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プール

 はじめて水着を着た日から、週が明けて三日。いよいよプールの授業のある体育の時間がやってきた。空は快晴。絶好のプール日和だった。

 普通の体育の授業では教室で着替えていたけれど、さすがにプールには男女別の更衣室があるみたい。

「ちゃんと更衣室があるならそこを使わせてくれればいいのにねー」

 柚奈ちゃんがそう言ったけれど、わざわざ教室を出てプールの隣まで行くのは面倒だし、僕としては男子の目より女子の目が気になるので、教室でも問題なかったりする。

 更衣室は教室を半分にしたより小さいくらいで、木で出来た狭くて古い建物だった。なんかかび臭い。そこにクラスの女子19人が集まったら、肩が触れ合いそうなほどの密度になってしまった。

 これじゃあ、普段の教室での着替えより、僕的には難易度が高い。身体測定のときよりも女の子度も肌色感も出ていて、眩しい。

(ううぅ……やっぱり、まだ恥ずかしい……)

 みんなと一緒に着替えるのは、やっぱりまだ慣れない。男の子のときの着替えでさえ恥ずかしかったわけだから、たぶん一生慣れないのかもしれない。

 そんな中、相変わらず、夢月ちゃんがぱぱぱっと制服を脱ぐ。ベストを取っ払って、ボタンを開けたブラウスの下から出てきたのは紺色の布地。……って。

「夢月ちゃん……それ」

「うん。水着だよ。中に着てきた。楽じゃん」

 ……絵梨姉ちゃん、いたよ。着てくる人。

 けどちょっと予想していたというか。普段の体育のときといい、夢月ちゃんって、意外と恥ずかしがり屋なのかもしれない。

 僕はまだ着替える踏ん切りがつかなくて、なんとなくロッカーの荷物を意味もなくいじりつつ周りを覗き見た。

 柚奈ちゃんは僕が絵梨姉ちゃんに教わった方法で、彩ちゃんはゴムの付いたタオルを頭からすっぽりとかぶって、香穂莉ちゃんも似たようにタオルを身体に巻いて器用に着替えている。みんな着替え方は様々だ。さすがに真っ裸になる人はいないみたい。

 ――って、僕も早く着替えないと。最後だと注目されちゃうかもしれないし。

 まずスカートを穿いたままパンツを脱いで、水着を代わりに穿く。水着を腰のあたりまで上げたらスカートを脱いで、水着を服の下に通す。

「んしょ……っと」

 何度か練習したので、スムーズに着替えることが出来た。下着は見られちゃうけど仕方ない。気にしていたら女の子をやっていけない。最後に帽子をかぶる。男の子のときは普通に被るだけだったけど、女の子になって髪を肩口くらいまで伸ばしたので、まとめて帽子の中に入れるのは面倒だ。柚奈ちゃんの相変わらず校則違反のロングヘアーも、夢月ちゃんのポニーテールも、香穂莉ちゃんのセミロングも、彩ちゃんのおさげも、みんな帽子の中に収まると、なんかみんな雰囲気が違って見える。改めて、髪型って重要なんだなーって思う。

 僕が帽子の位置を直していると、柚奈ちゃんが夢月ちゃんと僕を見比べて言った。

「同じくらいかなぁ」

「ん?」

「胸」

 柚奈ちゃんの言葉に、僕と夢月ちゃんは顔を見合わせた。

 水着で多少ぎゅっと締められていても、さすがにぺったんことはいかず、夢月ちゃんの胸元には微かな膨らみが見て取れる。それは僕も同じなわけで。むしろ身体にぴったりとくっ付いているせいで、腰のくびれやお尻の大きさも、体操着よりずっと露わになっている。

 僕はさっと胸元を隠した。

「なに、この上から目線は。ほらほら優希も揉んだれ」

「ぼ、僕はいいよ」

 ぷにぷにと柚奈ちゃんの巨乳を揉む夢月ちゃんに僕は赤面する。

 ちなみに僕たちでもあれなのだから、柚奈ちゃんの胸元は、はっきり言って規格外だった。少しぐらい触ってもよかったかな。どんな感触なんだろう。けどいったん断ってしまった手前、言いづらい。うーん。残念。

「きっと男子も見てくるよー」

 乳を揉む夢月ちゃんをこづいて、柚奈ちゃんが言う。

 プールの授業は男子と合同だ。もちろん一緒の授業内容ではないけど、同じ時間にプールを半分区切って一緒に使用するみたい。

「確かに、男子の視線は気になりますよね」

 と香穂莉ちゃん。柚奈ちゃん同様、スタイルが良いから男子の注目の的なんだろうなぁ。小学校の頃、僕はあまり興味がなかったけど、男子の間でよくそういう話はしていた。そのときは、まさか見られる立場になるとは思いもよらなかった。まぁ、僕は柚奈ちゃんや香穂莉ちゃんと違って……

