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初めてのブラ

 点々とした建物が並ぶ一本道を絵梨姉ちゃんと並んで歩く。畑や空き地が多くて田舎っぽいけど空気がおいしい。退院間際は、暇で病院内を歩き回っていたけど、やっぱり外を歩くのはいいなと思う。

「まぁ歩くのは学校行くくらいで基本は自転車だけどね。優ちゃん、自転車は?」

「もう古かったから、引っ越しの際処分しちゃった」

「そう。だったら新しいのを買わないとね。とびっきり女の子っぽいやつ」

「うぇぇ。なんかそれは嫌だなぁ」

 そんな会話を交わしながら、僕はそっと絵梨姉ちゃんの服を見た。

 膝丈の春らしいピンクのふわりとしたスカート。上はブラウスに明るい色の春物セーター。僕が家に遊びに来たときは、たいていズボン姿だったんだけど、やっぱり女の人って、部屋着と外着はちがうのかな。

 僕のイメージだと姉御肌まんまだけど的な絵梨姉ちゃんが、今の服装を見ると、清楚なお嬢様になったように見える。絵梨姉ちゃんも、こういう服を着て男の人とデートしているんだろうか?

 そんなことを考えているうちに、なぜか僕が同じような格好をして男の子と歩いているシーンが思い浮かんでしまった。

 僕は慌てて首を横に振った。なんていうか、まだ早いって。

 そんな僕の姿を、絵梨姉ちゃんがきょとんとした様子で見ていた。


 秋山家から徒歩二十分。つまり駅前に、衣服店が集まったちょっとしたビルがあった。

「ま、服はどこでも買えるけど、近場といったらここがお勧めね。下着からコートに、靴まである程度は揃っているから」

「うん」

 そんな会話を交わしながら、店内に入る。平日の昼下がりだけれど、お客さんはそこそこ入っていた。主婦っぽい人だけじゃなく、絵梨姉ちゃんみたいな学校帰りの若い人も見られた。

「それじゃあ、まずはここから入りましょうか」

 と言って絵梨姉ちゃんが、とあるお店の前で足を止めた。

「えっと……いきなりここから……?」

「そうよ。なんか問題ある?」

 僕の目の前には、色とりどりの下着が広がっていた。いわゆるランジェリーショップだ。

「問題というか、恥ずかしいというか、敷居が高い気がするというか……」

 そもそも男の子のときから、服はすべてお母さんが買ってくるものを着ていた。下着も例外ではない。それなのにいきなり女の子用の下着が集まる中に入ってそれを買うというのは、きつい。

「まぁ私も優ちゃんと同じくらいの年のときは恥ずかしかったかな」

「そうなんだ」

「子供から大人になるって、そういうものじゃないかしら。ようは慣れよ」

 そう言いながら、絵梨姉ちゃんがお店の敷地に入る。

 けれど僕はまだ入り口で立ちすくんだまま。

「どうしたのよ」

「あの……その。僕が入ったら、なんで男の子が入って来るの? って目で見られないかな?」

「そんなの胸を張っていればいいのよ。ちょうど胸の膨らみも目立って、一石二鳥でしょ」

「そ、そんなぁ」

 なかなか店内に入ろうとしない僕の様子に少しイライラしてきたのか、絵梨姉ちゃんの態度がだんだんそっけなくなってきている。

 僕は軽く深呼吸をする。そうしたら、不意に名案が思い付いた。

「そうだ。僕は女の子じゃなくて、実は彼女さんに下着をプレゼントするため買いに来た彼氏さんだと思えばいいんだっ」

「いやいやいや。ぜったいそっちの方が恥ずいでしょ」

 絵梨姉ちゃんがあきれた様子で、僕の発想の転換を否定すると、僕の腕をつかんで強引に店内に連れ込んだ。

 僕は生まれて初めて、女性用下着売り場に足を踏み入れてしまった。

 なんか穢れてしまった気がする。お母さんごめんなさい。

 ――って、ここでお母さんの名前を出すとなんか洒落にならない気がするのでやめておく。

 少し冷静になった僕は店内を観察した。ゴージャスだったり煌びやかだったりするのは、表の見えやすいところにある大人の女性用下着であって、僕が絵梨姉ちゃんに連れてこられたのは、奥にある子供向けの「初めてのブラ」コーナーだった。派手というより可愛らしいものが多く、色も形もシンプルで、少しほっとした。

「さてさて、優ちゃんはどれがお気に入り?」

「って言われても、たくさんありすぎて……。そもそもサイズも分からないし」

 ブラジャーって、てっきり柄と大きさの違いだけだと思っていたのに、形にも様々なものがあった。普通の女の子なら、どういうのがいいのかっていう知識があるのかもしれないけど、僕の場合はさっぱり。膨らみ始めていたときは、まさかブラをつけるとは思ってなかったし。

