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体育祭(当日)

 どどどどど……!

 まさに地鳴り。

「行けーっ」

「ぎゃぁぁあぁっっ」

「ぶっ潰せ! 蹴とばせ! 足ひっかけろっ」

「うりゃぁぁ。突撃ぃぃ」

 あたりに怒声が響き渡る。……うっ、怖い。

 女の子になってもうすぐ一年。女の子がみんなおしとやかじゃないことぐらい、とっくに分かっていたけれど、今日、さらにその本性を見た気がする。

 女子一年生による集団種目「騎馬戦」の開始だ。

 僕は体が小さいこともあって上に乗る役。支えるのは、香穂莉ちゃん・つばささん・柚奈ちゃんという比較的背の高い子が集まった主力部隊だ。

 香穂莉ちゃんの作戦で突撃を遅らせ、戦いの様子を探ることしばし。

「さぁ優希さん。ちょうどいい具合に乱戦になってきました。隙を見て、突撃しますよっ!」

「う、うんっ」

 香穂莉ちゃんの合図とともに、僕も怒声が巻き起こる集団に突っ込んでいった――



 秋晴れの下、水穂中学校の体育祭が始まった。小学校のときのと違って、休日じゃなくて平日開催だ。一年生から三年生まで四つのクラスごとに赤・白・青・緑の組に分かれて戦う。僕たちは二組なので、白組。二年二組の沙織先輩とも同じチームである。

 現在白組は第二位。一位は緑組。四組には文化祭でも負けただけに、なんとしても逆転したい。

「おりゃぁぁっ」

「緑っ。そっちの緑組の騎馬を狙って!」

「てめっ、痛てぇ、くぉぁらぁっ」

「痛っ。っぅ、このぉっ、負けるかぁぁっっ」

 元男とか、相手が女の子とか、そんなこと関係なく、僕は片手で帽子を押さえながら、無我夢中で右手を振った。服を掴み掴まれ、髪を引っ張られ引っ張り返して、顔をひっかかれ、ひっかいて――

 僕たちに限らず、いたるところで熾烈な『女の闘い』が繰り広げられる。

 小学校のとき、男子として騎馬戦の上をやったことあるけれど、それ以上に熾烈に感じたのは、中学校だからか、それとも女子同士だからだろうか。――って、そんなことをゆっくり考えている間もなく、次の騎馬に突撃していく。


 終了の笛が鳴り響いたとき、馬上にいる僕の手には、四つの帽子が握られていた。



「お疲れー。……なんていうか、凄かったな」

「あ、ありがと……」

 騎馬戦が終わり、次の種目に出る男子たちとすれ違う際、義明くんから声をかけられた。その尊敬と言うか、ちょっと引いたような視線に僕は反省。さすがにちょっとやりすぎたかな。

 稔くんに至っては、僕が声をかけたら露骨に視線を逸らす有様だし。

 でもさすがにそれは酷いんじゃないかな……って思っていたら、柚奈ちゃんにこつんを頭を叩かれて指摘された。

「くりゅ、体操着の襟から、肩紐がはみ出てるよん」

「あわわっっ」

 柚奈ちゃんに言われて肩を見ると、騎馬戦で乱れた体操着の襟元がひろがっていて、ブラの紐が思いっきり露出していた。きっと稔くんはこれを見て、顔を逸らしたんだろう。うーっ、恥ずかしい。言ってくれればよかったのに――って、面と向かって指摘されるのも恥ずかしいけど。

 とまぁ、僕が席に戻ってもんもんとしている間に、男子の競技が始まった。組体操である。

「女子が戦闘系で、男子が芸術系って、なんか競技の配分が間違ってる気がしない?」

「まー、あたしらでアレだからねぇ。三年の男子がやったら、怪我人ホイホイで自粛したんじゃない?」

 夢月ちゃんと柚奈ちゃんがそんな会話を交わす。そのため騎馬戦をやらされた一年女子としては、それを素直に納得しづらいけど。

 まぁ確かに男子は迫力あるよね。今やってる組体操がまさにそうだ。たった一年前なのに、小学校のとは大違いだ。ひとつの演技が終わるたびに、拍手が沸き起こる。

 続いていわゆる、ピラミッド。一番上に登るのは、男子の中で小柄な耕一郎くんだ。僕も去年は男子として一番上に登ったんだっけ。そう考えると、背が小さい人って、普通の人より色々な経験をしているのかな。

