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文化祭(遊ぶぞー)

「よし、遊び回るぞー」

「おーっ」

 無事、午前の部の劇を終わらせ、午後にもう一度劇に出演するまでは自由時間。今度は僕たちが遊ぶ番だ!

 劇の衣装から制服に着替えて準備万端。初めて着たときは鎧のように感じられた制服が軽く感じるなんて変な感じだ。

 部活でも催し物がある柚奈ちゃんと彩ちゃんは、そっちに行ってしまい、香穂莉ちゃんも、三年生や文科部系の真面目な研究発表がみたいということで別行動になってしまい、僕は夢月ちゃんと二人で回ることになった。

「ライバルから視察しよう」

 ということで、まずはお隣の一年一組に向かった。こちらでは「瑞穂市の歴史」という何とも地味な展示を行っていて、人もまばらだった。ちなみに、香穂莉ちゃんのコースにも入っていなかった。

「これには勝ったね」

 夢月ちゃんがにやりと笑う。

 まぁ、学校教育の一部としての文化祭なら、こういうのが本来の形かもしれないけど、文化祭当日で遊ぶ方に力をいれて、自分たちの出し物は適当に終わらせました、って感じが強かった。

 次は、僕たちのクラスを挟んだお隣、一年三組。こちらは、お化け屋敷兼迷路をやっていた。なかなか繁盛していて順番待ちしている。

「なるほど。こういうのもアリだったね」

 夢月ちゃんがうなずく。確かに、うちのクラスでは、喫茶店・食事系がダメということであっさりと劇という方向になってしまったけれど、お化け屋敷・迷路っていうのも定番だよね。

 というわけで、さっそく偵察してみようということになったんだけど。

「夢月ちゃん、お化け屋敷って、大丈夫だっけ」

「私は虫が苦手なだけで、お化けは平気だから」

 順番が回ってきて、僕たちはそろって三組の教室へと足を踏み入れた。うわぁ。けっこう暗くて本格的。迷路としても難易度高そうだ。

 だがしかし――

「ねぇねぇ夢月ちゃん。左手の法則って、知ってる?」

「なにそれ?」

「ふっふっふ。迷路の中で、迷わない方法。要は左手をずっと壁につけて歩いていけば、迷わず出口まで行けるんだよ」

 暗くてあまり分からないだろうけど、僕はどや顔で夢月ちゃんに説明した。

 というわけで僕は壁に左手をつけて歩き出す。そしてしばらくたったときだった。急に何かが、僕の左手首を掴んだのだ。

「わきゃぁっ」

 僕は悲鳴を上げて手を振り払った。そんな僕をあざ笑うかのように、壁からお化け役と思われる生徒の手がにょきにょきと動いていた。

「――罠だ。おそるべしっ」

「あはは。優希の考えが読まれてたね」

 そう僕を笑う夢月ちゃんの声が、徐々に尻つぼみになっていく。

 彼女の目の前には、天井から糸でつるされて降りてきた一つの物体が。それはお化けではなく、巨大な蜘蛛で――

「――っ、きゃぁぁぁぁぁっっ」

 すぐ隣であがった夢月ちゃんの悲鳴は、教室どころか学校中に響き渡るくらいのものだった。


「……強敵だったね。いろいろな意味で」

「うん……。ていうか、お化け屋敷なのに、蜘蛛の作り物を用意するなんて、反則だ」

「夢月ちゃん、すごい悲鳴だったよねぇ」

「言うなぁっ」

 虫嫌いを公言しているとはいえ、やっぱり悲鳴を上げてしまったことは恥ずかしいみたい。そんな夢月ちゃんがなんか新鮮だった。


 一年四組は、テレビのバラエティ番組をもしたクイズ企画だった。色々なアトラクションをこなしてクイズに答えるやつだ。残念ながら、今は休憩時間で準備中だった。脇に掲げられた予定表を見ると、すでにクイズに出る回答者も決まっているみたい。

