告白・1
「絵梨姉ちゃん。お待たせ」
ロビーで待っていた絵梨姉ちゃんに声をかける。僕に気づいて、絵梨姉ちゃんが顔を上げた。その顔が少し綻んだ。
「良かった……。少しは元気になれたみたいね」
「うん」
病院に来たときと今では、顔色も違って見えるんだろうか。
自分でも多少気が楽になったと感じていたけれど、他人からもそう見えることが分かって、ほっとした。
本当に、ここに来てよかった。
僕は絵梨姉ちゃんと並んで帰りながら、先生と話したことを伝えた。
「そう……。なんだか、むちゃくちゃな先生ね……」
僕の話を聞きながら、絵梨姉ちゃんが苦笑交じりに言う。
「うん。変な人だと思うよ。僕が『僕っ子』になったのも、元はと言えば、上本先生のせいだからね」
そう言って僕は笑う。いや、この場合は「おかげ」かな? 夢月ちゃんと知り合えるきっかけになったんだし。
そんな僕を見て、絵梨姉ちゃんが驚いた様子を見せた。
「ん? どうしたの」
「いや、優ちゃんが笑ったの、久しぶりに見たなぁって」
あ。
「正直、何もこんな時にカミングアウトしなくても、って思わなくもない。でもそのお医者さんが言ったことも、あながち的外れじゃないと思う。だから、優ちゃんの思う通りにしてみなさい」
「うん。――僕、夢月ちゃんに、話そうかと思っているんだ」
「そっか。うん。あの子なら、きっと大丈夫よ。――ん? 優ちゃん。どうかした?」
「い、いや……」
絵梨姉ちゃんの言葉に、僕はどきりとしてしまった。
大丈夫――僕が隆太と二人きりになることを心配した絵梨姉ちゃんに告げた言葉だ。そして結果は……この有様だ。
一年以上一緒に過ごしてきた隆太のことが分からなかったんだ。
夢月ちゃんならきっと大丈夫、なんてことは絶対にない。
過去のことを打ち明けた途端、嫌われてしまうかもしれない。
さっきまで告白するって決めたのに、その決心がどんどん鈍って来るのを感じた。
やっぱり、言わない方がいいのかもしれない。けれど……
歩きながら、僕は考え込んでしまった。
そんな僕の心境を察してくれたのか、絵梨姉ちゃんはただ黙って、僕を見つめてくれた。
☆☆☆
言うべきか。言わないべきか。
家に帰って、夕食を摂って、お風呂に入っていても、頭の中はそれでいっぱいだった。
二つに一つなのになんでこんなに考えているんだろう。
そう思いつつも、一生を決めかねないことなんだからじっくり考えるは当然だ、と心の中で言い訳して、堂々巡りが続く。
こんな状態じゃ、せっかく顔色と食欲が少し戻ってほっとしてくれた雪枝さんをまた心配させてしまう。宏和伯父さんとも、同じ男性の上本先生と話したおかげか、今夜は普通に接することが出来たのに。
頭の中を告白のことでいっぱいにする、という先生の狙い通りの状態だ。
ということは、この問題が解決したら、また元に戻ってしまうのだろうか。いや、だからと言ってこのままの状態がいいわけじゃないし……
「はぁ……」
僕は気持ちを落ち着かせるため、湯船に浸かりながら、身体を伸ばす。そうしたら、手首のあざが目に入ってしまった。あざ、まだ消えないな……
炭谷さんからは温めるといいって教わったけれど、すぐに治るわけではないみたい。
湯船の中の自分の身体を見つめる。隆太はそんなに僕の裸を見たかったんだろうか。確かに、どこから見ても女の子の身体だけど……っていけない。隆太のことは考えないようにしないと。
そもそも、こんな身体だと、夢月ちゃんに告白しても信じてくれるかどうか。
僕はもう一度ため息をついて、物思いにふける。
夢月ちゃんとは昨日拒絶するように部屋から追い出してしまってから、何も話していない。あんなに心配かけてしまったのに。謝らないといけないな。
僕は夢月ちゃんの顔を思い浮かべながら、それ以外にも、何かを忘れているような気がしてきた。なんだっけ……
ぼんやりと考えて、不意に思い出した。