 ピラミッドも無事成功。みんなに合わせて僕も精いっぱい手を叩いた。

 ところが――

「ねぇ。今ちょっと、変な感じじゃなかった?」

「え? そうかな」

 ピラミッドを崩していくところを見て、夢月ちゃんが言った。僕は特に異変を感じなかったんだけど、お昼休みに、夢月ちゃんの指摘が正しかったことが判明した。



 午前の部が終わり、お昼休憩の時間になった。青空のもと、雪枝さんが作ったお弁当をみんなと食べていると、なんか男子の方が騒がしいことに気づいた。

「何かあったの?」

「さっきの組体操で、相内が足を捻挫したみたいなんだ」

「ええぇっ」

 相内くんは運動神経が抜群で、クラスのリレーのアンカーを務める予定だ。

「まぁ、俺的には余裕なんだけど、保健の先生に止められてな。まー、アンカーの大役から逃げられて、ラッキーだわ。ははは」

 保健室に向かった僕たちを、相内くんが笑って迎えてくれた。けれど僕たちは誰も笑えなかった。相内くんが本気で言っているとは思えなかったし、空元気と悔しさが入り混じっているのが見て取れたから。

 周りにどんよりとした空気が流れる。

「ねぇ、じゃあ誰がアンカーをやるの?」

 夢月ちゃんが口に出しづらいことをきっぱりと言った。

 相内くんの怪我も心配だけれど、相内くんが出られない以上、誰かが代わりに最後の男女混合リレーに出場しなくちゃいけないんだ。

 けれど周りの男子は誰も立候補しようとしない。もどかしい。もし僕が男子だったら名乗り出るのに。――ううん。嘘。もし僕が男子だったとしても、アンカーの重圧からとても立候補なんてできない。

 それでも、女子たちの非難のまなざしが男子陣に向けられる。

 とそんな雰囲気を打ち払うような声があがった。

「仕方ないなぁ。ここは俺、1-2の秘密兵器の出番かな」

 義明くんだった。そんなに足が速いとは聞いていないけど、きっぱりとアンカーを買って出たのだ。

「よし。私たちで頑張ろう」

「あぁ」

「そうね」

「おおいっっ」

 夢月ちゃんたち他のメンバーの反応に義明くんが声を上げる。その様子に周りから笑いが起きた。

 こうしてリレーのアンカーは義明くんが代わりを務めることになった。


「でも、ああいう場面で名乗り出れるなんて格好いいよ。僕が女の子だったら、惚れていたかもしれないよ」

 解散して席に戻る間、みんなの反応に不満げな義明くんを励ますように、僕は声をかけた。

 ところが、僕がそう言った途端変な空気が流れた。義明くんは思いっきり戸惑った様子を見せるし、柚奈ちゃんに至っては、なぜか絶句状態。

 あれ? ちょっとした冗談のつもりだったんだけど。

 きょとんとする僕に向け、彩ちゃんがどこかワクワクした様子で聞いてくる。

「優希ちゃんだって女の子だよね。ということはということは――っ!」

 ああっ。そうだったっ。

 小学校のころからの定番の冗談なんでつい口に出ちゃったけど、今の僕は女の子なんだから、冗談になっていないって!

