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浴衣


 もういくつ寝ると夏休みー。

 夏休みの宿題があろうが、灼熱の太陽が待っていようが、楽しみなのに変わりはない。学校は楽しいけれど、休みは休みで別なわけで。何をしようか、今から楽しみ。お父さんとお母さんも夏休みには何日か帰って来れるって話だし。

 とはいえ、無事自由な夏休みを迎えるためには乗り越えなくちゃいけないものがある。――期末試験だ。

 中間テストは平均点以上だったけど、それは必死に勉強した結果。怠けて油断していたら、赤点取ってしまうかもしれない。

 というわけで、週末の土曜日。真面目に家で勉強していたら、電話がかかってきた。夢月ちゃんからだった。

「ねぇ。優希。今日の夜の夏祭り、一緒に行かない?」

「え? でも結局みんな行けないって……夢月ちゃんも勉強、大丈夫なの?」

 水穂市の中心部にある神社周辺で、毎年この時期に夏祭りが行われる。夢月ちゃんが言うには、屋台もたくさん並んで、花火も上がって、それなりに大きなお祭りらしい。昨日学校でも話題に上がったんだけど、香穂莉ちゃんは家の事情で夜の外出は難しいみたいだし、中間テストが赤点ギリギリだった彩ちゃんも家でカンヅメ中。柚奈ちゃんも別の用事があるみたいで、結局立ち消えになっちゃったんだけど……

「一日休んでダメな学力ならそれまでっ!」

 夢月ちゃんがズバリと言い切った。

 ま、まぁ。言っていることは正しい……気がするけど。

「と言うわけだし、行こうよ。丸一日ってわけじゃないし、優希なら問題ないでしょ」

「う、うん……」

 結局、僕は夢月ちゃんに押し切られるように、お祭りに行くことになった。といっても、別に嫌々ってわけじゃなくて、むしろ楽しみだったりする。勉強のいい気分転換にもなるし。

 部屋を出て一階にいる雪枝さんに許可をもらいに行ったら、快く了承してくれた。というよりむしろ、

「残念だわ。私が優希ちゃんと一緒に行きたかったくらいなのに」

 と口をとがらせてしまったくらいだ。

「ねぇ、優ちゃん。お祭りには何を着て行くつもりなの?」

 自室だと色んな誘惑があるから集中できないと、一階の居間でこちらも試験勉強(高校の)していた絵梨姉ちゃんが口を挟んできた。宏和おじさんは会社の同僚さんと釣りに行っていて家にいない。

「え? 何をって……えっと……」

 今の僕の服装は、普通にTシャツと短パンだ。

 夢月ちゃんは気の置けない友達だから、最近はあまり服を気にしなくなった。初めて夢月ちゃんと遊びに行くとき(結局夢月ちゃんは来れなくて、稔くんと義明くんと遊んだ)に気合を入れておしゃれしていたのが嘘みたいだ。

 とはいえ、ちょっとラフすぎるのかな、と首をひねっていたら、絵梨姉ちゃんが小さく微笑んで提案した。

「せっかくだから浴衣着て行ってみたら? 私のお古があるでしょ」

 最後の部分は雪枝さんに向って言ったものだった。

「ええ。ちゃんとしまってあるわよ。そうね。優希ちゃんにも似合いそうだわ」

 その言葉に、雪枝さんが目を輝かせて手を合わせた。

「えっと、でもなんか着るの大変そうだし……」

「いいじゃない。着付け手伝うよ」

「そうよ。せっかくのお祭りだもの。今用意してくるわね」

「……えーと」

 なんていうか、二人とも乗り気で、僕が何を言ってもダメな感じ。

 僕は、帰ってきたお父さんに会うとき制服を着せられたことを思い出して、達観した気持ちになっていた。

 久しぶりだなぁ。着せ替え人形されるのって。



 絵梨姉ちゃんのお古は、白と青が主体で黄色い花柄があしらわれた明るい色が主体の浴衣だった。絵梨姉ちゃんが小さい頃着ていたものというので、もしかしてキャラもの? って警戒したけれど、普通に僕が着ても問題ない感じだった。

「本当はしっかり着付けを教えてあげたいところだけれど、初めてだし、時間がないから着せてあげるわね」

「は、はい」

 雪枝さんの言葉に僕はうなずいて答えた。

 ……。

 そして空白の時間。

「ほら。服を脱がなくちゃ着せられないでしょ」

「あ、やっぱり?」

 絵梨姉ちゃんにせかされてしまった。

 いくら雪枝さんと絵梨姉ちゃんの前だとしても下着姿になるのには抵抗があるというか恥ずかしいというか。今日はどんな下着を付けていたんだっけ。学校の日とは違って、出かける予定のない休みの日は適当だからなー。今から着替えに行くわけにもいかないし。

