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制服


 少しづつ秋山家での生活に慣れてきたある日。僕は朝から、嬉しさと緊張と、それに寂しさと疲れが混ざり合った、なんとも変な気持ちでいっぱいだった。

 今日、海外からお父さんが帰ってくるのだ。海外勤務が終わったわけじゃなくて、本当に一時的な帰国。すぐ翌日にはまた海外に戻ってしまう。そのときはお母さんも一緒についていき、僕一人が日本に残ることになる。

 お父さんとは手術直前に会話を交わした以来、会っていない。女の子になって会うのは初めてだ。ここで暮らすこと数日。ようやく女の子としての生活に慣れてきたけれど、どうやって会っていいのやら。

 そしてその問題は秋山家の面々にも及んでいた。

「最初は男の子っぽく『なんだ変わっていない』と思わせて、そのあと一気に女の子っぽい衣装にチェンジしたら、面白そうじゃない?」

「あら、やっぱり最初のインパクトが重要よ」

 絵梨姉ちゃんと雪枝さんが言い争っている。論点は、お父さんに会う際の、僕の服装について。おかげで僕はまだパジャマ姿である。まぁこれが一番楽なんだけど。

 ちなみに、この姿は雪枝さんからも絵梨姉ちゃんからもNGだった。

「いっそのこと、下着姿とかはどうかな」

「変態は黙っててっ!」

 休日なので家にいる宏和おじさんの提案を、絵梨姉ちゃんが一蹴する。

「……別に本気で言ってるわけじゃなく場を和ませようとしているのに、ぐすん」

「はは……」

「あ、いい案が思いついたわ」

 雪枝さんが急にぽんと手を叩いた。

 どんな案なのか耳を傾けるみんなに向けて雪枝さんが言った。

「中学校の制服姿はどうかしら? 絵梨のお古が残っているはずだし」

「あ、それいいかも。おじさんもおばさんも海外に行っちゃうから、優ちゃんの入学式見られないんだもんね」

「うん。いいんじゃないかな」

「ええ。決まりね。しまっておいた制服を取って来るわ」

 雪枝さんが席を立った。

「えっと……」

 僕の意志はいったい……


 しばらくして、雪枝さんが制服一式を持って戻ってきた。

「ブラウスもとっておいて良かったわ」

 とすっかり笑顔。手渡されて困ってしまう。

 そんな僕を見て絵梨姉ちゃんが意地悪く笑う。

「着替え手伝おうか?」

「じ、自分でできるからっ」

 僕は顔を赤くして答えると、制服を持ったまま階段を上って自室に逃げ込んだ。……なんか、毎回このパターンで絵梨姉ちゃんに操られているような気がする。はぁ。

 気を取り直して、僕は手にしている制服一式に目をやった。

 僕が四月から通うのは、ここから徒歩圏内にある普通の公立中学校。そこに普通の女子生徒として通うことになっている。一年前まで、絵梨姉ちゃんも通っていた学校だ。

 女子の制服は、濃紺のブレザーにベスト。丸襟のブラウス。紐タイプのリボン。スカートは、上と同じ濃紺のプリーツスカート。ソックスは白限定。至って地味な、ザ中学生といった制服である。ちなみに、男子もオーソドックスな黒の学ランだと聞いている。

 僕はパジャマを脱ぎ捨て制服を手に取る。

 別に着るのに手間取ることはない。シャツの上から普通にブラウスを着ていくだけ。けど、リボンの結び方で戸惑ってしまった。

「……リボンって、どうやって結べばいいのかな……?」

 よくわからないので、適当に蝶々結びにしてみる。たぶん変だと思う。

 それとブラウスの一番上のボタンもしなくてはいけないので、首が苦しい。

 続いてスカートを手に取る。よく制服で見かけるプリーツ(ぎざぎざのこと。最近覚えた)スカートだ。しかしよく見ると違和感が。横幅は大きいのにすそがずいぶん短い気がする。これは絵梨姉ちゃんが太っていたというわけではなく……