「違う違う、言い間違え。男だったら惚れているって、言いたかったの! なんていうか、同性として」

「いやぁ、男に惚れられてもなー」

 僕の訂正に、義明くんがほっとした様子で笑った。

「うん。そうそう。たちの悪い冗談だから!」

「ていうか、自分でたちの悪い冗談ゆーな」

 柚奈ちゃんに笑いながら小突かれ、僕も笑った。

 良かった。なんとか誤魔化せたみたい。

 そんな僕の耳元に、彩ちゃんが楽しそうにささやいた。

「――優希ちゃん。グッジョブだったよー」

「あはは……」

 僕は誤魔化し笑いをしつつ、顔を逸らすと、稔くんの姿が目に入った。

 あれ? 気のせいか、その表情はどこか不機嫌そうに見えた。


  ☆☆☆


 午後一番の競技は、障害物競走。いきなり僕の出番だ。

 今は体育祭運営委員の人がコースを僕たちや観客の人に分かるように説明しながら試走している。

 スタートしてすぐ、麻袋に入って飛び跳ねるように、バットが置いてある場所まで移動する。続いてそのバットを支点にしてその場でくるくると五回って平均台へ。その次には、網の下を潜り抜け、横倒しになったはしごの隙間を通り抜け、スプーンにピンポン玉を乗せて走って、最後に借り物競争。お題に書かれたものを持ってゴールまで駆け抜ける。そんな流れみたい。

 運営委員の人が「誰か、誰か、頭の毛の薄い方、薄い方いらっしゃいませんか?」なんて言いながら、渡辺先生を引っ張っていこうとする。渡辺先生が「誰が薄い方だっ」と抵抗すると、みんなから笑いが起きた。たぶん台本通りなんだろうけど。

 そんなお遊びの感覚が強い障害物競走だけれど、これも得点に加算されるのだ。最後のリレーに不安があるだけに、負けられない。

「位置について、よーい…………スタートっ」

 号砲とともに僕は走り出した。


「はぁ……はぁ」

 スタートから順調だったんだけど、スプーン運びに苦戦して、僕は二位で、借り物競争のお題が入った封筒を手にした。焦る気持ちを抑えて、封筒からお題の紙を取り出して確認する。――こ、これはっ。

 僕はすかさず客席に向かって走り出した。向かうは僕のクラスだ。

 最初に紙を取った子が「誰か。2Lのペットボトルを持っている人はいませんかー?」と尋ね回ってる。けれど、僕は探し回る必要がない。

「柚奈ちゃん! 一緒に来てっ」

「あ、うん」

 僕は驚いた様子の柚奈ちゃんの手を引っ張って、ゴール目指す。さすがに走り疲れて足が重い。

 そんな僕に向け、柚奈ちゃんが走りながら声をかけて来た。

「ねぇ。くりゅ。さっきの……」

「えっ? なに?」

「ううん。なんでもない。義明、格好良かったよね」

「――えっ?」

「ほら。走るよ。相手も追って来てるぞー」

「うわぁっ」

 逆に、僕が引っ張られるようになりながら、二人してゴールに向かう。

 一位だった子も、ペットボトルを持って同じようにゴールを目指している。

 けど先にゴールを駆け抜けたのは、僕たちの方だった。

 はぁはぁと息をついていると、体育祭委員の人が、柚奈ちゃんでお題が合っているかどうか、会場の皆にも分かるようにマイク片手で確認してきた。

「お疲れ様です。お題は何ですか?」

「きょ――じゃなくて、髪の長い人、です」

 僕は慌てて言い直した。柚奈ちゃんのトレードマークは腰まで伸びる長い髪。今は体育祭仕様ということで二つに結わえてあり、どこかのボーカロイド状態だ。これなら、文句ないはず。

「えっと……OKです。おめでとうございます!」

 委員の人が女性だったおかげで、うまく合わせてくれた。

 こうして僕の一位が確定して、会場から拍手が沸き起こった。

「……ふぅん。なるほどねぇぇ」

 柚奈ちゃんが僕の手元にある紙を覗き見て、意味深に呟いた。

 ううっ。ごめんなさい。でもまっさきに思いついたのが柚奈ちゃんだったから。

 きっと男子の委員が悪ふざけで書いたんだろうけど。

 僕が手にしたお題には『巨乳』と書かれていた。

 まったく、男子ったら……


  ☆☆☆


「夢月ちゃん。頑張ってね」

「おう」

 そしていよいよ体育祭も最終種目を迎えた。現在白組はトップ。このあと二年生・三年生とリレー競技は続くけれど、リードを広げた状態でバトンを渡したいところだ。リレーだけに。

 第一走者は菊池つばささん。眼鏡をくいっと押して位置に着く。

 そして号砲が響いた。


「あっ」

 少しスタートが出遅れたっ?

