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バレンタイン・1

「このチョコ、美味しそうだねー」

「そうですね。私はこちらの可愛らしいのも捨てがたいですね」

「それもいいよねぇ。みんな食べたいけれど、さすがに全部食べたら太るわぁ」 

 一月末の休日。

 今日は柚奈ちゃんの家に、いつものメンバーが集まって遊んでいた。

 ゲームをする僕と夢月ちゃんの横で、三人が雑誌を読みながら盛り上がってる。ちょっと気になる。――あ、負けた。

「ねぇ、何見てるの?」

 ゲームがひと段落したので、僕もみんなに加わる。柚奈ちゃんたちが見ていたのは、チョコレートの特集記事だった。

「あ、ほんと。おいしそう。って、あれ? こっちの本も同じ特集だ」

 柚奈ちゃんちにはたくさんの雑誌が置いてある。今も3.4冊あるんだけれど、どれも似たような特集ばかりなのだ。

「ええ。バレンタイン特集ですから」

 僕の疑問に、香穂莉ちゃんが答えてくれた。

「え? まだ一月だよ」

「なに言ってるの。もう一月、だよ!」

 彩ちゃんが強調して言った。

「高級なチョコなんて、何日も前から予約しないと手に入らないんだよ。ま、あたしたち中学生が買えるような値段じゃないけどねー」

「そうなんだ……」

「さすが、くりゅ。相変わらずの天然っぷりですなぁ」

 柚奈ちゃんに笑われてしまった。

「でも少し意外です。優希さんって、こまめにチョコを配る方のような気がしておりましたので、早めに準備をしているかと思っていました」

「え、えっと……その」

「ふっふっふ。香穂莉、それはもらうだけで、ほとんど配らない私に対する当てつけかな」

「当てつけも何も、むっきーの場合、本当にもらうだけだからねぇ」

「え? 夢月ちゃんって、チョコをもらったことあるの?」

「うん。ほら、あれよ。友チョコってやつ? たまに別のクラスのあまり知らない女の子からチョコもらうこともあって、友達かなーって考えちゃったりもするけれど」

 えーと、夢月ちゃん。話題を上手く反らしてくれたのは嬉しいんだけれど、それって本当に、友チョコ? もしかして本命が混じっていない?

 そんな疑問を浮かべる僕に、柚奈ちゃんが「言っても無駄」って顔で首を横に振った。まぁ、夢月ちゃんらしいと言えば、らしいけれど。

「みんなは、誰にあげているの?」

 僕はさりげなく、みんなに聞いてみた。女の子になってから初めてのバレンタインなのでどうしたらいいか分かりません、なんて言えないし。

「私は家族ですね。兄がどのようなチョコを好むのか、毎年頭を悩ましております。男子へのいわゆる義理チョコは配ったことありませんね」

「あたしも家族と女の子たちだけかなぁー。あ、でも最近弟どもがもらって当然、みたいな態度取っているから、今年はお姉ちゃんのありがたみを思い知らせるために、あえてあげるのやめようかと思ってるんだ。でもそうすると、ホワイトデーの三倍返し要求が出来ないんだよねぇー」

 彩ちゃんが悩ましげに首をひねる。あ、三倍返しはやっぱり基本なんだ。

「柚奈ちゃんは、やっぱり義明くんにあげるの?」

「――ごほん。なんでそこで義明の名前が出てくるかなぁ?」

 柚奈ちゃんにちょっと怖い笑顔で睨まれてしまった。

「私はただ、恵まれない男子どもにチョコを配っていて、その中に毎年たまたま義明が含まれているだけだから」

 もっとも、そんな柚奈ちゃんの様子を、他の三人はにやにやと笑ってみている。なるほど。何だかんだで、やっぱり、毎年チョコをあげているだね。

「そういうくりゅはどうなのさー? 去年まではともかく、今年は本命チョコの出番なんじゃないのかなぁ?」

 柚奈ちゃんの反撃。

 すると、さっきまで柚奈ちゃんに向けられていた、にやにや視線が、今度は僕に集中してきた。

 え、なに? みんなの反応? それに、いきなり本命って言われても――

「えっと、僕は……その、――内緒っ」

 えぇぇぇ、という声がみんなから上がった。

 正直なところ、内緒も何も、全く考えてもいなかったんだけれど、女の子としては不自然だから、誤魔化すことにした。

 それにしても、男の子のときはもらうだけだから、何もしなくてよかったけれど、女の子の場合は、あげる人を決めて、チョコの準備もしなくちゃいけないんだ。

 ――女の子って、大変だ。


  ☆☆☆


「ねぇ。絵梨姉ちゃん。義理チョコってあげた方がいいのかなぁ?」

 困ったときの絵梨頼み。

 家に戻った僕は早速絵梨姉ちゃんに聞いてみた。

 もう少しみんなから女の子のバレンタイン事情について聞きたかったけれど、あまり聞きすぎて墓穴を掘ってしまっては大変なので、絵梨姉ちゃんに聞くことにしたのだ。この手のイベントには、あまり夢月ちゃんも詳しくなさそうだし。

