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水着


 目が痛いほど強い太陽の日差しを受けて、アスファルトからもわもわと透明な湯気が立っているのが見える。道行く人はみんなハンカチを手に持って、汗を拭きながら歩いている。

「涼しいねー」

「涼しいねぇ」

「寒いくらいだよねー」

「うん。そうだねー」

 その様子を窓の向こう側から眺めつつ、僕と彩ちゃんは、のんびりくつろぎながらポテトをつまむ。

 そんな僕たちを見て、香穂莉ちゃんがため息をついた。

「どうやら、映画はお預けのようですね……」


 ようやく待ちに待った夏休み。といっても、暇なのは僕ぐらいで、運動部に入っているみんなは毎日のように部活があって忙しいみたい。だからなかなかみんなが揃う機会はない。

 今日も女子テニス部の夢月ちゃんは部活。美術部の柚奈ちゃんも夏休み中に仕上げなくちゃいけない課題の作品があるみたいで、一緒に学校に行っている。

 というわけで今日は、部活が休みの香穂莉ちゃんと彩ちゃんとの三人で映画を見に行く予定だったんだけど……

 暑さのあまり途中でお店に逃げ込んで、出れなくなってしまったところだったりする。

 目指す映画館はまだ先。猛暑の中、また外に出る気は、僕にも彩ちゃんになかった。ま、夏休みはまだ始まったばかりだし、映画はいつでも見に行けるもんね。

 僕がそう言うと、彩ちゃんが大きくうなずいた。

「そうだよね。せっかくの夏なんだし、夏ならではの所に行きたいよねー」

 今日の彩ちゃんは、ショートパンツにライトグリーンのTシャツ姿。学校ではお下げにしている髪を下しているので、いつもとちょっと雰囲気が違う。お人形さんみたいで、とても綺麗。……暑そうだけど。

「夏ならでは、と言うと、プールとか海でしょうか? 炎天下で部活していると、どうしてもプールのことが頭に浮かんでしまうんですよね」

 香穂莉ちゃんが苦笑しながら言う。こちらはライトイエローのワンピース姿。足元のサンダルがおしゃれだ。

「よし。じゃあ今度みんなで海に遊びに行こーよ」

「うん。いいね」

 彩ちゃんの言葉に、僕はすぐに賛成した。最初は恥ずかしかった女の子の水着も、何回も授業を行ううちに慣れた。慣れてしまえば、プールや海が嫌な理由なんてない。

 ちなみに、僕は黒の丈の短いノースリーブのワンピースの上に、襟元が大きい白のユルTの重ね着。こうすると、ただのワンピースが、ミニスカートに見えたりするから面白い。

 みんなと買い物に行って服を買ったり、みんなの服装を観察したりして、ようやく服をコーデするということが分かってきた気がする。けど夏が終わったらまた、新たな組み合わせを考えないといけないんだよなぁ。

 と僕がちょっと別のことを考えているうちに、香穂莉ちゃんも手を合わせて僕たちの意見に賛成した。

「そうですね。今度みんなで行きましょう。この間水着を買いに行きましたし。あ、でもこの間、優希さんは来れなかったんでしたっけ」

「うん。でも大丈夫だよ。水着はあるし」

 香穂莉ちゃんの言葉に僕は小さくうなずいた。

 なかなかみんなが揃う機会がない、というのは僕にも言えることで。

 僕が用事があって遊びに行けなかったとき、みんなで水着を買い物に行ったという話は聞いている。

「ねーねー。優希ちゃんの今年の水着は、どんな感じなの?」

「えっ。どんなのって……普通の紺色で……」

「それってもしかして、学校の水着のこと?」

「……うん。そうだけど」

 僕がそう答えると、彩ちゃんは、はぁ、やれやれ、かぶりを振った後、急にしたり顔になって告げた。

「ダメダメ。スクール水着が許されるのは、小学生までなんだよ!」

「そ……そうなんだ」

 女の子と海行ったことないけど、去年、お父さんとお母さんと海に行った時の海水浴場の風景を思い出す。……確かに、学校の水着を着ていた女の子は少なかったかもしれない。

 そんな僕に、香穂莉ちゃんがとどめの一言を告げた。

「悪いとは言いませんが、学校の水着ですと、かえって海水浴場では目立つかもしれませんね」

「ううっ……それは、やだなぁ……」

「じゃあ、今日は予定を変更して、優希ちゃんの水着を買いに行こうよ。このビルの上の階に、水着売り場がありそうだし。ね?」

 いくら水着に慣れたとはいえ、不特定多数の人がたくさんいる場所で、目立つのは、出来れば避けたい。正直あまり気乗りしなかったけど、彩ちゃんの提案に僕はしぶしぶうなずいた。


