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我慢

おしっこを我慢する話です

ギャグ仕様になっていますが、苦手な方はご遠慮ください

「おはよー」

 朝の教室に入り、クラスメイトとあいさつを交わす。

 僕は席にカバンを置いて、隣に座る稔くんにいつものように声をかける。

「お、おはよう」

「……あ、あぁ」

 なんかぎこちない。

 僕自身がそう思うくらいだから、この手のことに鋭い柚奈ちゃんにあっさりと目を付けられてしまった。

「あれれ? くりゅったら、みのるんと昨日、なんかあった?」

 僕と稔くんは一瞬顔を見合わせて、慌てて首を横に振った。

「べ、別に何もないよっ。ね、稔くん?」

「あぁ。き、昨日も普通だったよなっ?」

 そんな僕たちを、夢月ちゃんと柚奈ちゃんが無言の視線で見つめてくる。


 ――まぁ、実際に『何か』あったんだけどね。


  ☆☆☆


 『何か』は、昨日のお昼休みまでさかのぼる。

 そのときはまだ何となくだったんだけど、まぁトイレに行きたくなったんだ。

 そこで女子トイレに行ったんだけど、男子トイレと違って、女子の場合、単純にトイレの数が少ないし、一人ひとりの時間がかかる。

 結局混んでいてトイレに入る前に予鈴が鳴ってしまった。

「……ま、いっか。次の休み時間に行こう」

 そう。そのときはまだ余裕があった。


 五時間目終了。

 さっそくトイレに行こうとしたら、

「ねぇねぇ。くりゅ。宿題教えて――ていうか見せて」

「こら。楽するな」

「えーだって」

 囲まれた。

「はは……」

 僕はトイレに行くのをあきらめた。まぁ今までの感覚なら十分大丈夫。もう子供じゃないんだし。そう思った。


 帰りのホームルームが終わると、久しぶりに部活がない夢月ちゃんや柚奈ちゃんたちと一緒に下校した。

「えっと……」

「ん、どうしたの?」

「な、なんでもない」

 学校出る前にトイレに寄ろうかなとも思ったけど、あとは家に帰るだけだし、大丈夫だろう、と思った。

 この判断が後々後悔することになるだろうなんて考えもしなかった――なんてお約束な語り口だけど、実際にそうなってしまった。


「じゃあ、また明日。体調悪いみたいだから、早く寝るんだぞー」

「う、うん」

 別れ際の夢月ちゃんの言葉に、僕は笑ってごまかした。

 さすがに様子が変なのは隠せなかったみたい。いっそのこと、気づいてトイレに寄ってくれればと思ったけれど、学校を出たらトイレはないから同じか。

 一緒に談笑しているときは気が紛れてなんとかなったけれど、夢月ちゃんと別れてひとりになった途端、急激な尿意が下腹部を襲ってきた。

 僕はそっとスカートを抑えながら、ぽつりとつぶやいた。

「……えーと。もしかして……やばい……かも?」

 やっぱり男の子のときと感覚が違う。女の子になって限界まで我慢したことなかったから分からなかったけれど、少しでも力と気を緩めたら、本気で漏らしてしまうかもしれない。

 とりあえず落ち着こう。

 ここは通学路だ。下校途中の生徒は僕の他にもいる。

 なるべく不審に思われないようにしながら、僕は善後策を練った。


 1、学校に戻る

 一瞬頭に浮かんだけど、あまり良くない。今から戻れば、家に帰るよりは距離が短いとはいえ、それほど変わらない。なによりこの時間に制服姿で学校に向かっていたら、下校途中の生徒に変に見られてしまう。


 2、どこかトイレを探す

 住宅地と畑に囲まれた一本道の県道。スーパーやコンビニは僕の家の向こうか、学校の向こう。駅前と学校の距離もあまり変わらない。住宅地に公園があるかもしれないけど、まだここにきて日の浅い僕が知っている限りではない。


 3、どこかの家でトイレを借りる

 恥ずかしいので却下。だったら漏らした方が……ってそれもやだけど。ちなみに夢月ちゃんの家も僕の家と大して距離は変わらない。


 4、家に戻る

 一番現実的だけど、はたして持ちこたえられるだろうか。


「あぁぁ。もぉっ」

 無駄なことを考えているうちに尿意がどんどんたまっていく。

 住宅地の反対側。畑に目をやる。隠れて出来そうなところは……ないわけではないけど、傍から見て本当に隠れきれるかは微妙だ。

 僕は幼き日々を思い出していた。野山を駆け巡り、適当な木々に向かっておしっこをしていた頃を。

 僕はちらりと、自分自身の姿を見た。目に入ったのは、中学の女子の制服。

 ――立ちションなんて、できるかーっ!