「ま、わざわざ珍回答して、ライバルの企画を盛り上げる必要はないからね」

 普通に正解を狙おうという考えはないところが夢月ちゃんらしい。

 こちらはまた後で見に来るとしよう。時間が合えば、柚奈ちゃんたちとも一緒に来れるかもしれないしね。


 さて、次はどこに行こうかと夢月ちゃんと話していると、向こうに義明くんと稔くんの姿が見えた。

「くそっ。だまされた! 純情な男子生徒の気持ちを踏みにじりやがってっ」

「……だから言っただろ。どうせ裏があるって」

「やかましい。むっつりスケベめ。どうせお前は、栗山の裸にしか興味がないんだろ」

「なっ、なんでそこで栗山の名前が出てくるんだ!」

「僕がどうしたって?」

 なんか、はだかがどうとか聞こえた気がしたけど。

 僕と夢月ちゃんの登場に、稔くんはあわてた様子を見せたけれど、義明くんは渡りに船といった様子で、僕に一枚のチラシを手渡した。

「なにこれ?」

「美術部のチラシだよ。くそぉ。柚奈のやつめ」

 僕と夢月ちゃんは渡されたチラシに目を通した。美術部が美術室でやっている文化祭の展示についての宣伝だった。テーマはばらばらで、彫刻だったり絵画だったり写真だったりと部員のみんなが好き放題に創作したってところかな。

 だが義明くんがいう問題な部分はそこではなく、チラシの右下に小さくだけど、はっきりと分かるように書かれている謳い文句についてだった。

 ――ヌードデッサン、あります


「おっ。むっきーにくりゅ、いらっしゃーい」

 美術室に行くと、柚奈ちゃんが迎えてくれた。どうやら部員が交代で受け付けをしているみたいだ。美術室内にはたくさんの絵や彫刻が展示されていて、ごく普通の活動に見えた。

