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また会う日まで


「もう。女の子なんだから、髪の毛の手入れくらいちゃんとしなさい」

「……うん」

 絵梨姉ちゃんがそんなことを言いながら、鏡台の前にちょこんと座る僕の髪の毛にくしを入れてくる。絡まった髪の毛を強引に伸ばされ、ちょっと痛かったりする。

 昨日帰ってきたばかりのお父さんは、今日また海外に戻ってしまう。お母さんと一緒に。けど出発は夕方で、それまでは時間がある。だから空港で見送りをするまでの間、手術前にお父さんと約束していたショッピングをする予定なのだ。

 出発前、僕は絵梨姉ちゃんに頼んで、おめかししてもらっていた。

「ほら。こうやって髪の毛をちゃんと梳くと印象変わるでしょ」

「うん。でも耳とか目とかに入って邪魔なんだけど」

「ならこうしてみる?」

 絵梨姉ちゃんは引出しからヘアピンを取り出すとそれを僕のこめかみ辺りに付けて髪をまとめて、耳の前にたらしてみた。

 これで視界も耳もすっきりした。しかも見た目も可愛くなった気がする。ヘアピンってすごい。

「でも、このまとめた髪の毛がぷらぷらしていて気になるけど」

「それくらい我慢しなさい。でも、結構可愛く出来たわね。せっかく耳を出したのだから、イアリングもしてみようか」

 絵梨姉ちゃんの提案に、僕は慌てて首を振った。

「だ、ダメダメ。ピアスすると、耳から白い糸が出てきて死んじゃうからっ!」

「……どこの都市伝説よ。それにピアスじゃなくてイアリング」

 そう言って、絵梨姉ちゃんは僕の耳に星形の飾りがついたイアリングを付けた。せっかく耳が出たのに重くなってしまった。

(優希は、星形のイアリングを装備した。素早さと防御力は下がった気がする)

 なんてことが頭に浮かんだ。

 さらにネックレスも付けてもらった。イアリングにネックレス。素早さと防御力はともかく、男の子のときにしたことないものを身に着けると、あらためて女の子になった気がした。

「化粧はまだする必要なさそうだし……。よし、OK。行ってこいっ」

「う、うん。ありがとう」

 絵梨姉ちゃんに背中を押され、僕は部屋を出て、玄関で待っているお父さんたちのもとに行った。

「……お待たせ」

「おおっ。これはまた見違えたな」

「……」

 お父さんが小さく歓声を上げ、お母さんは相変わらずの無言だった。

 僕の服装は初めて絵梨姉ちゃんと買い物したときに買ったもの。下はひざ上までのニーソックスにしてみた。穿いてみると、生足よりは暖かいけれど、きつくて動きにくい感じもする。「私は生足の方が好みなんだけどなぁ」と絵梨姉ちゃんが変態っぽく言っていた。やっぱり宏和おじさんの娘なんだなと思う。

「それじゃあ、行きましょうか」

「はい」

 空港までお父さんたちを見送ったら帰りは僕一人になるので、雪枝さんが付き添いで言ってくれることになった。宏和おじさんは仕事だし、雪枝さんにとっても、妹であるお母さんのお見送りを兼ねている。

 絵梨姉ちゃんに見送られて、僕たちは家を出た。



 父娘でのショッピングの舞台は、電器屋さんだった。

 お父さん曰く、向こうの人には日本の電化製品が人気で、ついでにお土産も買えるからとか。あんまり女の子関係ないけど、お父さんらしいというか。僕としても女の子女の子しているお店にはまだまだ入りづらいしね。

 そこで僕は携帯電話を買ってもらった。画面にタッチするスマホじゃなくて、ぱたって折り畳みできてボタンのある、ガラケー?ってやつ。お父さんはスマホを勧めてくれたけど、なんか色々機能があって分かり難かったので、シンプルなのにした。イアリングとか服とか、僕はシンプルのものが好きなのかもしれない。シンプル・イズ・ベスト、ってね。

