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真実


「さて、まずは時間がかかって申し訳ございません。正月早々混みあっていまして、全く猫の手でも借りたいくらいですよ。ははは」

「……はぁ」

 上本先生がぼさぼさ頭に手をやって笑ったけど、お母さんが小さく相槌を入れただけ。診療室になんとなく重苦しい空気が流れる。

 上本先生が小さく咳払いをして続けた。

「それでは早速ですが、優希くんの体調不良……頭痛・腹痛等の原因、これはいわゆる月経困難症……すなわち一般に言う生理痛である可能性が非常に高いと思われます」

「へ? 整理?」

 部屋の整理整頓を怠ったから、変な菌が発生して、それを吸ってしまったから病気になってしまったのだろうか。

 僕の頭の中に、そんな可能性が浮かんだ。

 一方で、隣に座るお母さんは顔面蒼白で震えていた。どこか恐れていたことが現実になってしまったみたいな顔をしている。

「もっとも、優希くんの場合、薬も効いて今日は体調もよさそうですので、生理痛としては軽度なものなのですが……問題はそこではありませんよね?」

 何も分かっていなくてぼけーっとしている僕ではなく、おそらく事情が分かっているであろうお母さんに向けて、上本先生が告げた。

「で、ですが、優希は男の子で……」

「はい。確かに優希くは男の子としての特徴も持ち合わせています。けれど、優希くんの身体は半分……いや、八割がたは、女の子であると言って問題ないと思います」

 ――え?

 さすがの僕にも、先生が言っていることの意味が分かった。

「検査の結果、優希くんのお腹の中に、卵巣・子宮・膣の存在が確認されました。膣口が塞がっている他、多少の弊害も見られますが、普通の女性同様、しっかりと機能しております」

 先生が言うには、その結果が胸の腫れであり腹痛頭痛の原因だったということだけど、いきなりこんなことを言われて納得できるはずがない。それに――

「あの、先生。僕にはその、おちんちんがあるんですけど……」

 僕は、その単語に恥ずかしがりながらも、口を開いた。

 上本先生は軽くうなずいて答えた。

「はい。それも確認しました。しかし残念ですが、男性器の方は『付いている』だけで、機能はしておりません」

「えっと……」

 ショックというよりは僕自身の知識が不足していて、先生が何を言っているのかよく分からなかった。お母さんは逆にショックが強すぎた様子で、さっきから固まってしまっている。

 そんな僕たちに向け、先生がゆっくりと説明してくれた。


 それとまとめると、だいたいこういうことらしい。

 僕は、男の子と女の子の特徴が混ざってしまって生まれてきてしまった、半陰陽という症状だということ。それ自体は決して珍しいものではないけれど、僕ぐらいはっきりした例は、上本先生も初めて見たという。

 僕の場合、身体の中は女の子なんだけど、いわゆる男性器おちんちんが形成されて、それが女性器を隠してしまっていた。そのため、お医者さんも両親もそして僕自身も、お腹の中の女の子の部分に気づかず、男の子として戸籍登録されて、男の子として育ってきた。

 ただし僕のおちんちんには、普通の男の人にあるはずの精巣が存在しなかった。袋はあっても、中に玉が存在しないのだ。僕としては、下の袋がなぜ金玉と呼ばれているのか、不思議に思っていたけど、なんてことない。僕だけの特別な症例が普通だと思っていたからだ。

 一方で、僕のお腹の中には普通の女の子と同様に卵巣が存在して、ちゃんと機能してるとのこと。出口が、玉の入っていない袋に塞がれちゃって、外からは分からないけど、膣もちゃんと存在しているみたい。


 ――以上。

 根本的な知識が抜けているので、所々意味が分からない単語もあったけど、事の重大性、だいたいの事情は分かってきた。

「まぁぶっちゃけて言えば、女の子におちんちんがついた状態とでも言いましょうか。陰部が露出していないのと、ちんこから精子が出るわけではないので、薄い本で見られる、ふたなりとしての需要は微妙ですが。ははは」

 重苦しい雰囲気を払うかのように上本先生が軽い口調で言った。

「……ふたなり?」

「ごほんっ」

 お母さんが咳払いしてさえぎった。また一つ知らない単語が出てきて頭が混乱してしまった。

 そんな僕とお母さんに向けて、先生がまた真剣な顔に戻って告げた。

「以上のことから、優希くんが選択すべき道は二つあります。卵巣を摘出して、今のまま男性として生活を続けるか、男性器を摘出して女性として新たな生活を始めるか、です」

 僕はごくりと息をのんだ。

「前者の場合、卵巣を摘出するため、身体の変化――女性化は多少抑えられます。しかし普通の男性として生きていくためには、継続的な男性ホルモンの摂取が必要と思われます。そして、元から精巣がないため、男性として子供を作ることはできません」

 子供を作れない……と言われても、ぱっとこないんだけど、先生やお母さんの沈鬱そうな顔を見る限り、深刻なことは僕にも理解できた。

「後者の場合、手術して適切な治療を続ければ、女性として子供を産むことは可能です。つい最近法律も変わりまして、未成年でも戸籍の性別変更・性転換手術は可能です。しかし男性から女性になるわけですから、生活面も含めて、本人ご家族に大変な苦労がかかることは間違いありません」

 診療室が沈黙に支配される。

 お母さんは俯いたまま声も出ない様子。

 僕も当然ショックを受けたし、頭の中は混乱している。いきなり男の子か女の子か選べ、と言われて、はい分かりましたとうなずけるわけがない。

 けどその一方で、去年の秋からずっと一人で悩んできた胸のことや、辛かった腹痛・頭痛の明確な理由が分かって、少しほっとした気持ちもあった。

「いずれの結論を出すにしろ、このままの状態では生活に支障をきたすので、今すぐというわけではありませんが、手術が必要になります。初潮による出血が子宮や膣に溜まっている恐れもありますので、そのことや今後のことを含めた検査・治療のため、入院という形を取っていただきたいのですが、大丈夫ですか?」

「……は、はい」

 お母さんが震える声で答えた。


 病院に来たときは、体調も良くってすっかり治ったと思っていたのに。

 僕は、その日のうちに入院することになった。



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