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診察


 僕は自転車に乗って、家から少し走ったところにある診療所を訪ねた。

 正月明けの病院は思ったより人で混みあっていた。僕みたいに病院が開くまで我慢していた人もいるのかな。患者さんのほとんどはお年寄り、もしくは僕より小さな子供で、僕ぐらいの年の人は見当たらない。

 ちなみに僕は、同級生の男子の中でも背が小さく力も弱い方だけれど、健康面では問題なく、病院に来るのは数年ぶりだった。そのときはお母さんと一緒に来たけれど、さすがに六年生にもなって保護者同伴というのは恥ずかしいので、今回は一人でやってきた。

 この病院を利用するのも、一人で病院を訪れるのも初めてなので、病気のこと以上に緊張してしまう。

(まだ呼ばれないなぁ……もしかして、症状が軽いから後回しにされているとか……? それとも診察の手順を間違えたとか……)

 待合室の椅子に座りながら、なんて不安が頭をよぎったときだった。

「栗山さーん。栗山優希くん。診断室にお越しください」

 診察室の扉の向こうから、若い男性の声が聞こえた。

「あ、はい」

 僕は慌てて立ち上がって、診察室の扉を開けた。

 中にいたのは、ぼさぼさ頭に黒縁眼鏡をかけた若い男の人だった。白衣を着ているので、この人がお医者さんの先生だろうか。僕のお父さんより年下っぽい。お母さんが以前この病院を利用したときは、おじいさんみたいな先生だと言っていたけど。

 先生は思いっきりあくびをして、僕を出迎えてくれた。……大丈夫かな。

「……えっと。よろしくお願いします……」

「はいはい。よろしくー。荷物とコートはそこにおいて、椅子に座ってくださいね」

「は、はい」

 言われた通りに僕は先生の前の椅子に腰かけた。

「さてと。今日はどんな症状でお越しいただいたのですか?」

 先生の質問に、僕は受付のお姉さんに言ったことを、もう一度繰り返した。

「その、頭痛・腹痛・それに吐き気と……」

「なるほど。風邪ですね」

「診断、早っ」

 僕は思わずツッコミを入れてしまった。

「あの、その。別に熱があるってわけじゃないんですけど。くしゃみや咳もでないし……」

「そういうタイプの風邪もあるんですがね……。ま、口の中を見せてください」

「は、ふぁい」

 あーん、と口を開けて中を診断される。

「はい。特に腫れは見られませんね」

 なんか、あっさりと診断されている。

 ちゃんと見てくれているのか少し不安になってきた。

「それでは次にお腹を見せてください」

「あっ……」

 先生に言われて、僕はいまさらながらに、はっとした。

 去年の秋から腫れ始めた胸は、いまだに治っていない。それどころか、真ん中を中心に膨らみが広がり始めている状態だった。冬着だし学校も休みだから、まだ誰にも気づかれていないけど、今ここで服をめくりあげれば、不自然に膨らんだ胸を先生に見られてしまう。

(でも……)

 両親には黙っていたけど、僕の症状は頭痛・腹痛・吐き気に加えて、胸の痛みもあった。内臓的な痛みじゃなくて、表面が痛い感じ。でもそれを言うと胸の腫れをお母さんに見られてしまいそうで黙っていたけれど、お医者さんに相談するいい機会だ。

 もしかすると体調不良の原因かもしれないし。

「どうしました?」

「あの……ちょっと気になることがありまして……」

 僕はそう言って、重ね着しているセーターとトレーナー、それに中のシャツの裾をまとめて掴む。そして、思い切ってトレーナーを中のシャツごと肩のあたりまでめくり上げた。胸に冷たい空気が当たるのが分かる。

「え?」

 僕の胸を見て、お医者さんの目が丸くなった。

 やっぱり異常なのだろうか。一気に不安になる。

 先生は保険証のコピーを見て確認するように聞いてきた。

「えっと。優希くんは……男の子ですよね」

 先生の言葉に、僕は思わず聞き返す。

「はい。……あの、これってもしかして、女の子みたいなんですか?」

 今まで考えたこともなかったけれど、胸が膨らむって、女の子と一緒じゃないか。

「……ええ。まぁ。成長は個人差があるので何とも言えませんが、優希くんぐらいの年頃の女性の胸はだいたいこんな感じでしょうか」

 僕はクラスの女子を思い浮かべてみた。

 確かに、半分以上の女子の胸は膨らんでいた気がする。もっとも、同級生の女の子の裸なんて見ることできないから、あくまで服の上から見た感想。今の僕の胸の状態が、他の女の子と同じなのかも、もちろん分からない。

「この胸が腫れ始めたのは、いつごろからですか? どこかぶつけた、虫に刺された等、思い当たる要因はありますか?」

「去年の……秋ぐらいから腫れ始めて……。原因は特には……」

「そうですか。――触診してもよろしいですか?」

「は、はい。お願いします」

 触診というのは、直接触るってことだよね? 診断と称して女の子のおっぱいを揉むのはダメっぽいけど、僕は男の子だから、別にいいのかな? 

 先生が、手袋をした手で、僕の胸に触れてきた。

 冷たくてひんやりして、ちょっとくすぐったい。そしてときおり、痛い。

「うーん。なるほど……」

 実際、胸に触れられたのはちょっとだけ。あとは腰とかお腹とかも触診された。特にお腹の下あたりは結構念入りだった。もちろん聴診器も使って、診断してくれる。症状に頭痛もあったので、頭の方もいろいろ触られた。――おでこに聴診器を当てられたら、病状『馬鹿』みたいだけど。

 と、そんな冗談はさておき、さっきまでは適当加減は不安だったけど、逆に今は、真面目な診断が長く続いて不安になってきた。

「はい。もういいですよ。服を戻してください」

 先生の言葉に、僕はほっとして服を下した。先生の表情からして、特に重大な病気が見つかったって感じじゃなかったから、少し気が楽になる。

 けれど告げられた診断結果はあまりいいものじゃなかった。

「うーん。残念ですがちょっとここでは、胸の腫れや腹痛・頭痛等の原因の特定は難しいですね」

 ……原因不明、ってのはあまり嬉しくない。

 ところが先生は、原因不明と言いつつ、今までのやる気のなさが嘘のように顔を輝かして話を続ける。

「いや、実はこの診療所は私の父が診療を行っていましてね。それなのに正月早々体調を崩して、私が駆り出されたわけでして。まったく医者のなんとやらってやつですね。ははは」

「……は、はぁ……」

 つまり先生のお父さんなら、僕の病気の正体が分かるというということだろうか……と思ったけど、違った。

「本来、私は別の総合病院で勤務しております。あちらは設備も整っていますし、ぜひ、そちらで精密検査を受けてみてはどうでしょうか」

 僕は絶句した。――大きな病院に移って診察って、重病フラグじゃないか。

「そ、それは……親に相談してみないと」

 お金の問題もあるし。

「もちろんです。連絡先を渡しますので、ご連絡ください。明日からは、向こうの病院に戻る予定ですので」

 そう言って、先生から名刺をもらった。名前は上本というらしい。

 病院の場所は、ここからだいぶ離れていて県外だけれど、見覚えがある地名だった。いとこの家がある市と同じだ。

「それでは。一応お薬を処方しますね。指示に従って服用してくださいね」

「……は、はい」

 原因不明だからか、病院なのに治療されることなく、診察はこれで終了した。

 僕は病院の隣にある薬局で薬をもらって、家路についた。



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