号泣
「えぇっ。それでその友達に全部話しちゃったの?」
「う、うん」
家に帰って今日のことを絵梨姉ちゃんに報告すると、絵梨姉ちゃんは予想以上に驚いた様子を見せた。そして、少し非難するような口調で僕に告げる。
「……優ちゃん。あまりそういうことはしない方がいいよ」
「うん……。本当は黙っているつもりだったんだけど、やっぱり本当のことを言いたかったし。それに、隆太って噂話とかあまり好きじゃないから、僕のことが他の人に広まることはないと思う。だから、みんなに迷惑をかけることないと思うけれど……」
「それもそうだけど、男子トイレに入ったり、胸を触らせたりしたことよ。昔はどうあれ、優ちゃん、今は女の子なんだから」
「う、うん。ごめん」
絵梨姉ちゃんの剣幕に、僕は思わず謝ってしまった。それについても少しは反省している。けど、結局は何もなかったわけだし。
僕は雰囲気を変えるように言った。
「それでね、明日隆太を家に呼ぶことにしたんだ」
「明日って急ね。……何時ごろ?」
「えっと、午後の二時くらい」
絵梨姉ちゃんが顔を曇らせた。
「明日の午後って、母さん確か用事があって外に出てるよね。私も部活があっていないし。別の日にしたら?」
「え? どうして?」
「どうして、って。優ちゃんは女の子で、その友達は男なのよ」
「大丈夫だって。隆太だよ。問題ないって」
絵梨姉ちゃんの心配の意味が分かって、僕は笑ってしまった。
隆太は僕の男の子時代を知っている親友だ。絵梨姉ちゃんが心配しているようなことが起こるわけない。
絵梨姉ちゃんはまだ不満げな表情をしていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
ただ絵梨姉ちゃんの反応が鈍かったので、その日の夕食、雪枝さんたちの前で、隆太の話題は何となく出せなかった。
☆☆☆
翌日。
冬晴れの空のもと、僕は誰もいない家を出て、隆太を迎えるために駅まで歩いて行った。
昨日は僕が申告するまで隆太に女の子だと気づかれなかった。男の子のフリをしていたときは、ラッキーって思っていたけれど、時が経つにつれて、今は女の子なのにどうなの? って気持ちになった。
そこで今日はリベンジのつもりで、もこもこの厚着から、一目見て女の子と分かるような格好をしてみた。
上はリボン付きのセーラーブラウスに、ピンクのカーディガン。下はチェック地の短めのプリーツスカートに、ニーソックス。アイドルグループが着ているような、女子校生の制服を模した格好だ。制服っぽい服装なら、冬に薄着で外に出ても目立つことはないしね。
ちなみに以前、耕一郎くんが絶対領域にすると暖かいって言っていたけれど、普通に風が冷たくて足が寒かった。学校が始まったら、一言文句を言ってやろうと思う。
僕が着いて間もなく、電車が駅に入って来て止まった。時間帯だけに降りてくる客は少ない。その中に隆太の姿を見つけ、僕は大きく手を振った。
「おーい。隆太―っ」
そんな僕に気づいた隆太が、驚いた様子を見せながら、こっちにやってきた。「……本当に、優希なのか……?」
隆太が僕の身体を上から下までまじまじと見つめる。
重ね着コート姿に比べれば、自慢できるほどじゃないけれど胸の膨らみは一目瞭然だし、お母さんに褒められたことのあるスカート姿だって、似合っているはず。
「はっはっは。どうだっ。思い知ったか」
隆太の目が点になるのを見れて、僕は大満足して胸を張った。
「どっからどう見ても女だけれど……いったい、どういうことなんだよ? 昨日あんな状態で別れて、ずっと悶々と考えさせられたんだぞ」
「ははは。ごめんごめん。隆太時間がなさそうだったし。詳しくは歩きながら話すから」
僕は家までの道のりを隆太と並んで歩きながら、病気のこと手術のこと、その後の生活のことを説明した。隆太は相変わらず半信半疑といった様子だったけれど、黙って最後まで聞いてくれた。
「……ごめんね。海外に転校とか、嘘を言っちゃって」
「いや、別にいーよ。訳は分かったし」
「良かった。ありがとう」
ずっと気になっていた、隆太に黙って別れてしまったこと。
それをやっと打ち明けられて、すごく気持ちが楽になった。こんなことなら、もっと早く伝えればよかった。
もっとも隆太の方はまだ完全に納得できていないのか、さっきからちらちらと僕の身体に目をやっていた。
