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体育


 中学の授業が始まって二日目。ついにそのときがやってきた。

 本日の二時間目――体育である。

「あー。二時間目は体育になるが、男子は体育館に、女子は校庭に集合するように。それと残念ながら、この学校に更衣室はない。よって、男子は廊下で着替えるように」

 ホームルームでの渡辺先生の発言に、男子からブーイングが出た。

「せんせー。そーゆーのは、男女差別だと思いまーす」

 斜め後ろの席の熊代くんが冗談めかして発言した。

「うむ。先生もそう思う。だが、世の中は『レディースデー』という名の女尊男卑で溢れ返っているのだ。その荒波に耐えられるように、中学から男たちはそれを経験しなくてはいけないんだ」

 先生の言葉には何とも重みがあった。……なにかあったのかな? 


 一時間目の授業が終わって休み時間になる。十分の休み時間の間に着替えて校庭に集合しなくてはいけない。

 女子の無言の圧力に、男子たちがぶーぶー言いながら、荷物を抱えて廊下に出て行く。思わず僕も一緒に出ていきそうになってしまったけど――なんとか堪えて教室に残った。

 自分の机の前に立って、僕は教室を見回した。

 男子が抜けて少しがらんとした教室にいるのは18人(僕を含めて19人)の女子だけ。なんとも見慣れない奇妙な光景だ。

 その女の子たちが友達と口々におしゃべりしながら、濃い紺色の制服を脱いで白のブラウスになっていく姿は、もうなんだか、別世界に入り込んでしまったみたい。

「優希。どしたの?」

「い、いや」

 さすがに鼻血は出そうにないけど、頬が熱く感じる。

 そんな挙動不審の僕を見て、夢月ちゃんが不思議そうな顔をする。けれど、それ以上詮索されることなく、僕の目の前で、ぱぱぱっと制服を脱ぎ始める。

 ブレザー・ベストを脱いでさっと机の上に置き、ブラウスにも手をかける。そして、僕が目をそらす(見ちゃいけないわけじゃないけど)間もなく、あっさりとボタンをはずして脱ぎ始めた。

「あ」

 僕は思わず間抜けな声を上げてしまった。ブラウスの下から出てきたのは白い下着……ではなくて、着替えるはずの体操着だった。

 夢月ちゃんはそのままスカートのホックにも手をかけて、あっさりと脱ぎ捨てる。中から現れたのはパンツではなく、やはり体操着の短パン。

「うしっ。重い制服を脱ぎ捨てて、ようやく真の自分に戻ったって感じがするっ」

 あ、制服が重いってのは同感。それにしても、言うだけあって、夢月ちゃんの体操着姿は似合っていた。制服姿じゃ分からなかったけど、胸もちゃんと膨らんでいて、僕と同じくらいかな……ってそうじゃなくて――

「夢月ちゃん……制服の下に着てきたんだ……」

「うん。楽だし。優希は着てきてないの?」

「う、うん」

 改めて周りを見ると、着てきている人と着てきていない人の割合は半々くらいだった。若干着てきている人が多いかもしれない。

 僕のイメージだと、中学生になっても中に着るのって「ダサい」って言われそうだったんだけど、そうじゃないみたい。恥ずかしがらずに、絵梨姉ちゃんに聞いておけばよかった。

 まぁ後悔していても仕方ない。僕は意を決して制服を脱いでいく。ブラウスの下はキャミソール着ているのでブラが見える心配はないけど、やっぱり恥ずかしいので、さっと脱いで素早く体操着を被った。

 ふぅ、と息を吐く。無事着替え完了だ。

 続いて短パン。こちらは全く問題ない。スカート穿いたまま穿けるしね。この点は男の子のときよりずっと便利。ズボンだと全部脱がなくちゃいけなくて、パンツ見られるのは恥ずかしかったし。

 最後に、中学では体操着の上に、青色のジャージを着用する。

 今の季節だと暖かいし、露出が減るのも僕的には嬉しい。

「なんか、ジャージって、ダサいよねー」

 と言いながら笑うのは柚奈ちゃん。確かにジャージは体操着に比べて野暮ったさは感じる。けど柚奈ちゃんは何を着ても似合っている気がする。

 ――って、夢月ちゃんに気を取られて、柚奈ちゃんの着替えが見れなかったことに、僕は思わずがっくりしてしまった。いやいや、えっちな目とかじゃなくて、純粋な興味として。それにしても、ジャージを着ても分かる膨らみを見て、やっぱり柚奈ちゃんの胸は大きいなと思う。

(女の子の胸に目が行っちゃうのは、僕が男の子だったからなのかな……?)

