夏祭り
自転車で十分強。祭りの会場に近づくにつれて浴衣姿の女性も多く見かけるようになってきた。
お祭り用に特別に設置された駐輪場に自転車を置いて、僕たちは神社の方へ進む。丘の上にある神社に続く坂の両脇には、多数の屋台が並んでいて人もいっぱい溢れていた。祭り独特の雰囲気が充満していてそれだけで楽しくなってくる。
「みんなも来られれば良かったのにねー」
下駄をカランコロン鳴らして歩きながら、僕は夢月ちゃんに言った。
せっかくのお祭りだし、みんなでワイワイしたかったな。
すると、夢月ちゃんは意地悪く笑って言った。
「柚奈は、案外、熊代と一緒に来てるかもしれないよ?」
「義明くんと? でも用事があるって……」
「デートも立派な用事じゃん?」
二人が実はラブラブって、そっち系の話が好きな彩ちゃんたちが勝手に騒いでいるだけで、あまり興味なさそうな夢月ちゃんの口から出るのは意外だった。本人たちは否定しているけど。実際はどうなのかな。
男の人と(僕の場合少し前は女の人と)付き合う、ってどんな感じなのか。まだよく分からない。それは仲の良い夢月ちゃんや僕たちと遊ぶことより楽しいことなのだろうか。
そう考えると、羨ましいような寂しいような、複雑な気分。
「もしかして……夢月ちゃんも寂しかったり――」
「見つけたら思いっきり邪魔してやろうぜ」
「ははは……」
やっぱり夢月ちゃんは夢月ちゃんだった。
「寂しいという気持ちもないわけじゃないけど、むしろ先を越されて悔しい、って感じかな。柚奈って何だかんだで、大人っぽいじゃん。小学校のときは一緒に馬鹿やってきたのに」
夢月ちゃんと柚奈ちゃん。対照的に見えるけれど似ている所も多い。二人そろって面白いものが好きでノリも良くて、気が合って小学校のころはかなり遊んだらしい。だから僕とも仲良くなれたって言うけど。……それ、どういう意味だろう。
「まぁ、悔しいって言っても、私は、男子と一緒がいい、なんて思いもしないけどね」
「そうだね。僕もまだそんな感じ」
二人して顔を合せて笑う。
「だから、優希と一緒に来れて良かったな」
急に真顔でそんなことを言われたら、照れくさくなっちゃう。
それは夢月ちゃんも同じようで、軽く頭に手をやりながら笑った。
「なんか変な感じになっちゃったね」
そう言って視線を別の方向に向ける。その先には見えるのは、祭り会場の一角になっている商店街の入り口だ。
「よしっ。それじゃ、気を取り直して。遊ぶぞー」
「おー」
夢月ちゃんのノリに応えて僕は右手を上げた。こうして僕たちは祭りの人ごみに突入した。
☆☆☆
浴衣で来た僕は荷物をあまり持てないので、屋台を回って食べまくった。たこ焼きが美味しい。焼き鳥が美味しい。唐揚げに焼きそばも食べた。それにもう子供っぽいかなって思ったけれど、久しぶりに綿あめも食べた。口に入れた途端甘くて溶けていく感触がたまらなくて、あっという間になくなってしまった。
夢月ちゃんは、輪投げや射的でどんどん景品を手に入れている。自転車の前かごに入れてきて、今背中にしょっているリュックサックがどんどんと膨らんでいく。悪いなーと思いつつ、僕も輪投げで手に入れた一円玉の形をした貯金箱を入れてもらっている。
「うーん。疲れたー」
僕はぎゅぅっと両手を伸ばした。さすがに遊び疲れてきた。いつの間にか空は真っ暗になって、提灯の淡い明りが辺りを照らしていた。
「そろそろ神社に移動しようか。花火が上がるころだし」
「うん」
お祭りのメインの花火は、丘の下を流れる川の河川敷から上がる。小高い丘の上にある神社は絶好のロケーションみたいだ。僕たちが神社に着いたときには、すでにたくさんの人が集まっていた。
「あっ!」
急に夢月ちゃんが声を上げた。
「どうしたの」
「今、柚奈と熊代が一緒にいるのが見えたような」
「まさか」
僕も慌てて夢月ちゃんの言う方向に目をやったけれど、人がいっぱいでよく見えない。
「よーしっ。邪魔したる!」
夢月ちゃんがにやりと笑うと、ササッと人混みをかき分けて行く。
「ちょ、ちょっと待ってよっ」
軽装の夢月ちゃんと違って、浴衣の僕はうまく身動きが取れない。
あっという間に、はぐれてしまった。
「どうしよう……」
僕は少し考えたのち、この場所で待つことにした。はぐれたときは下手に動かない方がいいって聞くし。けれど、人混みの中一人でいると、急に心細くなってきた。そんなとき、男の人二人組が、僕の前に現れた。
「ふぉかぬぽぅ。おひとりですかぐふふふふ」
「よ、よ、よよ、よかったら、拙者たちと……とと」
へ、変な人に絡まれたーっ。
ていうか、これってナンパ? 今までこんなことなかったのに。浴衣効果恐るべし。でも全然嬉しくない。だって小さいころから知らない人にはついて行っちゃダメって言われてきたのに、中学生になったからって、いきなり変われない。それ以前に、この人たちについて行きたいなんて思えないし。
「えっと……その……僕は……」
「おお。僕っ子なり!」
「も、もええええ」
……なんていうか。やばい?