「くりゅ、今、僕は見られる心配はない、って思ってたでしょぉ?」

「うえぇっっ」

 どきっとする僕を見て、柚奈ちゃんがにやりと言う。

「甘い。身体の凹凸が無ければ無いで、さげずんでくるのが男子。また一部には、くりゅくらいの膨らみかけがいいというマニアックな奴らもいるんだよん」

「そ、そうなんだ……」

 後者はともかく、前者の方は、そんな話をしていた記憶もあるので否定できない。

「そうそう。貧乳好きの男子もいるからね~」

 という彩ちゃん。心なしか、誇らしげな気がするのはなぜだろう。

「それじゃ、どうしたら……」

 僕がそう呟いた途端、みんなから変な視線が集まった。なにを今更、みたいな視線。

 それを受けて僕は気づく。女子は(柚奈ちゃんだけじゃなく、夢月ちゃんも含めて)、嫌だと思いつつ、男子にそういう風に見られるのに諦めているというか、慣れているということに。女子もいろいろ大変なんだ。

 夢月ちゃんが笑いながら僕に言った。

「そんなの見返してやればいいのよ」

 僕がさらに赤面したのは言うわけもない。


 更衣室を出るとカンカンの太陽の光が出迎えてくれた。初めて制服着たときもそうだったけど、水着を着た女子の真ん中を歩いていると、自分だけ浮いている気がするというか、本当に一緒でいいのだろうかと、まだ思ってしまう。

 プールサイドにはすでに男子が先に集まっていた。単純に着替えるのが楽だから、集まるのも早いんだろう。ぞろぞろと出てきた僕たち女子に向け、歓声こそ無いけれど、男子の視線が集まって来るのを感じた。

 僕はこっそりみんなの陰に隠れるようにしながら、男子の方に目をやった。短パン一つの男子の上半身の肌の色がまぶしい。涼しそうだし楽そうだし。って、一年前までは僕もあれを着ていたんだけどね。

 みんなをこっそりと眺めていたら、稔くんを見つけた。野球部だっけ。いい身体してるなー。思わず見つめてしまう。ほどよく引き締まって、腕やお腹にも筋肉が見られる。それに比べて僕はぷにぷにというか……太っているわけじゃないけど、やっぱり僕は女の子なんだなって思い知らされる。

 なんて感じで男子を眺めていたら、後ろから夢月ちゃんにどつかれた。

「うんうん。優希ったら、ちゃんと見返してるね」

「ふえっっ。ち、違うってっ!」

 僕は慌てて叫んだ。

 そんなやり取りが向こう側に聞こえたかどうかは分からないけど、視線が集まってきた気がして、恥ずかしい思いをしてしまった。


 準備体操して、さっそくプールに入ることになった。けれど先を争うように飛び込む夢月ちゃんの横で、僕は戸惑っていた。

「あれ? 優希って、もしかしてカナヅチ?」

「い、いや……そういうわけじゃないんだけど」

 女子の水着を着て水の中に入ったことはないから、ちょっと不安だった。

 服を着たまま水に入ると水を吸って重くなって溺れるというけれど、大丈夫かな。こんなことなら、お風呂で予行練習しておけばよかったと後悔しつつ、足からそっとプールの中に入る。

(あっ……)

 思ったより平気だった。よく考えれば、水着着た女の子が溺れちゃったら大変だし、オリンピックでも男の人が胸まで覆うようなワンピース型の水着を着ているもんね。もっとも、プールから上がったらやっぱり水を吸った水着が身体にまとわりついてきて、重かったけど。

 一通り水に慣れた後は、授業らしく25M自由形をすることになった。出席番号順なので、僕は夢月ちゃんと柚奈ちゃんに挟まれるようにして泳ぐことに。

「優希。身体に余計なものが付いているやつに負けたりしないでよ」

「ふふん。未成熟なお子様に勝ちを譲るほど、あたしも大人じゃないのよねん」

「ははは……」

 普段はあまり胸や体型のことを口にしない夢月ちゃんだけど、やっぱり気になるのかな。

 ちなみに、やっぱり夢月ちゃんは泳ぐのも速かったけど、柚奈ちゃんも小さい頃スイミングスクールに通っていたみたいで、僕よりずっと泳ぐのが上手だった。デットヒートを続ける二人から離され、僕は途中であきらめてのんびり泳いだ。この水着にも早く慣れるように全身を使って泳いでみた。ただの25Mだったけど、思ったより疲れたのは水着のせいか、女の子になって体力が落ちているから、どっちだろう。


