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振袖


「どう、優希? 苦しくない?」

「うん」

 お母さんに帯を整えてもらいながら、僕はこくりとうなずいた。

 隣の部屋のテレビから、芸人さんの笑い声が聞こえてくる。

 年が明けてお正月。僕は年の暮れに選んだ晴れ着に身を通していた。

 白とピンクを主体とした明るい柄の振袖だ。浴衣のときと同様、最初は面倒そうであまり気乗りしなかったんだけれど、実際着てみるとやっぱり着物っていいな、って思う。なんていうか、着ているだけで華やかな気持ちになれるんだよね。

 ちなみにこの振袖はレンタルなんだけれど、レンタル料金は普通の服を買うより高かったりする。けれど、お父さんが「問題ない。むしろ買いたいくらいだ」って何度も強調するので、素直に甘えさせてもらった。

 僕の隣では、同じように絵梨姉ちゃんが雪枝さんに着付けをしてもらっている。こちらは青が主体の柄で、少し大人っぽいところが絵梨姉ちゃんにぴったり似合っている。僕と二人で並ぶと、姉妹に見えるかなぁ?

「私は別に良かったのに」

 と絵梨姉ちゃん。

「まぁいいじゃないの。あと何年もすれば成人式なのだから、その予行練習だと思えば」

 雪枝さんが笑う。

 それにしても、お母さんも雪枝さんも着付けができるってすごいと思う。実際に着せられている身としては何されているか分からないまま、てきぱきとこなしてしまう。二人ともお母さん、つまり僕のおばあちゃんに教えてもらったみたい。

 おばあちゃんは僕が物心つくころには亡くなってしまったけれど、出来ることなら、女の子として会って話をしたかったなぁ。

 そんなことを考えていたら、ふすまの向こうからお父さんが声をかけてきた。

「おーい。まだかー?」

「お父さん。もーいいよー」

 告げると同時に、お父さんと宏和伯父さんが、女性陣がいる部屋に飛び込んできた。そして僕と絵梨姉ちゃんの晴れ着姿を見て、満面の笑みを浮かべた。

「おお。優希。似合っているぞ」

「えへへ。そうかな……」

「絵梨ちゃんも綺麗ですね。とても似合ってますよ」

 お父さんが宏和伯父さんに言う。伯父さんもまんざらじゃない様子だ。

「いやいや。優希ちゃんだって可愛いじゃないですか」

「またまた。そんなこと言って。本当は絵梨ちゃんの方が可愛いって思っているんでしょ」

「まぁ、多少はね」

「はっはっは。けど、うちの優希も数年後にはもっと可愛くなりますから」

「その頃には、うちの絵梨ちゃんだってもっと綺麗になっていますよ」

「もう誰かと結婚していたりしてね」

 雪枝さんの言葉に、宏和伯父さんと、なぜかお父さんまでががーんとうなだれた。

 ……まったく、何をしているのやら。

「それにしても、あの優坊がこんなになるとはなぁ」

 建兄ちゃんが感心した様子でうなずく。お正月と言うことで、珍しく建兄ちゃんも実家に戻ってきている。ちなみに、部屋は僕が占領してしまっているため申し訳ないけれど、昨夜は一階で寝てもらった。

「あんたねぇ。優希ちゃんが女の子になってからもう一年も経っているのよ」

 雪枝さんが呆れた様子で言う。正確には11か月だけどね。

 そんな雪枝さんに対し、建兄ちゃんが笑って答える。

「けど、俺にとってはまだ三日だからなー」

 あ、そっか。

 確かに、女の子になってから建兄ちゃんとは三回(夏休みの日・絵梨姉ちゃんとデートしていたとき・そして今回)しか顔を合わせていない。そう考えると、建兄ちゃんの中ではまだ僕は「優坊」なのかな。

 ちょっと不思議な感じ。悪くはない。むしろちょっと嬉しいかも。


  ☆☆☆


 振袖に着替えた僕たちは、車二台に乗り込んで、近くの水穂神社へ初詣に行った。

 普段の神社はがらんとしているんだけれど、さすがお正月。初詣でたくさんの人で賑わっていた。テレビで見る何とか神宮ほどの混み合いではないけれど、凄い人の数だ。

「優希。駆けまわって振袖を汚さないようにね。レンタルものなのだから」

「分かってるって」

 すでに車の中で何度もお母さんに注意されて耳たこだ。多少汚してもいいってお店の人も言っていたのに。

 それにしても、駆けまわるって、もう子供じゃないのに。

 車を降りて、僕たちはぞろぞろと本殿に向かって歩き出した。振袖自体もそうだけれど、足元も下駄なのでやっぱり歩きにくい。それにちょっと寒い。

 それが原因ってわけじゃないだろうけれど、思ったより、晴れ着姿の人は少なかった。夏祭りの浴衣は結構見かけたんだけどなぁ。手間やお金もかかるからかな。

 そんなわけで、僕たちは目立つのか、周りから視線を感じる。

「――なんか、珍獣の気持ちが分かった気がする」

 僕がそうつぶやくと、隣を歩く絵梨姉ちゃんが笑って否定した。

「何言ってるの。普通に、優ちゃんの振袖姿に見惚れてるのよ」

「まさか。それを言うなら、絵梨姉ちゃんのおかげだよ」

 絵梨姉ちゃんを見れば、周りの人が見惚れるのもよく分かる。

 けれどほんの少しだけ、もしかすると絵梨姉ちゃんの言う通り、僕も絵梨姉ちゃんと同じように、そう見られているのかな。

 自惚れとは違うけれど、お父さんや絵梨姉ちゃんみたいな身内から、女の子として「可愛い」って言われるのには慣れてきた。けれど全くの他人からそう見られていると思うと、ちょっとこそばゆい。

