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決意

「……優希。起きてるか?」

 暗い病室で一人ぼんやりしていると、ドアがノックされてお父さんが入ってきた。

「あ、お父さん。お帰りなさい……ってのも変かな。ここ病院だし」

 僕はベッドの上で身を起こして笑った。

 時刻は午後の九時過ぎ。まだ寝るには早い時間だったけど、病室ですることもなく、テレビを見ていても何も頭に入らないので、布団をかぶっていたところだった。

「悪いな。遅くなって。寝てたのか?」

 お父さんは病室の電気をつけて、ベッド脇の椅子に座った。

「ううん。大丈夫。起きていたから」

 診断結果が出た後すぐに、入院の手続きが取られて、僕は病院の五階奥の病室に移った。四人部屋とかではなく個室。共同部屋はたいてい男女別になるらしいんだけど、僕の病気が性別的にアレなので、お母さん(と連絡を受けたお父さん)の意向で、個室が宛がわれた。

「あれ、お父さん一人? お母さんは」

 お母さんは、僕の入院が何日になるか分からないけど、必要になる着替えなどを取りにいったん家に戻ったんだ。けれど病室に来たのはお父さんだった。

「春は車の中で寝かせているよ。だいぶ疲れている様子だったからね」

 とお父さん。自宅で合流して一緒に病院に向かったけれど、お母さんは途中で眠ってしまったらしい。ちなみに、春とはお母さんのことで、名前は春実という。

「……お母さん。泣いてたよ。『まともな子に産めなくてごめんなさい』って」

 病室で二人きりになったときのことだった。僕はそのとき初めて、お母さんが泣いているのを見た。

「俺にもそう言ってた」

「お父さんは泣かないんだね」

「泣いてほしいのか?」

「まさか。謝ったりしないで、普通に接してくれるほうが嬉しい」

 僕はくすりと笑った。

 お母さんに泣かれて気づいたんだけど、自分が可哀想な子扱いされるのって、結構とつらい。それに「ごめんなさい」を言うなら、こんな身体に生まれてきてしまった僕にだって責任はあるし。

 周りがパニックになると逆に冷静になるっていうけど、今の僕はそんな状況かもしれない。

「お父さん……あのね」

「ん、なんだ?」

 自宅から持ってきてくれたカバンの中から、パンツ(当然男用)とか漫画本とかを取り出していたお父さんが、顔を上げる。

「お母さんが家に戻っている間、担当の看護婦さんから、男と女の身体の話を教わって、それから僕一人でずっと考えていたんだけど――」

 若い女性にそういう話を聞くのは恥ずかしかったけど、ちゃんと僕の置かれている状況を理解しなくちゃと思ったから。きわどい話を聞かされて、真面目に勉強すればよかったと少し後悔したけど。

 そして時間としては数時間だけれど、僕は真剣に考え抜いて、自分なりに結論を出した。

「――僕、手術受けて、女の子として生きようかと思うんだ」

 男の子として生きていく道。女の子として生きていく道。

 今のことを考えると、このまま男として生きていく方が楽だと思う。

 けれど精巣がない状態で卵巣も切り取ってしまったら、僕の身体の中は男でも女でもない状態になってしまう。今はそれほど問題なくても、将来的にはいろいろ大変になるはず。

 女の子になるというのは今まで想像すらしていなかったし、手術的にも世間体的にも大変なことだと思う。けれど、今を乗り切ってしまえば、女性として普通に生きていけると言われている。

 どちらの道にも、いいことも悪いこともある。

 そんな葛藤の中、決め手の一つになったのは、僕のお腹の中で、誰にも気づかれずひっそりと成長を続けていた女性としての機能のことだった。せっかく生理が始まるまで成長したのに、それを知ったからって摘出されるのは可哀想な気がしたんだ。

 もちろんそれは、女の子だからと分かって切り取ることになる、おちんちんにも言えるんだけど、どちらかを選ばなくてはいけないのなら、ちゃんと機能している方を選びたかった。

 今は大変な苦労をしても、その後は普通に生きていけるのなら、周りにも、そして僕自身にも、総合的な負担は少ないと思う。

 そう考えた上での、結論だった。

「……そうか」

 お父さんは小さくうなずいた。

「もう少しゆっくり考えろ、とか、反対とかしないの?」

「二つしか選択肢がないものを、いくらじっくり考えても仕方ないからな。それに、こういうものはたいてい、先に思いついた方が正解だったりするもんなんだ」

 お父さんはそう言うと、僕の頭にポンと手を乗せて続けた。

「それに、実は春や上本先生とも話し合って、その方がいいだろうと考えていたんだ。だから優希が同じ道を、自分で決心してくれて、俺もほっとしたよ」

「そうだったんだ……」

 てっきり反対されると思っていたから。

 だから、僕の意見がみんなと一緒で、僕もほっとした。

「お金かかっちゃうかもしれないけど……ごめんなさい」

「謝るのは禁止だろ。俺だって言わないようにしているんだから。気づけなくて悪かったって。生まれて間もない時に気づいていれば、優希にこんな苦労を掛けなかったのに、ってな。――だから、お金のことは気にするな」

「……うん。ありがとう」

「それと会社の方でまた転勤話が持ち上がっているんだ。まだどうなるか分からないが、優希にとって環境を変えるいい機会になるかもしれない。まぁなるようになるさ」

「うん」

 僕はうなずいた。今日一日、すごく落ち込んだり混乱したりしたけれど、ようやく心の重荷が少しだけ取れた気がした。だから、自然と笑顔が漏れて軽口が出た。

「ねぇ、お父さん。せっかくの機会だし、僕、頑張って可愛い女の子になるよ。名前も『優希』のままで問題なさそうだしね」

「そうだな」

 女の子っぽくて苦手だった名前が、こんな風に役に立つとは思わなかった。苦手だったけど、お父さんとお母さんがつけてくれた大切な名前だから、良かったと思えるようになって、すごく嬉しい。

「そしたら、父娘で一緒にショッピングとか、色々楽しもうね」

「ああ。その意気だ。それにしてもまさか、『優希は嫁にやらん』なんて言う機会が来るなんて、思いもよらなかったな」

「お父さん。それは気が早すぎっ」

 男として女の子と結婚することだって考えたことなかったのに、まして男の子と結婚するなんて思いもつかない。

 想像して笑ってしまった。お父さんも笑っている。

 お父さんはああ言ってくれたけど、手術費は馬鹿にならないはず。手続きだって、色々と大変に決まっている。

 だからこそ、僕はこれからの人生を女の子として楽しまないといけない。そう決心した。


お読みいただきありがとうございました。ここまでが一章となります。

これまで毎日更新していましたが、区切りもいいので、2・3日お時間をいただいてから、次章の更新を考えています。

よろしくお願いします。


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