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身体測定

「あれ? なんかみんな食べる量が少なくない?」

 その日、なぜか給食が余っていた。給食初日以来、お代わりは控えていたけれど、このままじゃかなり残っちゃいそうだし、食べちゃおうかな……

 そんな僕を見て、柚奈ちゃんが恨めしげに嘆いた。

「……うぅ。小さなくりゅが羨ましい~。よりによってなんで、給食の後のわけ? 絶対陰謀だぁぁ」

 あ。なるほど。

 今日このあと、身体測定が行われるからか。

 体重を気にして朝食を抜く女子ってよく聞くけど、柚奈ちゃんを見ると、本当に実在していたみたい。まぁ僕の場合は、体重より身長のほうが重要だけれどね。

 それにしても、女子力の高い柚奈ちゃんは分かるけど、よく見ると夢月ちゃんも食べている量がいつもより少なめのような……

「もしかして……夢月ちゃんも?」

「……ま、一応は、ね。」

 夢月ちゃんがぽりぽりと頬をかいた。

 僕は他の班の女子の机を見回した。やっぱりみんな給食の量が少ない気がする。もしかして、女子で気にしていないのって、僕だけ?

「ははは。栗山らしいな」

 ショックを受けて固まる僕を見ながら義明くんに笑われてしまった。――やめて。僕の女子力はもうゼロなのよっ。

 って、このネタ、男子にしか分からないんだよなぁ。

「あー、もう一度確認だが、五時間目は、身体測定が行われる。体操着に着替えて、教室に待機するように」

 前の席で給食を食べながら、渡辺先生が説明する。

「女子から先に体育館に移動して測定を行う。その間、男子は課題のプリントを読んで作文を書くこと」

 レディーファースト、万歳。

 ――って、少しでも給食を消化したい柚奈ちゃんにとっては悲報かな?

「あー、なお……」

 渡辺先生が少し言いにくそうに、視線を泳がしながら続ける。

「内科検診、心電図検診があるため、女子は、あらかじめブラジャーをはずしておくように」

 教室内の女子から「えーっ」という声があがった。


 心電図の検査は、まだ僕が男の子だったころ、手術前に受けたことがある。胸にいろいろ貼ったりするのでブラジャーが邪魔なのは分かる。けど当時は、胸が多少膨らんでいてもブラなんて付けていなかったから、油断していた。

 給食の後、体育の時間のように男子が追い出されて女子だけになった教室で、僕は途方に暮れていた。

 女子の体育の着替えとは、ただ制服を脱ぐだけで、パンツやブラジャーを見られるわけでもないという事実を知ったばかりだけれど、今回はそうはいかない。ブラジャーを外すためには、下着どころか、胸を晒さなくちゃいけないし。

 と、そんな僕をしり目に夢月ちゃんはいつものようにブラウスを脱いで体操着姿になり、その上にジャージを被った。

「あれ? 夢月ちゃん、ブラは……」

「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、今日は付けてきていないっ」

「そ、そんなぁ」

 確かに分厚い制服だから、体育の授業がない日はノーブラでも大丈夫だろうけど……

 呆然とする僕の前で、夢月ちゃんは彩歌ちゃんと「いぇーい」とハイタッチしている。僕より背のちっちゃい彩歌ちゃんは胸もぺったんこなので、普段からブラしてないっぽい。二人の間で貧乳同盟が結ばれたようだ。

「ふぅ。お子様たちが羨ましいわねぇ。ねぇ、くりゅ?」

 そして僕は、なんと柚奈ちゃんに仲間扱いされてしまった。いやいや、夢月ちゃんと同じくらいなのに、柚奈ちゃん側に加わるとは、なんとも恐れ多い。

 その柚奈ちゃんは、体操着姿になると、服の中に手を入れてもぞもぞと動かした。そして――

 えぇっ?

 なんと体操着を着たまま、服の裾からブラジャーを取り出したのだ。なにそれ、手品っ?

