休日
「……うん。大丈夫。それじゃ……」
僕はそう言って、慣れない手つきで携帯電話の通話を切った。
中学生になって初めての日曜日。僕は、夢月ちゃんとショッピングモールで遊ぶ約束をしていた。
ところが自転車を走らせて、待ち合わせ時間より20分くらい早くショッピングモールについたところで、夢月ちゃんから、家の用事が急に入って来られなくなった、と携帯に電話が来たのだ。
家からここまで自転車で20分くらい。時間ちょうどに来るつもりだったら、家を出る前に連絡が来て、ここまで来なくて済んでいたけど、まぁ来てしまったものは仕方ない。
「さてと。どうしようかな……」
駐輪所に停めた自転車に寄りかかりながら、僕はぼんやりとお店のウインドに映る自分の姿を眺めた。
薄手だけれど生地はあったかいピンク色のカットソーに、黒地に白のラインが入ったプリーツのミニ。紺のニーソックス。白いレディース用スニーカー。肩にかけているポシェット。
夢月ちゃんとは何度か学校帰りに遊んだけれど、休日に私服で会うのは初めてなので、絵梨姉ちゃんにチェックしてもらいつつ、自分なりに頑張って変じゃないような服装を選んだつもり。
(せっかくお洒落してきたのに、このまま帰るのはもったいないな……)
と思ったときだった。
「あれ、もしかして栗山?」
男の人に声をかけられた。振り向くと、僕と同じくらいの年頃の男の子がこっちに向かってきていた。
「熊代くん?」
同じクラスで同じ班の熊代義明くんだ。幼馴染の柚奈ちゃんがいつも、義明って呼び捨てにしているので、名字だけでなく名前も覚えてしまった男子の一人。
「あ、やっぱり栗山か。おーい。稔ー」
義明くんは僕を確認すると振り返って、手を振った。その先には、もう一人男の子がいた。隣の席の金子稔くんだ。稔くんは僕を見て少し驚いた様子を見せつつ、こっちに向かって歩いてきた。
僕たちは簡単な挨拶を交わして、駐輪場で立ち話を始めた。
「二人は、一緒に来たの?」
「ああ。栗山は? 誰かと待ち合わせか?」
「実は夢月ちゃんと一緒に遊ぶ予定だったけど、急用で来られなくなったみたいで。熊代くんたちは?」
「俺たちもここで、遊ぶつもり。いつものように本屋で立ち読みしたり、ゲーセンで遊んだりしてな」
「へぇ。そうなんだ」
どうやらこのショッピングモールは、この辺の子供たちのたまり場みたいだ。
「それにしても、最初私服姿だから、栗山かどうか分からなかったよ」
「あはは。それは僕も同じ」
義明くんは、カラフルなセーターにジーンズ姿。稔くんはチェックのシャツにチノパン姿。二人とも制服姿と違って、どこか大人っぽく見えた。
「それは俺も。小学校別だったから、栗山の私服見たの初めてだし。栗山のミニスカート姿ってのは意外だったけど、似合ってるぜ」
「あはは……ありがとう」
軽い調子で言ってくる義明くんに僕はあいまいな笑みを返した。
「ほら稔も何か言えよ。もしかして栗山に見惚れているのか」
「――誰が何だって?」
稔くんがじろりと義明くんを見てツッコミを入れる。
「ただちょっと、栗山がいつもと違って女っぽくって、戸惑っているというか……」
僕を横目で見つつ、若干視線をそらして、稔くんが頬をかく。
そういえば、稔くんって女の子が苦手なんだっけ。
ていうか、いつもは女の子っぽく見えなかったんだ……。稔くん的にはいいんだろうけど、女の子として頑張っているつもりの僕としては、ちょっと複雑。
「そうだよなぁ。それは分かる」
しかも、うんうんと隣の義明くんにも納得されてしまったし。
「それにしても栗山って、胸あるんだな」
「えっ」
最初、義明くんが何を言っているのか分からなかった。
けれど視線が、僕の首の下あたりに向いて止まっているのを見て、その意味に気づいた。
僕が上に身に着けているのは春物のカットソーで、ブラウス・ベスト・ブレザーと完全防備の中学の制服と比べると、上半身のラインが出やすい服装だ。二人の目からすれば、男の子にはない胸の膨らみや腰のくびれなどの体型が、見て取れると言うわけだ。
とはいえ、胸はせいぜい小さな握りこぶし程度のふくらみだし、柚奈ちゃんと比べたら、そんなに大きいわけじゃないと思うけど。
「おい――それはさすがに失礼だろ」
稔くんがつっこみを入れる。それを聞いて、僕は「胸がある=大きい」ではなく、文字通り、有無を示しているのだと理解した。
「あ、悪い悪い。制服だと目立たないし、栗山って子供っぽいところあるから、まだぺったんこなのかなって思ってたから。――って、気を悪くしちゃった?」
「う、ううん。むしろ、ぺったんこって思われている方が良かったかも」
これは強がりではなく本心から出た言葉。
元男の子だからかな。服の上からでも、見られたら恥ずかしく感じるし、身体のラインを強調する女の子の服装にも、まだ抵抗がある。もっとも男の子のときだって、水着のときに股間の膨らみを見られて恥ずかしかったけど。……まぁ小さければ小さいで馬鹿にされるんだけどね。
とはいえ、いまだに女装しているんじゃないかと周りに思われているようでびくびくしている制服に比べて、自分から見ても女の子に見えるこの服装は嫌いじゃない。
だからそう言われて、恥ずかしいような嬉しいような不思議な感じ。
「ふぅん。まぁよく分からないけど、いいんじゃね? その服、可愛いし似合ってるよ」
「あ、ありがと……」
義明くんにさらりと可愛いと言われ、僕の頬が少し赤くなったかもしれない。伊達におしゃれな柚奈ちゃんと対等にやり合ってはいないなと思う。
それにしても、スカートに胸って……。
義明くんのチェックする場所に、妙な偏りがあるような気がしないでもない。
とまぁそれはさておいて。
「ねぇ。せっかくだから、僕も一緒に付いて行っていいかな。ここに来たのは初めてだから、何がどこにあるか分からないし」
僕は身を乗り出して、二人に提案した。
せっかくの休日だし、一人で遊ぶより、たくさん人がいる方が楽しいよね。
そんな僕の様子に、義明くんが少し虚を突かれたような顔をした。
「お、おう。別に構わないけど……稔は?」
「栗山が来たいって言うなら、別にいい」
「そっか。それじゃ行くか」
「うん。ありがとう」
夢月ちゃんが来れなくなっちゃったのは残念だったけど、これで楽しめそう。
僕たちは並ぶようにして、モール内に入った。
お読みいただきありがとうございます。
今回の話は少し短めですが、まとめると長くなるので二話に分けました。




