洋服
下着を無事購入できたけど、買い物はまだまだ続く。
「さてと、次は洋服を一気に買っちゃいましょうか」
「うんっ」
ブラを装着して女子力がアップした僕にとっては、どんと来いだ。
「で、優ちゃんは、どんな服を着てみたい?」
「どんなのって……」
いきなり出鼻をくじかれてしまった。女の子のファッションなんてさっぱりだし。炭谷さんに渡された本、もっとちゃんと読んでおけばよかった。
僕は少し考えて答えた。
「えっと……絵梨姉ちゃんみたいな服がいいかも」
「え、これ?」
絵梨姉ちゃんは一瞬驚いた様子をみせて、着ている服をつまんだ。
露出の少ない(冬だから当たり前だけど)明るい色の上着に、膝丈のふわりとしたスカート。派手すぎず、地味すぎずちょうどいい感じ。僕としてはもう少し地味でもいいけれど、ブラジャー効果か、少し可愛い服を着てみてもいいかな、って気もする。
「うん」
僕はこくりとうなずいた。
「うーん。そうねぇ……私としてはもう少し派手なのを着せて楽しみ……ごほん。まぁ、いっか。似たような服を着てみたら、姉妹に見えて面白いかもしれないしね。じゃあ行くわよ」
そう言って連れてこられたのは、ティーン向けの専門店だった。僕と同い年くらいの女の子もたくさんいて、ちょっと気おくれしたけれど、絵梨姉ちゃんに続いて入る。お店にいる女の子たちは、誰も僕のことを変な目で見ることはなくって、少しほっとした。
「えーと。まったく同じじゃつまらないしねー」
そんなことを呟きながら、絵梨姉ちゃんが手際よく僕に合いそうな服を手に取っていく。きっと僕に任せていたらずっと決まらないと、さっきの下着売り場で学んだのだろう。
そうして絵梨姉ちゃんから手渡されたのは、薄いピンク色の暖かそうなカーディガンと、中に着るであろう長袖のシャツ。男の子のとき着ていた、ただのティシャツと違って、襟元にちょっとしたフリルが施されていた。
僕は手渡された服を胸の前にかざしてみた。
「……なんか、ちょっと小さい気がするんだけど」
子供服(僕もまだ子供と言ったら子供だけど)みたいで、着られないってことはないだろうけど、かなりきつそう。
「いいの。これくらいで。ぶかぶかの服より、こういう服を着て身体のラインを出した方が、女の子は可愛く見えるのよ」
「へぇ」
よく、ちょっと太ったくらいで着れない、みたいな話を女の子の間で聞くけど、そういう理由があったんだと納得した。
「で、お待ちかねのスカートは、これね」
とウキウキで手渡されたのは、クリーム色掛かった白が主体の、段々に重なったスカート。
「あの……これ」
「ああ。こういうのはひだが付いたのをディアードスカートというのよ」
と絵梨姉ちゃんが説明してくれたけど、僕が聞きたいことはそうじゃなくて。
「ね、ねぇ……これって短くない?」
「あら、さっき言ったでしょ。少しぐらい小さい方が可愛く見えるって」
「いや……その、小さいって意味じゃなくて……丈が短いような……」
「さぁ?」
絵梨姉ちゃんが意地悪気に笑う。自分が着ているスカートは膝下くらいなのに、僕に渡されたスカートは、明らかに膝より上くらいの長さ。体育で穿いている小学校の半ズボンよりは長いけど、太ももが隠れるかどうか……
とはいえ、周りを見回しても、まだスカートがどういうものか分からないので、どれが自分に合いそうなのかさっぱり分からない。
僕は少し考えて、絵梨姉ちゃんに提案した。
「ねぇ。女の人って、スカートの下に、ちょっと見えるくらいの半ズボンみたいなの履いていなかったっけ。それを一緒に穿くのってどうかな……」
「ああ。レギンスね。残念だけど、不許可」
「なんで?」
「そんなの、初めてのスカートに戸惑う優ちゃんが見たいからに決まっているじゃない」
「開き直ったっ?」
「いいから着替える! それとも手伝ってほしい?」
「ぼ、僕一人で大丈夫だから」
