の過去を知っているのは、少し前に打ち明けた夢月ちゃんだけだということ。

 稔くんは僕の話に、茶々を入れたりせず、ときおり質問を入れながら真剣に聞いてくれた。

「……そうか。出会ったとき、男みたい、って思ったのはそういう理由があったからなんだな。自分のことを、『僕』って言うのも、男だったときの名残なのか」

「うん……」

 もう話すべきことは全部話した。あとは稔くんの反応を待つだけだ。

 僕は黙ったまま、様子を伺う。稔くんの言葉を聞くのが怖い。気持ち悪いって言われたら……

「あのさ。今の優希は、女、なんだよな?」

 しばらくの沈黙を破って、稔くんが言う。

 僕はうなずいて答える。

「……うん。戸籍上はちゃんと女の子だよ。男の人と結婚もできるし。それに生理も来てるから、普通に子供だってつくれるはず……って、べつにその、変な意味じゃないけれどっ!」

 つい余計なことまで口にしてしまい、思わず赤面してしまう。

「そうか……。なら別に、俺は構わないが」

「え?」

「――って、別にその、優希が思うような変な意味を期待して言ったんじゃないからなっ。やっぱり男と付き合うってのは、世間的にも俺としても、いろいろ気にしてしまうから」

 稔くんの言葉に、僕は思わず聞き返してしまう。

「でも、僕、昔は男の子だったんだよ? 気持ち悪くないの?」

「そんなことは思わない。今の優希はどこから見ても女だし。そもそも俺は初めて優希と会ったときから女として接してきたわけで、今更過去を知ったからって、見方が変わるようなことじゃない。病気で仕方ないことだし。今は普通の女の子なんだろ」