  ☆☆☆


「あったあった。しかも、セール中だよーっ」

 彩ちゃんが声を弾ませながら、水着売り場に向かって走って行った。

 エスカレーターで上の階に上がること三つ。水着売り場はすぐ見つかった。しかもセール中だ。普通の服もそうだけど、シーズンになるともう安くなるというのは不思議だと思う。

「さぁ、優希さん。行きましょう」

「う、うん……」

 僕は香穂莉ちゃんの後に隠れるようにして、ドキドキしながら水着売り場に足を踏み入れた。男の子のときは普通に学校の水着を使っていたから、水着売り場に来るのは初めてだ。しかも女物の水着が立ち並ぶ中である。思わず男の子のときの感覚で緊張してしまう。

「……へぇ。こんな感じになっているんだ……」

 売り場を見回しながら、僕は思わずつぶやいた。

 水着も下着と似たようなものだけど、水着売り場は夏らしく開放的な作りになっていた。下着売り場のように、回っているだけで恥ずかしくなるような感じが少なくて、ちょっとほっとした。

「もしかして、優希さんは水着売り場に来るのは初めてですか? 今まで学校指定の水着で済ませていたようですし」

「うん」

 変に誤魔化さないで素直にうなずいた。元男の子だから戸惑っているのではなく、初めて利用するから不慣れだということにしておいた方が都合いいからね。実際、嘘じゃないし。

「ねーねー。優希ちゃんに似合いそうな水着持ってきたよー」

 彩ちゃんが早速、水着をつるしたハンガーを持ってやってきた。それは細長い紐に、小さい貝殻が三つくっ付いているだけの、シンプルな水着で……

「って、無理むり無理っっ」

 僕は慌てて手を横に振った。

「えーっ。優希ちゃんって、シンプルなのが好きじゃん」

「そ、そうだけどっ。シンプルの意味が違うって!」

 これはシンプルというより過激だ。胸もお尻も丸出しだし、こんな姿で人前に出たら恥ずかしくて死んじゃうよ。

「もぅ。彩歌さんったら、優希さんは不慣れで戸惑っているのですから、あまりからかわないでください」

 香穂莉ちゃんが言うと、彩ちゃんは「あはは」と笑いながら、手にした水着(というより布と紐)を元の位置に戻しに行った。……良かった。冗談だったんだ。

 とはいえ、何を選べばいいのか、そもそも自分が何を着たいのかもよく分からない。

「えっと……香穂莉ちゃんたちは、どんな水着を買ったの?」

 そこで二人に聞いてみることにした。

「あたしは……んとね、こんなのだよー」

 彩ちゃんが示したのは、白のセパレートの水着だった。ひらひらのディーアドが上にも下にもついている可愛らしいデザイン。彩ちゃんに似合いそうだ。

「私のは……こちらに近いですね」

 香穂莉ちゃんもビキニタイプで色は青。上はリボンで結んだような感じで、下はパンツの上に布――パレオ付きのタイプだ。うーん。大人っぽい。

「ちなみに、夢月ちゃんがこれで、柚奈ちゃんはこんな感じかなー」

 一緒に買い物に来ていた二人の水着も、彩ちゃんが説明してくれた。柚奈ちゃんはチェック柄のいわゆる普通のビキニ。たぶん柚奈ちゃん用だから、実際の上の部分はもっと大きいんだろうな。夢月ちゃんは、上は普通のリボンのついた普通のビキニだけど、下は短パンみたいになっているタイプだった。なるほど、これならあまり恥ずかしくないかも。ちなみに、色は柚奈ちゃんがグリーンで、夢月ちゃんは黄色だ。

 それにしても……

「みんなビキニタイプなんだ……」

「そうですね。セパレートの方が着替えは楽ですし」

 ブラとパンツみたいな水着なんて絶対無理っ、って思っていたんだけど、僕だけワンピースタイプだと、逆に目立っちゃうかもしれない。けど見てみると、僕が思っていた以上に、ビキニタイプにもいろいろな種類があるのが分かった。