「これが、噂に聞く、すそ上げってやつかな……」

 さすが絵梨姉ちゃんというべきか、裏地を見ると、なにやら加工した跡が見られた。

 とりあえず履いてみると、僕が小さいおかげで膝くらいの高さですんだけど、やっぱり変な感じがする。

 ベストとブレザーは普通に着るだけだ。けど大きいし、厚い。まるで鎧を着ているみたい。これを着て動くのに苦労しそう。

 最後に手持ちの白い靴下を履いて、とりあえず着替えは終了。僕はクローゼットにある備え付けの鏡の前に立って、苦笑した。

「うん。似合ってない」(断言)

 スカートは不恰好な感じだし、ブレザーの袖は手を思いっきり伸ばしても掌が隠れるほど。

 これは中学三年の絵梨姉ちゃんの制服なので、これからできる予定の僕のサイズに合った制服なら多少は違うと思うけど、それほど違いはないような気もする。

 七五三というか、制服を着せられた小学生というか(ていうかそのまんまだし)、僕の主観かもしれないけど、女装した男の子にも見えなくもない。

 ――もっとも、仮に学ランを着たとしても、全く同じ印象のような気もするけど。

 利点があるとすれば、胸が目立たないことかな。まだ胸の膨らみを見られるのに少し抵抗あるから。それと、学校に着ていく服を悩まなくていいこと。女の子になりたてで、どういう服装がいいかまだよくわからない僕にとっては、これはとても重要。

 僕は制服のスカートを引きずるように(大げさだけどそんなイメージ)階段をゆっくり降りて、みんなが待っている居間に戻った。

 返ってきたのは、なんとも微妙な視線。

「……あ。えーと、まぁ、そんなところかしら?」

「うーん。優希ちゃんには、絵梨の制服は大きすぎたかなぁ」

 絵梨姉ちゃんと宏和おじさんが微妙な反応を見せる。

「そうかしら。とっても可愛いじゃない」

 と雪枝さん。本気でそう思ってくれているみたいだけど、僕自身があまり似合ってると思っていないので、なんか申し訳ない。

「ねぇ、絵梨姉ちゃん。お父さんたちが来るまで、僕はずっとこの格好なの?」

 僕は手の裾をぶらぶらさせて聞いたら、絵梨姉ちゃんはさも当然というように答えた。

「もうしばらくしたら来るんでしょ。ついてから着替えたら間に合わないから我慢しなさい。学校では、授業中も給食も全校集会も、制服を着ているのよ」

「うげぇぇ」

 中学校って、思ったよりハードかもしれない。

 居候を始めて数日。秋山家にも溶け込めたと思ったいたけど、居間にぶかぶかの制服着ていると、さすがに違和感というか溶け込めていないというか。

 そんなちょっと居心地の悪い状態でずいぶん時が経ったころ、呼び鈴が鳴った。

「あら、春ちゃん。いらっしゃい」

 玄関の方から、対応した雪枝さんの声がした。お母さんだ。

 僕は駆け込むように玄関に向かった。

「あ、お母さん。待ってたよ」

 切実に。

 ぶかぶかの制服を振り回して出迎えた僕の姿を見て、お母さんが目を丸くした。

「なに優希。その格好……」

「なにって、今度通う中学校の制服だよ。これはまだ出来ていないから、絵梨姉ちゃんのお古だけれど。お母さんたちは僕の中学の入学式が見られないだろうからって、雪枝さんが」

 そう説明する僕を見て、お母さんはぽつりと言った。

「それは分かったけれど……なんか、制服に『着せられちゃっている』感じね」

 うん。僕もそう思っていたので、納得。――制服に征服されたってね。あはは。

 お母さんは相変わらず手厳しいけど、正直に言ってくれるのは嬉しい。

「あれ? ところで、お父さんは?」

 僕は玄関を見渡した。確か一緒に来るって話だったけど。

「それがね。向こうの飛行機の出発が遅れているみたいなのよ。向こうでは日常茶飯事みたいだけれど。日が暮れるくらいの時間になるんじゃないか、と言っていたわ」

「そうなんだ……」

 せっかく早く会えると思ったのに、残念。でもきっと、帰ってくるお父さんも大変なんだろうなぁ。

 とお父さんに同情しつつも、僕はにこりと笑って雪枝さんに言った。

「じゃあ、それまでの間、制服脱いでいいよね」

 お母さんの手前、雪枝さんも強く言うことができず、しぶしぶと言った様子でうなずいた。



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