――って、しまった! まだメールの返事出していないっ。
僕は反射的に立ち上がって、立ちくらみと湯の重みでバランスを崩しかけてしまった。
夢月ちゃんってそういうのあまり気にしない人だけど、今回のメールは、普段のたわいのない雑談とは違う。黙ったままだと心配させてしまう。
僕はお風呂から飛び出ると、身体を急いで拭いて自室に戻った。
携帯電話を手に取る。あれ以来、夢月ちゃんから連絡は来ていない。
僕は返信しようと文章を頭の中で考える。――けれど、それがもどかしくて。気づいたら、直接夢月ちゃんに電話をかけていた。
思わず時間や都合も考えずに電話してしまった。
けれど、今切っても、逆に心配させてしまうかもしれないし……
不安になったとき、電話がつながった。
「もしも……」
「優希っ? 大丈夫? 良かった……声が聞けて。本当、ごめん。なんて言っていい分からなくて変なメールしか送れなくて。けどその……」
夢月ちゃんが慌てた声で一気にまくし立ててくる。
いかに夢月ちゃんが僕を心配してくれていたか、僕が心配をかけてしまっていたか、すごく伝わって来る。
そんな夢月ちゃんの声を聞いて、僕の心は決まった。
結果なんて構わない。これだけ心配してくれている夢月ちゃんに説明しなくちゃいけない。……たとえ、避けられるようなことになっても。
「夢月ちゃん、あのねっ――」
僕は夢月ちゃんの声をさえぎるように、強めの声で言った。
「なっ、なに?」
夢月ちゃんが急に緊張した様子で聞き返してきた。
僕はゆっくりと、噛みしめるように告げる。
「話したいことがあるんだ。――明日、僕の家に来てほしい」
「……分かった。明日ね」
僕の言葉から何かを感じ取ったのか、夢月ちゃんはそれ以上何も聞こうとはしなかった。僕たちは時間だけ決めて、電話を切った。
まだ昔のことを話すって告げたわけじゃない。明日、家に来た夢月ちゃんに、別の話だってすることできる。
けれど、もう迷わない。
夢月ちゃんに、すべてを打ち明けるんだ。
☆☆☆
翌日。いよいよ約束の時間が近づいてきた。
準備は終わった。あとは夢月ちゃんにどう説明するか、何度も頭の中でシミュレーションを繰り返す。
呼び鈴が鳴った。――夢月ちゃんが来た。
僕は部屋を出て夢月ちゃんを出迎えた。
「ごめんね。わざわざ家まで呼んじゃって」
「いや……別に」
夢月ちゃんが険しい顔をして、言葉少なに玄関に上がる。いつもは手ぶらで来ることが多いんだけど、今日はバックを持参してきていた。
階段を上って、僕は夢月ちゃんを部屋に招き入れた。
夢月ちゃんは、一瞬躊躇した様子を見せたけれど、僕に続いて部屋に入った。
「部屋の模様替えしたんだ……」
「……うん。絵梨姉ちゃんがね。気に入っていたのもあったんだけど」
「そっか」
少しでも一昨日の出来事を忘れられるよう、絵梨姉ちゃんなりの判断だと思う。
「――で、話したいことって……」
夢月ちゃんが僕の向かいに座り、緊張した面持ちで聞いてくる。
僕は用意していた写真の束をテーブルに置いて、夢月ちゃんに見せた。
「これは?」
「僕の子供の頃の写真。上から順に、一枚ずつ見てほしいんだ」
「――分かった。そういえば優希の子供の頃の写真って、初めて見るかも」
その通り。だって見せないようにしていたから。
夢月ちゃんは最初は戸惑っていた様子だったけれど、写真を何枚か見ているうちに、緊張が解けてきたのか、いつもの調子に戻ってきた。
「へぇ。これが噂の九州時代の優希か。可愛いじゃん。でもこれを見ると、優希って男の子っぽく見えるよね。スカート穿いている写真もないし」
昔の写真の中には隆太の姿が写っている物もあるので、選ぶのは苦痛だった。けれど、夢月ちゃんに知ってもらうにはこれが一番いいから。
「あれ?」
何枚か見ているうちに、夢月ちゃんが違和感を覚えたようだ。