 手続きが終わって携帯をもらうと、早速お父さんと電話番号を交換して、僕は階段の一人で踊り場に行った。

「えーと……ここをこうして……」

 そこからお父さんの携帯に電話をかけてみた。

 なんか変な音楽が鳴ったかと思ったら、無事電話がつながって、少し感動してしまった。

「これで、地球の裏側にいても話ができるんだよね」

 僕が携帯電話越しに言うと、お父さんからちょっと意外な言葉が返ってきた。

「……ああ。でもあまり毎日かけないでほしいな」

「お金がかかるから? それとも忙しいから?」

 僕は首をかしげた。

「いや、そうじゃなくて。優希からの電話は嬉しいさ。けど、俺たちにかまけるよりも、優希には近くの友達を大事にしてもらいたいんだ」

 そっか。

 携帯があればいつでも連絡を取ることができる。けれどお父さんとお母さんが地球の裏側にいるのは事実。いつでも会えるわけでもないし、困ったときに助けてもらうこともできない。離れた人に気を配って、近くの人との交流を疎かにしちゃダメだよね。

「うん。分かった」

 この携帯電話の電話帳がいっぱいになるくらい、何か月もお父さんたちに連絡を取らなくても寂しくないくらい、たくさんの友達が出来たらいいな。



「わぁっ。すごい。たくさん飛んでる!」

 買い物を終え、僕たちは空港に着いた。

 飛行機を見たのは初めてじゃないけれど、やっぱり大きくて迫力がある。思わず子供のようにはしゃいじゃってしまった。

 けれど、だんだん別れの時間が近づいてくるにつれて、僕の気持ちは沈んできた。お父さんは二月からすでに海外に行っていたから慣れているはずだし、お母さんだって離れた実家で寝泊まりしていて、毎日顔を合わせていたわけじゃない。

 それでも、今僕のすぐ隣にいる二人が地球の裏側に行ってしまうと思うと、やっぱり心細い。

『ニューヨーク行き、AMN1417便。搭乗が始まります。ご搭乗される方は、ゲートまでお越しください』

 空港内にアナウンスが流れた。お父さんたちの乗る便だ。現地まではニューヨークに行ってから、さらに二回乗り換えるみたい。

「時間のようだな」

「……うん」

 僕と一緒に空港内のお店を見て回っていたお父さんが顔を上げた。

 お父さんと僕は、少し離れたところで、雪枝さんと一緒に僕たちを見ていたお母さんのもとに行く。お母さんは僕と一緒に回っているお父さんに遠慮したのか、それともこの格好のせいか、今日もあまり話せなかった。お母さんともしばらく会えなくなっちゃうのに……

 お母さんを前にして僕が少しうつむいた時だった。

「優希」

 お母さんが僕のもとにやってきて、僕の身体をぎゅっと包み込んだ。

「え? お、お母さん……?」

「優希。今までごめんね。素直じゃないお母さんで。優希がせっかく女の子として頑張ろうとしているのに。本当なら私の方が力にならなくてはいけないのに」

「お母さん……」

 お母さんがゆっくりと僕の身体を放すと、まっすぐ僕の目を見て言った。

「優希の女の子の格好、とても可愛いわよ。頑張れなんて言わないわ。身体に気を付けて、女の子として楽しんでね」

 目の前に映る、久しぶりにじっと見たお母さんの顔が、どんどん滲んでいく。

 泣いちゃダメ。もうすぐ中学生なのに……。でも今は、女の子なんだから。少しくらいなら……いいよね。

 僕は泣き顔が見られないようにお母さんの胸の中にそっと飛びこむと、声を抑えつつ、涙をたっぷりと流した。



 お父さんとお母さんを乗せた飛行機が、無事飛び立って、空の彼方へと見えなくなっていった。

 僕はガラス越しに、ずっと飛行機が消えて行った空を見つめていた。

「優ちゃん。そろそろ帰りましょうか」

「……うん」

 雪絵さんに促されて、僕は空港を後にした。

 不安で寂しい気持ちでいっぱいだけれど、僕がいつまでもそんな気持ちでいることをお父さんもお母さんも望んでいないはず。

 二人に言われたように、たくさん友達を作って女の子として精いっぱい楽しもうと思った。



ここまでお読みいただきありがとうございました。

これで三章が終了で。次章はようやく、学園・中学校編です。

また更新までお時間をいただきます。ご了承ください。

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