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 ぴぴぴぴぴ……

 目覚まし時計が鳴っている。……鳴っているんだけど。

 僕は覚悟して布団から手を伸ばした。手を出すだけでも冷たい。けど止めないわけにはいかない。もっとぬくぬくしていたいけれど、もう起きないと。

「うーっ。寒い……」

 半纏をまとって一階に降りる。床が氷のように冷たい。

「おはようございます……」

「おはよう。優希ちゃん。今日も寒いわねー。外、雪降ってるわよ」

 雪枝さんの言葉に、僕は思わず耳を疑った。

「ゆっ、雪っ?」

 驚いて窓の外を見ると、灰色のどんよりとした空の下に、ちらほらと白いものが降ってきていた。積もってはいないんだけど、雪なのは間違いないみたいで。

「うぅ。ただでさえ寒いというのに……ぃ」

 以前は雪が降っただけで嬉しくて仕方なかったのに、今は憂鬱な気持ちのほうが大きい。自分でも驚くほどの気持ちの変わりようだ。

 理由は単純。だって寒いんだもん。

 小学校中学年のころはそうでもなかったけれど、去年、身体の変化を隠すため厚着をしてしまったせいか、すっかり寒がりになってしまった。女性は冷え性って言うけれど、その影響もあるのかな。

 それならまた厚着をすればいいんだけど、そうはいかない。

 なぜなら、学校の制服は、スカート(生足)なのだ!

「女の子になって後悔したことってあまりないけれど、今僕は、猛烈に女になったことを恨めしく思っています」

「優ちゃん。諦めなさいって」

 雪を見ながら愚痴っていると、僕より先に出るためすでに制服に着替えた絵梨姉ちゃんが苦笑交じりの声で言った。僕はそんな絵梨姉ちゃんを恨めしげに見る。

「絵梨姉ちゃんはいいよねー。高校はタイツを穿いていいんだから」

 チェック地のプリーツスカートの下から伸びる足は、黒いタイツに覆われていた。タイツってまだ穿いたことないけれど、素足に比べたらずっと暖かいよね。

 ちなみに中学校では靴下は白限定。タイツ・ニーソは禁止である。

「私だって優ちゃんと同じ中学に三年通ったんだから。まぁ生足なんて若い時しかできないんだから、我慢しなさい」

 絵梨姉ちゃんは妙におばさんくさいことを言うと、マフラーにコートを装備して家を出て行った。

 ちなみに、中学ではコート・マフラーも禁止である。



 雪がちらほら舞う中、傘を差しながら、いつものように交差点の前の所で夢月ちゃんを待つ。その間、足が寒いのでもじもじと擦るようにしていたら、やって来た夢月ちゃんに「優希、おしっこ?」と勘違いされた。ひどい。

 そんな夢月ちゃんも、当たり前だけど僕と同じ制服姿だ。けれどあまり寒そうには見えない。

「寒い寒いってしてると、なんか寒さに『負けた』って気になるじゃん」

 僕が指摘すると、夢月ちゃんはそう答えた。寒さと勝負しているらしい。でもそういうことは……

「やっぱり夢月ちゃんでも寒いんだ」

「当たり前でしょ。雪が降ってるんだし。あ、そうだ。せっかくだから、アレしない? 『寒い』って言ったら罰金ってやつ」

「うん。いいよ。その勝負受けて立つ」

 こうして僕たちは、小学生のような勝負をしながら学校に向かうことになったんだけど。

「…………」

「…………」

 警戒して会話がなくなってしまった。

 寒い寒い寒い――

 心の中で思う存分好き放題言っていたら、夢月ちゃんが話しかけてきた。

「ねぇ。優希。『むいさ』を逆さから言ってみて」

 僕は少し考えて答えた。

「……えーと。……さいむ?」

「……あれ。寒いって言わせようと思ったのに」

「素で間違えたんだ。って、夢月ちゃん、今、『寒い』って言ったよね」

 僕がここぞとばかりに突っ込むと、夢月ちゃんもにやりと笑ってやり返す。

「その優希も、たった今、その言葉を口にしたぞ」

「あっ――しまったっ」

 とまぁ、そんなおバカな会話をして寒さを紛らわせながら、僕たちは学校へとたどり着いた。



「ふあぁぁ。温かい~」

 中学校の教室に暖房はついていない。

 けれど、各教室に一台ずつ、石油ストーブが置かれている。

 朝からそこを女子の一団が占領するのが風物詩になっていた。もちろん、僕もその中に躊躇なく突っ込んで暖を取る。ついでにみんなと寄り添うことで暖もアップするのだ。

「おい、女子。ストーブ占領してずりーぞ」

 僕の背後から義明くんが非難の声を上げる。さすがの義明くんでも、女子の輪の中に突っ込んでくることはできないようだ。

「いいんだよ。僕たちはスカートで寒いんだから」

 僕がそう返すと、みんな(女子)から、「そーだ、そーだ」と賛成の声があがった。

「くぅ~。入学時は男とばっかつるんでいた栗山もすっかり女の一員になってしまったか。おとーさんは悲しいぞ」

 義明くんはそう憎まれ口をたたいて席へと戻っていった。

 ――女子の一員かぁ。

 みんなに逆に抱きつかれて暖を取られながら(小さいから抱きやすいみたい)、僕は義明くんの言葉に考えさせられてしまった。

 四月の頃だったら、抱きつかれるどころか、みんなのシャンプーの香りを嗅いだだけで顔を真っ赤にしてしまっていたけれど、今ではすっかり平気だ。

 それは女の子として当たり前のことなんだけど、元男の僕からすれば、大きな成長って言えるんじゃないかな。



「うぅぅ。寒い……」

 ストーブは教室の窓側前方に置かれている。けれど、僕の席は廊下側後方。つまりストーブから大きく離れているわけで。授業が始まる前、席に着いた途端、寒さが身に沁みて来た。

