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勉強会


「絵梨姉ちゃん。一生のお願いっ。一日だけでいいから部屋を交換して!」

「……は?」

 突然部屋に入ってきた僕を見て、ベッドに座って音楽を聴きながら雑誌を読んでいた絵梨姉ちゃんが、目を丸くした。

「……もしかして、ゴキブリでも出た?」

「で、出てないよっ。出たら、僕、死んじゃうっ」

 僕は虫全般が大の苦手だ。なんとも女の子っぽいというか、男の子のときからそうだったけど、もしかすると女の子の遺伝子的なものがあったのかな。

 ――って、そうじゃなくて。

「それにしても久しぶりね。優ちゃんの一生のお願い。……ちなみに、私が覚えている限り、三回目よ」

「え、そうだっけ……?」

 僕としては本当に一生のお願いのつもりで来たのに。

「そうよ。優ちゃんったら、甘え上手でね。男の子のままだったら間違いなく年上キラーになってたよ」

 絵梨姉ちゃんがくすりと笑う。

「で、何だっけ?」

「ってそうそう。部屋、絵梨姉ちゃんの部屋を貸してほしいんだっ」

 のんきな絵梨姉ちゃんに、僕は事の始まりを説明した。


  ☆☆☆


 昨日のお昼休みのこと。

 いつものようにみんなで集まっていたら、夢月ちゃんがこう切り出した。

「明日からテスト勉強期間で部活がなくなるじゃん。せっかくだし、放課後みんなで集まって勉強しない?」

「え?」

 僕は思わず隣の柚奈ちゃんと顔を見合わせた。

「……夢月ちゃん。熱でもあるのかな……?」

「もしくは、明日雨が……じゃなくて、槍が降るフラグと見たっ」

「ええっ。槍が降ったら、傘に穴が開いちゃうよっ」

 そんな僕たちの様子を見て、夢月ちゃんがむっとした表情を見せる。

「……あんたらねぇ……。私はただ、頭のいい人に試験勉強を教わって楽したいだけだよ」

「えぇぇっ。あたしはてっきり、試験勉強という建前で集まって、みんなで遊ぶんだと思ってたのにー」

 彩ちゃんまでそんなことを言った。

 それほど夢月ちゃんから「勉強する」という言葉が出るのは珍しいのだ。

「でも確かに、部活動が始まってからは、時間がバラバラですし、みんなで集まる機会もなかなか取れませんから、一緒に勉強するのも楽しそうですね」

 唯一の良心である香穂莉ちゃんが言った。

「やたっ。この計画は、香穂莉がいないと始まらないからね」

 なるほど。

 今集まっている五人の頭の良さは、会話や小テス-トから察するに、「香穂莉→優希→彩歌→柚奈→夢月」って感じだと思う。楽したいというのなら、香穂莉ちゃんは必須というわけだ。

 ちなみに、同じ矢印だけど、香穂莉ちゃんから下はドングリの背比べで、僕と香穂莉ちゃんとは越えられない壁がある。背の高さと胸の大きさじゃないよ。

「そうだねー。赤点とるとやばいらしいからねー」

 彩ちゃんが小さい体を乗り出して、したり顔で説明する。

 赤点とは、平均点の半分以下の点数のことらしい。小学生のときは聞いたことも縁もなかった言葉だけれど彩ちゃんによると、赤点を取ると夏休みが補講でなくなって、さらには先生に、単位欲しけりゃと……、人には言えないことをさせられるとか。

 まぁ、僕は自慢じゃないけどそれなりに成績よかったし大丈夫だと思う。

 お母さんが厳しかったおかげで、転勤族だったけど、通信教育のやつをやっていたし。

 あ、でも英語は苦手。あれは日本人が使う言語じゃないと思う。

 ビジネスで必要になるって言われたけど、僕はもう女の子だし、お嫁にいっちゃえば必要ないよね。だから、別に赤点取っても大丈夫――

 って、赤点取ったら駄目じゃんっ!