「優希っ」
突然、僕の後ろから声がかかった。
僕をそうやって呼ぶのは海外にいるお父さんお母さん以外では夢月ちゃんだけ。でも今の声は男性の声で。
「すいません。それ、俺の連れなんで」
「み、稔くん?」
稔くんの登場に、小太りの二人組は「そそ、それなら仕方ないんだな」と、逃げるように人混みへと消えて行った。
良かった……。僕はふぅと息を吐くと稔くんに向き合ってお礼を言う。
「ありがとう。稔くんも来てたんだね。もしかして義明くんと来たの?」
さっき夢月ちゃんが見たのが義明くんだとしたら、なにか知っているかも。
けど稔くんは首を横に振った。
「いや。一人。本当は義明に誘われて来たんだけど、待ち合わせ場所で待っていても現れないから電話したら、忘れてたうえに別の用事があるから来れねえって。まぁせっかくだから一人で回っていたら、栗山を見かけたんだ」
なるほど。ということは、さっき夢月ちゃんが見た人は義明くんじゃないのかな? でも夢月ちゃんが言うにはデートも立派な用事だけど……
と、それはさておいて。
「ねぇ。さっき、僕のことを、優希って名前で呼んだよね」
「あ、ああ。えーと、その、あいつらを追い払うのに親しい知り合いだって思わせた方が都合いいから名前で呼んだ方がいいかと思ったわけで……」
「別にいつも名前で呼んでくれていいのに」
「栗山は一人で来たのか?」
僕の言葉を遮るように、しっかりと苗字で言われた。照れてるのかな?
僕は夢月ちゃんのことを説明した。それを聞いた稔くんは、少し呆れたように言った。
「じゃあ。一緒に待ってるか。また変なのにからまれないようにな」
「うん。ありがとう」
というわけで僕たちはそのままこの場所にとどまることになった。
夢月ちゃんを待っている間にも、どんどん人が増えてくる。ベストポジションと思われるところがどんどん埋まっていく。このままだと花火見えなくなっちゃうかも。
「もう少し身長が欲しいなぁ」
少し不安になって僕はぽつりとつぶやく。
「別にいいんじゃね。そのままでも」
「でも、この間、ついに大台に乗ったんだよ。145cm!」
「四月のときから、四捨五入で150cmじゃなかったっけ?」
「むぅ……」
稔くんに軽くあしらわれ、僕は頬を膨らませた。
「それに、それくらいの方が……」
「それくらいの方が?」
「……何でもない。にしても、義明が小石と一緒って……見間違えじゃないか。あまり想像つかないけどな」
「だよねー」
僕はうなずいた。小石とは柚奈ちゃんの苗字。ちなみに僕より小さい彩ちゃんの苗字は大石だったりする。
と、それはさておき、義明くんもそうだけど、稔くんも女の子と一緒にいる感じじゃないよね。でも今は僕といるわけで。周りからすると、どういう関係に見えるんだろう。
なんて柄にもないことを考えてしまって、ふと思い出す。
「そういえば、稔くんって、女の子苦手だったんだよね」
今更だけど、僕と一緒にいて大丈夫なんだろうか。
「ああ。それは――」
稔くんは少し照れた様子で頬をかきながら言った。
「実は小学生の時、同級生の女子にバレンタインチョコをもらって告白されたとがあるんだ」
「へぇ」
「ただ、そういうのに興味がなかったから困って、適当に断ったんだけど。それが他の女子に伝わって、『酷い』『最低』みたいなことを言われ避けられて、俺も面倒くさくて敬遠するようになったんだ」
「それは大変だったね。でも、そういうの、分かるかも」
「そうか……」
「うん。困るよね。その気がないのにチョコもらっても戸惑っちゃうし」
転校生って意外とモテるみたいで、かく言う僕も小学生のころは結構チョコをもらっていた。稔くんみたいにストレートな告白はされなかったけれど、どう対応していいか、困ったんだよね。
「って、そっちかよ」
稔くんが笑った。へ? 今、笑うとこ?