「ねぇ。柚奈ちゃん。明日からタイツ穿いてマフラーして学校に来ない?」

 僕は後ろを振り返って、柚奈ちゃんに話しかけた。

「ほうほう? その心は?」

「クラスでファッションリーダー的な柚奈ちゃんが率先してやれば、みんなも真似しやすくなるかなーって」

「おおっ。いいね。タイツ。そそるよな」

 僕の無茶振りに、柚奈ちゃんの隣に座る義明くんが反応した。

「ふぅん。でも残念。タイツは校則違反なんだな~」

 そう言って、柚奈ちゃんが義明くんを小突く。背中までかかる長い髪の毛も一応校則違反なんだけど、比較的大目に見てくれる髪型と違って、服装はやっぱり厳しいのかな。

「なにっ。じゃあ、ニーソはどうなんだ? そういえば、女子を見ると誰もしていないような気がするが……まさか」

 義明くんが大げさに、震える声で聞いてきた。そんな義明くんのノリに合わせて、僕も仰々しく頷いて答えた。

「うん。ニーソも校則違反」

 義明くんがこの世の終わりのような顔をした。女子の校則って男子は知らないんだね。まぁ、逆に僕も男子の詳しい校則知らないけど。

「でも、ニーソックスって、それなりに保温効能があるみたいだよ」

 そんな僕たちの会話に、右前の席の耕一郎くんが加わる。

「つま先や膝は冷えると寒いだけだけど、太ももは冷やすことによって、逆に身体が熱を発して暖かく感じるって話なんだ。そう考えると、ニーソックスは機能的なんじゃないかな」

「へぇ」

 その話に、僕と柚奈ちゃん、さらに夢月ちゃんも反応した。

 柚奈ちゃんや絵梨姉ちゃんがよく見ているファッション誌でも、足を冷やすと脂肪が増えて太るとか、逆に引き締まるとか、色々言われていて、どれが正解か分からないけれど、さらにそんな説もあるんだ。寒いのに温かいって、人間って不思議。

「なるほど。耕一郎は絶対領域派か」

 義明くんが、うんうんとうなずいた。微妙に曲解しているような気がするけど。

「俺がタイツで、耕一郎が絶対領域。ということは――」

 僕の隣、ちょうど会話の真ん中にいるのに、我関せずとしていた稔くんに、義明くんが話を振る。

「じゃあ、稔は素足派だな」

「おいっ」

 と、さすがに稔くんが声を上げた。けれど否定はしなかった。

 それってつまり……

 僕はなんとなく白い目で稔くんを見る。

「ふぅん。稔くんって、生足が好きなんだ……」

「だから、なんでそうなるんだよっ」



「へぇ。そんなことがあったの」

「うん」

 部活の時間。今日は家庭科室で調理実習だ。

 沙織先輩と並んで豚汁の具を切りながら、今朝の話をする。ちなみに家庭科室は冷暖房完備なので暖かい。ずっとここに居たいくらいだけど、豚汁食べてボーっとしていたら眠くなっちゃうかも。

「言っておくけれど、僕はあくまで人体における体温調節の話をしただけで、別にニーソックスが好みとかそういうわけじゃないからね」

「はいはい」

 絶対領域派の耕一郎くんが、しつこいくらいに釈明してくるのを、僕と沙織先輩は笑いながら流す。

 ソックスが長いと動きにくいから、ニーソックスはあまり穿いたことがない。冬に入ってから、制服以外ではスカート穿く機会すらあまりないけれど、今度試してみようかな。

「でも、学校じゃニーソックスもできないよね」

 僕がそうつぶやくと、沙織先輩が何かを思い出したかのように手を合わせた。

「あ、それならこれはどうかしら」

 そう言って沙織先輩が隣の家庭科準備室(兼部室)から持ってきたものは、毛糸で作られたひざ掛けだった。



「おー。すげー、温かい!」

「でしょ、でしょぅ」

 雪が降っているので、体育館で部活を行った夢月ちゃんと待ち合わせして、一緒に帰る準備をしながら、沙織先輩にもらったひざ掛けを試しに使ってもらったら、予想以上に好評だった。

「これ、優希が作ったの」

「ううん。これは沙織先輩が去年作ったもの。けど今度部活で、僕も沙織先輩に教わりながら作ろうかなって」

「いいなぁ。ねぇ、私にも編み方教えてよ」

「いいね。それじゃ今度、みんなで毛糸を買いに行こうよ」

 柚奈ちゃんや彩ちゃんに、香穂莉ちゃんも。みんなでいろいろな柄のひざ掛けを作ったら面白そうだ。

 冬は寒いし、スカートも寒いけれど、寒ければ寒いなりに知恵を出して乗り切ろうとするのは、楽しい。


 ――とはいえ。

 ひざ掛けが本領を発揮するのは、教室で座っているときだけで。

 相変わらず小雪が舞う空と、吹き荒れる北風に、僕たちは昇降口で立ちすくんでいた。

「……雪が止むのを待つか、走って帰るべきか、どっちがいいと思う?」

「さぁ……?」



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