僕は服を持ったまま慌てて更衣室に逃げ込んだ。一人になってようやくほっと息をつき――また同じ手に引っかかったことに気づいた。
「……ま、仕方ないか」
僕は諦めの境地に達すると、あえて鏡に背を向けて、今着ている服を脱ぐ。先ほど購入した下着姿になって、その上に試着した服を着込んでいく。
「……やっぱりきついかも」
シャツは測ったようにぴったりだった。僕としてはもう少し余裕が欲しいけど。続いてその上にカーディガン。こちらもあまり余裕はない。留めるボタンの向きが男の子のときと違うことには、まだ戸惑うけれど、だいぶ慣れてきた。
そして順番が違うかもしれないけど、最後にスカート。
脇のホックをはずして右足から穿く。なるべく太ももが隠れるよう下の位置に収まるようにして、ホックを留める。足元を見下ろすと、膝小僧は見えちゃっているけど、思ったより裾も短くないような気がする。
――とりあえず、着替え完了。
僕は、服の裾やしわを引っ張ったり形を整えたりしてから、ゆっくりと深呼吸をする。
「……よし」
そして、ブラジャーを着けたときと同じように、恐る恐る背後の鏡に振り返った。
「うぁぁ……」
そこには、街で見かけるような、ちょっとお洒落した女の子が立っていた。
ピンク色の可愛らしい上着に、ちょっと短めのフリフリとしたスカート。絵梨姉ちゃんの言う通り、身体のラインが見えて、小さいけれどちゃんと胸が膨らんでいるのが分かるし、腰もくびれていて女の子っぽい。スカートから伸びる足も、まるで自分のじゃないみたい。
どっから見ても男の子には見えないし、もし街で見かけても、絶対自分だって分からないだろう。
僕は思わず鏡の前でくるりと一回転してしまった。スカートの布地がふわりと広がる。ちょっとドキドキして、調子に乗ってもう一回くるりと回ってみたら、バランスを崩して頭から壁にぶつかってしまった。
「痛っ」
「ちょ、優ちゃん、大丈夫?」
カーテンが開いて絵梨姉ちゃんが顔を出した。せっかく可愛く着替えたのに、最初に見られたシーンが、頭を抱えてうずくまっている所というのが、自分で言うのもなんだけど、なんとも僕らしいというか……。
僕は立ち上がって絵梨姉ちゃんに向かい合った。すると絵梨姉ちゃんは自分でコーディネイトしたにもかかわらず、驚いた顔を見せた。
「わっ。すごく似合ってるじゃない。うんうん。可愛いわよ」
「あ、ありがとう。これで少しは女の子っぽく見えるかな……」
「もちろんよ」
絵梨姉ちゃんからお墨付きをもらって、少し自信が付いた。
「それにしても、優ちゃんって、綺麗な脚しているわねー。すね毛丸だしだったらどうしようかと、心配していたけど」
「は……はは」
僕はお父さんがスカートをはいている姿を想像して苦笑いしてしまった。ちょっと怖い光景だった。
「……ただそのスカートだと、ソックスが似合わないかしら。優ちゃんが履いている靴下まではノーチェックだったわね。良さげなのを見繕ってくるから、ちょっと待っててね」
「うん」
絵梨姉ちゃんが靴下を探している間、僕はカーテンを閉じて、鏡に向かって一人ファッションショーをしていた。女の子だから可愛い服装をするのが好きなのか、男の子だから可愛い服装をした女の子を見るのが好きなのか分からないけど、ついつい楽しんでしまった。
しばらくして絵梨姉ちゃんが靴下を持って戻ってきた。なぜか店員さんも一緒に。
絵梨姉ちゃんは、僕を見て、それから店員さんに向って言った。
「この子の服、全部このまま着て行っていいですか」
「は、はい。お買い上げありがとうございますっ」
そのやり取りを見ながら、僕はぼんやりと思った。
このまま着て行くってのは、つまりこの格好で店内を出歩くってことで……
「って、えええぇぇっ?」
僕は思わず声を上げてしまった。
「ひ、人前でこの格好なんて、む、無理だって!」
そんな僕を、絵梨姉ちゃんはあきれた様子で、店員さんはきょとんとした表情で見ていた。




