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体育祭(練習)

「それじゃ、これで種目別参加者を決定します」

 壇上に立つクラス委員の義明くんの言葉に、拍手が沸いた。

 秋はイベントの季節。文化祭が終わったと思ったら、次は体育祭だ。小学校の「運動会」と違って、響きが格好いいよね。

 小学校の運動会はみんな同じ種目に参加していたけれど、中学の体育祭は、競技ごとに出場者が決められる。みんな走っていた徒競走も、中学では、クラスの中で足の速い選ばれた人のみが出場できる。

 残念ながら、僕にはそんな大役は重すぎて、全体競技以外では、障害物競走に参加することになった。うん。これはこれで楽しそう。

「栗山の背で、吊されたパンに届くのか?」

「大丈夫。網の下を潜るのは自信あるから」

 茶化す稔くんに、僕は自信満々に返した。障害物の内容は直前まで知らされないみたいだけど、僕みたいに背の小さい人でもちゃんと参加できるようになっているよね?

「はは。まぁ、期待してるぞ」

 そう笑う稔くんは、100メートル走と男女混合リレーに参加する予定だ。

「稔くんって、足が速いんだね。体育が別だから知らなかったよ」

「別に……うちのクラスにたまたま陸上部の男子がいなかっただけだろ」

「でも、選ばれるのはすごいよ」

 そうそう100メートル走と男女混合リレーといったら、女子では夢月ちゃんが参加予定。こちらも納得の選考だね。

「体育祭。楽しみだよね」

 僕は前の席の夢月ちゃんに声をかけた。

「あ、うん……」

 けれど、夢月ちゃんからの返事は、どこか気の抜けた感じのするものだった。


  ☆☆☆


 中学入学当初はまだ僕らとそんなに変わらなかったのに、男子っていつの間に成長したんだろう。――僕が変わらないだけかな。

 普段の体育は、男子が校庭を使っているときは女子が体育館、女子が校庭のときは男子が体育館、って感じで分けて使っているんだけど、体育祭が間近ということもあって、今日の体育は両方とも校庭を使用している。

 もちろん合同授業ってわけじゃないんだけど同じ校庭にいるので、ついつい練習の合間に、男子の走り回る姿に目が行ってしまう。

 みんな体格が大きくて、女の子とはスケールが違うんだよね。マンガとかで見る、男子の試合を見てきゃーきゃー騒ぐ女子たちの気持ちが少しだけわかった気がする。

「みんな足速いねぇ」

 僕は同じように順番を待っている間、隣で座って男子の授業を見ている夢月ちゃんに話しかけた。

「そうだね。大崎なんて、小学校のときは私よりずっと足が遅かったのに、今じゃ、あいつの方が足が速いみたい」

「へぇ。すごいねぇ。――あ、でも、それは、男子と女子だから……」

 夢月ちゃんの口調にどこか棘みたいなものを感じて、僕は慌ててフォローを入れた。なんていうか、悔しさみたいなものが含まれている口調だったから。

 けれど、逆効果だったようで。

「仕方ない、ってこと? じゃあ女子は、男子より下ってわけ?」

「そういうわけじゃないけど……」

 夢月ちゃんはどこか機嫌が悪そうで、僕はその強い口調につい押されてしまった。



 どうやら夢月ちゃんはスランプ中のようだ。100m走のタイムも伸び悩んでいるらしい。

「男と女って何だろうね」

 部活が終わった夢月ちゃんと一緒に帰ろうと、教室で帰り支度をしていても夢月ちゃんがその話題を出す。

「夢月ちゃん、もしかして熱ある?」

「失礼ね。私だってたまには考えるよ。まぁちょっと体調悪いみたいだけど」

「ご、ごめん」

「別にいいよ。私も柄にもないこと言っているのは自覚してるから。けど、男子との差を感じたらなんかむなしくなってきて」

「うん。それは少しわかる気がする……」

 手術を受ける前の僕は、男から女になるといっても、スカートを穿いて髪の毛を伸ばして、女の子同士の話題について行くくらいで、そんなに男の子のときとは変わらないと、心の片隅では思っていた。

 けれど気づけば、周りの男子はみんな背丈が大きくなっていて。対する僕はというと身長が伸びない代わりに、他の女の子と同じように胸やお尻が膨らんで(ほんの少しだけど)、その結果、入学当時は女子に交じって体育をするのに抵抗があったのに、今日の授業を見ていると今では、男子に交じる方が違和感ありそうだ。

 それが普通のことなんだろうけれど、僕がもう男の子ではないことを改めて示しているようで、少し寂しかった。

 僕とはちょっと内容が違うけれど、夢月ちゃんも似たようなものじゃないかな。誰よりも運動神経がいい、というのは夢月ちゃんのアイデンティティの一つだと僕は思う。それが女だからと言う理由で、脅かされそうとしている。そんな不安が伝わってきた。

「子供のころはなんとなく、スポーツ選手になりたい、なんて思ってたけど、女の私には無理な話だったんだなって」

「で、でも。女子だって、いろいろなプロスポーツがあるじゃない。サッカーとか野球とか、テニスだって」

「けど、やっぱり男子のスポーツに比べたら、迫力が全然弱いじゃん」

「それは……」

「運動系がダメだったら、私は何をやればいいの? 勉強なんて柄じゃないし、お笑いの道、決定?」

「え、えっと……」

 なんでそうなるんだろう。それともツッコミ待ち? 