 ならば、せめて露出が少ないものを選ぼう。

 こうして買い物の方針が決めた僕は一通り売り場を回って、一つの水着に目を付けた。

「あ、こんなのいいかも」

 上は、丸をくっつけたようなビキニではなく、上から胸まで覆うノースリーブのシャツみたいな感じ。襟元にリボンが付いていて水玉柄も可愛らしい。下も申し訳程度にひらひらではなく、お尻や前の部分を完全に覆えて普通のスカートとしても大丈夫それでもかなりのミニだけどなくらい。柄は何種類かあったけれど、せっかくみんな色がばらばらなので、被らない赤系のピンクにした。白に近いピンクだから派手さもあまりない。

「うん。いいんじゃないかなー。優希ちゃんらしくて可愛い水着だね」

 彩ちゃんが太鼓判を押してくれた。

「じゃあ、これにしようかな……」

「あら? 試着はされないのですか」

「……やっぱり?」

 水着を手にしたままレジに向かおうとしたら、香穂莉ちゃんに呼び止められてしまった。

 ここで水着姿になるのも恥ずかしいけど、現場で着てみて変だったら、もっと恥ずかしい。仕方なく、僕は更衣室へ向かった。


 女の子になって自分で服を買うようになってから、更衣室は何度も利用しているけれど、周りに人がいる店内で服を脱ぐのには、まだ抵抗がある。たいていカーテンが短くて下が開いているのも慣れない。中に人が入っているか確認しなくちゃいけないのは分かるけど、これじゃ、脱いだ服を置けないし不便。特に普通の服と違って、水着だとブラもパンツも脱がなくちゃいけないし。

「あー。優希ちゃん。水着を試着するときは、下着の上に着るんだよ。直接着ちゃだめだからねー」

「えっええっ」

 僕は慌てて足首までおろしたパンツを元に戻した。――って、今の彩ちゃんの声、かなり下の方から聞こえたんだけど……絶対下から覗き込んでいたよね?

 そっか。展示されている水着は他の人も試着するわけだから、直接肌に付けるのは、あんまり良くないんだ。でも、できれば早く言ってほしかったかな。試着室で全裸になったときは、さすがに恥ずかしかったよ。

 僕は外したブラを着けなおして、その上に持ち込んだ水着を着こんでみた。

 水着だけあって、生地はしっかりしている。スカートの部分も水に濡れたからって、お尻や太ももにペタリとくっ付くことはなさそう。腰やおへそは当たり前のようにむき出しなんだけれど、これはまぁ仕方ないとして。上はブラみたいな形じゃなくて普通の服に近い感じだし、スカートも下の部分を完全に覆い隠してくれているから、僕的には嬉しい。胸もそうだけれど、下の部分は元アレが生えていた所なので、いくら普通の女の子と一緒だと分かっていても、見られるのは気になるし。

「優希ちゃん、まだー?」

「も、もういいよ」

 彩ちゃんにせかされて、僕はカーテンを少しだけ開けた。その間から、彩ちゃんと香穂莉ちゃんが覗き込んでくる。

「わぁ。いいねぇ。可愛いよー」

「ええ。とても優希さんに似合っていますよ」

「あ、ありがとう。じゃあこれにするね」

 水着姿を褒められるのって少し恥ずかしいけど、悪い気はしなかった。

 いったん水着を脱いで服を着込みながら、僕はふと思った。そういえば、値段見ないで持ってきちゃったけれど、いくらなんだろう……

 ……。

 4980円。

 だんだん慣れてきたけれど、女の子の服はお金がかかる。布面積は大して広くないのに。……五千円あったらゲームや本だっていっぱい買えるのになぁ。

 そう思いながらカーテンを開けた僕に向けて、外で待っている二人が楽しそうに告げた。

「じゃあ、次はサンダルだねー」

「優希さんは肌、弱そうですし、日焼け止めも購入した方がいいですね。余裕があるようでしたら、帽子もほしいところですね」

「…………」

 海やプールに行く前にお金が無くなっちゃいそうなのは気のせいだろうか?

 うん。きっと気のせいだよね。


間が空きましたが、ようやく夏休みです。

今回は出番が少なかった二人組を登場させましたが、思ったより書きやすかったです。書いていて気付いたのですが、このコンビって咲-Sakiの優希・和の二人組と似ていますね。それで書きやすかったのかもしれません。

ちなみに主人公の栗山優希の名前は、この片岡優希からいただきました。「ゆうき」の読みで字柄的に好きなものを選んだのですが、もともとは男の子という設定なので、いまさらですが無理があったかなと思っていたりしますw


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