 それでもさすがつばささん。盛り返して三位になる。けれど一位との差は縮まらない。そのまま第二走者の稔くんにバトンが渡る。

 遠くから見ても気合十分な稔くんはバトンを受け取るや否や、一人抜いて二位に上がった。速いっ。綺麗なフォームで、一気に一位との差も縮める。並ぶ。そして――抜いた!

 僕は応援も声を出すのも忘れて、その走りに見入ってしまった。個人の100mでは三位だったのに、それが嘘のような素晴らしい走り。

 一位のまま、稔くんから第三走者は夢月ちゃんへバトンが渡る。こちらは個人戦堂々の一位だ。

 流れるようにバトンを受け取った夢月ちゃんは、一気に加速した。後ろとの差をさらに、どんどん広げていく。歓声が学校中に響き渡る。

「行けーっ」

 気づいたら、僕もみんなと一緒に絶叫していた。

 そしてアンカーの義明くんにバトンが渡る。

 決して遅くない。けど、他は陸上部のエース級。見る見るうちに、どんどん差が縮まって来る。僕も祈るような気持ちで声を張り上げる。そして――

 最後は並ぶようになりながらも、義明くんが先頭でゴールテープを切っていた。


「おめでとう! お疲れ! すごかったよ! 夢月ちゃん。ありがとうっ」

「そんなにたくさん言われても分からないよ」

 僕は夢月ちゃんの姿を見つけるなり飛びつくように抱きついた。興奮する僕に抱き付かれた夢月ちゃんは、心地よさそうに僕の髪の毛をなでながら笑った。

「あ、ごめん。僕ったら、つい……」

 僕は我に返って夢月ちゃんから離れた。興奮して思わず抱き付いちゃった。当たり前だけれど、女の子である夢月ちゃんの身体は柔らかかった。

「いいって。足の速い子が第一走者だったから、第三走者の私が目立っただけよ。それにお礼なら私じゃなくって、金子にも言ってやりなよ。私が速く走れるようになったのも、トップでバトンを受け取れたのもあいつのおかげなんだから」

 上機嫌なのか、夢月ちゃんが珍しく稔くんを立てた。

 その稔くんは、義明くんと一緒に男子たちから手荒い祝福を受けている。

「それに、あいつ優希が昼休みに変なこと言うから、妙に気合が入っていたよ」

「――え?」

 僕は思わず聞き返してしまう。

 そんな僕の背中を夢月ちゃんが「とりゃ」と押す。突き飛ばされた僕は、てててと男子の輪に入り込んでしまった。

「栗山?」

 急に乱入してきた僕に気づいた稔くんが驚いた様子を見せる。稔くんの顔からは大役を果たした充実感のようなものが感じられた。

 僕はそんな稔くんを見上げるようにしながら、意を決して声をかけた。

「あっ、稔くん。えっと、その――格好良かったよ」

「あ、あぁ。……ありがとう」

「じゃ、じゃあっ」

 僕は逃げるように男子の輪から離れた。――って、なんで逃げるようにしてるんだろ。

 なぜか頬が熱かった。


 その後、二年生・三年生の男女混合リレーが終わり、見事、僕たち白組の優勝が決まった。


  ☆☆☆


 こうしていろいろあった体育祭も終わった。

 教頭先生の閉会の言葉を聞きながら立っていると、冷たい風が身体に当たった。背の順で二列目なので、風が思いっきり当たる。急に寒くなってきた。

「うぅぅっ。寒いぃー」

「そうだね」

 前に並ぶ彩ちゃんが身体を震わせながら言った言葉に、僕も同意した。

 まだまだ続きそうな教頭先生の話を聞き流しながら、僕は冬が近づいて来ているのを実感していた。


次回からようやく冬突入です。

真冬に海の話を書いて、暑くなってきたときに冬の話を書くって…

自分の遅筆に嘆きたい気分です

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