 それとも普通のことなのだろうか。

 早くも体育モードに突入している夢月ちゃんを見る限り、あまり気にしていないような気もするけど。



「さて最初に授業ですが、皆さんの運動能力を知るために、100メートル走のタイムを計ります。そのあと余った時間で、サッカーでもしましょうか」

 準備運動の後、体育を担当する伊原先生が言った。若い女性でジャージ姿が似合っていて、いかにも体育の先生って感じがする。

 100メートル走のタイム計測と言われて、みんなから、えーっ、という声が上がるのはお約束。

 そんな中、僕はちょっとにやにやしてしまった。

「どしたの? 変な顔して」

 夢月ちゃんに言われた。

「べ、別にぃ」

 体育の成績は良くも悪くもなく普通だったけど、身体を動かすのは嫌いじゃない。それに今、僕の周りにいるのは女の子だけ。言っちゃ悪いけど、元男の子である僕にとっては、格下の存在。猫の群れの中に、チーターが一匹いるようなものだ。

「よっしゃ。次うちらの番だね」

「うん。……ふっふっふ」

 思わず笑みが漏れる。

 タイムを計るので一緒に走るのは二人づつ。出席番号のため、僕と夢月ちゃんは隣り合わせ。

「位置について――」

 スタートを担当する米野さんがピストル片手に言う。

 僕たちは地面に手をつくクラウチングスタート。横を見ると夢月ちゃんと目が合った。にやりと笑う彼女に対して、僕も余裕の笑みを返す。

「――用意……」

 顔を前に向けて、お尻を上げる。

 パンッ。

 ピストルの音とともに走り出す。よしっ。スタートは完璧。

 ――と思ったんだけど。あれ? あれれ?

(なんか、身体が重いというか……脚が思い通りに動かない……っ)

 あっという間に、僕の視界に夢月ちゃんの背中が映る。

 ――っていうか、夢月ちゃん、はやっ!

 夢月ちゃんが先にゴールを駆け抜けて、それから少し送れて僕もゴールした。

「木村、14秒2。栗山、16秒0」

 先生がタイムを告げた。

「うーん。こんなものなのかなー。100メートルは初めてだからよくわからないけど」

 と夢月ちゃん。僕がはぁはぁ手をひざについているのに、けろりとしている。

「……夢月ちゃん、速いね……はぁはぁ」

「まぁね。小学校のときは男子を含めて、一番二番を争ってたし。あ、でも優希も見た目によらず思ったより速いんじゃない? 女子にしては」

「は、はは……は」

 最後の一言に、僕は思わず笑ってしまった。

 よくよく考えれば、六年生のときクラスに僕より足の速い女子だっていたわけだし。足の付け根を手術して、その上体育の授業を、一月末からおよそ二ヵ月半まったくしていないわけだし。

 ……ま、仕方ないよね。

 と自分に言い聞かせてみたんだけど、その後のサッカーでも僕より上手い子がたくさんして、なんか男としての自信がなくなってしまった。

 いや、女の子なんだけどね。



 無事、女子としての体育の授業を終えて、僕たちは校内に戻った。

 廊下にたむろする男子の視線(下々が上々を見るような)を受けながら、教室に入って、すぐに制服に着替える。忙しいけど、早く着替えないと男子が入って来られないので仕方ない。

「やーんっ。くりゅがえっちな目であたしを見てるぅぅ」

「ちっ、違うってっ!」

 棒読み口調で茶化す柚奈ちゃんから、僕は慌てて顔をそらした。

 ちなみに柚奈ちゃんは、ジャージ脱いだだけで体操着の上に制服を着こんだ夢月ちゃんと違って、ちゃんと体操着を脱いで、ブラウスを着こんでいる。

 柚奈ちゃんも僕と同じようにキャミソールを着ていたけど、僕の白の味気ない布地と違って、薄いピンク色でフリルも付いていて生地もなんとなく高そうな印象だった。大人っぽいというか。そしてなにより、それを押し上げる膨らみは、とても同じ中学一年生とは思えなかった。

 もっともそれを見て感じたのは、羨ましい気持ちではなく、むしろ重そうだなぁ、というものだった。

 どこか他人事のように見てしまうのは、やっぱり僕が元男の子でまだ実感が少ないからだろうか。心の中で無意識に負け惜しみしているってわけじゃないよね?

(さてと、僕はどうしようかな……)

 なんか背後から、柚奈ちゃんの反撃の視線を感じたので、僕は試しに体操着を脱がずに、夢月ちゃんを見習ってそのまま制服を着こんでみた。

「まぁ、着替えるのは楽だけど……」

 やっぱり、きついというか、暑いというか。

 もともと制服だけでも重いのに、さらに一枚重ねるんだから、当然と言えば当然だ。小学生のころ、胸の膨らみをごまかすため厚着していたのを思い出した。

 今更脱ぐのも面倒だし変なので、そのまま着て授業を受けることにしたけど、夏に体育で汗をかいたら、やっぱり着替えた方がいいのかなぁ。

 

 女の子としての生活にだんだん慣れてきたけど、まだまだいろいろ覚えなくちゃいけないと改めて思った。


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