「あ、そうか。優ちゃんは女の子になってからの初めてのバレンタインなんだっけ」

「うん」

 正確には、去年の今頃は、手術が終わってもう女の子の体になっていた。けれど、まだリハビリ中でそれどころじゃなかったから。

「義理チョコねぇ。むしろ私のほうが、元もらう側の男の子だった優ちゃんに聞きたいくらいなんだけれど。義理チョコってもらう側としてはどうなの?」

「え、えーと……」

 まさか逆に聞かれるとは思っていなかったので、少し考えてしまう。

「……もらう人にもよる、かな」

「あら、ひどい」

 絵梨姉ちゃんが笑う。だって、そうなんだもん。

 そりゃ、チョコをもらえれば嬉しいけれど。それほど親しくない人からチョコをもらって、友達(男子)から冷やかされたりすれば、あまり嬉しくないし。

「まぁ、そんなところだから、クラスの男子全員に配ろうなんて考えないで、親しい人に友達感覚であげればいいんじゃない?」

「なるほど……」

 そう考えるだけで、だいぶ渡す相手が絞れてきた気がする。

「ところで、絵梨姉ちゃんは誰に渡すの?」

 ちなみに、僕が男の子だったとき、絵梨姉ちゃんからチョコをもらったことはない。まぁ、別のところで暮らしていたんだから当たり前だけどね。

「そうね。今のところは、クラスと部活の友達と、よく話すクラスの男子数人――別に優ちゃんが想像するような関係じゃないよ。あと、父さんの分かな」

「あ、宏和伯父さんを忘れてた」

「毎年、母さんと一緒に夕食の後に渡しているんだけれど、優ちゃんも渡してみる?」

「うん」

 僕はこくりとうなずいた。そっか。宏和伯父さんを忘れていた。伯父さんなら素直に喜んでくれそうだから、渡し甲斐もある。

 こうして、僕の記念すべき初バレンタインチョコの相手は、宏和伯父さんに決まった。

「父さんはさておいて。私も優ちゃんの交友関係をすべて把握しているわけじゃないのだから、あとは優ちゃんが自分で決めてみたら?」

「うん。ありがとう」

 渡し方とかどんなチョコを選べばいいのか、まだまだ聞きたいことはあるけれど、まずは相手を決めるのが先だ。

 僕はお礼を言って、絵梨姉ちゃんの部屋を後にした。



 さて。どうしよう。

 部屋に戻った僕は、ベッドに腰掛けて物思いにふける。

 バレンタインといったら、女の人が好きな男の人にチョコをあげるイベントだと思っていたけれど、義理チョコも存在するんだよね。

 さらに夢月ちゃんたちや絵梨姉ちゃんも普通に話していたけれど、女の子から女の子へチョコを渡す、いわゆる「友チョコ」というものも、女の子たちの間では一般的みたい。

 まずは友チョコの相手を考えてみる。

 夢月ちゃん・柚奈ちゃん・彩ちゃん・香穂莉ちゃん、くらいでいいかな? あと、沙織先輩も喜んでくれそうな気がするから、用意した方がいいかも? 沙織先輩繋がりで炭谷さんは……うーん。ちょっと微妙かなぁ。女の人にあげるってことで、まだ男の子のときの感覚が抜けていないのか、って思われるかも。じゃあ上本先生は……って駄目だダメ。喜んでくれるような気はするけれど、先生にあげるのは、こっ恥ずかしすぎる。

 となると、あとは男子か……。

 ぱっと思いついたのは、同じ班の三人。稔くん、義明くん、耕一郎くん。

 まずは稔くんだけれど、夏祭りのときに、バレンタインデーで嫌な思いをしているって聞いたので、パス。

 義明くんは柚奈ちゃん以外の子から貰うのはどうなのかな。

 ま、いっか。義明くんも友達だし、友チョコ感覚で渡してみよう。僕があげるなら、柚奈ちゃんもあげやすくなるかもしれないし。

 耕一郎くんも他に気になる人がいるみたいだけれど、部活でもお世話になっているんだし、あげてみようと思う。

 えーと……うん。こんなところかな。

 チョコの数は合計、八つか。

 これが多いのか少ないのかは、いまいち分からない。

 もう一度絵梨姉ちゃんに聞いてみようかな、って思っていたら、携帯電話が鳴った。あれ? お父さんからだ。

「もしもし、どうしたの? 珍しいね」

 携帯電話を買ってもらった直後は、毎日のように連絡を取り合っていたけれど、さすがに最近は減ってきた。今は、メールでのやり取りの方が多いかな。

「いや、ちょっと気になったんだが、優希はお父さんたちがどこにいるかは知っているよな?」

「うん。当たり前じゃん」

 うなずく。何をいまさらって感じだ。

「いや。国や都市名じゃなく、○○ストリートみたいな家の住所のことだぞ」

「あ、そこまでは……。でも、お父さんからもらったエアメールを見れば、たぶん分かると思うけれど……」

「そうか。念のため、このあとメールで詳しい住所を送っておくからな」

「ありがとう」

 でも急にどうしたんだろう。

「ところで優希は、海外に着払いで物を送ることができるサービスって知っているか?」

「いや、知らないけど」

「よし。じゃあそれも書いておくぞ」

「う、うん……」

「ちなみに調べたところ、日本からここまで送るのに、一週間かかるらしいな。それを見越して、早めの発送をしておくといいと思うぞ」

「……どうも」

 ようやくお父さんが何を言いたいのか理解できた。


 ――チョコ予約。もういっこ追加決定。



今年…というか、2015年の2月14日は土曜日となっておりますが、物語の便宜上、平日とさせていただきます。

ご了承ください。

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