 けれど奥の一角に、黒い幕で覆われたいかにも怪しい感じの仕切りがあった。

「……あの、柚奈ちゃん。パンフレットにこんなこと書いてあるんだけど……」

「ありゃぁ、くりゅもヌード目当てかなぁ。お主も隅に置けないねぇ。ふっふっふ」

「どうせ、女じゃなくって、男の絵なんでしょ」

 と夢月ちゃん。それはそれで、彩ちゃんが喜びそうだけど。

「ざぁーんねん。ちゃんとした女の子よん」

「じゃあ、肝心な部分はちゃんと服を着ているとか?」

「いえいえ。みんな生まれたままの姿ですよ。旦那」

 僕と夢月ちゃんは顔を見合わせた。

「はい。二名様、ご案内ー」

 そんな僕たちの背を押すように、柚奈ちゃんが暗幕の向こうへと誘った。



「いやぁー。可愛かったよー。にゃんころもち」

「でしょでしょー。夏休みの間、学校につれてきて美術部のみんなに描いてもらってたんだよー」

「へぇ。そうなんだ」

 体育館の卓球部の出し物のところで、僕は満面の笑みを浮かべる彩ちゃんと話をしていた。

 黒い幕の中に展示されていたのはたくさんの猫のデッサンだった。その中に、彩ちゃんの飼い猫のにゃんころもちの姿もあった。

 うん。確かにあれは、一糸まとわない、生まれたままの女の子だ。嘘は言っていない。変なこと想像した男子は非難ごうごうだろうけどね。

「ちょっと、彩歌っ。これ、当ててもぜんぜん倒れないんだけど!」

 夢月ちゃんが卓球のラケットを振り回しながら叫ぶ。

 向かいには1から9の数字が書かれたボードが置いてある。野球のストライク・アウトの卓球版だ。もっとも卓球の玉だと軽すぎて、ボードに当てても全然倒れないみたい。

「えっへん。それを含めての、チャレンジなんだよー」

「うーっ。だったら倒れるまでやっちゃる」

「あはは……」

 美術部にしろ卓球部にしろ、遊ぶ側だけでなく、出し物を提供する側も楽しそうだ。

 そうそう。提供する側といえば……

 僕はふと体育館の時計を確認した。

「あ、そろそろ時間だ」

「時間って?」

「家庭科部の展示の番。今は岡本くんがやっているんだけど、次は僕の番だから交代しないと」

 岡本くんの次が僕で、午後は沙織先輩。シンデレラの劇をやっていた時間帯は、野上先生に見てもらっていたのだ。

「それじゃ、私も行くよ」

 夢月ちゃんが卓球の挑戦を諦めて言った。

「いいの? 退屈かもしれないよ」

「かまわないって」

 そんな僕に向けて、夢月ちゃんはにかっと笑った。


  ☆☆☆


 家庭科室では調理部によるお菓子づくりが行われていた。実際に出来たお菓子が配られるということもあってたくさんの女子生徒が集まっており、賑やかだ。

 僕たち家庭科部の展示は、同じ家庭科室の後ろ側の一角で行われている。調理部のお菓子目当てに来た人がついでに寄ってくれているみたいで、ちらほら人が集まっていた。

 そんな女の子だらけの中で、岡本くんがさすがに居心地に店番していた。

「お待たせ」

「もぅ。栗山さん、おそいよ」

 僕の姿を見て、岡本くんがむくれつつもほっとした顔を見せた。

 岡本くん曰く、ただでさえ女子だらけで大変なのに、シンデレラ劇のことも広まっているらしく、女子生徒からいろいろ質問されたり、無理やり女装されそうになったりしたみたい。それは大変そうだ。

「へぇ。これって、優希たちが作ったんだ。すごいねー」

 そんな僕たちをしり目に、夢月ちゃんが作品を見回りながら感心した声を上げる。

「うん。その辺りのはほとんど沙織先輩が作ったものだけどね。僕が作ったのはこっちに並んでいる小物系だよ」

「沙織先輩? じゃあ、作品の隣に張られた付箋って何なの? クラスと名前が書いてあるけれど、いろんな人の名前になってるよ」

「あ。うん。それ予約済みって印」

 僕は家庭科室の後ろの入り口のところに書かれている「持ち帰りできます」というボードを指さしながら説明する。

 たくさん展示物をつくったのはいいんだけど、さすがに文化祭終了後、全部部室には置いてはおけないので、希望者がいれば、展示終了後に無償で配ることにしたのだ。学校の文化祭だから、さすがにお金をもらうことはできない。ショップで売っているようなものに比べれば劣るけれど、無料だからか、希望者もそれなりにいるみたい。

 夢月ちゃんの言う通り、沙織先輩の作品には、けっこう札が付いている。岡本くんの浴衣は、本人が着たいというので非売品(売り物じゃないけど)になっているので除外。そして僕が作った物はと言うと……残念ながら、札は全くついていない。……まぁ、仕方ないよね。

「へぇ。無料なんだ。じゃあ、これ、予約しちゃってもいい?」

 そんな僕の視線に気づいたのか、夢月ちゃんがアクセの一つを手に取って言った。

「夢月ちゃん? 別に無理しなくても……」

 僕が思わず口にすると、夢月ちゃんが怒ったような表情を見せた。

「――優希。私が同情やお世辞で物を買うような人間に見える?」

 僕は首を横に振った。

「ううん。ごめん」

 夢月ちゃんが手に取ったのは、ビーズの付いた髪留めだった。夢月ちゃんって、アクセサリー等のごちゃごちゃしたものはあまり好きじゃなくて、ほとんど身に着けたりしない。そんな夢月ちゃんが唯一、普段身に着けているものと言ったら、ポニーテールの髪留めくらい。

 その髪留めは、そんな夢月ちゃんのことを考えて作った物だったので、それを自然と手に取ってくれたのが、凄く嬉しかった。

 と、そんな僕たちの様子を見ていた女子生徒がおずおずと聞いて来た。

「あの。これって言えばもらえるんですか?」

「あ、はい。文化祭が終わった後になりますけど、予約できますが……」

「ほんとっ? じゃあ私、これが欲しいんだけど」

「ちょっと、ずるい。私はこれを。ねぇ。一人一個まで?」

「え、えっと……」

 宣伝不足だったのか、もらえると知った途端、調理部のお菓子を食べていた子たちも集まってきた。どうやら、「持ち帰りできます」って説明が、すぐ隣に書かれている沙織先輩の作った比較的大きなものと違って、小物系は持ち帰り不可って思われていたみたい。

