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文化祭(練習)


「わぁ、すごい。おめでとう。うちの部から主役二人が選ばれるなんて、とても嬉しいわ」

「あ、ありがとうございます」

 翌日の家庭科部の時間。劇のことを報告すると、沙織先輩は素直に喜んでくれた。まだ完全にやる気モードにはなっていないけれど、そういう反応を見せられちゃうと、僕としても頑張らなくちゃいけないな、って思えてくる。

「でもそうなると、二人はクラスの方で忙しくなるから、家庭科部の出し物の方は、簡単なものにした方がいいわね」

「ごめんなさい」

「いいのよ。むしろ、私が出しゃばると優希ちゃんのクラスのみんなに悪いからできないけれど、二人の衣装を作りたいくらいよ」

 沙織先輩が瞳を輝かせながら手を合わせる。たぶん、僕たちにどんな衣装が似合うか、考えているんだろう。確かに、沙織先輩が手伝ってくれたら嬉しいけれど、クラスも学年も違うから、それは難しいかもしれない。

「そういえば、沙織先輩は、岡本くんが眼鏡を取ると美少女、って知っていたんですか?」

「ええ。子供のころ、耕一郎くんと一緒に遊んでいると、みんなから『姉妹』って見られていたわよ」

「へぇ。そうなんだぁ」

「しかも、叔母さんの趣味なのか、結構可愛らしい服を着ててね」

「おぉっ」

「眼鏡をかけ始めたのは小学校四年生くらいだったかしら。年頃なのか急に恥ずかしくなってきたのか、女の子っぽい格好もしなくなっちゃってね。だから耕一郎くんのシンデレラ役が楽しみだわ」

 なんて会話をしている最中に家庭科準備室の扉が開いて、岡本くんが入ってきた。

「うわーっ。もしかして、劇のこと沙織さんに言っちゃったのかっ?」

「うん」

 家庭科部との兼ね合いもあるから、ちゃんと報告しなくちゃいけないし。それに、どうせ各クラスの出し物の発表もあるのだから、遅かれ早かれわかっちゃうだろうし。

 そう僕がうなずくと、岡本くんが頭を抱えてうずくまった。

「死にたい……」

「はは……」

 僕は多少吹っ切れたけれど、岡本くんの方はまだ納得できていないみたい。

 確かに、女装と男装を比べたら、女装の方が変態っぽいかも。

「あら、いいじゃない。とっても楽しみにしているわよ」

 そんな岡本くんの苦悩を知ってか知らずか、沙織先輩が笑顔を見せる。

 岡本くんは複雑な表情を見せて、ため息をついた。

 男の人が、好きな女の人に格好良いところを見せたいのは分かる。けれど、格好いいところではなく、可愛いところを見られるというのは、男子にとってどうなんだろう。

 十二年間、男をやっていても、そんなレアケース知らなかった。


  ☆☆☆


 色々と悩んだりしている僕たちにはお構いなく、劇の準備は少しずつ、着実に進んでいく。

 劇の配役に続き、大道具係・音響などの裏方の担当も決まった。

 衣装係を担当するのは、香穂莉ちゃんと彩ちゃんだ。いちおう僕も家庭科部員としてサブで入ったけれど、必要なさそうなくらい。むしろ僕が裁縫の仕方を教わっているくらいだ。家庭的な香穂莉ちゃんが得意なのは分かるけど、彩ちゃんも相当詳しくて手際がいい。なんでも、お母さんの手伝いで色々な衣装を作っている、とか。

「ちょっとっ。なんで、この『馬』ってのが、私なんだっ」

「だってシンデレラって、もともと男キャラが少ないじゃん。だから女子に配役を振ると、そうなるのよ。というわけで諦めてね♪」

 脚本担当は、柚奈ちゃんに決まった。スタイルに目が行きがちだけれど、ああ見えて夢月ちゃん並のお笑い体質と、文系の血が騒ぐのか、ノリノリだったりする。僕の役は大丈夫かな……

「だからって、『馬』はないでしょっ。どうせなら、こっちの『木』の役にしてよっ」

 え?