「へぇ。ここが優希の部屋か。やっぱり、なんていうか女っぽいな」
「そ、そうかな」
最初は友達を呼ぶのにも躊躇われた部屋だけれど、引っ越してきてからもう少しで一年。いつの間にか、隆太から見ても女の子っぽい部屋になったのかな。
ちょっとうれしい。
僕たちはお菓子を食べながら、ゲームをしたり、アルバムを見ながら話をしたりした。
「――で、こっちが夢月ちゃんで、こっちが彩ちゃん」
「すげぇ。みんな可愛い子ばかりだな」
「でしょでしょ」
「いいよなぁ。優希は。体育の日とか、みんなの裸、見放題なんだろ。こいつの胸なんか、中学生じゃないよなー」
柚奈ちゃんを指さしながら隆太が言う。
最初は僕の部屋に戸惑っていた様子だったけれど、だんだん慣れてきたのか、いつもの隆太に戻ってきた。
「ふっふっふ。残念。体育の日はたいてい下に体操着を着て来るし、そうじゃなくても、制服着たまま着替えちゃうから」
僕は女の子の豆知識を自慢げに披露してやった。
「げっ。マジかよ。けどプールとか、一緒に風呂入ったりして、見たことあるんだろ」
「う、うん。そりゃ……まぁ。けれど、別に見たいわけじゃないから」
「そっか。別に見る必要ないよなぁ。優希は毎日風呂で自分の裸を見放題なんだもんな」
「えっ――。ま、まぁそうだけど……」
なんだろう。話がかみ合わないような……
僕が首をひねっていると、隆太が唐突にとんでもないことを言い出した。
「なぁ優希。ちょっとだけでいいからさ、服脱いで、裸を見せてくれよ」
一瞬驚いたけれど、隆太のたちの悪い冗談だろう。僕は笑って返した。
「えー。やだよー」
「別にいーだろ。毎日見てるんだし。修学旅行のとき、一緒に風呂入っただろ。そーいえば、あの頃から胸はなかったけれど、腰つきが妙に女っぽいというかエロかったよな、お前」
思わず僕は頬を熱くする。自分では気づいていなかったけれど、僕はそういう目で隆太に見られていたのか。
「なぁ、いいだろ。ちょっとだけだから」
「だから駄目だって。昔はともかく、僕はもう女の子なんだから」
「――当たり前だろ。誰が男の裸なんて見たがるかよ」
僕は初めて、隆太の声色が、冗談で言っているものではないことに気づいた。
瞳も笑ってない。
「じゃあ、体触らせろよ。減るもんじゃねーし。元男なんだから、別に気にしないだろ」
「りゅ、隆太……言ってることが矛盾してるって」
「それがどうしたんだよ」
隆太の不躾な視線が僕の胸元に注がれる。僕は本能的に恐怖を感じた。
けれど助けを求めようにも、この家にいるのは僕と隆太だけ。逃げようにも、ここが僕の家だ。
隆太がテーブルに乗り出すようにして、僕の身体に向けて手を伸ばしてくる。
「だっ、駄目……」
僕は怯えながら少し隆太から距離を取ろうとした。けれど隆太はどんどん距離を縮めてくる。
「……これ以上すると、お、怒るよ……」
「ふん。それがどうした」
隆太の手が僕の胸元に伸びる。
「やだっ――」
僕は反射的にそれを振り払った。隆太の顔色が変わる。
「この――っ」
テーブルを蹴とばして、隆太が覆い被さってきた。
「痛っ。何して――っ。いやだっ。隆太、止めて――っ」
プロレスごっこをしたことはあった。取っ組み合いの喧嘩も一度だけしたことがあった。けれど、今僕を押し倒してきた隆太の瞳は、そのときに見せていたものとは全く違って――明らかに、僕をいやらしい目で見ていた。
「やだっ。放してっ。放せっ――っ!」
手足を必死にばたつかせる。身をよじって、何とかして隆太の身体から逃げ出そうとする。
「くそっ! 暴れるなっ」
「いっ――痛いっっ」
ぎゅっと手首を掴まれた。あまりの痛みに僕は悲鳴を上げ、途端に身体が硬直する。
それをいいことに、隆太が胸を触ってきた。胸だけじゃない。足もお尻も、スカートの中も触られた。
「やだっ。やめろっ。駄目っ。お願い、放してっっ」
隆太は血走った目で無言のまま僕の身体を触り続ける。そして服を脱がせようとしてきた。
もともと喧嘩でもプロレスでも負けてばかりだったけれど、今は体格差が違いすぎる。僕の抵抗をあっさりと抑えつけて、隆太がカーディガンの前ボタンに手をかけて、強引に外していく。
「……やっ……やだ……っ……」
その頃になると、僕は抵抗できなくなっていた。
隆太に身体を許したわけじゃない。抵抗しても無理と諦めたわけでもない。
ただただ、恐怖と混乱で身体が動かないんだ。
どうして?
