第8話
特に意外性があるわけでもない人の登場です。
他の人に聞かれると些か面倒なことになりそうなことを話題としていた二人が警戒したように扉に視線を向ける中、立っていたのは感情の読めない笑みを浮かべている眼鏡をかけた少年。裕哉の幼馴染みである藤井啓輔だった。
「こんにちは」
にこりと笑う啓輔に、二人は冷ややかな態度で対応する。
「…何?」
「教室を間違えてない? ここは五組よ」
啓輔及び裕哉のクラスは一組だ。
「いやいやぁ、間違えてないよ。だって俺は二人に会いに来たんだから」
刺のある彼女達の言動をものともせず、軽薄そうな表情でへらりと笑う啓輔。
「有坂真由美さんと、和田香奈子さんだよね? 初めましてだけど、俺のこと知ってる?」
「藤原祐輔君」
「三崎君の知り合いでしょ」
素っ気なく答える二人に、惜しい!と彼は指を鳴らす。
「正確には藤井啓輔ね! そして裕哉の幼馴染み兼親友でっす」
「…」
「…」
キラッ、とポーズを取ってこちらにウィンクをかましてくる、一応は見知ってはいるものの初対面である同級生男子。
香奈子と真由美は即座に席を立った。
「帰りましょうか」
「そうだね。あ、藤さ…井君。まだいるなら戸締まりよろしく」
「待って待ってごめん巫山戯すぎた!ていうか、普通にまた名前言い間違えそうになったよね今っ」
鞄を持ってもう一つの扉から出て行こうとする二人に、啓輔は慌てたように待ったを掛ける。
そして、大袈裟な溜め息をついて立ち止まる少女達に顔を僅かに引き攣らせた。
「えー、何でそんな扱い? 俺もしかして嫌われてる?」
「特にそう言うわけじゃないけど…」
「そうそう。…嫌えるほど知らないから」
嘆く啓輔に対して香奈子は目を逸らし、真由美は肩を竦める。
「ひでぇ」
啓輔は傷ついたっと大袈裟な身振りで泣き真似をした後、ふと表情を改めた。
「と、冗談はこれくらいにして。二人に話があって来たんだ。用件は、分かってると思うけど裕哉と原田さんのこと」
急に真面目な顔になった啓輔に、二人はなるほどと頷いた。
裕哉の友人でなおかつ事情を知っていそうな人物が会いに来たということは、出てくる話題もそうなるだろう。二人が裕哉に会ったのは昨日なのだから、その話も伝わっているはずである。
なので啓輔がわざわざ会いに来たのは納得できた。
本題に入る前までの言動に少しばかり苛っとさせられた気はするが、今からは真剣に話をする気であるらしい啓輔に二人は再び席に着いた。啓輔も近くの椅子に座る。
「それで?」
「私達に会いに来たってことは、三崎君から何か聞いたのかしら」
「んーと、聞いたは聞いたけど、会いに来たのは俺の独断だよ」
そう前置きして、啓輔は口を開いた。
「二人って、昨日裕哉に会ったんだよね。すぐに分かったと思うけど、あいつ原田さんのことが気になってしょうがないらしくてさ」
店に来ないって落ち込んでて、このところ周りの空気まで悪くしてるから鬱陶しかったんだよ。そう言って思い出したように苦笑する。
「それが今日は妙に機嫌が良くて。どうしたのかと思って突っついてみたら原田さんの友達に会ったって言うから、何か進展したのかと思えば…」
詳しい話を聞き出してみると、状況的にはまったくもって変わっていないことが判明したらしい。
「あいつ結構思いつきで行動するから、ときどき突拍子もないことしでかすんだよ。そのくせ大事なところが抜けてるから…。せっかくなら二人で会えるように頼むとか、連絡先教えてもらうとか、店に来てくれるよう言付けてもらうとか、他にすることはあるだろうに」