 とまぁ、こんな感じで、勉強会を開くことは決まり、次にどこで勉強会をするかの話に移った。

「せっかくだし、期間中、みんなのうちを持ち回りでしたらどう」

 夢月ちゃんの提案に、僕は慌てて口を挟んだ。

「えっと、僕の家はちょっと……」

「そういえば、優希って、親戚の家から通っているんだよね」

 僕はこくりとうなずいた。

 男の子だったことはさすがに秘密だけれど、お父さんとお母さんが海外に行っていて、僕は従姉の家に居候しているということはみんなに言っている。

 ちなみに、絵梨姉ちゃんは結構目立っていた生徒だったみたいで、先生の中には「あれ、秋山に弟のような従弟はいるとは聞いていたが、女の子だったかな」などと言われて、ちょっと冷や汗をかいたりもしたけど。

「でも、親戚の人って、そんなに厳しい人なの?」

「ううん。そんなことない」

 むしろ優しすぎるくらいだ。

「じゃあ、頼んでみたら? うちらも大人しくしてるから」

「そうそう。あたしたちも優希ちゃんの部屋見てみたいしー」

「う、うん……」

 みんなの勢いに押されて、僕はついうなずいてしまった。


 中学生になって二か月。何度かみんなの部屋にお邪魔しているけど、僕の部屋にはまだ誰も呼んでいない。

 居候ということで遠慮しているのもあるけれど、みんなの部屋と比べて僕の部屋は殺風景で男らしく感じて、なんとなく招きにくいのだ。逆に言うと、みんなの部屋はやっぱり女の子っぽいのだ。雰囲気が違うというか。

 とはいえ、みんなに言われてしまったので、家に帰った僕は、雪枝さんに話しだけでもしてみた。

「あの……今度、友達で勉強会を開くことになったんだけど。もしかしたら、この家でも……」

「あら、いいじゃない。ぜひ連れてきてよ」

 台所で大根をコトコト煮ていた雪枝さんが満面の笑みを浮かべて振り返った。

「でも、迷惑じゃ」

「そんなことないわよ。むしろ嬉しいくらい。優希ちゃんのお友達に会いたいし」

 雪枝さんが嬉しそうに言う。

 もしかすると、雪絵さんは、僕が女の子としてうまくやっているか、心配だったのかもしれない。いくら僕が食事のとき、クラスメイトのことを話していても、雪枝さんが実際夢月ちゃんたちに会ったわけではないし、家に遊びに来ることもなかったし。

「う、うん」

 そんな雪絵さんを見ていたら、とても断れるような雰囲気ではなかった。


  ☆☆☆


「……というわけで」

「あー。なるほどねー。友達を呼ぶことになったけど、部屋が女の子っぽくないから心配なんだ」

 僕がうなずくと、絵梨姉ちゃんが呆れたように言った。

「だから言ってたのよ。女の子らしく小物にもちゃんと気を配りなさいって」

「うぇぇ。だってぇ……」

 僕は絵梨姉ちゃんの部屋を見回した。カーペットにテーブルクロス、おしゃれなカーテンにクッション。ラックには、ぬいぐるみ等小物が飾られ女性雑誌が並んでいる。部屋全体が飾られていて、温かみを感じる作りだ。

 一方で僕の部屋はというと、床も出窓もテーブルもむき出しでそのまんま。床の茶色と壁の白が目立って、何とも寂しい感じ。

 本棚に並ぶのは少年漫画。床には稔くんと義明くんに勧められたカードゲームと、それ関係の雑誌が散らばり、テレビゲームも、彩ちゃんが好きな「乙女ゲー」とは無縁。部屋にある女の子っぽいものと言ったら、夢月ちゃんたちとゲーセンで手に入れたゆるキャラのぬいぐるみくらい。

 クローゼットの中には、それなりに可愛い女物が服が集まってきたけれど、扉を開けないと、分からないし。学習机も木でできた男の子っぽいもの。建兄ちゃんのお古だから仕方ないけど。ベッドも似たようなものだ。