「あれ? もしかして優希、服着たままブラを取る方法を知らないの?」

 驚く僕を見て、夢月ちゃんが言った。今日は脱いできたけど経験者みたい。

「う、うん……」

「ほうほう。それじゃ、柚奈オジサンが手とり足とり教えてあげようかねぇ。ひっひっひ」

 僕がうなずくと、柚奈ちゃんが悪ノリしつつ、手に持つブラジャーを無造作に机の上に置いた。あまり恥ずかしくないのかな。

 ちなみに、柚奈ちゃんのブラは白色で、思ったよりシンプルだったけど、僕が付けているような胸当ての延長みたいなものじゃなくて、本当のブラジャーって感じだった。まん丸いカップの中には僕の握りこぶしがすっぽり収まるどころか、下手すれば頭にかぶれそうだし。僕もここまで成長するのだろうか……

 とそれはさておき。ブラの外し方である。

 まず体操着に着替える。これは僕も下に着てきたので問題ない。続いて、後ろのホックをはずす。――って、僕のジュニアブラはかぶるタイプでホックがついていないので代わりに、両手を袖の中に入れブラの肩紐に手を通す。

「んっしょ……っと」

「出来た?」

「う、うん」

 今、ブラは胸から外れて肩にかかっているだけだ。なるほど。あとはこれを襟元から抜き取ればいいんだ。けど――

 うぅっ。どこかに引っかかった。きつい。

 引っ張った体操着とブラに視界を覆われながら悪戦苦闘する僕の耳に、周りの女の子たちの声が入ってきた。

「へぇ。優希ちゃんのブラ、水玉模様だぁ。可愛い~」

「これ、ルコーワのブラじゃん。このメーカーのって、付け心地いいよねぇ」

「――――っ」

 思いっきりブラを見られてしまった。

 これなら、ささっと脱いで着た方が恥ずかしくなかったかもしれない、と僕は体操着に顔を覆われたまま赤面した。


  ☆☆☆


「……えっと、着替え、終わったけど……」

「あ、あぁ」

 僕はジャージの胸元を抑えつつ、廊下で待機している男子たちに告げた。別に柚奈ちゃんみたいに、胸が大きくて襟元に谷間ができているわけじゃないので、抑える必要ないかもしれないけど、やっぱり心もとないというか恥ずかしいというか。

 ちなみに僕が男子を呼びに行く係になったのは、着替えるのが遅かったからと単純に席が廊下に近いからである。

 僕の合図によって、着替えた制服を持った男子がぞろぞろと教室に入ってくる。待ち受けるのは、同じく着替えた制服を机の上に重ねて席についている女子一同。もちろん、ブラは見えないように一番下に隠すか、カバンの中に入れている。

 チャイムが鳴った。

 教室内は無言に包まれている。入学初日でさえ騒がしかったというのに、この静寂感。まさに「シーン」と描写するにふさわしい光景で、なんとも居心地が悪い。

(こういうときに義明くんが軽口をたたいてくれればなぁ。それとも、僕のほうからなにか話のネタを振ったほうがいいのかなぁ……)

 なんてことを考えつつも、結局先生が女子を呼びに来るまで、教室内には微妙な空気が漂っていた。


  ☆☆☆


 男子から解放された僕たちは、急ににぎやかになりながら(そして『静かに』と先生に注意されながら)、体育館に移動した。

 館内では、まだ一組の女子が身体測定をしていた。

 女子だけの身体測定って言っても、青いジャージが目立つだけで、ピンク色な雰囲気は欠片もない。一応元男子として、少しだけ夢が崩れた気分。って、別に見たいわけじゃないけどね。

 少し詰まっているのか、先生の指示で、二組の女子の出席順が早い人たちは先に検診から行われることになった。僕にとって一番気になる身長測定が最後になりそうなのは、嬉しいことなのか残念なことなのか。

 とりあえず、今のうちにストレッチでもして、身体を伸ばしておこうと思う。

 というわけで、こっそりと伸びをしながら、横目で測定風景を見て、僕はあることに気付いた。

「そういえば、胸囲って測らないんだね」

 見る限り、身長と体重と座高を測っただけで終わりみたい。

「そうですね。昔は学校で測っていたみたいですが、今は検査項目から外れたみたいですよ。やはり女子同士とはいえども、プライバシーの問題もありますし」

「へぇ」

 香穂莉ちゃんの説明に僕はうなずいた。

 少年漫画だと、上半身裸の女の子たちがメジャーで胸囲を測っているところを体育館の隙間から男子が覗き込んで……みたいなシーンがあるけれど、すでに過去の産物だったとは、びっくり。――って、男子、覗いてないよね?

