告白・2
「私も男の子だったんだ」
夢月ちゃんの突然の告白に僕は固まってしまった。
確かに、夢月ちゃんは僕より男の子っぽいところはある。あまりスカート穿きたがらないし、運動神経良いし、さばさばしているし。思い当たる節はいっぱいある。
けれどそんなこと、本当にあるんだろうか。
「……あの、それって、単に男の子っぽかった、ってわけじゃないよね?」
「もちろん。私も優希と同じように、手術を受けて女になったの」
夢月ちゃんの言葉じゃないけれど、僕だって夢月ちゃんの裸を見たことある。多少胸は小さ目だけれど、間違いなく女の子だった。
上本先生は珍しい例って言っていたのに、まさか同じ例がこんな近くにあるなんて。そんなことが本当にあるのだろうか。
戸惑う僕に向けて、夢月ちゃんが大きく頭を下げた。
「こっちこそ、本当にごめん! 優希にずっと黙ってて。騙すようなことになっちゃって」
「いや、その……なんて言っていいか……」
思うように言葉が出ない。
「私が昔男だっと知ってどう思った? やっぱり、気持ち悪いかな? 興味本位で女になった変態って、軽蔑した……?」
「そんなことないっ」
僕は思わずテーブルを叩くようにして身を乗り出した。
「……確かに驚いて声も出なかった。けれど怒ってない。むしろ尊敬というか、すごいって思った。気持ち悪いなんて思わないよ。だって昔はどうあれ、今の夢月ちゃんは、すごく女の子だもん!」
確かに夢月ちゃんは、あまりスカート穿きたがらないし、運動神経良いし、さばさばしている。
けれど、男の子じゃないかと思ったことなんて一度もない。
夢月ちゃんは正真正銘の女の子だ。見た目や身体つきが女だからというだけじゃない。だってすごく自然に女子たちの中に溶け込んでいるから。辛い過去があったことなんて周りに感じさせないくらい、女の子して毎日を満喫しているから。
そうまくし立てる僕に、夢月ちゃんが優しく微笑む。
「ありがとう。――ごめんね」
「そんな……怒ってないよ。謝らなくても」
「ごめん。だって、今までの話、全部嘘だから」
「だから、全部嘘でも構わないから!」
「あ、そう? 良かったー。怒られると思ってた」
「大丈夫。僕は怒ったりなんてしないか――」
と言いかけて――僕は固まってしまった。
え。
う、そ……?
「あの夢月ちゃん……今の話って……」
「うん。だから全部うそ。気弱な弟がいたせいで、男勝りに育ったけれど、性別は生まれたときからずっと女だよ」
「えっ、えぇぇぇっ」
僕は思わず叫んでしまった。
「ひどい! なんでそんなウソをっ」
僕は、真剣に悩んで打ち明けたのに。
どうしてこんなことを。ふざけたことをするのっ。
「それについては本当にごめん! けれど優希。冷静に聞いて。私が種明かしする前まで、私のことどう思った?」
夢月ちゃんが両手を強く合わせながら、頭を下げる。
――それを見て、僕は少しだけ冷静になってきた。
夢月ちゃんは確かにお笑い体質だけれど、人を本気で傷つけるような冗談は絶対に言わない人だ。それなのにこんなことを言うなんて、何かの意味があるのかもしれない。
僕はいまだに納得できてないけど、頭の中をまとめながら夢月ちゃんに問いに答える。
「それは……驚いたけれど」
「うん。そうだよね。で、そのあとは? 黙っていて怒った? 気持ち悪いと思った?」
「ううん。そんなことはない。むしろ昔のことを感じさせないくらい普通に女の子していて、凄いと感動した。――今は怒ってるけど」
「ごめん。確かにやり過ぎた。けど、優希が最初に感じた気持ち。……それが今、私が優希に抱いている感情なんだ。私はそれを伝えたかったの」
あっ。
その言葉に、僕は声を失った。
え? それって……
つまり――
「凄いじゃん、優希。普通に女の子な優希に言う言葉じゃないかもしれないけれど、すげー格好いいよ。むっちゃ尊敬したっ」
「じゃ……あ、僕のこと、気持ち悪いとか嫌ったりとか……」
「するわけないじゃん。優希はどこからどう見ても女の子だもん」
「……それじゃ、これからも僕と同じように接してくれるの?」
夢月ちゃんが笑顔で言い切った。
「もちろんっ」
一気に力が抜けた。あまりに力が抜けすぎて、言葉が出ないくらいに。
「でも良かった。優希もそう思ってくれて。優希が興奮していて何を言っても信じてくれそうになかったから、ついあんな嘘が口に出ちゃったけれど、それで気味悪がられたら、めっちゃ逆効果だもんね」
そう言って夢月ちゃんが笑う。
そっか。
夢月ちゃんは、僕がそう思わないことを信じてくれて、あんなことを言ったんだ。
それなのに、僕は……
「ごめん。僕、夢月ちゃんのこと疑っていた。信じてくれないと思ってた。言ったら嫌われるって思い込んでいた」
