精密検査
「お帰りなさい。優希。診断結果はどうだった?」
家に着くなり、台所で料理を作っていたお母さんが出迎えてくれて聞かれた。何だかんだで僕のことを心配してくれているみたい。ちなみに、お父さんはもう会社。病院といい、まだお正月開けて間もないのに、大人は大変だと思う。
「えっと……」
僕は、原因が不明だったことと大きな病院を紹介されたことを告げて、先生の名刺を渡した。
それを受け取ったお母さんは怪訝そうな顔をした。
「大げさね。優希には悪いけど、腹痛程度で大きな病院って……」
お母さんの疑問ももっともだ。でも検査云々ってのは、腹痛・頭痛だけではなく、胸の件も含まれている気がする。それはお母さんには黙っていたことだ。
「お母さん。実は……」
だから、僕は思い切って着ているトレーナーをめくって、胸の腫れを見せた。
上本先生同様、お母さんも目を丸くする。
「これって、いつから?」
「秋ぐらいから……」
「どうして、早く言わなかったの?」
強い口調で詰問され、僕はびくっとした。
お母さんはそんな僕の様子に小さく首を振って言った。
「わかったわ。明日にでも病院に行きましょう。先生にはすぐに連絡を入れるわ。お父さんにもあとで連絡しておくから」
「う、うん……」
僕はうなずきながら、ただの体調不良が、どんどん大事になってきている気がした。
☆☆☆
翌朝早く、お母さんが運転する車に乗せられ、目的の病院に向かった。
お父さんから、「まぁなるようになるさ」と励ましてもらって少し気が楽になったけど、そのお父さんは、今日も帰りは遅くなるらしい。
「……ここ?」
「そうみたいね」
目的の病院は、僕が診察を受けた診療所とは比べ物にならないくらいの大きさの大病院だった。僕の通っている小学校より大きい気がする。たぶん入院施設があって手術もするような病院なんだろう。
僕はさすがに尻込みしてしまった。
ちなみに、昨日処方してもらった薬のおかげで体調はだいぶいい。再検査したら、「もう治ってしまいましたね」みたいな展開になればいいんだけど。
お母さんの後に続いて病院に入る。車から出て身体が冷えていたので、暖かな病院内に入って、ほっとする。
「すみません。先日連絡いたしました、栗山優希ですが……」
「はい。伺っております。右手奥をまがって、Fの診断室までお越しください」
連絡してあったおかげで、昨日みたいに待たなくて済みそう。
ロビーにはたくさんの患者さんで溢れ返っていた。同じような境遇の人がほかにもたくさんいるという事実は、ほんの少しだけ僕の心を軽くしてくれた。
「いらっしゃい。優希くん。よく来てくれたね」
「先生よろしくお願いします」
診断室で、昨日の上本先生が僕とお母さんを出迎えてくれた。
先生のぼさぼさ頭は相変わらずだけど、昨日よりは綺麗に整えられていた。お気楽な態度は昨日と同じ。それが心強くも感じるし不安にも思えるから困る。
それと気のせいかもしれないけど、ときおり僕を見る目が、おもちゃを目の前にした子供のような感じに、見えなくもない。
お母さんを交えて簡単な問診をおこなったあと、いよいよ精密検査を受けることになった。
お母さんは待合室へと移動して、僕は先生に奥の診断室に連れていかれた。
歩きながら、先生が僕に話しかけてくる。
「さて。お母さんもうすうす感づかれているようですが、私の予想が確かであれば、優希くんの症例は非常にまれなレアケースかもしれません。ふふふ。楽しみですよ」
なんか怖いんですけど……
「で、でも、昨日いただいた薬を飲んで、たいぶ楽になった気がするんですけど」
「ああ。あれはただのバファ○ンですよ」
「バ○ァリンっ?」
よく耳にする市販薬の名前が出てきて、思わず聞き返してしまった。
「ええ。もちろん、全く同じ成分というわけではないですが。それにしても、効果が見られたということは、優希くんの症状は私の見立て通りかもしれませんねぇ」
「は、はぁ……」
よく分からないけど、薬で治るのならそれが一番いいんだけど。
奥の部屋には、色々な機材に囲まれた診察台があった。僕はその上に寝るように指示された。
「それでは優希くん。早速ですが、服を全部脱いで診察台に横になってください。あ、今日は下も全部脱いでくださいね」
「え? 下着もですか」
「はい。もちろんです。あ、靴下はそのままでいいですよ」
「…………」
上半身は男の子だから、それほど気にならないけど、さすがに下の股間……つまりアレは、お医者さんだけでなく、両親友達にもめったに見せる機会がない(ていうか見せない)ので、さすがに恥ずかしい。
けれど、診断だから仕方ない。
僕は意を決して、言われた通り全裸(靴下はそのまま)になって、ベッドの上に仰向けになった。暖房が強めに聞いているおかげで、それほど寒くは感じない。
まな板の上のコイ状態の僕を見下ろして、上本先生が眼鏡を光らせた。
「ほうほう。これはまた、実に興味深いですね」
「そうなんですか……?」
僕としてはお風呂のときにいつも見ているし、ずっとこの身体なので、興味深いといわれても、変な感じがする。
「ええ。優希くんは気づいていないようですが、胸だけでなく腰のくびれなど身体のラインは女性に酷似しているんですよね。しかし――」
そう言って、上本先生が下の部分を触ってきて、僕は思わず「わっ」と声が出た。
「このように、下の部分は確かに『男の子』です」
「あ、あのっ。あんまり……触らないで……」
「ああ。これは失礼。ところで確認ですが、おしっこは陰茎――おちんちんから出ていますか?」
「……はい」
それ以外にどこから出るというのだろうか。
「では、精通はもう済みましたか? 陰茎が勃起したことは?」
「あ、あの……そういうことはあまりよくわからなくて……」
僕は申し訳なさげに答えた。
正直、保健の教科書で見たことがある程度。
というのも、性教育って恥ずかしいイメージがあってあまり興味がないからだ。授業も一応あるけど、先生がいい加減で、保健の時間は適当に教科書を読むだけ。体育とは別の授業なのに、サッカーとかバスケをしていた方が多かったくらい。女子の方は違ったみたいだけど。
「なるほど。ふむふむ。……はい。いいですよ。服を着てください」
裸のまま色々な問診をしつつ、ようやく先生から解放された。結局、診察台についている様々な器具はライトくらいしか使われなかった。
「……ふぅ」
服を身につけながら、やっぱり人間は服を着る生き物なのだと実感した。
けれどほっとしたのもつかの間。
「はい。では次に採血を行いますねー」
「……うげぇ」
採血(注射)が待っていることを告げられ、僕は顔を青くした。
☆☆☆
そのあと、レントゲンに尿検査、心電図とかアルファベット三文字が並ぶなんとか検査などなどを終え、ようやく解放されたときには、もうお昼過ぎになっていた。
診断後、結果が出るまでの間、僕とお母さんは病院の最上階にあるレストランで昼食をとって時間をつぶした。
そして夕暮れ時が近づいてきたころ、ようやく診断結果が出たと先生から連絡があり、僕たちは診断室に向かった。