なぁ?と同意を求められ、二人は確かにと頷いた。
「そうね。話があるって伝言までしてきたのに、内容は沙希の様子を聞くこととクッキーを渡してくれるよう頼むだけだものね」
「本当にそれだけだったから、こっちの方が拍子抜けしたよ」
差し出された瞬間、何故にクッキー…と思ったのは事実だ。
「うんうん。馬鹿なあいつは今日になって自分の間抜けさ加減に気付いて凹んでたからね」
それをここぞとばかりに盛大にからかったのだと言うのだから、こいつも大概だな、とけらけら笑う啓輔に真由美はこっそり思った。香奈子も微妙な顔で啓輔を見ている。
「せっかく好きな子にさぁ…―あ」
何か言いかけて、一瞬だけ啓輔の動きが止まった。そしてすぐさま我に返ると、首を傾げる少女達の方に身を乗り出す。
「あー…、今更なんだけどさ」
「うん?」
「裕哉は原田さんが初恋なんだけど、原田さんの方は裕哉のことどう思ってるわけ?」
「「あ」」
あまりにも自然に両想い前提で話を進めていたが、そういえば沙希の事情をまったく話していなかった。ということに気付いた香奈子と真由美は、今日聞いたばかりの情報を啓輔に提供する。
つまり、裕哉と沙希の二人は両想いという認識で何ら問題ないということを。
「なるほど。じゃあこのまま話を進めちゃって大丈夫か」
こほん、と気を取り直すように啓輔が咳払いをする。
「で、だ。この二ヶ月で、あいつをそのまま放置してもろくに進展しないということが分かった。様子聞く限りじゃ原田さんも似たようなもんだと思う。というわけで、愚痴のような悩み相談を受けるのも飽きたし、当事者無視で色々セッティングをしちゃおうと思って」
素晴らしい決断力だ。当事者二人には是非とも見習ってもらいたい。
介入自体には香奈子も真由美も反論はなかった。問題はその方法である。
「結局ね、会わないというか会えないのがネックだと思うんだよね」
実際会ってしまえばどうにでもなるのだと、啓輔は言う。
だが、香奈子と真由美はそれほど簡単なことには思えなかった。
「二人を会わせるのには賛成だけど、場所はどうするの?」
「今の沙希じゃ、店に連れて行くのは難しいよ」
そして学校だと、どこに人の目があるか分からない。
「どこか外で待ち合わせたりとか?」
真由美がそう言ってみると、啓輔は首を横に振る。
「いや、それだと俺達も一緒にいなきゃいけなくなるだろうし、知らない場所だと言いたいことも言えなくなりそうだからね」
確かに、そうなると特に沙希は緊張しすぎてろくに口も開かないに違いない。
「だから、シチュエーション的には文化祭が良いと思うんだ」
そう言って、啓輔はにやりと笑う。
「と言うわけで、二人には俺の言う作戦に協力してもらいたいと思います」
そうして告げられた作戦は香奈子と真由美の了承を得て、当日決行と相成った。
文化祭まで、あと二週間。
(作戦会議後の啓輔と真由美の会話。香奈子は傍観中)
「ところで有坂さん、俺の名前を素で間違えたでしょ?」
「…」
「言い間違いかけたのもわざとじゃなかったりして」
「…」
「あーあ、ひっでぇの。一年ン時は同じクラスだったのにさぁ」
「え、嘘っ!?」
「…それは流石に泣くよ俺も」
(意外と不憫な人ね…)
真由美と啓輔は一年時クラスメートですが、香奈子は違います。なので、啓輔の「初めまして」云々は香奈子に向けてでした。
でも会話を進めていく中で、有坂さん俺のこと覚えてなさそうだなぁって思ってたら本気で眼中に無かったという…。
普段は飄々として適度に胡散臭い性格ですが、真由美と香奈子が絡むと不憫設定が付属される。啓輔はそんな人です。