クラスメイト
「あ、むっきー。また同じクラスだね~。って、うぁぁ。制服、似合ってなーい」
「やかまし。自分でも分かってるんだから」
「で、そっちの子は?」
「ふっふっふ。柚奈。聞いて驚け。ほら、優希。自己紹介」
「えっと……はじめまして。僕は、栗山優希と――」
「おおっ。僕っ子だぁぁ」
……夢月ちゃんと同じ反応だし。
まぁそれはさておき、夢月ちゃんは顔が広いみたいで、一年二組の教室に一緒に入るなり、たくさんの女の子たちがやってきた。そのたびに挨拶される流れになって、気づけば、僕は自然と女の子たちの輪に加わっていた。
僕っ子になってしまったのは誤算だったけど、結果的には運が良かったのかな。
みんなと話しているうちにあっという間に時間になり、担任となる渡辺先生がやってきた。大きな男の人で、まだ若いんだけど頭の髪の毛がちょっと寂しい感じの先生だった。
時間が押しているのか簡単な挨拶のあと、すぐに入学式の式場である体育館に向かうことになった。
歩きながら校内を見回してみる。小学校とあまり変わりないかな。教室や廊下が小さく感じたけれど、それは、みんなが分厚い制服を着ていて小学生より体が大きくなったからだと思う。
式場に入る前に男女に分かれて整列させられた。
当然僕は女子の列に加わるんだけど、やっぱり違和感がある。
(油断していると、あっちに並んじゃいそうだなぁ……)
僕は横目で、右横に並ぶ男子の列を見た。
小学生までは当たり前のように、あの列に並んでいたので、なんか本来の場所とは違うところにいるような感覚。会話している男子たちを見ると、僕も学ランできて、あの中に混ざりたいという思いもある。
そもそも、僕は女子側にいるけど、浮いていたりしないんだろうか。
ふと気になって、僕は出席順で前に並んでいる夢月ちゃんに話しかけた。
「ね、ねぇ。夢月ちゃん。その、僕の格好、変じゃないかな……?」
「変って?」
「その制服が似合っていないとか……男の子みたい……とか」
男の子みたいとか言って変に疑われないかなと後悔したけど、夢月ちゃんは変に勘ぐることなく笑って答えた。
「男の子みたいって、さすがにそれはないって。ま、多少制服姿が着られちゃってる感はあるけど」
着られちゃってる云々はお母さんにも言われていたのでいいとして、とりあえず男子が女装しているみたい、と言われなくてほっとする。
「って、私も人のこと言えないけどさ。小学校のときはスカートなんてほとんど履かなかったし」
「え、本当? 実は僕も同じ」
思わず食いついてしまった。
「へぇ。ちょっと意外。優希って大人しい感じだから、スカート似合いそうなのに。さすが『僕っ子』の面目略奪ってやつだね」
「りゃ、りゃくだつ?」
それはともかく。
僕は小学校時代の女子を思い浮かべた。確かにスカート姿を、ほとんど見たことない人もいた。趣味や動きやすさがあるので、女の子なのに何で? と思うこともなかった。夢月ちゃんもそんな一人なんだろう。
けど中学校に上がったら制服があって、女の子はスカートを穿かなくてはいけないわけで。僕や夢月ちゃん以外にもそういう人はたくさんいるかもしれない。
むしろ退院してから慣れるためにスカートばかり穿いていた僕の方が、スカート経験値(レベル2くらい)は上かもしれない。そう考えると、気持ちが楽になる一方で、逆にプレッシャーになってしまったりする。
「優希? 行くよ」
「あ、う、うん」
列が進みだし、ようやく入学式が始まった。拍手に出迎えられながら会場に入る。出迎える上級生たちがあまりにも大きくて圧倒される。僕もあれくらい大きくなれるのかな、と思わず背の高い男の先輩に目が行って、苦笑する。家ではだいぶ女の子という自覚が出てきた気がするけど、こうやってみんなと混ざっていると、まだまだ男の子だったときの感覚が抜け切れていないみたいだ。
ふと父兄席を見ると、ちょうどカメラ片手に手を振っている雪枝さんと目が合った。お父さんもお母さんもこれなかったけど、大きく手を振ってくる雪枝さんが喜んでくれていて、僕も嬉しかった。
「栗山優希と言います。僕っ子です!」
「おおお」
ウケた。