 女の子になって以来、こんなにも恨めしいと思ったのは初めてだ。

 そのときだった。

「ん、栗山。どうしたんだ?」

「……金子くん」

 聞き覚えのある声に振り替えると、稔くんがいた。そういえば、稔くんも同じ家の方向だったっけ。

「お、おしっこ……」

「は?」

「トイレ……行きたい……っ」

 僕の絞り出すような声を聞いた稔くんは、「はぁ?」と目が点になった。そりゃそうだ。行きたければ行けばいいじゃん、で済む話だし。

 けど今の僕にはそれが無理な状態であり、稔くんも、スカートの裾を抑えて太股をプルプル震わせている僕の様子を見て、切羽詰まっている状況だと察してくれたみたい。

「……やばいのか?」

 小声で聞いてくる稔くんに僕は無言でこくりとうなずく。恥ずかしさより、この状況を助けてほしい気持ちが上回っていた。

「栗山の家は?」

「ここをまっすぐ行って、北小の近く……」

「北小か……」

 稔くんが少し考える。きっとさっきの僕と同じことを考えているんだろう。

「……それだったら、俺の家の方が近いな」

「え?」

「この時間、家には誰もいないし、栗山に問題がなかったら、トイレ貸してやれなくもないけど」

「ほ、本当っ? ありがとう金子くん。助かるよっ」

 僕は稔くんを見上げて顔を輝かせた。

 家族が不在というのも嬉しい。初対面のご家族にトイレを貸してください、って言うのは、結局適当な家でトイレを借りるのとたいして変わらないし。

 見上げる稔くんに、なんか後光が差して見えた。


 こうして僕は稔くんの家を目指して並ぶように歩き出した。途中までは同じ通学路だ。

 尿意を刺激しないよう、いつもよりゆっくり歩く。

「それにしても、中学生にもなって小便を我慢とはねぇ」

 ゆっくり歩く僕に焦れてきたのか、稔くんがぽつりとつぶやいた。

「稔くんだって、おしっこを限界まで我慢した経験があるでしょっ」

 それが妙に癇に障って、僕はちょっとむっとして言った。

「いや、そんなことないし」

「はぁ。まったく、つまらない人生を送っているんだね」

「……なんで人生否定までされなくちゃいけないんだ」

 稔くんには悪いと思いつつ、僕は気を紛らわせるために声を大にして喋り続ける。

「いいっ? 男の子と違ってね、女の子は大変なの! まず女子トイレ。男子トイレは小便器に加え、大は小を兼ねるけど、女子トイレには大は小を兼ねるしかないの」

「……大は小を兼ねるってなんだよ」

「二つ目にスカートが悪い。ズボンだったら下半身が冷えないから、尿意だってここまでこないかもしれない」

 けどズボンで漏らすよりは、スカートで漏らした方が跡が残らなくて、まだましかも……って一瞬頭に浮かんだ縁起でもない想像を、慌てて打ち消して放り投げる。

「三つ目に、男女の構造。男の子はおちんちんに尿道が通っているから、単純に尿道の長さが違う。よっておしっこが出そうになる圧力が全然違う。男の子みたいに、ちょっとちょびっても、先端をぎゅっと締めて止めるようなことが出来ないんだよっ」

「……お前、なんでそんなに男の小便について詳しいんだよ……」

「知らないっ」

 いつもの僕なら失言でうろたえているというのに、逆切れで一喝した。

「だって、無言でいるとやばいから、お喋りして気を紛らわせたいのに、稔くんあまり喋らないから、僕が話さないといけないでしょ!」

「……そりゃどうも。すいませんね」

 さすがに気を悪くした様子に、僕も反省した。

「ごめん。僕の方こそ……。せっかく助けてくれているのに」

「いや、別にいいって。それだけ威勢がいいなら安心だよ」

 急に顔を曇らせた僕を見て、稔くんが逆に心配そうに笑った。

 ありがとう。……けど、稔くんが安心するほどの余裕は、そろそろなくなってきていた。


 僕たちは、横断歩道を渡って住宅街に入った。

 畑が遠ざかっていく。これでは畑でするという最終手段はなくなった。

 住宅街はアスファルトと塀に囲まれた空間。

 もう本当に耐えられない、って状況になっても、逃げ場はない。

 我慢できずに決壊してしまったら、ちょっとやそっとで済むわけがない、という変な自信がある。きっとアスファルトの上に、恥ずかしい跡を残してしまう。

「……はぁ……ぅぅ……はぁ……ぁっ」

 さっきまでと違って虚勢を張るだけの余裕もなくなっていた。

 自分の吐息がやけに耳に響く。スカートから下つま先までは凄く冷えて冷たいのに。背中や額は暑くて汗が出ている。少しでも汗で水分が出てくれればと思うけど無駄な願い。

 早く歩きたいのに、歩けない。我慢のしすぎで、お腹が痛い。次第に、我慢しているはずなのに、その感覚もなくなって来る。

 ――もぅ、本当に……駄目かも。

 僕の頭の中に、そんな諦めの気持ちがちらりと浮かんだときだった。急に稔くんが早足で駆けて、二軒先の家の門を開けた。表札を見て納得。『金子』。そうか、ようやく稔くんの家に着いたんだ。