「そういえば、浴衣って、下着も脱ぐみたいな……」

「ふふふ。和服に洋式の下着が似合わないって言うけれど、そんなに気にしなくても大丈夫よ」

「良かった……」

 さすがに裸になるのは恥ずかしすぎるもん。

 それに比べたらまだましと、僕は上と下を脱いで下着姿になった。浴衣を手に取ると、薄くて服と云うより布みたい。本当に大丈夫なんだろうかと思いつつ、浴衣に袖を通す。

「やっぱりちょっと大きいような……」

 袖はぶかぶかだし、裾も畳に付いちゃっている。いくら絵梨姉ちゃんのといっても、子供のときに着ていたものがぶかぶかだというのはちょっとショック。

「大丈夫よ。そういうものだから。まずは浴衣の前の部分を手で持って、くるぶしのあたりまで裾を上げてみて」

「う、うん」

 雪枝さんの言われた通りにする。

「そう。そうしたら、こうして……」

 雪枝さんが浴衣の前の部分を持った僕の手を取る。そして浴衣を折り曲げたりしながら、僕の身体に巻き付けるように合わせていく。

「こうやって、上前を揃えるのよ」

「……うわまえ?」

 雪枝さんは、言葉を繰り返す僕の後ろに回って、何本かある帯の一つを腰にぎゅっと締めた。

「く、苦しい……っ」

「ごめんなさいね。でも緩いと型崩れしちゃうから」

 それは怖い。正直、帯がほどけたら自分で治せる自信ないし。

「こうやって、余った部分でおはしょりを作って……」

「お、おは……?」

 もうだめだ。訳が分からない。

 結局、その後僕は覚えるのをあきらめて、雪枝さんにされるがまま。てきぱきと帯をくるくる巻かれていく。

「せっかくだから、髪型もね」

 その間絵梨姉ちゃんが僕の髪の毛を整えてくれた。絵梨姉ちゃんの手には和風なかんざしがあった。

 いつもは肩にかかる程度の後ろ髪をまとめてお団子にして、簪をぷすっとさされた。あ、なんかうなじがすっきりして、男の子のときに戻った印象。まとまった髪の毛がちょっと重いけど。前髪を留めているいつものヘアピンも、白い花をあしらったものにしてもらった。

「はい。できた」

「こっちも終わったわよ」

 僕が何もしないまま浴衣への着替えが終わった。僕は絵梨姉ちゃんに背中を押され、部屋にある鏡台の前まで行った。

「わぁ……すごい」

 鏡を見て、思わずつぶやいてしまった。

 鏡の中には、浴衣姿の少女がいた。さすがに自分に「美」は付けられないけれど、それでも普段に比べて女の子らしさが三割増しした感じ。

 鏡に映る僕の横で、絵梨姉ちゃんが感心したように口を開いた。

「やっぱり優ちゃんは浴衣が似合うねー。思った通り」

「どうして?」

「そりゃ、浴衣は身体が平らの方が……ごほん」

「……?」

 僕が尋ねると絵梨姉ちゃんが露骨に顔をそらした。どういう意味だろう?



「それじゃ、行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。気を付けて」

 雪枝さんたちに見送られて僕は家を出た。

 真夏の夕暮れ時。普段ならまだまだ蒸し暑く感じるんだけれど、今は思ったより涼しかった。浴衣のおかげかな。

 浴衣に合わせて足元は下駄。足にまとわりつく浴衣とのコンビは、はっきり言って歩きにくい。けれど逆にしずしずと歩く感じが、なんかとても女の子っぽくなった気分。下駄の、カランコロンという音も風情があっていい感じ。

 せっかく家庭科部なんだから、着物の着付けとかやってみるのも面白いかなって思った。今度沙織先輩に提案してみようかな。もちろん、僕は教える立場じゃなくて、教えられる立場だけれど。

「おーい。優希ー」

 いつもの待ち合わせ場所には、すでに夢月ちゃんが待っていた。夢月ちゃんは、黒とオレンジのTシャツに青のホットパンツという、僕とは対照的に動きやすそうな格好だ。けど、蚊に刺されそう。

「おお。すげー。優希、浴衣似合ってるよ」

「ありがとう。ごめんね。少し遅れちゃって……」

「別にいいって。それよりさ、あれやっていい? 帯をくるくる回して『あれ~』ってやつ」

「だ、だめっ。ほどけたら僕でも直し方わからないしっ」

 そんな会話をしつつ、襲い掛かってくる夢月ちゃんから逃げていたら、夢月ちゃんの自転車が目に入った。

「夢月ちゃん。自転車で来たんだ」

 祭りの会場である神社はここから少し離れているし、いつもなら僕も自転車で来るんだけど、さすがに浴衣姿なので乗れなかった。僕だけ徒歩だと時間がかかっちゃうかな……って思っていたら、そんな僕の視線に気づいたのか、夢月ちゃんが言った。

「それじゃ、行こうか。優希。後ろに乗って」

「えぇっ? い、いいよっ」

「大丈夫。遠慮しないって。女テニで鍛えた脚力をなめるなよ」

「テニスってどちらかというと腕力のような……」

「細かいことは気にしないっ」

 というわけで、僕は半ば強引に自転車の後部座席に座られてしまった。足で跨ぐことが出来ないので、横に腰かけるいわゆる女座りだ。

 子供の頃よく自転車の二人乗りはしていたけれど、まさか僕が浴衣を着て、女の子の自転車に横座りするとは思いもよらなかった。人生って不思議だ。

 けどこれが意外と難しい。まだ走り出していないのに、バランスを崩してしまいそう。

「危ないから、私の身体につかまって」

 そんな僕を見かねたのか、夢月ちゃんが言う。

「う、うん」

 僕は左手を自転車に乗せたまま、右腕をそっと夢月ちゃんの腰に回した。

 そういえばこんなに夢月ちゃん触れ合うのは初めてかもしれない。ちょっとドキドキしてしまう。夢月ちゃんの身体から、柔らかくて良い香りがした。

「夢月ちゃん。もしかして香水つけているの?」

 意外にそういう女らしいところがあったんだなって思っていたら、夢月ちゃんが笑って答えた。

「あ、それきっと、虫よけの匂いじゃない? ワナコーウの」

「……ははは……」

 やっぱり、そっちの方が夢月ちゃんらしいよね。

「それじゃ。行くよ」

「うんっ」

 こうして僕たちはお祭り会場へと向かった。

 

浴衣の着付けって大変そうですねー。

調べていたら更新に時間がかかってしまいました。

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