第6話
長らく放置していてすみませんでした…。
「はい、これ」
朝一番で挨拶もそこそこに手渡された袋に、沙希はきょとんとした顔で香奈子を見上げた。
「なぁに? これ」
「開けてみなよ」
隣から真由美が声をかける。それに素直に頷いて、沙希は袋を開けて中を覗き込んだ。
「わ、クッキーだ」
ふわりと香る甘い匂いに、顔を綻ばせる。
「かなちゃんが作ったの?」
「違うわ」
目を輝かせて言われた言葉を香奈子がばっさりと否定した。
「…」
「…」
何も言わない香奈子、何も言えない沙希。
奇妙な沈黙が降りる。
あまりの即答振りに沙希は気圧されてしまったようで、香奈子が壊滅的な料理音痴であることを知っている真由美は苦笑した。沙希に知られてしまいたくないのは分かるが、怯えさせてどうするのだ。
そして、何故だか無言で見つめ合っている二人に声をかける。
「昨日、噂の店で貰ったんだよ。ね、香奈子」
「…ええ、そうなの」
「そ、そうなんだ。…噂の店?」
真奈美のフォローに香奈子は神妙な顔で頷き、沙希は勢いで頷いた後に首を傾げた。
「うん。噂になった喫茶店に行ってきたんだ」
含みを持たせて言うと、沙希がはっとしたように真由美に目を向ける。
「それって…」
「そ。"clam"」
沙希は自分が手に持っている袋を見下ろした。
白地にピンクの水玉が散りばめられた、片手に乗るくらいのビニール状の袋。ご丁寧に、赤いモールで口が閉じられている。
綺麗にラッピングされてはいるが、既製品には見えない。
「じゃあ、これっ」
そわそわと袋と友人二人に交互に視線を向ける沙希に、料理関連の話題ではなくなって気を取り直したらしい香奈子がくすりと笑う。
「さっき真由美も行ったけど、店で…正確には三崎裕哉君から貰ってきたの」
「沙希に渡してくれってね」
真由美の言葉に沙希は嬉しそうに頬を染めたが、その顔に浮かびかけた微笑みは一瞬でかき消えてしまった。ふっと表情を暗くして、囁くような声で二人に問いかける。
「お店、どんな風だった?」
「どう、って?」
「女の子達とか、三崎君の様子とか…」
言いながら、どんどん顔が下がっていく。
三崎君が好きだということも自分が "clam" の常連だということも二人に伝えていない沙希がそんなことを聞くのはとても唐突なことなのだと分かっていたが、それでも聞かずにはおられなかった。
そもそも、三崎君から沙希にクッキーを渡すことを頼まれていること自体が不自然なのだから、今更と言えば今更なのだが。
香奈子と真由美が大部分の事情を把握していることを知らない沙希は、彼女なりに場を誤魔化そうとしてみた。
「ほ、ほら、噂のせいで凄いことになっちゃってたんでしょ? 女の子が押し寄せて来ちゃったりとか。最近は噂聞かなくなったけど、どうなってるのかなぁって」
沙希の(無駄な)努力に苦笑した真由美と香奈子は、とりあえず彼女の質問に答えてあげることにした。
「そうだね、噂絡みの子達はあんまりいなかったよ」
「三崎君は店内にいなかったし」
「そ、そっか…」
「私達だって、偶々会っただけだもの」
ほっとしたように表情をやわらげた沙希に、香奈子が言い加える。
そして今まさに思い出したという顔で、さり気なく切り出した。沙希にとってはとびきりの爆弾を。
「そういえば、沙希があの店の常連さんだったなんて知らなかったわ」
「えっ!」
中途半端な笑顔のまま、沙希が固まった。
更に、真由美も追従するように付け足す。
「三崎君とも、随分仲が良いみたいじゃない?」
にんまりと笑う二人に沙希は真っ赤になり、次いで青ざめた。
「し、知って…」
「ついでに沙希が三崎君のこと好きだってこともね」
「じゃなきゃ、クッキーなんか預かってくるわけないでしょうに」
「あう…」
必死に隠そうとしたのが無駄であったことを知った沙希が、何とも言えない顔で黙り込む。
しかし、沙希には黙秘権を行使することも許されないらしい。猫が鼠をいたぶるときのようなとても楽しそうなイイ笑顔で二人が迫ってくる。
「この際、全部話しちゃいな」
「そうそう。隠さない方が身の為よ」
「えっーと…あ、二人とも先生来ちゃうよ!」
タイミング良く鳴った予鈴を天の助けとばかりにわたわたと席に戻ろうとした沙希は、背後から聞こえてきた軽やかな声に身体を強張らせた。
「じゃあ、続きは昼休みにね」
「…はい」
どうやら、逃げられないらしい。
香奈子は料理下手がコンプレックス。