 ごく普通の一軒家が、まるで天国のようだった。

「おい、栗山。こっちだ」

 稔くんが玄関を開けて待ってくれている。外から、家の中のトイレと思われる扉が見えた。あと少し。

 けどほっとしたせいだろう。一気に限界が訪れた。

「やっ――駄目――っっ」

 僕は稔くんが見ているにも関わらず、我慢できずにスカートの前の部分をぎゅっと両手で抑えつけて、前かがみになった。両足が病気のようにガタガタと痙攣する。立っているのもつらい。正直このまま座り込みたい。

 でも座り込んでしまったら最後。きっともう立ち上がれない。あとは時間の問題で、動けないまま稔くんの家の玄関の前で、おしっこが出てしまう。

「栗山……?」

「……大丈夫……だから」

 僕はギュッと歯を食いしばりながら答える。

 けど、足はまるで棒になったみたい。とても動けそうにない。

 そんな僕に向け、稔くんが家の中に入ろうとしながら叫んだ。

「栗山っ。もう少し頑張れ! 今、おまる持ってくるからっ」

 え。

 ……おまる?

 …………。

「そんなの嫌だぁぁぁぁっ」

 その時僕は確かに、火事場のくそ力というものを実感した。

 瞬間的に括約筋が閉まり、今までの牛歩が嘘のように、足が瞬発的に動いた。

 稔くんを押しのけ、玄関に入ると空中でジャンプしながら靴を脱ぎ捨て、そのまま目の前にあるトイレにまっしぐら。スカートが派手に捲りあがった気がしないでもないけどそんなの気にしない。

 トイレに飛び込み、強引に扉を締め、下着をずりおろしながら、突っ込むように便座に座った。

「……ま、間に合った……」

 僕はおしっこがトイレの水にはじける音を聞きながら、ようやくほっと一息ついた。この水音はトイレでなくちゃ聞けなかった音。つまり、今まで頑張った自分へのご褒美なのだ。……って、音っ?

「あっ――」

 音消しするの、忘れた!

 慌ててトイレの水を流したけれど、もう手遅れ。我慢していただけあって、すごい音だったから、きっと外の稔くんにも聞こえてしまっただろう。

 おしっこが体外に出て行くにつれて、どこかに消えてた冷静さが戻ってくる。その冷静さに、いったい今までどこに行っていたんだよと愚痴りたくなる。

 そもそも、男子の稔くんに「おしっこ」と言うだけでも恥ずかしいのに、いったいどれだけ失言&失態を見せてしまっていたのか、考えたくもない。

(あああああっっ)

 僕は頭を抱えた。

 正直、稔くんに顔を見せずに、このままこっそり立ち去りたい。

 けどそれは、トイレを貸してくれた稔くんに対して非常識だし、やっぱりお礼は言わなくちゃいけないよね。……はぁ。


 隣の洗面所で手を洗ってから、居間を探して顔を見せると、自分の家だというのに、稔くんが居心地悪そうにソファに座っていた。

 僕がお礼を言うと、稔くんが変な雰囲気を振り払うかのように言った。

「その、のどか湧いただろ。麦茶でも飲むか?」

「あ、ありがとう……」

 僕のことを気遣ってくれているのかな。

「麦茶は、お茶やウーロン茶と違って利尿作用がないから」

「……どうも」

 僕は心の中で涙した。

 それは稔くんの優しさからなのか、それとも別の何かなのかは分からなかった。


  ☆☆☆


「……昨日のこと、誰にも言ってないよね?」

 席について、僕はこっそりと稔くんに聞いた。

「……言えるか。馬鹿」

 稔くんがぶっきらぼうに答えた。

 それを聞いて僕はほっとした。稔くんの性格からすればたぶん大丈夫だと思っていたけれど、これで変な噂が立つこともなさそうだ。

 と、安堵した僕の耳に、稔くんがぼそっと呟いた言葉が飛び込んだ。

「……おまる」

 びくっ。

 その単語に敏感に反応してしまった僕を見て、稔くんが含み笑いをした。

 いやいや。あの後、この前の休みのとき掃除したらおまるが見つかって、「これどうしよう?」と家族で話していてそのまま押し入れにあるのを思い出してつい叫んだと稔くんは言っていたけど、恥ずかしいのはその単語を叫んだ稔くんも似たようなものだって。

 ――とは立場上言えず、僕はしばらくの間、稔くんに搾取される(宿題を見せる・給食のおかずを取られる等)のであった。



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