「じゃあ、店員さんに測ってもらおうか?」

「えっ。む、無理無理っ。絶対、むりっ」

「あのー。すみません。この娘、初めてなんですけど」

 僕の意見をきっぱり無視して、絵梨姉ちゃんが近くにいる店員さんを呼んでしまった。

「そうですねぇ……」

 絵梨姉ちゃんの説明を受けた若い女性の店員さんは、僕の胸元をじっと見つめながら、くるりと回り込んでくる。

「では失礼して」

「わっぎゃぁっ」

 思わず変な声が漏れてしまった。背後に回った店員さんが、突然わきの下を触ってきたのだ。そんな僕の反応お構いなしに、店員さんは、背中・脇・そして胸を遠慮なしに触ってくる。僕はくすぐったさのあまり悶えた。

「お客様の体型ですと、こちらのコーナーにあるジュニアブラがよろしいかと。サイズはメーカーによって多少異なりますが、小柄ですのでSサイズを目安にされると良いと思います」

「ありがとうございます。あとはこっちで探しますので」

「かしこまりました。ご試着はあちらをご利用ください」

 一礼して店員さんが去ったあと、絵梨姉ちゃんがぽつりと言った。

「わぎゃっ、って……。しっかり『きゃっ』と言えるようにならないとダメよ。女子力はまだまだね」

「……そういう問題じゃないって」

「さぁ優ちゃん、とりあえず気に入ったものを選んでみて」

 絵梨姉ちゃんにあっさりスルーされた僕は、仕方なく店員さんが教えてくれたコーナーを見た。丸いカップが眼鏡のように二つ付いた普通のブラジャーっぽいものから、真ん中の部分が広くて、タオルを横に巻いて肩紐を付けて巻いたようなものまでいろいろあった。全体的になんか子供っぽいものが多いけど、そもそも僕は子供なわけだし、派手な○カップ、みたいな下着より抵抗感がなかった。

 とはいえ、どれを選べばいいのか迷う。

 コーナーを何度も行き来していたら、絵梨姉ちゃんが焦れ始めてきたのを感じて、僕は慌てて一つの下着を選んだ。

「じゃあ……これで」

 僕が指差したのは、眼鏡とタオルの中間くらいのものだった。迷ったら間をとるのが一番。色や柄はいろいろあったけど、シンプルに白を選んだ。あとお値段的にも安かったし。

「うん。いいんじゃない? ちょっと地味なのが不満だけど、優ちゃんらしいし」

 絵梨姉ちゃんの許可が出たので、僕はほっとして商品を手に取り、絵梨姉ちゃんに渡した。すると絵梨姉ちゃんが不思議な顔をして聞いてきた。

「なに?」

「えっと。お金は絵梨姉ちゃんが持っているから……」

 買ってきてもらおうかと思ったんだけど。

「その前に、試着しなきゃダメじゃない」

「……やっぱり?」

 そうそう世の中はうまくいかないみたいだ。

 そんな僕の扱いにそろそろ慣れてきたのか、絵梨姉ちゃんが意地悪く笑って言った。

「試着するの、手伝ってあげようか?」

「じ、自分でできるからっ」

 結局、僕は絵梨姉ちゃんの狙い通り、逃げるように試着室に飛び込んでしまった。

「……はぁ」

 カーテンに仕切られているとはいえ、女の人ばかりいるお店で、上着を脱いで上半身裸になるのは勇気がいる。なんか変態みたいで……

 と考えてしまって、僕は頭を振った。まだ男のときの感覚が抜けていないみたいだ。思い切って中のシャツごと上着を頭から脱ぐ。そして、鏡に映るちょこんと膨らんだ胸をみて、うん女の子だから大丈夫、とうなずいた。まるで免罪符みたい。

 僕は上着を置いて、手にしたブラジャーを見る。

(……このままかぶればいいのかな)

 ホックが見当たらないので、そのまま頭からかぶるようにして、胸までおろして、背中や肩の紐を適当に調節してみた。うん。サイズは問題なさそう。

 無事着け終わった僕は、恐る恐る、鏡を覗き込んだ。

「わぁ……」

 鏡に映って見えたのは、僕というより、下着姿の女の子だった。不思議と、裸だったときよりずっと女の子っぽく見える。

 思わず見とれていたら、試着室のカーテンの間からひょこっと絵梨姉ちゃんが顔をだした。

「もう着替え終わった? って、あら可愛いじゃん。似合ってるよ。これにする?」

「うんっ」

 僕は即答した。

 もちろん気に入ったからだけど、これ以上見て回るのも恥ずかしいので早く決めたい、という気持ちも少しだけあったりする。


 同じサイズのものを数着と、試着したのを着けたまま買って、ようやく下着売り場から出た。ちなみに、パンツも似たようなデザインのものを数着買ったけど、こちらは試着もせずに袋の中に入ったままである。

「下着ってすごいね」

 着ている服はお店に来たときと一緒なんだけれど、中にブラジャーを着けているだけで、なぜか世界が違って見えた。

 女って自覚できるし、すごく安心感もあるし。心地いいし。

「けどまぁ。夏は蒸れるけどね」

「……そうなんだ……」

 そんな僕に、絵梨姉ちゃんが余計なひと言を付け加えてくれた。


この話を書くにあたっていろいろネットで調べました。

今ならいいお母さんになれそうです(笑)

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