「うーん。それは別の子で考えていたんだけどなぁ。けど、むっきーの熱意に負けたわ。それじゃ、『木』は任せた」

「おう」

 ……で、夢月ちゃんは、「木」の役に決定みたい。

 沙織先輩の前では嫌そうな態度をとっていた岡本くんも、図書館から、様々な『シンデレラ』の本を借りてきて勉強中。さすが秀才だけあって、やるからには真面目だ。

 そしてシンデレラ・王子様・魔女に続いて出番が多そうな継母役には、なんと稔くんが選ばれた。なんとも似合わなそうだ。けれど監督である義明くん曰く、男子は基本的に岡本くん以外は受け狙いだから、とのこと。

「でも、よく引き受けたねー。稔くんのことだから、反対するかと思ったよ」

 僕が感心しして声をかけると、稔くんはぶっきらぼうに答えた。

「……別に。何かの役はやらなくちゃいけないわけだし」

 なるほど。そういう考え方もあるよね。

「そういえば、継母もお城に来るから、もしかしたら、僕と稔くんで踊るシーンもあるかもね。そのときはよろしく」

「あぁ」


 こうして、脚本・台本を作り、衣装や小道具大道具を用意しつつ、文化祭へ向けて練習が始まった。



  ☆☆☆



「よいしょっと」

 月日が経つの早いもので、もう二学期が始まってから一か月。十月になった。今日から衣替えである。

 僕は四か月ぶりに、夏服に比べてちょっと重くて厚いスカートと、ベストとブレザーを着こんだ。

 朝の登校前、鏡の前で胸元のリボンを整えながら、ふと思う。鏡に映る僕の姿は入学当初に比べてだいぶ様になってきている気がする。

「着られちゃっていた制服を、ようやく着こなしてきた、って感じかな」

 ――制服を征服した、ってね。

 なんて、くすって笑っていたら、こちらも高校の制服が冬服に変わった絵梨姉ちゃんに言われてしまった。

「身長は大して伸びていないのにね」

「ううっ。それは言わないお約束……っ」

 人が真面目に気にしてることを。このままだと彩ちゃんに抜かれかねないのに。

「あはは。ごめんごめん。でも、優ちゃん、確かに制服が似合うようになってきたわね。身体つきが女の子っぽくなってきたのかな」

「う、うん。ありがとう」

 身長に比べ、ほんの少し程度早いペースで胸の方は成長中だ。それでも柚奈ちゃんレベルには到底及ばないけど。

 胸のおかげってわけじゃないと思うけど(実際ブレザー来たらほとんど目立たないし)、絵梨姉ちゃんの言う通り、鏡に映るのは普通の女子中学生で、入学当時の、小学生男子が女子の制服を着た、って感じはなくなっていた。

 それは喜ばしいことなんだけど、秋という季節のせいかな……

 ちょっと複雑な表情をしている僕を見て、絵梨姉ちゃんが聞いてくる。

「ん? どうしたの」

「いや、学ランも着てみたかったな……って」

 今更男の子に未練があるわけじゃないけれど、小学生のころ憧れていた男子学生の制服を着れなかったことは、少しだけ残念だったりする。



「うーん。いまいちイメージが沸きづらいな」

 文化祭に向け、劇の練習も本格化してきて、立ち稽古の最中。監督の義明くんからダメ出しを受けたのは、ちょうど僕の出演シーンだった。岡本くんのシンデレラと出会う場面なんだけど。

「えっ、だ、ダメだった……?」

「いや。栗山が悪いって訳じゃないだけど、耕一郎と並ぶとさ、シンデレラと王子が逆に見えちゃうんだよ」

「ああ。なるほど……」

 まだ衣装が出来ていないので、練習は制服ままやっている。確かに、スカート姿の僕が王子で、学ランの岡本くんがシンデレラだとわかりにくそうだ。

「じゃあ、いっそのこと、二人の制服取り替えちゃおうか?」

 脚本の柚奈ちゃんが、冗談めかして提案する。

「ちょっと、さすがにそれは――」

「僕、学ラン着てみたいっ!」

 岡本くんの言葉を掻き消すかのように、僕は反射的に声を上げた。

 そんな対照的な僕たちの反応に、義明くんと柚奈ちゃんは顔を見合わせて言う。

「えーと、それじゃあ」

「ああ。取り換えてみるか」

 中学校では、比較的女子の方が意見が通るのである。レディーファースト万歳。

 岡本くんは絶望的な表情をして、僕は瞳を輝かせた。

 ――まさか、朝に思っていたことが、こんなにあっさり叶うとは、夢にも思っていなかった。



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