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旅行の終わりとお見送り


「消灯は十一時ね。見に来るから、それまでにはちゃんと寝ていること」

「はーい」

 お母さんの言葉に、僕たちは揃って返事をした。

 お風呂の後、みんなで夕食を摂り、花火や卓球で遊んだりして、長かった一日もそろそろ終わりだ。

 もっとも、彩ちゃんにとってはこれからが一大イベントみたいで。

「ふっふっふ。女の子が集まって夜にすることと言ったら、一つしかないよねー」

 お母さんが出て行って扉が閉まるや否や、彩ちゃんの顔がきらーんと光る。

 あ、やばい。これって、あっち系の話が展開される流れだ。

「ま、枕投げだよねっ」

 僕は慌てて話題を逸らした。

「うん。そうだね」

「そうそう」

 すると、夢月ちゃんだけじゃなくて、柚奈ちゃんも同意したりする。

「えーっ」

 案の定彩ちゃんが頬を膨らませる。

 けど次の瞬間、彩ちゃんはにやりと笑うと素早く布団の上の枕に手をかけた。

「――と言いつつ、うりゃぁー」

 そして枕を、夢月ちゃんに向けて投げつけた。

「おっと」

 夢月ちゃんはそれを反射的によける。

 ばさっ。

 その結果、枕はその後ろにいた香穂莉ちゃんの顔面に命中した。

「……あらあら。枕はそうやって投げるものではありませんよ」

 笑顔で足元に落ちた枕を拾う香穂莉ちゃん。

 ちょっとと言うか、かなり怖い。

「こうやって投げるものなのです!」

 と投げ返された枕が、彩ちゃんから外れ、香穂莉ちゃんの怖い笑顔に見惚れていた僕の顔に命中した。やられたっ。

 僕は顔を抑えつつ足元に落ちた枕を拾う。その頃には、みんなも各々枕を携えていて――こうして始まった枕投げは、隣のお母さんが怒鳴り込んでくるまで続いた。


  ☆☆☆


「寝ちゃったみたいだね」

「彩歌さん、ずっとはしゃぎっぱなしでしたから、疲れたのでしょう」

 お母さんに強制的に布団に入らされてからしばらくして、彩ちゃんの布団から、小さな寝息が聞こえるようになった。

「ま、こんなにちっちゃいんだし、まだまだお子ちゃまということかなぁ」

 柚奈ちゃんが彩ちゃんのほっぺをぷにぷにと指でつっつく。彩ちゃんは眠ったまま、むにゃむにゃと煩わしそうにその手を払った。 

 うっ。ということは、次に睡魔の手に落ちるのは僕の番かな。

「もう遅いですし。私たちも寝ましょうか」

 香穂莉ちゃんが言うと、夢月ちゃんたちも疲れているのか、素直にうなずいた。助かった……。これで、ありがちな「先に眠ったら死亡」争いが回避されたよ。香穂莉ちゃんに感謝だ。

 こうして僕は布団にもぐりこんで瞳を閉じた。

 それでも襲撃への恐れか、一日の充実感でまだ身体が興奮しているのか、なかなか寝付けないでいた。

「……優希さん。まだ起きていますか?」

 隣で寝ている香穂莉ちゃんが小声で聞いてきた。

「ん……どうしたの?」

 ちなみに布団の並びは、僕の隣に香穂莉ちゃん。枕をあわせるように向かい側には、夢月ちゃん・彩ちゃん・柚奈ちゃんとなっている。東西の並びなので北枕対策はばっちりだ。

「その……春実さんから、明日には日本を出るとうかがいまして……あまりない貴重な時間を私たちのために使ってくださって、ありがとうございます」

 お母さんたちが帰るのは明後日だったような気が……と、香穂莉ちゃんの言葉に、僕は少し考えて反応した。あ、そうか。もう日が変わってるんだ。

「そんな。僕も楽しかったし、お母さんたちも喜んでいたし」

「それですが……」

 香穂莉ちゃんが少し言いにくそうに声を曇らせる。

「春実さんと話していて思ったのですが、優希さん、小学生の時、なにかありましたか?」

「……え?」

「優希さんのことを心配されて、学校生活のことを色々聞かれました。一人娘を日本に置いてきているのですから当然かもしれませんが、少し過剰のような気がしまして……私たちのことも大げさに喜んでくれていたようでしたし」

「それは……」

 僕が言い淀んでいると、香穂莉ちゃんがそれを掻き消すかのように言った。

「あの、詮索してすみませんでした。もう遅いですし、寝ますね。おやすみなさい」

「う、うん。おやすみ」

 香穂莉ちゃんとの会話はそれっきりだった。

 みんなと遊んでいるとき、小学校時代の話になることも多い。男だった僕は、みんなと話が合わないことが多いし、誤魔化さなくちゃいけないときもある。僕としてはうまく話をはぐらかしているつもりだけれど、周りから見たら不自然に感じたのかもしれない。