「仕方ないよ。私のはただの嘘だけれど、優希のは本当なんだから」
夢月ちゃんは笑顔でそう言ってくれると、少し真剣な顔に戻って聞いてきた。
「――ねぇ。優希が言っていた、話したいことって、このことだよね?」
「う、うん……」
僕がうなずくと同時に、夢月ちゃんが力が抜けたかのように後ろに倒れ込んだ。
「む、夢月ちゃん?」
「ねぇ、優希の電話をもらって、私、どんな気持ちでここに来たんだと思う?」
「え?」
「――あいつに復讐したいから手伝ってくれ、とか。もう生きているのが辛いから僕を殺して、とか。この町を出て行くから、お別れを言いたい、とか。どんなことを言われるかすごく不安で、心配してたんだからね」
「ごめん。夢月ちゃん……」
そんなことまで。
僕の為にそこまで思い詰めてくれたんなんて。
告白して、本当に良かった。
僕と同様に夢月ちゃんもすっかり力が抜けちゃったのか、ぐたーっと寝転がったまま、聞いてきた。
「ねぇ。ちょっと自惚れみたいで恥ずいけど……。この話をしたのって、私が初めてだよね?」
「うん。建兄ちゃんに今の自分のことを説明したことはあったけれど、過去のことを話したのは初めて」
「そっか」
夢月ちゃんが嬉しそうに笑った。
「ねぇ。この話、やっぱりみんなにもした方がいいかな?」
夢月ちゃんは少し考えて答える。
「……いや。言わない方がいいと思う。柚奈も香穂莉も彩歌も、優希の過去を話しても、絶対に変な目で見たりしないと断言できる。けれど柚奈や彩歌ってお世辞にも口が堅いタイプじゃないから、他の人に漏れちゃうかもしれないし」
「う、うん……」
それでも少し罪悪感を覚える僕に、夢月ちゃんが力づけるように言う。
「大丈夫。もし黙っていたことをみんなが非難するようだったら、私が優希に、みんなには言うな、って口止めしたせいだって説明するから」
それに、と夢月ちゃんが少し照れくさそうに視線を逸らしながら、ぽつりと漏らす。
「もう少しだけ、優希の秘密を独り占めしたいなって」
「夢月ちゃん……」
夢月ちゃんが照れくさくなってきたのか、急に話題を変えた。
「ねぇ。優希。もっと昔のこと、男の子だったときのこと聞かせてよ」
「うん! もちろん」
すごく気分がいい。
まだ生まれて十二年だけれど。
今まで生きていた中で一番幸せだと思った。
☆☆☆
ベッドに腰かけて、寝癖を付けないために髪の毛を整える。普段からしていることだけれど、今夜は特に念入りに整える。机の上には、久しぶりに見る通学カバン。
明日は始業式。三学期の始まりだ。
夢月ちゃんが帰ってからも、いまだに興奮が収まらない。
あれほど不安だった学校だけれど、今は、また明日も夢月ちゃんと会えるかと思うだけで、楽しみでしょうがない。
でも……
僕は少しだけ顔をこわばらせる。
まだ完全に不安がなくなったわけじゃない。
僕は携帯電話を手に取った。少し躊躇したけれど、夢月ちゃんに背中を押されるかのように、電話をかけた。
数コール後、繋がった。
「もしもし?」
――稔くんの声だ。
「栗や……ま、優希――か? どうしたんだ? こんな夜中に」
「……どーして、フルネームで言うかなぁ」
稔くんの反応に、僕は思わず呆れながら呟いてしまった。
「今まで苗字で呼んでいたんだから、仕方ないだろ」
そんな僕に、稔くんが言い訳がましく答える。お正月のお願い、ちゃんと守ってくれているんだ……
「で、どうしたんだ? ゴキブリでも出たか」
「……今、冬だよ」
「ああそうか。それじゃ冬休みの宿題か?」
「――稔くんが僕のことをどう思っているんだか、よく分かったよ」
けれど。
自然と笑みがこぼれてくるのが分かった。
大丈夫。怖くない。稔くんとも、いつも通りお話が出来ている。
「あのね。僕が電話した理由だけど」
「あぁ」
「稔くんの声が聴きたかっただけ」
「……はぁ?」
電話越しに、呆れたような戸惑ったような、なかなか聞けないような稔くんの声がした。それがおかしくて笑ってしまった。
「それじゃ、また明日学校でね。――おやすみ」
「……あ、あぁ。お休み」
通話が切れる。
僕は携帯電話を胸に持ったまま、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
ごろごろと転がって、夢月ちゃんに今の気持ちを伝えるべきかどうか迷いながら、瞳を閉じる。
今夜はぐっすり眠れそうな、そんな予感がした。
変に期待させてしまい、すみませんでした。
本来なら一話にまとめるつもりだったのですが、二つに分けたせいで、より混乱させてしまったかもしれません。
隆太編はまだ完結ではありません。が執筆が追い付かないため、二日ほどお時間いただく予定です。
よろしくお願いいたします。




