学校の一日
手鏡を覗き込んで、髪を整え制服のリボンを再確認する。
入学式から三日。まだ一週間もたっていないけれど、少しずつ女の子としての制服や中学校というものに慣れてきた。
男の子のときは身だしなみなんて全然気にしなかったけど、今は周りに普通に女の子がいて、なんとなくチェックされている印象があるので、ついつい気にしてしまう。変に大雑把だと、男の子みたいと言われそうで怖いし。
その点、夢月ちゃんはすごいというか、うらやましい。
朝の冷たい空気を吸い込みながら、待つこと数分。
「お。優希。おはよー」
「おはよう。夢月ちゃん。頭、寝癖が付いているよ」
交差点の待ち合わせ場所に、髪の毛がぼさぼさの夢月ちゃんが現れた。ちなみに、待ち合わせ時間に五分遅れたら、私の屍を乗り越えて先に行け、と言われている。遅刻常習犯みたい。
「大丈夫。アホ毛だからっ」
「……アホなんだ……」
そんな会話をしながら、学校に向かう。
途中、ほかの女の子たちと合流しながら、中学校の門をくぐった。
まだまだ新入生ということで、いろいろな行事を挟みつつも、いよいよ中学の授業が始まった。
内容自体は小学校のときと、さほど変わらない。けれど授業ごとに担当の先生が違うのは、新鮮で楽しい。それに授業を受けているときは、男も女もグループもあまり関係ないので、小学校ときに戻ったみたいで、少し気が楽だったりする。
って、中学校では定期試験があるから、真面目に勉強しないとね。
休み時間になると、夢月ちゃんが振り返って、柚奈ちゃんがずいっと前に寄ってきて、自然と僕の席を中心としてお喋りが始まる。そこに他の女子も加わってくる。髪を二つに結った、可愛らしい顔立ちで僕より背が小さい、大石彩歌さん。背丈がやや大きめで、艶やかな髪の毛が目立つ大人っぽい感じの、中崎香穂莉さん。眼鏡をかけていてどこかクルーな感じだけど、笑った顔が可愛い菊池つばきさん。それから……って、いくら転校で鍛えられているとはいえ、僕の頭の容量もいっぱいになりそう。そもそも、小学校のときの友達は男の子ばかりだったから、女の子の区別をつけるのも大変だし。
話題は服・ドラマ・テレビの内容などなど。やっぱり男の子のときとは、会話の内容が違う。話題についていくためには、家で予習復習が必要だと実感する。ある意味、授業の勉強より大変かも。
ちなみに、夢月ちゃんと二人きりのときはあまりそういう話題にならない。まだ知り合って三日だけど、気が合うのはそういう理由なのかな。
なんて感じで、みんなが話すテレビの話題の聞き役に徹していたら、柚奈ちゃんに急に振られた。
「ところで、くりゅの好みのアイドルって、誰かなぁ?」
「え、……えっと、GGR24とか?」
それほど好みってわけじゃないけど、僕は無難にテレビに毎日出ている国民的アイドルグループの名を挙げた。
「え?」
なぜかみんなの視線が集まった。変だったかな?
「じゃあ、その次は?」
彩歌ちゃんが聞いてくる。うーん。次と言われても、そもそもGGR24だってすごく好き、ってわけじゃないし。
「うーん。イブニング嫁。とかかなぁ……」
あれれ? またまたみんなの視線が変な感じ。
おずおずと言った感じで、彩歌ちゃんが聞いてきた。
「……あの、優希ちゃんって、もしかして、女の子が好きなの?」
あ。
しまったぁっ。そういえば僕たちは女の子なわけで。その中の話題に上がるアイドルといったら、女の子じゃなくて、男の子の方で。ジョニーズとかそういう人たちなわけで。
「ほーほー。くりゅの意外な性癖が判明しましたねぇ」
にやにやと笑って、柚奈ちゃんが言った。
(以下、柚奈ちゃんの一人芝居)
優希「僕、香穂莉が好きなんだ」
香穂莉「ええ。私も優希さんのことが好きよ」
優希「違うよ。僕が言っている『好き』とは、友達としてじゃないんだ」
香穂莉「え?」
くいっ(優希が香穂莉の手を引っ張る音)
そして、前のめりの態勢になった香穂莉の耳元に向けてささやく優希。
優希「香穂莉。可愛いね。食べちゃいたいくらいに」
「だぁぁぁぁ」
僕は慌てて、柚奈ちゃんの一人芝居をやめさせた。って、香穂莉ちゃん、顔を赤らめてないでっ。
「あの。その。ほら、あれ、女として可愛い女の子に憧れる……とか」
僕は必死に説明した。
「ああ。なるほど」