 って感じで僕が戸惑っていると、夢月ちゃんがすくっと席を立った。

「ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」

「大丈夫? 気分悪そうだけど」

 夢月ちゃんは、大丈夫、と小さく言って、一人トイレに向かった。



 夢月ちゃんが出てからしばらくして、教室の扉が開いた。夢月ちゃんが戻ってきたのかなって思ったら、稔くんだった。

「あれ、稔くん。部活終わったの?」

 同じ野球部の義明くんの姿はない。体育祭の準備があるからか、そっち優先なのかな。

「ああ。今さっき、木村とすれ違ったけど、体調でも悪いのか?」

「えっと、それは……」

 僕は当たり障りのない程度に稔くんに夢月ちゃんの悩みを話した。

「なるほどな。でもそれは……」

 と稔くんが何かを言いかけたとき、教室の扉が開いて夢月ちゃんが戻ってきた。どこか弱々しい足取りに、僕は席を立って夢月ちゃんのもとに駆け寄った。

「……優希」

「ど、どうしたの」

「アレが来た」

「あれ? お笑いの神様とか?」

「生理」

「あ――」

 僕は自分の天然ボケ体質を恥じた。

「えっと、その、処理は大丈夫……?」

「うん。保健室行ってきたから」

「……そう。えっと、おめでとうと言っていいのか……」

 おめでたいことなんだけど、タイムリーな話題で、男と女について話していただけに、なんともばつが悪い。

 けど僕に初潮を打ち明けた夢月ちゃんは、さばさばとした様子で答えた。

「いや。なんか逆に吹っ切れたよ。やっぱり私は女なんだなって再確認できたし。そう考えたら、男子と意地を張り合うのが馬鹿馬鹿しくなっちゃった」

「うん」

「だから、私は女としてのトップを目指すよ。もちろん、男子だって、まだまだ簡単に負けるつもりもないけどね」

 そう言って笑う夢月ちゃんの表情はいつもと変わらないものだった。

「今までの変な気持ちもこいつのせいだったのかな? ねぇ、優希。今生理ってことは、体育祭当日はどうなの? 大丈夫だよね?」

 僕は少し計算して答えた。

「うん。大丈夫。周期的には全く問題ないと思うよ」

「よっしゃ。やったるっ」

 良かった。元気じゃない夢月ちゃんだと、僕も元気がなくなっちゃうから。

「あのさ。さっきの話だけれど」

 稔くんが遠慮がちに話しかけてきた。稔くんからは離れたところで、小声で話していたけれど、きわどい部分も聞こえちゃったかな。なんか夢月ちゃんに申し訳ない。って夢月ちゃんはあまり気にしそうもないけど。

「木村って、もともと足が速かったから、短距離の練習なんて、したことないだろう」

「え? うん」

 夢月ちゃんがうなずく。そういえば、確かに僕も速く走る練習はしたことない。いや、僕の場合は足が速いからってわけじゃないけれど、球技と違って走るだけだから、練習なんて考えたこともなかった。

「俺、野球部やってるけれど、ベースを回るから、ダッシュの練習もするんだよ。盗塁もあるしな。だから陸上部ほどじゃないけれど、うまい走り方っていうか走るフォームの研究もよくするんだ。よかったら、木村に教えてやることもできるけど」

「マジ?」

「ああ」

 するとなぜか二人そろって僕の方を伺うように見てきた。

 なんていうか、許可をもらうというか窺うような感じで。

「えっと、ぜひ教えてもらったほうがいいと思うけど」

 僕の言葉に、二人はほっとしたように、なのにどこか気まずそうに向かい合って言った。別に仲が悪いわけでもないのに。

「それじゃ、お願いする」

「分かった」




 こうして、翌日の放課後から、毎日のように稔くんによる夢月ちゃんへの特訓が始まった。

 僕も練習に付き合ったけれど、真剣でハイレベルな二人に、どこか遠慮するようになって、最近では、離れたところから練習を見守ることが多くなった。


 顔を寄せあって、フォームについて話し合う二人を見て、僕はちょっと寂しいというか、どことなく焦りのような気持ちが浮かんでくるのを感じていた。

 それはきっと、二人の足が僕よりずっと速くなっていくからだろうと思うけれど、なんか違う気もする。

 それが何かは分からないけど。


 うーん。なぜかなぁ。


夢月の考え方は、「姉もたまには考える」という昔書いた小説の主人公からいただきました。ていうか、もともと彼女が夢月のモデルだったりします。

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