どうしてこんなこと、するの――?
豹変した隆太が怖くて、さらに僕は身を固くしてしまう。
隆太が強引にカーディガンを剥ぎ取る。荒い息を僕の顔に吹きかけながら、ブラウスのボタンにも手をかける。
「い、ぃゃだ……。隆太、もう……止めて」
僕は声を震わせながら懇願するけれど、隆太は手を止めない。ブラウスも肌蹴させられ、キャミソールまで見られてしまった。このままだと全部脱がされてしまう。裸にされてしまう。そして――
「やっ。ダメっ。離して――っっ」
その先のことを想像してしまった僕は、再度力を振り絞って隆太から逃れようと暴れる。
「くっ。この――!」
それが隆太の逆鱗に触れたのか、僕の肩を痛いほど押しつけ、乱暴にキャミを一気にめくり上げた。
お腹と胸元に冷たい空気が当たる。その事実に、僕は恐怖のあまり声も出すことができなくなってしまった。
ブラが隆太の目に晒されている。女の子の象徴である下着。隆太にだけは見られたくなかった。
声が出ない。身体も動かない。目頭だけが勝手に熱くなって、涙が頬を伝う。
隆太は僕を見つめたまま、手を止めた。そして――
激しい音とともに扉が開いて、部屋中に怒声が響き渡った。
「あんた、何やってるのよっ!」
絵梨姉ちゃんの声だ。
隆太は飛び跳ねるように僕の身体から離れた。そして脇にある荷物を掴んで立ち上がる。
「あっ。こらっ。待て!」
揉み合う音。絵梨姉ちゃんの声。
その音は部屋を飛び出て、階段を乱暴に降りる音に変わる。
絵梨姉ちゃんも追いかけて行ったのか、音が重なるようにして、遠ざかって行った。
静かになった部屋で、僕は仰向けに倒れたまま、ただ天井を見つめていた。
どれくらい経ったのだろう。階段のきしむ音が聞こえた。誰かが、上がって来る。
絵梨姉ちゃん? それとも……
僕は必死に身体に力を入れ、何とか身を起こした。
そんな僕の目に写ったのは、そのどちらでもなかった。
「優希……」
部屋の入り口で、夢月ちゃんが僕の姿を見ながら、呆然と立ち尽くしていた。
どうして……どうして夢月ちゃんが……
僕はとっさに胸元を隠し、乱れたブラウスを元に戻そうと手に掛ける。けど手が震えて上手くいかない。
「――優希っ」
夢月ちゃんが部屋に飛び込んで来て、僕をぎゅぅっと抱きしめた。
強く抱きしめられているのに、隆太に乱暴されたときとは全く違って、少しも痛くない。優しいぬくもりが、僕の身体に伝わって来る。
それを感じた途端、緊張の糸がぷつりと切れた。
あ、僕。僕は……
「……うっ……ぅぅ……わぁぁぁ……んん」
すべてを吐き出すかのように。
僕はただ声を上げ続けた。
批判は真摯に受け止めます
レイニー止めにはしたくないので、しばらくは毎日更新する予定です。




