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海へ

「レンタカーは八人乗りでいいよな?」

「うん。みんな揃って七人だけど」

 お父さんの言葉に、僕はそう答えた。

 空港近くのホテルを出た僕たちは、遊園地で遊んだり観光地を巡ったりして、そのまま僕がいまお世話になっていて、お母さんのお姉さんがいる秋山家に電車で向かっていた。

 それは帰国したお父さんたちの顔見せもあるけれど、目的はもう一つあった。みんなと合流するためだ。

「お友達には家で待ってもらって、私たちが迎えに行く方がいいわね。そうすれば、ご両親にも挨拶できるし」

「うん。みんなに連絡しておくね」

 僕はうなずきつつ、少し申し訳なさそうな顔をしてお父さんに言う。

「ごめんね。せっかくのお休みなのにお願いしちゃって」

「いや。いいって。日本に戻ったら、優希の友達に会いたいって思ってたんだ。秋山さんの家にもずっとお世話になれないから、どこか宿を探す必要もあったし。だからむしろ渡りに船さ」

 そう言ってお父さんが笑った。

「そうね。けれど人様の娘さんを預かるのだから、責任は重大よ。優希も、無茶をして事故を起こしたりしないでね」

「うん。分かってる。気をつけるよ」

 もし誰かが怪我したら、保護者であるお父さんたちに責任がかかってしまうからね。

「それにしても、優希に女の子の友達ができるなんて、なんだか感慨深いな」

「あら。今の優希は女の子なのだから、むしろ男の子の友達を連れてくる方が心配じゃないかしら?」

 お母さんがそう言って笑うと、お父さんは見るからに狼狽する。

「お、男っ? 優希、まさか、彼氏が出来たとかそういう話はないよな?」

「な、ないよ。そんなのっ」

 僕は慌てて手を振った。

 まったく。みんなで海に行くだけの話なのに、どうしてそうなるんだか……


 ――話は、僕が水着を買った日にさかのぼる。



 部活が終わった柚奈ちゃんと夢月ちゃん二人と合流して、プールと海、どっちに遊びに行くかという話になったんだ。

「やっぱりせっかくの夏だし、海がいいんじゃないかなぁ?」

「うーん。でも海って、遠いじゃん。行くだけで時間がかかるよ」

 柚奈ちゃんの提案に、夢月ちゃんが渋い顔をした。確かにここから海までは遠い。往復を考えたら、遊ぶ時間が限られてしまう。

「だったら、一泊しちゃおうよ。みんなで海の近くの旅館に泊まるの!」

 彩ちゃんが、身を乗り出して言った。

「残念ですが、中学生の私たちだけでは、旅館に泊まれないと思いますよ」

「えーっ。中学生はもう大人じゃん」

 と言ったのは彩ちゃんだけど、なんか説得力がない。

「引率者というか保護者がいれば大丈夫だと思うのですが……」

「うちの親は没かな。『めんどい』の一言で断られるに決まってる」

 夢月ちゃんが即答した。確かに、何度か遊びに行ってお母さんにも会っているけれど、そう言いそうな人だ。悪い人じゃないんだけどね。

 柚奈ちゃんと香穂莉ちゃんのご両親は共働き。彩ちゃんのお母さんは、夏の同人イベントが迫っているとかなんとかで余裕がないみたい。

 で、消去法で僕の方に視線が集まる。

「優希のうちは? ご両親じゃないから悪いけど……」

「うん。雪枝さんならたぶん大丈夫だと思うよ」

 むしろ喜んで引き受けてくれると思う。とは言っても、雪枝さんにも都合があるだろうから、まずは日程を決めなくちゃいけない。

 そこでみんなの予定の調整に入ったんだけど、五人もいるせいか、これが意外と大変だったりする。部活はあるし、プライベートな用事だってある。海水浴に行くのだから、生理の予定日は避けたいし……夢月ちゃんと彩ちゃんはまだみたいだけど。