 まぁ男子じゃなくて周りにいるのが女子だとしても、見られるのは(見るのも)恥ずかしかったから、胸囲測定がなくてほっとしている。けど、正確に胸囲を測ったことないので、ちょっと残念な気もする。

 ちなみに、香穂莉ちゃんも柚奈ちゃんに負けず劣らず胸が大きく、ジャージの襟元に隙間ができている。もちろん、僕にはそんなものなどない。

「……よく分からないけど、僕も80cmくらいあるのかなぁ」

 と呟いたら、周りのみんなに笑われた。

「誰かメジャーもって来て! 優希に現実を教えてあげてっ」

 夢月ちゃんったら目に涙を浮かべて笑っているし。

 グラビアアイドルよりは当然小さいから、それくらいなのかなって思ったんだけど、大きく盛りすぎたみたい。

 それにしても、プライバシーや恥ずかしい云々があっても、何だかんだで、女の子の間でも胸の話って盛り上がるんだなって思った。


 虫歯問題なし。視力1、0(お母さんは近眼だけど、お父さんは目がいいので、そっちが遺伝しているみたい)。聴力、問題なし。

 さくさくと終わって、続いて内科検診。それぞれテントみたいな仕切りに入って検診が行われるので、ほかの子に見られる心配はない。本当に男子の夢は(以下略)

「お願いします……」

 中で待っていたのは、若い女性の先生だった。

「あ、体操着は全部めくらなくても大丈夫ですよ」

「は、はい」

 体操着の裾から聴診器を入れるようにして診察してくれた。

 そのあと隣のベッドの上に寝て心電図。さすがに機器を胸や足首につけるため体操着をめくらなくちゃいけなかったけど、検査中はタオルをかけてくれた。検査医さんも女性だったけど、逆に女性だからこそ、こういうことに気を使ってくれるのかもしれない。

(そういえば、上本先生のときはすっぽんぽんだったし……)

 デリカシーがないというか。当時は僕もそれほど気にしてはいなかったけど、やっぱり恥ずかしかった。

 検査中、体育館の高い天井を見ながら、入院していたころのことをぼんやりと思い出していた。退院してから一か月。少しは女の子っぽくなれたのだろうか。

 そのうち、顔を見せに行こうかなぁ。


 無事(って結果が出るのは先だけど)健康診断が終わった。

 そしていよいよ身体測定である。

「大石さん、背伸びしないでねー」

 先に測る彩歌ちゃんが先生に注意されて、周りに笑いが漏れた。

 ああ。先にやられたっ。これでチェックが厳しくなっちゃうよ。

 僕は軽く天を仰いだ。

 そんな僕をよそ目に、夢月ちゃんと柚奈ちゃんは「おならをしたら体重が減るのか否か」なんて真剣に議論(夢月ちゃんはともかく、何だかんだで柚奈ちゃんもお馬鹿である)していた。

「はい。次の人ー」

 いよいよ僕のひとつ前、夢月ちゃんである。

「木村さん……149cm」

「……っぅ。届かなかった……」

 がっくり肩を落とす夢月ちゃん。

 いよいよ僕の番だ……

 上履きを脱いで台の上に乗っかり、背中を棒にくっつける。

「栗山さん……百四十……」


  ☆☆☆


 身体測定が終わった人から、順次教室に戻ることになった。

 先生不在で、女子もまだまばらな教室では、残った男子が作文を書かされていた。終わった人はおのおのくつろいでいたり、友達とおしゃべりしたりしている。

 僕は席に着くと、隣で作文を提出して暇そうにしている稔くんに、さっそく話しかけた。

「ねぇねぇ。金子くん、僕の身長どれくらいだったか分かる?」

「……さぁ?」

 なぜか顔をそらしながら気のない返事をする稔くん。

 そんな彼に向けて、僕はずいっと身を寄せて言った。

「ふっふっふ。ついに、大台に乗ったんだよ。144.6cm!」

「どこが大台なんだよ」

 疑問顔の稔くんに向けて、僕はしたり顔で話す。

「4.6を四捨五入すると?」

「……5」

「じゃあ、45を四捨五入すると?」

「……50」

「ということ」

 これで僕はもう、150cmだといっても過言ではないと思う。

 前の席の夢月ちゃんがあきれた様子で、気にするなって、ジェスチャーをしている。こう考えれば、夢月ちゃんも同じ150cmの仲間なのに。

 で、話しかけた稔くんはというと、少し呆れた顔をしているけれど、それ以上にうろたえているというか。

「……どうかしたの?」

「い、いや……」

 どうも歯切れの悪い稔くん。すると後ろの席の柚奈ちゃんが笑って説明した。

「そりゃ、ノーブラの女の子にずいって迫られたら赤面するんじゃないかしらん」

 ――――っっ。

 柚奈ちゃんに笑われ、僕は慌てて胸元を抑えた。


 別に見えたわけじゃないだろうけど、男子が身体測定のため教室を出るまでの間、僕はずっと頬を熱くしながらうつむいていた。


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