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学ラン


「はぁ……」

 岡本くんの口から大量の空気が抜けている。さすがにこうまで露骨にため息つかれると、悪い気持ちになっちゃう。

「ごめんね。柚奈ちゃんの案に、つい『学ラン着てみたいっ!』って僕が賛成しちゃったせいで……」

「いや。いいよ。どうせ本番ではドレス姿になるのだから。早いか遅いの問題だよ」

 岡本くんが悟りきった様子で言った。そう思ってくれるのなら、助かる。岡本くんには悪いけど、僕としては憧れの学ランを着られるチャンスを逃したくなかったもん。

「……でも栗山さんは、僕と制服を取り換えるの、平気なの?」

「え? どういうこと……」

 岡本くんのどこか躊躇した感じの言葉に僕が首を傾げたら、柚奈ちゃんに呼ばれた。

「おーい、くりゅ。こっちに簡単な仕切り作ったから、ここで着替えちゃってー」

「うん。分かった」

「あっ――」

 何か言いたげな岡本くんを背にして、僕は制作中の背景を利用した仕切りに隠れるようにして、ブレザー、ベスト、スカートの順で脱いだ。ブラウスは、男子のワイシャツとそんなに変わらないし、別にいいかな。

 脱いだ制服を柚奈ちゃんに渡して、岡本くんの制服と取り替えてもらうように頼む。さすがに岡本くんの目の前で一緒には着替えられないからね。

 しばらくして、柚奈ちゃんが、岡本くんが身に着けていたズボンと学ランを持ってきてくれた。

「おぉっ」

 手渡された学ランはずっしりと重みがあった。ボタンも女子のに比べて重厚感があって格好いい。女の子が、卒業する憧れの先輩の第二ボタンをもらうっていうのも、なんか分かる気がする。

 まずはズボンを穿く。いくら男子の中では背の低い岡本くんの物でも、僕にとっては大きめだった。できる限り上に引っ張って、ベルトをちょっと強引に締めた。女の子のいわゆるパンツ(ズボン)は肌に密着するものが多いから、こうぶかぶかなのって、久しぶりな気がする。

 そして次に、学ランを肩から羽織る。こちらも、やっぱり大きい。それでも袖から精いっぱい手を伸ばして、ボタンを留めようとする。けど、なぜか上手くいかない。

(あ、あれ?)

 ――あ、そうだ。男子と女子じゃボタンの向きが違うんだっけ。

 最初は女の子用のパジャマのボタンに戸惑っていたのに、いつの間にか女の子仕様に慣れていたんだ。人間の順応力ってすごい。

 なんて自分で変に感心していたら柚奈ちゃんに呼ばれた。

「くりゅ。もういい?」

「あ、うん」

 僕は返事をして、簡易の仕切りから出た。鏡がないので僕から見ると似合っているかどうかよく分からないけれど。

「おお」

「きゃーっ。可愛いー」

 おおむね女子のみんなから好評だった。ていうか、普通の女の子の服を着て「可愛い」と言われるのは嬉しいけれど、男子の学ランを着て、そう言われるとちょっと複雑。――少しだけ岡本くんの気持ちが分かった気がする。

「なんていうか、制服着た猫を見た気分だよねー」

 彩ちゃんに、鏡を見せてもらいながら指摘されて、僕も納得した。

 格好いいというより、子供が精一杯背伸びをしているような印象で、普通の女の子の服を着て言われる可愛いと微妙にニュアンスの違った、可愛いって感じだ。

 せっかく学ラン着たんだけど、やっぱりもう身体は普通に女の子なのかな、と少しだけ寂しい気がする。身体つき以前に、単純に背が小さいだけだからかもしれないけど。

「あれ? ところで岡本くんは?」

 僕が学ランの袖をぶらぶらさせながら聞くと、義明くんはふぅっと息を吐いた。

「まだ奥に隠れてる。まぁもう着替え終わっただろうし、引っ張り出すか。おーい。もういいだろ。いい加減、出てこい」

「わっ。まって」

 仕切りの向こうで抵抗しているようだけれど、岡本くんはあっさりと強引に引っ張りだされた。

 着替えかけだったらさすがに困ったけれど、幸いちゃんと僕の制服を着てくれていた。

 んだけど……その姿に教室になんとも言えない空気が流れる。

「うーん……?」

「……思ったより、微妙だな」

 やっぱり体格の違いかな。僕の制服がきつそう。それにいくら男子の中でも小さい方とはいっても、やっぱり男の子なわけで、胸板や肩幅は女の子と違う。いまいち女子の制服が似合っていない。それに加えて、スカートから伸びる素足に見える黒いものが……

「おぉい耕一郎。すね毛くらいそっておけよ」

「い・や・だ。本番はともかく今からなんて――」

「胸が欲しいよなー。おい、女子。誰かブラジャー貸してくれ」

「誰が着けるか、バカ!」

 みんなに囲まれて、岡本くんは大変そうだった。入学当初の秀才キャラからすっかりいじられキャラが定着してしまったというか。

 そんなやり取りを見ながら、僕は心の中で、ごめんなさい、と謝った。

「脚の方はスカートを長くすれば隠せますが、体型も意外と目に付きますね」

「うん。そう考えると、王子様ルックのときの優希ちゃんも胸とお尻にさらしを巻いた方がいいかなぁ」

「そうですね。衣装次第で体型を誤魔化すこともできますし、腕の見せ所ですね」

 そして、そんな僕たちを見て、衣装係の香穂莉ちゃんと彩ちゃんは燃えていた。


  ☆☆☆


 文化祭の準備はクラスの劇だけではない。家庭科部の準備もしなくちゃいけない。当初は調理部と合同でお菓子を作る予定だったんだけど(クラスの出し物での料理の提供は不可だけれど、調理部はいいみたい)、僕と岡本くんが当日劇に出なくちゃいけないので、展示物を飾る方向になった。