「ていうか、栗山。チョコもらったことがあるのか」
「えっと。まぁ……なんていうか」
やばい。今の僕は女の子なんだから。バレンタインはチョコをあげる側だってことをすっかり忘れてた。
けど稔くんは特に追求せずに、僕を見て続けた。
「まぁ中学に入ってそんなこともなくなったし。栗山と話しているうちに、他の女子とも普通に話せるようになったし。――だから、栗山には感謝してるよ」
「えっ――」
不意に言われて、頭が混乱してしまった。僕の方こそ、稔くんにはいろいろとお世話になっているのに。トイレの件の後、色々こき使われたりもしたけれど、今まで学校生活を楽しく過ごせてきたのは、夢月ちゃんをはじめとする女友達だけじゃなくて、稔くんの存在も大きいと思っている。けど急に言われたら、僕もなんて言っていいのか……
「あと今更だけど、その浴衣、似合ってるな」
「……あ、ありがとう」
どうにか口を動かして、それだけ言った。すると人混みの先から僕を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ごめん優希。待たせちゃって。結局人違いで、めっちゃ焦ったよ」
夢月ちゃんだ。人混みをかき分けるようにして、ようやく戻ってきた。
「もぉ。夢月ちゃんったら。本当に待ったんだから」
僕はサッと稔くんから離れるようにして、夢月ちゃんに向き合った。
「ごめんって。……あれ? 優希、顔赤いけど、マジで怒ってる? それとも人混みに酔った?」
「えっ、うそ? 本当?」
夢月ちゃんに言われ、僕は慌てて頬を両手で押さえる。あれ? 心なしか頬が熱いような気がする。
「ったく。栗山をこんなところに一人にしておくなよな」
「あれ? 金子? どうしてここにいるの」
稔くんが夢月ちゃんに経緯を説明する。それを聞いた夢月ちゃんは反省したようで、僕に頭を下げた。
「ごめん。一人で突っ走っちゃって……」
「い、いや。そんな……」
「それと、金子もありがとね。助かった」
「……まぁな」
稔くんの言葉を掻き消すかのように、周りから歓声があがった。ドーンという音が辺りに響く。
花火が始まったんだ。
「おお。始まったっ。優希。見える?」
「うーん。ぎりぎり……っ」
僕はつま先立ちしながら空を見上げた。爪先立ちしてやって見えるくらいだけど、下駄なのでバランスがとりにくい。
「だったら、私の肩に掴まりなよ」
と、夢月ちゃん。入学したころは女子の中でも身長低い方だったのに、今では背も伸びて、女子の平均くらいまで成長しているんだよね。
「うん。ありがとう」
僕はそっと夢月ちゃんの肩に手をかけた。けどあんまり力をかけちゃ悪いのでフラフラしていたら、すっと稔くんが僕の横に来て、同じように肩を貸してくれた。僕はお礼を言って、右手を夢月ちゃんに、左手を稔くんに預けるようにしながら空を見上げた。
真っ黒な夜空に、光の花が咲く。花火なんて今まで何度も見ているのに。なぜか今までの中でも一番綺麗に感じた。
――いつまでも続いてほしいと思った長い時間が終わった。
周りの人がぞろぞろと帰りだす中、僕は両手を二人から離してかかとを地面に付けた。
「終わっちゃったね……」
「だね……」
お祭りはとっても楽しかったのに。だからかな。終わってしまった今は、寂しく感じる。
「でも楽しかったよね」
「うん。また来たいよね」
そう言って寂しい気持ちを紛らわせようとする僕と夢月ちゃん。
その横で、稔くんがぼそっと呟いた。
「あさってから期末試験だな……」
夢月ちゃんが無言で、無粋なことを呟いた稔くんの足を蹴り飛ばした。
ううっ。せっかく忘れてたのに……
もういくつ寝ると夏休み。
けどその前に期末試験が待ち受けているのだった。
長かった……
ようやく一学期が終わりました。
次章から夏休み、さらっと二学期を流して、三学期でこの話も終わりです。
いつになるかは分かりませんが、最後まで書ききれるよう頑張ります