 それでも二日続けて予定の空いた日が見つかった。けど……

「この日くらいしかないけど、うーん、くりゅの都合が悪そうねぇ」

 僕の表情を見て、柚奈ちゃんが言う。

「……うん。その日はちょっと――」

 ちょうど、海外からお父さんとお母さんが帰ってきている週に直撃していたんだ。せっかくお父さんたちが日本に帰って来るのに、僕だけ泊りで遊びに行くのはいくらなんでも気が引ける。限られた時間、僕だってお父さんとお母さんと一緒にいたいし……

 都合が悪い、と言いかけて、僕はふと思いだした。

 お父さんとお母さんに、メールや電話でみんなのことをいっぱい話したら、ぜひ一度、僕の友達に会ってみたいって言っていたことを。

 僕だけ遊びに行くんじゃなくて、お父さんたちが一緒だったら? ちょうど引率者を探していたわけだし。

「もしかしたら……大丈夫かも」

 携帯電話を取り出して、現在の時刻を確認した。向こうは真夜中だから、今は連絡できないけれど、こっちが夜になったら電話してみよう。

「大丈夫かどうか、夜になったらみんなに連絡するね」

 僕は疑問気な表情を浮かべるみんなに向けて言った。


 そして夕方、出勤前のお父さんと連絡を取って、二つ返事でOKをもらうことができた。


  ☆☆☆


「やっぱり向こうって暑いんですか?」

 柚奈ちゃんが身を乗り出すようにして、ハンドルを握るお父さんに尋ねる。

「そうだな。空気が乾燥していて、日本とは違って突き刺す暑さだなぁ。けど日が落ちてくると一気に涼しくなって、空気が綺麗だから、夕日は何度見ても飽きないくらい美しいんだ」

「へぇ」

「ただあんまり長い時間見惚れて日が暮れてしまうと、太陽の替わりに夜盗が現れるから注意だな」

「えーっ。嘘だぁー」

 お父さんの冗談めかした言葉に、彩ちゃんが笑った。

 僕たちは、お父さんの運転するレンタカーで、海水浴場に向かっていた。

 それにしてもお父さん、若い女の子に声をかけられて嬉しそう。そんなに楽しそうにしていたらお母さんの機嫌が悪くなるんじゃ……って心配したりもしたけど、

「春実さんって女子高出身だったんですね。やっぱなぁ。うちのお母さんとは雰囲気違うもん」

「ふふ、そうかしら。でも女子高って、みんなが思っているほど綺麗なイメージじゃないのよ」

「そうなんですか。私、高校は女子校に進学するのかもしれないので、気になります」

 そのお母さんも、香穂莉ちゃんや夢月ちゃんと楽しそうに話していた。おしとやかな香穂莉ちゃんはともかく、夢月ちゃんも体育会系な感じで、意外と年長者には受けが良かったりするんだよね。

 お父さんはもともと話し上手だし、お母さんもみんなに囲まれて、なんだか若返ったみたい。

 僕はその様子を一番後ろに座って見ていた。

 お父さんたちに僕の友達を紹介する。夢月ちゃんたちに僕の両親を紹介する。

 提案しておいて言うのもなんだけど、僕にとっては、海水浴に行くことより、初めてみんなと泊りがけの旅行に行くことより、このことが気がかりと言うか、一大イベントとして緊張していた。

 けれど案ずるよりなんとやらって感じで、僕が何も気を遣わなくても普通に打ち解けてくれて、嬉しかった。

「うーん」

 僕は後部座席に寄りかかって大きく伸びをした。

 お父さんたちが帰ってきてから、ずっとはしゃぎ過ぎたのかもしれない。気持ちがほっとしたとともに、睡魔が襲ってきた。僕はそれに抗うことなく、そっと目を閉じた。

 そして――

「おーい。優希。起きろー」

 夢月ちゃんにほっぺをつねられて目覚めたときには、もう海はすぐそこまで迫っていた。

 磯の香りが飛び込んでくる車窓から青い地平線が見えてくる。太陽の光に反射して、海面が眩しいくらいにキラキラと光っていた。


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