「栗山さんごめん。説明不足だったみたい。こっちにもわかるような表示をしておくね」

 岡本くんがあわてた様子で言ってくれたけど、僕はそれに答えることができず、ただじっと集まってくる名前も知らない女子生徒たちを見ていた。楽しそうに僕の作品を手に取ってくれている姿。無料なら貰わなくちゃ損って思っているだけかもしれないけど。ううん。きっとそうだと思うけど――

「優希、良かったね」

「……うんっ」

 ぽんと夢月ちゃんに背中を叩かれ、僕は軽く目じりを抑えながら、それだけ口にした。



  ☆☆☆


「わぁぁ。一気に部室が華やかになったねぇ」

 マネキンに薄いピンク色のドレスを着せて、僕は満足げにうなずいた。

「ますます狭くなって、野上先生は渋い顔するだろうけどね」

「あはは」

 岡本くんの言葉に、僕は苦笑いを浮かべた。

 無事文化祭が終了して、今は校内いたるところで後片付けの真っ最中である。せっかく作ったものを壊すのは悲しいけれど、明日から普通に授業なので片づけないことには始まらない。もちろん、目ぼしいものは記念にみんな持って帰ったりしている。

 で、シンデレラと王子様の衣装はというと、なんと家庭科準備室で飾られることになったのだ。ほとんど作ったのは香穂莉ちゃんと彩ちゃんだけれど、一応家庭科部員である僕と岡本くんも手伝っていたので、家庭科部と合同作成という形にしてくれた。

 ちなみに、劇のほうは午後の部もたくさんの人が見に来てくれた。午後は、オーソドックスに王子様と結ばれるシンデレラを演じた。二度見に来る酔狂な人へのサプライズ、って柚奈ちゃんの発案だ。セリフを覚える演じる側としては大変だったけど、僕たちも二度楽しむことができて、終わってみれば良かったなと素直に思えた。練習の甲斐もあって、岡本くんとの息もぴったりだったと思う。

 残念ながら、学年賞は四組のクイズに取られてしまったけれど、とても忘れられない思い出になった。

「そーいえば、今更だけど、岡本くん的には部室に劇の記念品を飾って、嫌じゃない?」

 最初はかなり抵抗していたから。

「ううん。そんなことない。僕も楽しかったよ」

「そっか。良かったぁ。沙織先輩も楽しんでくれたみたいだし、きっと先輩への株も上がったと思うよ」

「う、うん。まぁ……」

 僕の言葉に、岡本くんがちょっと複雑そうな表情を見せた。あ、やっぱり女装姿を褒められるってのは、微妙なのかな。

 そんな話をしていると、準備室の扉が開いた。沙織先輩がクラスの片づけを終えてきたのかなって思ったんだけど、そうではなく夢月ちゃんだった。

「おーい。こっちは教室の片づけ終えたけど、なんか手伝うことある? なければこの後、みんなで打ち上げに行こうよ」

 夢月ちゃんの後ろには柚奈ちゃんや香穂莉ちゃん、それに稔くんや義明くんの姿も見えた。

「うん。行くいく。沙織先輩と先生に挨拶してから、僕も行くよ」

 僕は即答して、それから岡本くんを見て言った。

「岡本くんも行くよね? なんて言ったって、劇の主役だもんね」

 塾や勉強とか言って逃げ出さないように、そう先手を打つ。すると岡本くんは仕方なさそうに、

「まぁ、そう言われたら、行かざるを得ないね」

 けれど、どこか嬉しそうにうなずいた。


 文化祭は終わってしまったけれど、楽しい一日はまだまだ続きそうだ。



これで文化祭編終了です。

体育祭はさらっと一話の予定で、それと別の話を何話か入れて二学期もおしまい。ようやく三学期が見えてきました。

そろそろクライマックスについても考えないといけませんね。


さて話が変わりますが、この後は別サイトのイベントに参加予定のため、少し更新が滞るかもしれません。ラストへ向けての準備も含めて、更新の間が開くこともあると思います。

ですが、この話はなんとしても最後まで書ききるつもりですので、気長にお待ちいただければ幸いです。

それでは。今後とも、よろしくお願いします。


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