入学式がつつがなく終わって、クラスに戻って自己紹介。僕は開き直ってそう宣言した。お父さんの都合で転校ばかりしているだけに、自己紹介は苦手じゃない。こつはズバリ、インパクト。さすがに一部の人には引かれちゃったみたいだけど、夢月ちゃんをはじめとする、すでに僕と話した女の子たちが喜んでくれたから、ま、いいか。
クラスメイト全員の自己紹介が終わると、先生から簡単な学校の説明が行われて、今日はおしまいとなった。明日もオリエンテーションとかで、授業が始まるのはあさってからとのこと。
僕が帰り支度(と言っても、もらったプリントをカバンにしまうくらいだけど)をしていると、不意につんつんと背中をつっつかれた。振り向くと、瞳が大きくて髪の長い女の子がにこっと笑って言った。
「よろしくね。僕っ子さん。ねぇ。栗山優希だから、『くりゅ』って呼んでいいかな?」
「く、くりゅ?」
そういう彼女の名前は、小石柚奈さん。背中までかかる髪の毛に膝上丈のスカートと入学初日から堂々と校則違反のオンパレードという、自由な感じの女の子。背丈は普通の女子と同じくらいだけれど、野暮ったい制服の上からでもわかるくらい胸が大きい。
「こら、柚奈。優希は私のだから、勝手に取るな」
「ふっふっふー。むっきーがムキになってるぅ」
僕の席をはさんで、夢月ちゃんと柚奈さんが言い合いを始める。この二人、小学校時代からの親友らしい。まぁ確かに言い合う中にも親しさを感じる。
ムキになった感じの夢月ちゃんが、僕の腕を掴んで聞いてきた。
「優希って、家はどこなの? 同じ方向なら一緒に帰らない?」
「えーと、駅を越えて、県道をまっすぐ行って、北小の近く」
「へぇ。じゃあ一緒に帰ろうよ」
と言ったのは柚奈ちゃんで。
「って、柚奈は別の方向だろ」
すかさず夢月ちゃんがツッコミを入れた。
「まぁいいじゃん。途中まで一緒に帰ろうよ~」
とまぁそんな感じが、学校を出てからも続いて、さすがに少し疲れてしまった。
「それじゃ。また明日」
「うん。じゃあね」
県道の大きな交差点の一つ手前で夢月ちゃんたちと別れた。結局柚奈ちゃんも、早く家に帰っても暇だからと、一緒についてきてそのまま夢月ちゃんの家に遊びに行くようだ。
僕も誘われたんだけど、さすがに疲れたので断っちゃった。気を悪くされるかなと思ったけれど、そんなこともなくてほっとした。
二人とおしゃべりしていたときは気にしなかったけど、まだお昼前だから、歩いて帰るのが変な感じがする。
まだまだ新しい発見のある景色を眺めながらのんびり歩いて、信号待ちしていたら、後ろから男子生徒に抜かれてしまった。
この時間に歩いているのだから、同じ新入生だろう。――というか
「あっ」
僕は思わず声を上げた。見覚えのある男子生徒だった。僕の隣の席の……確か、金子稔くん。寡黙な感じで顔は中性的だけれど、肩幅がガッチリしていて、声変わりもしている男子だ。
「……ん?」
「えっと、確か、金子くんだよね? 金子くんの家もこっち方面なんだね」
僕が上げた声が聞こえたのか、金子くんが振り返ったので、声をかけた。
けど金子くんは、どこか憮然というか、戸惑った表情をしている。
「あの……同じクラスで隣の席の栗山だけど……」
あれ? もしかして僕のこと覚えていない? それとも、人違いだった? なんか失礼なこと言っちゃった? 不安に思っていると、金子くん(?)が僕の顔をちらりと見て、言った。
「あ、悪い。別に誰だか分からないとか、お前がどうこうってわけじゃないんだ」
頭をかきながら答える金子くん。どうやら人違いではなかったみたい。
「俺、なんていうか、女子と話すのが苦手なんだよ」
「本当? 大丈夫。僕も似たようなもんだから」
思わず親近感がわいて、身を乗り出してしまった。
夢月ちゃんや柚奈ちゃんと話しているのは楽しいけど、やっぱりまだ緊張しているのか、自分自身どこかお客様感があって、自然に振る舞えない。
その点、金子くんと話すのは気が楽。今も自然に声をかけられたし。
そんな僕の反応を見て、金子くんがぽつりと言った。
「……お前、女なのに、変な奴だな」
「ははは……」
思わず爆弾発言してしまって苦笑いする僕を見て、金子くんも相好を崩した。
意外と可愛らしい笑い顔だと思った。
 