 いやいやいや。やっぱり隣の絵梨姉ちゃんを見ているだけだよね?

 しばらく歩いていると、成人式を控えた大学生っぽい振袖集団がいて、ほっとした。首のところの白いもふもふが暖かそうで、ちょっと羨ましい。

 ちなみに、お父さんはなぜか僕から少し離れたところを歩いている。

「優希が、周りから注目されているのを見るのが楽しい」

 聞いてみると、そんなことを言った。僕としては、そういう視線の盾になってもらいたいのに。役立たずだ。

 そんなお父さんを無視するように、隣を歩くお母さんが言う。

「あ。そうだわ。優希も女の子なのだし、あとで羽子板を買いましょうか」

「え? 羽子板って、羽根つきの? よし、建兄ちゃん、あとで勝負しようよ」

「おう。その顔を墨で真っ黒にしてやるぜ」

「――言っておくけれど、振袖を汚したら承知しないから」

 お母さんににらまれて、僕と建兄ちゃんはしゅんとした。

 そんなこんなで人混みをかき分けるように歩きつつ、ようやく本殿に辿りついた。

 お賽銭を入れて、新年の願い事を思う。

(えーと。去年は何を願ったんだっけ……? って、そうか寝込んでいて初詣行っていないんだ。じゃあ思い切って二年分と言うことで、やっぱり家族やみんなの健康祈願かな……ぁ。あと、みんなともっと仲良くなりたいし……)

 なんてまとまりのないお願いを終えたら、振袖に合わせた巾着の中に入っている携帯が鳴った。夢月ちゃんからだ。他の人の邪魔にならないよう、端によけて電話に出る。

「もしもし?」

「あ、優希。あけおめー。ねぇ。初詣行った? これからさ、一緒に行かない?」

「あけましておめでとう。実は、今ちょうど水穂神社にいるところ」

「マジ? じゃあ、私も今からそっちに行くね」

「え、今から?」

 そう聞き返したときには、すでに電話を切られてしまった。

 きっと今頃は、神社に向かうため服を着替えているに違いない。

 ――夢月ちゃん、今年も相変わらずだなぁ。

 思わず苦笑してしまった。


 待ち合わせ場所も決めていなかったので、今度は僕から夢月ちゃんに電話して、この場所でそのまま待つことになった。

 それをみんなに伝えたら、お父さんたちも一緒に残ると言い出した。

「先に帰っていても良かったのに。僕ももう子供じゃないんだから」

「いやいや。むしろ子供じゃないから、心配なんだよ」

「そうよ。それに夢月ちゃんに新年のご挨拶もしたいし」

 さすがに秋山家の四人も加えて七人で待っていたら、夢月ちゃんも恐縮しちゃうので、僕たち家族はここで絵梨姉ちゃんたちと別れて、夢月ちゃんを待つことにした。


   ☆☆☆


「おーい。優希。見てみろよこの羽子板。ロボだ。格好いいぞ」

「……あのねぇ。優希は女の子なのよ。可愛いものを選ぶべきよ」

「あ、そうか。ならこれだな。ほら、プリキュワだぞ。日本で今流行っているんだよな」

「……だから。優希は何歳だと思っているのよ」

「そうか? 大きいお友達にも人気、って聞いていたけれどなぁ」

 羽子板売り場を物色しているお父さんたちから少し離れて、僕はため息をついた。

 夢月ちゃんが来るのはまだかかるだろうから、少し歩くことにしたんだけれど、二人のノリにちょっと疲れてしまった。

 僕は二人から離れて、人混みに目をやった。

 時間的にはまだ早いけれど、夢月ちゃんのことだ。準備万端で電話してきてすぐ出発している可能性もあるかな。

 相変わらず、人がいっぱいいる。みんな何を願っているんだろう。

 絵梨姉ちゃんと並んで歩いていたときは、振袖姿の人があまり見えなくて不安だったけれど、こうやって少し離れたところから見てみると、それなりに晴れ着の人もいて、ほっとした。みんな綺麗だなぁ。

 一方で男の人の和服姿は全く見られない。よく見る成人式用のはかまは、初詣では関係ないのかな。みんな暖かそうなコートを着ている。中には寝起きみたいな、ぼさぼさ頭の人もいる。

 あれ? あの頭、どこかで見たような……

「って、上本先生っ?」

 僕は思わず大声をあげてしまった。


続きます。

長くなるので二話に分けました。

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