 三人しかいない部活だから展示物が寂しくならないよう、たくさん作らなくちゃいけないんだけど、忙しさを感じたり、大変だと思ったりするわけではなく――

「あー。落ち着く」

「本当だねぇ」

 クラスの練習から解放された部活の時間は、むしろ癒し空間だったりする。ちまちまと手先を使う作業をしていると、不思議と心が落ち着くんだよね。

「ふふふ。二人ったら」

 沙織先輩がそんな僕たちを見て笑う。沙織先輩が作っているのはゆるキャラを模したぬいぐるみ。他にも手提げバックや洋服などなど、忙しい僕たちの代わりに、たくさん作ってくれている。

 岡本くんが作成中なのは、今はちょっと季節が外れてきちゃった浴衣だ。もちろん男物。まだ製作途中だけれど、柄を見る限り渋い感じになりそう。準備室にあるマネキンに着せたら、目立つだろうなぁ。

 僕が作っているのはビーズを使ったネックレスや指輪などの小物系だ。沙織先輩と同様に可愛い系ばかりだと、岡本くんの展示が浮いちゃうので、男子が身に着けても大丈夫そうな、格好いい系もバランスよく作っているつもり。

 もと男子として格好いいものは好きだし、現女子として、可愛い系の小物も好きだ。そう考えると、僕って得な人生を送っているのかな。

 そんなことを考えていると、沙織先輩が作業をしながら聞いてきた。

「今日はどんな練習をしたの?」

「えーとね」

 僕は、岡本くんには悪いなーって心の隅で思いつつも、せっかくのネタなので、立ち稽古で制服を取り換えたことを話した。

 すると、沙織先輩は顔を急に赤くして、大きな声を上げた。

「――そ、そんなっ。破廉恥な」

「は、はれんちっ?」

「だっ、だって、スカートとズボンを交換したんでしょ。それって、その、『間接パンツ』じゃない!」

 間接パンツって……

 いや、まぁ。大体の意味は分かるけれど……

 スカートとズボンは直接下着に触れるから、それを取り換えるのに抵抗があるってことだよね。

「大丈夫ですよ。沙織先輩。今日体育あったから、スカートの下は短パン穿いているもん」

 そうでなくちゃ、いくら女の子に慣れてきたからといっても、あんな簡単な仕切りだけでみんなが見ている中、着替えなんてできないもんね。

「あぁ。そうだったの。それなら安心ね」

 沙織先輩がほっとした様子で胸をなでおろした。

「うん。岡本くんもそうだよね?」

 中学校の男子の着替えは見たことないけれど、小学生時代に体験しているので何となく想像がつく。岡本くんの性格なら、きっと下に穿いてきているんじゃないかなって思う。

「う、うん。まぁそうだけど……」

 予想通りの答えを返しつつも、岡本くんはなぜかばつが悪そうに少し顔を赤らめる。

 ――あれ? もしかして、岡本くんも「間接パンツ」だと思ってドキドキしていたのかな。

 僕としては、今日はたまたま体育があったから穿いていただけで、普段の下着のままでも岡本くんの服を着ることに抵抗はないけれど、それは女子としてダメなのかなぁ。

「それはともかく、栗山さんの制服を着て、女子って大変だなって思ったよ」

 話題をそらすためか、岡本くんがやや早口で言った。

「大変って?」

「ムダ毛の処理のこと。僕なんて全く気にしていなかったのに」

「あっ。あぁ……まぁね」

 ――実はまだ生えてこないんだけど。

 ていうか、恥ずかしくてあまり僕からはそういう話題を出せないんだけど、夢月ちゃんたちはどうしているのかな。まだなのか、さりげなく処理しているのか、今度こっそり探ってみようかな。

「あ、そうそう。二人とも手を出して」

 沙織先輩の言葉に、僕と岡本くんは顔を見合わせて、それから手を出す。その手のひらの上に沙織先輩が、なにかを乗っけた。

「目立っちゃうと、二人のクラスのみんなに迷惑かなって思ったけれど、せっかくだから」

 僕の手の上に乗っていたのはシンプルな首飾りだった。岡本くんのはもう少し派手にした感じ。なるほど。王子様用とシンデレラ用なんだ。

「わぁ。ありがとうございます」

 僕と岡本くんは、それぞれネックレスを身に着けてお互いに見せ合った。小物を身につけた途端、不思議と一気に気持ちが引き締まった感じだ。それに、なにより沙織先輩がこうやって応援して期待してくれているのが嬉しい。

「岡本くん。劇、頑張ろうね」

「うん」

 

 季節はもう十月。

 文化祭の準備は、いよいよ本格化してきた。



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