 授業の最後は自由時間。小学校のときと同じでこれがプールの楽しみ。

 彩ちゃんたちと水かけっこして遊んだあと、ふと思って男子との仕切りのあるプールの真ん中まで行ってみたら、あることに気づいた。

「おおっ」

「……なに遊んでるんだ?」

 僕が仕切りの紐に手をかけながらばたばた足を動かしていると、同じく自由時間の男子側から、稔くんが不審そうな顔してやってきた。

「見て見て。このプール深いから、ここだと、僕がすっぽり埋まるんだよ」

 たぶん一番深いところの水深が、1.5mか1.6mくらいなんだろう。プールの底に足を付けて立つと、頭まで水の中。水中を歩くのって、とても新鮮だ。小学校のプールはそこまで深くなかったし。

「……おいおい。大丈夫なのか」

「大丈夫大丈夫。いざとなったら、こうやってロープに捕まればいいし」

 僕は仕切りのロープを抱えるようにしながら、稔くんとお喋りしていたら、義明くんがやってきて、安定のセクハラ発言してきた。

「なんだ。せっかく女子が近くに来ていると思ったら、栗山か。せっかくだから誰か連れてきてくれよ」

「うーん。どうしようかなー」

 なんて話していたら、僕が呼ぶまでもなく柚奈ちゃんがこっちにやってきた。もう少し待ってくれれば、何か交渉出来たかもしれないのに。

 思わず前回の下着の件で懲りてない考えが浮かんでしまった僕に向けて、柚奈ちゃんが、稔くんたちに聞こえるように言った。

「もぅ。くりゅったら、そんなやつらの傍にいたら、妊娠しちゃうぞっ」

「――にっ、妊娠っっ?」

 僕は思わず二人から離れた。

 いや、冗談なのはわかっているけど、つい、ね。

 そのあとは、いつものように口(夫婦)ケンカを始める柚奈ちゃんと義明くん。その横で、「そんなやつら」扱いされた稔くんが軽くへこんでいたりして、ちょっと笑ってしまった。

 水着見られるのは恥ずかしいけど、プールの中に入ってしまえばそれほど気にならない。むしろ話すのは楽しいし、今度は男子も交えて一緒にプールに遊びに行けたらなって思った。


  ☆☆☆


 そんなこんなで、楽しいプールの授業は終わったけど、すぐに試練が待ち受けている。着替えの時間である。

 絵梨姉ちゃんから水着のまま着替える方法を聞いたけど、周りを見ると、みんなタオルを身体に巻いて、水を拭き取りながら水着を脱いでいるので、僕もそうやってみることにした。

 僕の場合身体が小さいから、タオルも巻きやすいし……と思ったんだけど。

「わっ。お、落ちる……っ」

 これが意外と難しい。

 水着の肩紐を抜こうとするとタオルがずり落ちそうになるし、片手でタオルを抑えながらやると、肩紐を抜きにくいし、巻いたタオルの形も崩れてくるし。

「手伝いましょうか?」

「あ、ありがとう……」

 結局、苦戦する僕を見かねた香穂莉ちゃんに後ろからタオルを抑えてもらいながら、いそいそと着替えることになった。

「よし。かおりん、今だっ。手を放せっ」

「やっちゃえー。香穂莉ちゃん」

 そんな僕たちの様子を見て、柚奈ちゃんと彩歌ちゃんがはやし立てる。

「やっ。ダメ。やめて!」

 ようやく肩紐をはずしてお尻のあたりまで水着を下したところなのに、いま取られたら、全部見えちゃう。

「ふふふ。どうしましょう」

 しかも香穂莉ちゃんまで悪ノリしてくるし。

 今度部活のとき、沙織先輩にゴムが付いて頭からかぶれるポンチョ型のタオルの作り方を教わろう、と僕は固く心に誓った。

 ――ちなみに、普段なら一緒に悪ノリしそうな夢月ちゃんは、注目される僕から離れてこっそりと着替えていた。ずるい。


 制服に着替え終わった人から、随時更衣室を出て行く。すでにチャイムも鳴っちゃっているし、時間はあまりない。

 にも関わらず、着替え終わった夢月ちゃんが妙に落ち着かない様子で、更衣室をなかなか出ようとしない。

 その姿を見てピンと来てた僕は、カバンの中から一枚の袋を取り出して、夢月ちゃんに渡した。

「はい。これ。使っていいよ」

「え? 優希……って、おおっ。なんで分かったのっ?」

「あはは。絵梨姉ちゃんも言っていたし、僕も経験あるからもしかして……ってね」

 僕が渡したのは未開封の予備のパンツだった。生理が急に始まって下着を汚してしまった場合に備えて持ち歩くようにしているんだけど、こういう風に役に立つとは思わなかった。ブラはさすがにないけど、夢月ちゃんはベスト着ているし大丈夫だろう。

「さすが優希。ありがとっ。洗って返すね」

「か、返さなくていいからっ」

 これに懲りた夢月ちゃんは、次の授業から水着を下に着てこないと誓った。ゴム付のタオル、もう一つ作ってあげようかな。

 ちなみに、予備のパンツを渡してしまったので、急な生理が始まらないかドキドキしていたのは秘密である。


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