「あ、それ分かるかも。ああいう衣装って一度は着てみたいよねー」
……良かった。納得してくれたみたい。
それにしても、今は全く興味がないけれど、僕もジョニーズを好きになる日が来るのだろうか。とても想像できないけどね。
僕は会話を抜け出して、トイレに行くため席を立った。
女の子って、みんな一緒にトイレに行くと思っていたけど、人によってまちまちみたい。夢月ちゃんは一人で行く派。柚奈ちゃんは誘う派。僕は優柔不断に中間派。誘われたら行くけど自分からは誘わない、みたいな。
外出先のお店のトイレと違って、一年生の女子がみんな短い休み時間に集まるので、学校のトイレは混んでいる。女の子がうじゃうじゃいる中に、一人で入るのにも勇気がいる。だから友達を誘うのかな、とも思う。
ちなみに、学校のトイレで大発見。なんと「おとひめ」という装置が付いているのだ。これは、ボタンを押すだけで、水が流れる音が出てくるという優れもの。男の子のままだったら、絶対知らなかったことだと思う。こういう発見があるので、大変だけれど、女の子としての学校生活を楽しめている。
四時間目が終わると給食の時間。机を寄せて班を作ってみんなで食事をとるのは、小学校のときと変わらない。
僕の両隣に、夢月ちゃんと柚奈ちゃん。向かいには男子が三人。左から、岡本耕一郎くん、金子稔くん、熊代義明くん。
岡本くんは頭が良くてクールな人。三時間目に班対抗のクイズ大会があったんだけど、全問正解という二班のエース。熊代くんは、明るいおちゃらけた感じの人。けれど髪の毛を綺麗に整えているのを見ると、身だしなみを気を配るのって、女の子になったからではなく、中学生なら男の子でも当然なのかなと思う。
ちなみに、熊代くんは柚奈ちゃんと近所の幼馴染みたいで、ケンカするほど仲がいいというか。まだ三日だけど、いつも言い合っていて見ていて賑やかだ。
会話がひと段落するのを待って、僕は席を立った。
トイレではなく、給食のお代わりを持ってくるためだ。
「優希って、小柄な割によく食べるよねー」
席に戻ると夢月ちゃんが言った。
そういえばつい癖で行っちゃったけど、お代わりするのって、たいてい男子ばかりで、女子は珍しいかも。
「えっと、たくさん食べて大きくなりたいから……」
適当な言い訳を作ってみた。本当はただ食べたいからだけど。
「食べて大きくなるくらいなら私もしてるけどさぁ」
夢月ちゃんが愚痴る。夢月ちゃんは、結構小さい部類の僕より少し背が高いくらいだから、クラスの女子の平均で考えると、真ん中かちょっと下くらい。気にしているのかな。
「でも、そんなに食べていると……」
柚奈ちゃんが会話に加わって、痛恨の一言を告げた。
「太るよん」
「ふ、太る――っ?」
思わずびくりと反応してしまった。
とりあえず、太る、という単語に敏感に反応できたのは、僕が女の子っぽくなってきたのだと、ポジティブに考えながら、僕はお代わりを口にした。
明日からは気を付けよう……
六時間目の後のホームルームが終わると、下校になる。
部活動はまだなので、夢月ちゃんたちと一緒に帰る。
女三人寄ればなんとやら、って言うけど、まさにその通りで、騒がしい。思わず周りの人に迷惑かけていないか心配してしまうくらい。僕はまだまだ相槌を打つのが精いっぱいで、話題に乗り遅れないようにするのだけで大変だったりする。
「んじゃ、優希。また明日ねっ」
「うん。ばいばい」
最後に夢月ちゃんと別れてひとりになる。
一人になるのは寂しいけど、まだどこか、ほっとしている自分もいる。
それから歩くこと五分くらいで家に着く。
「ただいまー。ふぅ。疲れたぁ……」
「ふふ。おかえりなさい。冷たい麦茶飲む?」
「うんっ。飲む」
僕はブレザーだけ畳んで横に置くと、そのまま居間に、ぐたらぴーと座り込んだ。居候の身だけれど、家でほっとくつろげるようになってきたのは、ちょっと嬉しい。あとは夢月ちゃんたちと、もっと自然に楽しく話せるようになれればいいな。
と居間で麦茶を飲みながら、雪枝さんと夕方のテレビニュースを見ながら、だらしなくくつろいでいたら、不意に頭を新聞紙でたたかれた。
「優ちゃん、足を広げないっ。だらしないのはダメ。制服もしわになるからすぐに着替えるっ」
帰ってきた絵梨姉ちゃんに怒られてしまった。
……ちょっとくつろげなかったりする。