「まぁ大丈夫だって。クローゼットをあさって、男物の下着があったら大変だけど、さすがにないでしょ。多少殺風景なのは好みの範疇だし、問題ないわよ」

「で、でも……」

「いい? 部屋というのは自分の分身なの。優ちゃんの部屋には優ちゃんらしさが詰まっているわけ。私の部屋にはない、優ちゃんらしさがね。お友達も、それが見たいんじゃないかしら」

「絵梨姉ちゃん……」

 僕はぽつりとつぶやいた。

「いいこと言っているようだけど、単に部屋を変えるのが面倒なだけでしょ」

 絵梨姉ちゃんはしらっと視線を横にそらした。やっぱり。

 でも絵梨姉ちゃんの言うことは一理あると思う。

 以前は夢月ちゃんたち相手に、必要以上に「女子」を演じていて、疲れを感じることがあった。最近それを感じなくなったのは、慣れてきたというより、少しずつだけど、僕の「素」を出すことがてきているからじゃないだろうか。男とか女とか関係ない、僕自身を。

 絵梨姉ちゃんの部屋は女の子っぽいけれど、それを僕の部屋として夢月ちゃんたちに紹介するのは、やっぱり違うような気がする。

「わかった。やっぱり僕の部屋に、みんなを呼ぶことにするよ」

「うん。それがいいよ」

 絵梨姉ちゃんが笑顔で言った。

「あ、でも卒業アルバムとか、昔の写真は別のところに移しておいたほうがいいかもしれないわね」

「あ、そっか」

 僕もみんなの家に遊びに行ったとき、昔の写真を見せてもらったことがある。夢月ちゃんなんか予想通りとっても男の子っぽかったけど、僕は正真正銘男の子だったのだ。

 自分の過去を紹介できないのは残念だけど、こればかりは仕方ないよね。


  ☆☆☆


「お邪魔しまーす」

「あらあら。こんなにいっぱい。今お菓子持っていくからね」

 翌日。学校が終わると、みんな自宅に家に寄らず、制服のまま直接うちに来た。そんな僕たちを見て、雪絵さんが喜んでくれた。僕としても、女の子の友達を紹介できるのはうれしい。こんなことなら早くみんなを呼べばよかったと思った。