これは前の小学校に転校した初日に撮った写真だ。玄関前で撮られた僕は、半ズボン姿で、普通は男の子が背負うような黒いランドセルを身に着けている。この写真だけではない。他にも、女の子としては違和感のある写真が続いてく。
写真の中の僕が一緒に遊んでいる相手は男の子ばかりだ。運動会の写真も男子に混ざって競技している姿が写っている。当たり前だけれど、スカートを穿いた写真は皆無。髪の毛だって、今よりずっと短い。
そしていよいよ、夢月ちゃんが問題の写真に目を通した。
プールの写真。そこに写っているのは、上半身裸の僕。海パン姿。胸が膨らみ始めるほんの少し前に撮られたものだった。幼稚園児くらいの年齢なら、女の子が上半身裸でも違和感はない。けれど、写真の中の僕は去年のもの。小学六年生の僕だ。
「これ、優希だよね? え? でも……」
夢月ちゃんがさすがに戸惑った声を上げる。
僕はすぅっと息を吸った。
今だ。
今、言うしかない。
「夢月ちゃん。あのね。――僕は、去年まで男の子だったんだ」
「え? 何を言って……」
そんな馬鹿なって表情を見せる夢月ちゃん。けれど僕の真剣な顔と写真の中の僕を見比べて、混乱している様子だ。
「半陰陽って病気、知ってる?」
夢月ちゃんが黙って首を横に振る。まぁ夢月ちゃんが知っていたら逆に驚きだけど、なんて失礼なことが思い浮かびつつ話を進める。
「早い話が、男と女の特徴が混ざって生まれてきてしまう症状なんだ。僕の場合、身体の中は女の子だったんだけど、外側は男の子として生まれてきたんだ。だから、両親もお医者さんも、僕自身も気づかないで、男として生活してた」
「外側が男の子って、単に男っぽい顔つきってこと?」
「そうじゃなくて……その、男性器が付いていたってこと」
昔は普通におちんちんって言っていたけれど、最近は恥ずかしくてすっかり口にできなくなってきた。
「えっ……それって、その、優希には男のちん――アレが生えてたってわけ?」
そう言って写真の海パン部分をじろじろと見つめる夢月ちゃん。恥ずかしいのであまり見てもらいたくないんだけど。
「で、でも。旅館で優希と一緒にお風呂に入ったときは確か……」
「うん。手術して普通の女の子のようにしてもらったんだ」
僕は頷いて話を進める。
「その写真の後、秋ぐらいからかな。女の子みたいに胸が膨らみ始めたんだ。体調も悪くなってお正月に病院で診てもらってようやく、僕の身体の中が女の子だって分かったんだ」
夢月ちゃんは黙って聞いている。
「卵巣を摘出して、男性ホルモンを打ち続ければ、今まで通り普通に男の子として生きていくこともできた。けれど、僕は手術して女の子になる道を選んだ。男の子のまま通っていた学校を転校して、そのまま病院で手術を受けて、この家で、宏和伯父さん・雪枝さん・絵梨姉ちゃんにお世話になりながら暮らすことになった。……そして入学式の日、夢月ちゃんと出会った」
夢月ちゃんはいまだに黙ったままだ。
それが不安になってきて、だんだん僕の口調は早口になっていく。
「僕は夢月ちゃんやみんなに黙ったまま、一緒に着替えたりお風呂に入ったりしていたんだ。ほんと、気持ち悪いよね。軽蔑したよね。怒ったよね……」
思わず涙が浮かぶ。
「ちょっと待って。今の優希は女なんでしょ?」
「う、うん」
「だったら、問題ないじゃん」
「でっ、でも。みんなに黙ってて嘘をついていたんだよっ。――夢月ちゃんだって、内心怒ってるんでしょ? 男から女に変わるなんて、気味悪がってるんでしょっ」
感情が高ぶって、声を荒らげてしまう。
「怒ってない。気味悪がってもないって」
そんな僕をなだめるように夢月ちゃんは言った。
「だって――私も優希と同じだったから」
――え?
僕は思わず言葉を失った。
それって……
夢月ちゃんが言った。
「私も男の子だったんだ」
解決まであと三話を予定していますが、ちょっと毎日更新がきつくなってきました。もしかすると遅れるかもしれませんがご了承お願いいたします。