「でも……」

「あっ、だからって、優希が男だったら、手のひらを返したように嫌いになるかって、そういう意味じゃなくて……」

 きっと僕以上に混乱しているはずなのに、僕を傷つけまいと、稔くんが必死に言葉を探る。

 そんな彼を見て、僕の口からぽつりと声が漏れた。

「どうして……」

「え」

「どうして、そう。夢月ちゃんも、稔くんもあっさりと僕のことを認めちゃうのっ。これじゃ、必死に隠してきた僕が馬鹿みたいじゃないかっ!」

 思わず大きな声が出てしまった。稔くんが慌てた様子をみせる。

「……あ、悪い。そんなつもりじゃ」

 僕はぶんぶんと首を横に振る。

「そうじゃないの。ただ自分が情けなくて、悔しくて……でも嬉しいの」

 夢月ちゃんのときと同様、稔くんを信じることが出来なかった。それが情けなくて、自分が馬鹿みたいで。――けれど、認めてくれたのが、すごく嬉しくて。

 色々な感情が混ざり合って、あっという間に涙があふれてくる。

「優希……」

 稔くんは戸惑った様子を見せつつも、立ち上がると、しゃくりあげる僕の肩をそっと抱いてくれた。

 そんな稔くんの胸に頭を合わせるようにして、僕は声を押し殺しながら泣いてしまった。


  ☆☆☆


「うーっ。まだ目が赤い……」

 さすがにあれだけ泣き腫らした後だけあって、いくら顔を洗っても目が充血したままだった。

 恥ずかしいけれど、このまま逃げるように帰るわけにはいかない。そういえば、トイレを借りた後、手を洗っていたときも、こんな気持ちだっけ。と思いつつ、居間に戻った。

 稔くんが麦茶をちびちび飲みながら待っててくれた。

「……ごめんね。取り乱しちゃって」

「いや。あんな重大な秘密を打ち明けたんだから当然だろ。俺だってまだ混乱しているし」

「ごめん……」

「いや、いいって」

 僕は促されて、稔くんの向かいのソファに、スカートのすそを押さえながら、ぽすんと座った。そんな僕の様子を見て、稔くんがつぶやく。

「……やっぱり、優希が一年前まで男だったなんて、思えないよな。その、さっき肩を抱いたときも、すごく華奢だったし……」

 うっ。そんなこと言われると、さっき稔くんの胸で泣いちゃったことを思い出しちゃうじゃん。稔くんもさっきのことを思い出したのか、少し顔が赤い。

「もしかして……疑ってる?」

「いや……そんなことないけど。そういえば、トイレの男の事情に詳しかったり、女子からチョコをもらったりとか、今思えば、それらしいことを結構言っていたよなぁ」

 うゎっ。稔くんったら、いちいちそんなことまで覚えているんだ。

「証拠になるか分からないけれど、今度昔のアルバムを見せてあげるね。今とあまり変わりないかもしれないけれど」

「へぇ。いいのか? 見てみたいな。海やプールに行った写真とかもあるのか?」

「そ、それは駄目っ。稔くんのえっちっ!」

 僕は慌てて叫ぶように言う。

「ってなんでだよ。見せてあげるって言ったのは優希だろ。それに男のときの写真だし」

「そうだけど、恥ずかしいの!」

 夢月ちゃんに見せるのも恥ずかしかったのに、稔くんになんて、無理むりっ。

 いや、まぁ確かに、男の子のときの写真だから問題はないんだけど。でも去年の写真を見ると、まだ胸は膨らんでいないんだけれど、腰つきはやっぱり女の子っぽいんだよね。今思うとすごく恥ずかしい。思い切って処分したいけれど、僕が六年生まで男の子だったことを示す貴重な写真だから、そうもいかないし。ゲームに出てくる捨てられないアイテムみたいだ。

 とそんなことを考えながら悶える僕を、稔くんは面白そうに見ながら、ふっと笑った。

「なんか、さ。優希が元男だったって知って、不謹慎かもしれないけれど、嬉しいというか、誇らしく感じる」

「え?」

 意味が分からず聞き返す。稔くんは顔を赤らめつつ手を頭にやって続ける。

「いや、その。重大な秘密を教えてもらって嬉しいというか……。それに、俺が優希を好きになったのは、席が隣だからとか、顔が可愛いからとか、単純な理由だけじゃなくて、もしかしたら、男から女になるっていう体験を乗り越えてきた、優希のそんな強さにひかれたのかな、って思ったら」

 うっ。顔が可愛いって……。それに、今さりげなく「好き」って言われちゃったし。――ずるいっ。

 せっかく顔を洗ったのに、また熱くなるのを感じる。

 僕としては、このまま稔くんの告白がうやむやになってくれればいいかな、って失礼な思いが心の片隅にあったけれど、そうはいかないみたい。

 僕は覚悟を決めて身を構える。

 けれど稔くんは、返事を強要するわけではなく、別のことを言いだした。

「でも、そう考えると確かに難しい話だよな。俺としては、さっきも言った通り問題ないんだけれど、優希の心的にはどうなんだ? 『男の子だから』って言ったように、やっぱり心は男のままなのか?」

「え?」

「ほら、性同一性障害だっけ。身体は男でも心は女だったり、女なのに、自分は本当は男なんだ、って思ったりするやつ。優希もそれなのかなって」

「分からない……」

 そういえば、稔くんに言われるまで、気にしたこともなかった。僕の心って、どっちなのだろう。

「確かに、俺が完全な女になったからって、義明に告られたら戸惑うもんなぁ」

 稔くんは、うーんっと考えてから、僕の目を見て言った。

「何度も言うけれど、俺の気持ちは変わらない。けれど優希の事情は分かった。だから返事は急がないから」

「……うん」

 正直、それは助かる。

「返事は……そうだな、来月のホワイトデーのときくらいでいいかな。せっかくだし」

「え、ホワイトデーって……」

 僕は思わず聞き返してしまった。

 ホワイトデーまでは、あと一か月もある。

 確かに考える時間は必要だ。けれど、それって、あと一か月も、稔くんとこのままのもやもやした関係でいるってことだよね。そんなの嫌だーっ。

 僕は稔くんの提案にうなずきつつも、なるべく早く結論を出すよう、心に誓った。



もっと早く投稿するつもりでしたが遅くなりました

すみません……

次回は、また一週間ぐらい開く予定です

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