 僕の部屋の感想もおおむね好評だった。

「こぎれいでさっぱりしていて、優希さんらしいお部屋ですね」

「うんうん。逆にファンシーでぬいぐるみいっぱいな部屋って、優希ちゃんのキャラじゃないもん」

「そうかな」

「あ~、こういうがっしりした木の学習机っていいよねぇ。あたしのって、味気ないし」

 柚奈ちゃんが本当に羨ましそうに言った。柚奈ちゃんの部屋にある白いカラフルな机の方が格好いいというかオシャレなのに、逆にこういうのいいってのもあるんだ。

「うちに双子の弟がいるんだけど、似たような感じかな。さすが僕っ子の面目奪略ってやつだね」

 ……夢月ちゃんは国語の勉強を頑張らないとダメそう。

 と、男の子の部屋っぽい感想をされたけれど、慌てずに僕が付け加える。

「実はこの部屋、建兄ちゃんが使っていたものなんだ」

 必殺の言い訳である。

「建兄ちゃん?」

 あれ、言ってなかったっけ。

「僕の従兄で、今は大学二年生かな。去年家を出て一人暮らしをしているから、その部屋を借りているんだ」

「てことは、ここは二年前までは、男子高校生の部屋、だったんだ」

「そうなるね……」

 夢月ちゃんと柚奈ちゃんが顔を見合わせる。そして同時に叫んだ。

「エロ本探しの時間だーっ」

「ちょ、そういうのは絵梨姉ちゃんが処分したって」

 僕は慌てて止めに入るけれど、聞かずに部屋を探索される。そしてあっさりと、収納の奥に隠していた少年誌の束が見つかってしまった。

 それに目を輝かせたのは彩ちゃんだった。

「わぁ。すごい、ジャンブがいっぱい。真テニヌの王子様と、黒子のバヌケの最新話があるー。ねぇねぇ。これ、読んでもいいよね?」

 彩ちゃんが、収納の奥にたまっている週刊ジャンブを片っ端から取り出して、並べる。少年誌だというのに思ったより、好印象だ。

 ……そういえば、彩ちゃんって、ジャンブで連載している漫画のことよく話題にしてたっけ。僕とは違う楽しみ方をしているみたいだけど。

「あ、この格ゲー。前に親戚の家でやったやつじゃん。これ、燃えるんだよね」

 夢月ちゃんは僕のゲームをあさっている。体動かすのが好きだけど、ゲームも好きなんだよね。

「ねぇねぇ。建一お兄さんって身長どれくらい? 180は超えてる? このベッドで寝ていたんでしょ。オラ、なんかワクワクしてきたぞ」

 柚奈ちゃんは男子高校生の痕跡探しに忙しそう。

「……ごほん」

 そんな僕たちの耳に届いたのは、香穂莉ちゃんの咳払いだった。

「あの、そろそろ勉強を始めませんか……?」

 テーブルの上に、やや乱暴に教科書ノートを並べる香穂莉ちゃん。ちょっと怖い。

「まずい。ほら、優希。謝って教えを乞うのよ。哀れな馬鹿どもに勉強を教えてくださいって」

「えー。僕も『馬鹿ども』に入るの?」

 とにかく、ようやく本題である勉強会が始まった。

 と言っても、部屋のテーブルに五人がノートを並べると狭すぎるので、まずは僕と柚奈ちゃんからスタートで、彩ちゃんと夢月ちゃんは少し離れたところで、講義を聞くことに。

 けどやっぱりゲームと漫画にはまる二人。いつの間にか、柚奈ちゃんも夢月ちゃんとのゲーム対戦にはまって……気づけば、真面目に勉強しているのは僕と香穂莉ちゃんだけになってしまった。

 あきらめたのか、香穂莉ちゃんは何も言わなくなった。

「優希さんって、理解力はあるのに、小テストの成績はあまりよろしくないんですよね。少し意外でした」

「そ、そうかな……」

 もともとお母さんが厳しかったし、勉強自体も嫌いじゃないから小学校のときは成績良かった。けれど、中学に入ってからは女の子の生活になれるのに精いっぱいで、勉強する余裕がなかったし、雪枝さんや絵梨姉ちゃんからはあまり勉強に関しては強く言わなかったこともあって、予習復習を疎かにしてしまっていた。

「頑張って成績上げて、柚奈さんたちに勉強を教えられるくらいになってくださいね」

「うん」

「……そうでないと、私が疲れますので」

「はは……」

 漫画に見入って目を輝かしている彩ちゃんと、格ゲーがリアルファイトに突入しそうな夢月ちゃんたちを疲れた目で見ながら言う香穂莉ちゃんの言葉に、僕は苦笑いしてしまった。


  ☆☆☆


「終わったーっ」

 二日間に及ぶテスト期間が終了した。

 授業がなくてテストだけだから楽かと思ったけれど、やっぱり精神的に疲れた。でも今日でそれも解放される。

「ようやく部活だー。なんか思いっきり体を動かした気分っ」

 夢月ちゃんなんか、今にも制服を脱ぎだしそうな勢いだ。かく言う僕も、今は針に糸を通したい気分。

「一緒に集まれる機会が減ってしまうのは少し残念ですが」

「そんなの、いつでも遊びに行けるし。ねぇねぇ。また優希ちゃんの家に遊びに行ってもいいよね?」

 彩ちゃんは特に僕の部屋を気に入ってくれたみたい。主に漫画のチョイスに。この調子だと、まだまだ少年漫画を買い続けないとダメそうだ。

「それじゃあ、また今度の休みにでも、くりゅのお家に突撃ということで」

「うんっ」

 僕は笑顔でうなずいた。

 いろいろあった一学期も気づけば半分が終わり、そろそろ終わり、夏に向かっていた。


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