 いつかみんなに本当のことを話せる日が来るのだろうか。

 僕はそんなことを思いながら、目を閉じた。



 波の音で目が覚めた。

 旅館の大きな窓から、淡い光が射し込んでいる。

 僕は枕元の携帯を手に取り時刻を確認した。朝の四時半だった。さすがにみんなはまだ寝ている。

 僕はみんなを起こさないように布団から出てトイレに行って用を足した。ついでに鏡を見て、寝ている間に顔に落書きされていないかチェックする。うん。見た限りは平気だ。

 トイレから出てふと思う。

 布団に入ってもう一度寝るのも中途半端だ。かといって部屋にいてもみんなを起こしてしまいそうだし。

 そう考えて、僕は外に出てみた。

 磯の香りが混ざった朝の空気が気持ちいい。僕は大きく深呼吸をして……たばこの煙が漂っていることに気づいた。

「お父さん」

 外に面している渡り廊下のところで、お父さんが一人たばこを吸っていた。

「優希か。早いな」

「うん。目が覚めちゃって」

 そう答える僕を、お父さんがごほんと咳払いして言う。

「浴衣、乱れているぞ」

「あっ、わぁ」

 僕はあわてて浴衣の帯を締めなおした。顔ばっかり注意して、寝崩れた浴衣の方を見てなかったよ。誤魔化すようにお父さんに言う。

「お父さん、朝からたばこ? 身体に悪いよ」

「これでも徐々に減らしているんだよ。長生きしたいからな」

「へぇ」

 前は太く短い人生がいい、なんて言っていたのにどういう心境の変化だろう。ま、僕としては嬉しいけど。

「帰りの運転大丈夫? 疲れてない?」

「ああ。むしろ優希の友達と会えて、嬉しかったよ。女の子として女の子の友達と一緒に楽しそうにしている姿を見て、安心した」

 お父さんが本当に嬉しそうなまなざしで僕を見つめた。その優しい視線を見て、僕も嬉しくなっちゃう。

 もっとも、そんなお父さんたちの態度が、香穂莉ちゃんたちに不審がられる原因にもなっているんだけどね。

「優希、いい友達を持ったな」

「うんっ」

 僕はうなずいた。

「ところで……」

 お父さんが不意に真剣な眼差しになる。

 そして重々しい声で、僕に尋ねた。

「熊代君と金子君、どっちが本命なんだ?」

「――は?」

 僕の目が点になったのは言うまでもない。



  ☆☆☆



 朝食を摂って旅館を出た僕たちは、近くの水族館で遊んでから帰途についた。本当は午後にも予定があったけれど、お父さんたちが明日帰ることを知ったみんなが気を利かせてくれたのだ。僕やお父さんお母さんにとっては、逆にみんなに申し訳ない気もしたけれど、昨日だけでもいっぱい遊べたから満足だった。


 もっとも、予定より早く秋山家に戻ってきたお父さんは、日が出ているうちから、宏和伯父さんと酒浸りになって、休めたかどうかは分からないけど。



 そして翌日。

 お父さんとお母さんがまた海外に行ってしまう日。

 空港での見送りに、夢月ちゃんと香穂莉ちゃんも来てくれた。柚奈ちゃんと彩ちゃんは予定があって来られなかったけど(もともと、みんなの予定が合う日が昨日と一昨日くらいしかなかったわけだし)、嬉しかった。

「優希のお母さんには色々迷惑かけたから、もう一度お礼が言いたくてね」

「家族だけの時間にお邪魔かと思ったのですが……」

「そんなことないわ。本当にありがとう」

 お母さんが優しい笑みを浮かべて言った。その笑顔の半分くらい、僕に分けてくれてもいいと思うんだけどなぁ。

 一方で、お父さんは僕の頭に軽く手を乗っけながら、にやりと笑う。

「優希も、今日は友達の前だから、泣けないな」

「おっ――お父さんっ!」

 僕は慌てて叫んだけれど、時すでに遅し。

「へぇ。優希、泣いちゃったんだー」

「いけませんよ。別れは辛いものなのですから」

 香穂莉ちゃんがフォローしてくれたけど。やっぱり恥ずかしい。ううっ。本当に泣きたくなってきた。

 まったくもう。お父さんに言われなくたって今日は大丈夫だったのに。

 あの時は不安でいっぱいだった。けど、今はみんながいるから不安はない。それに今の自分をちゃんとお父さんたちに見せられた充実感でいっぱいだから。

 搭乗手続きを取るようにとのアナウンスが流れた。

「それじゃ、行ってくる」

「うん。行ってらっしゃい」

 だから、僕は笑顔で二人を見送ることが出来た。



長くなったのと話が全く違うので二話に分けました。

最近、サブタイトルを考えるのに苦労しています

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