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dear for me  作者: 八尾文月
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第5話



裕哉が香奈子と真由美の前に姿を現したのは、六時を回った頃だった。

閉店しても席に座ったままだった二人に駆け寄ってくる。


「悪い、待たせた」

「いいえ、気にしてないわ」

「ケーキご馳走様」


謝罪に香奈子は首を横に振り、真由美は微笑んだ。その反応に裕哉はほっとしたように肩の力を抜く。


「それで、何の用なのかしら?」


が、すぱっと本題に入る香奈子に少しばかりたじろいだ。

いや、世間話をしたいわけでもなかったのだけれど。


「あー…、二人は原田の友達だろ?」

「その原田さんが原田沙希のことなら、確かにそうだね」


今度は真由美が揶揄するように言う。

たったこれだけの会話でも、今日初めて間近で見て喋る彼女達は何とも癖のある性格をしているらしい、ということを裕哉は悟らずにはおられなかった。沙希とは違うタイプである。

しかも品定めするように見てくるので裕哉としては居心地が悪い。と、裕哉が微妙な気分になっているとき、二人はまさしく彼を観察していた。


三崎裕哉。

派手な生徒会に並んで人気のある者の一人で、黒髪黒目の精悍な顔をしている。

性質としては寡黙でクール、すらりとした長身で剣道部か弓道部が似合いそうな日本男児。それが学校での評価。

バイト先がばれたというだけで大騒ぎになった気の毒な同級生というのが香奈子と真由美の認識だった。


実際に目の前にいる裕哉は見た目こそ学校で騒がれている通りだが、中身はいたって普通の男子高生らしい。初めて話す相手にどう話し出せば良いのか悩んでいる姿は年相応だ。


「沙希がどうかしたの?」


香奈子が話しやすいように先を促すと、ほっとしたように頷く。


「最近、原田が店に来ないから、二人なら何か知ってるかと思って」


香奈子と真由美は顔を見合わせた。半ば予想していたことだったが、沙希はこの店に来たことがあるのが判明したからである。


「来なくなったのって、いつくらいから?」

「二ヶ月くらい前。…あの噂が流れ始めてからだな。それまでは週一で来てたのに」


沙希の元気がなくなっていった時期と一致する。


「そうなの」

「あの子、このお店の常連さんだったんだね」


更に聞くと四月の頭から毎週通っていたらしい。

それが急に来なくなったなら、確かに気になるだろう。しかも同じ学校の同級生で、顔見知り程度には話している相手なら尚更である。


「原田にも都合があるんだし、別に店に来なきゃいけないってわけでもないんだけどさ。次は何のケーキか楽しみだって言ってたのに来なくなったから、何か問題でもあったのかって思って。本当はもっと早く聞きたかったんだけど、学校で話すのは色々と…その、あるから」


「そうね、クラスに来なかったのは助かったわ」


彼女達が所属しているのは、学校唯一の女子クラス。ただでさえ教室に来る男子は目立つのだ。

それが現在一番沸いている噂の人物であれば更に騒ぎになるのは当然。

それを考えて、学校での接触を諦めたのだろう。自分の影響力を分かっているようなら何よりである。

それに沙希も大概は香奈子と真由美、その他のクラスメート達と一緒なので、一人でいることが少ない。だから、誰にも気付かれずに話しかけようとするのは難しかったかもしれなかった。


「だよな」


苦笑する裕哉。その姿に、人気者ってのも大変なんだなと二人の少女は思う。

同級生の女の子に会いに行くなんて、普通ならそれほど苦労するものではないはずなのに。

だからこそ、偶然ではあれ店に来た香奈子と真由美を呼び止めたのだろうが、残念なことに二人は裕哉が期待するような答えを持っていなかった。


「沙希のことだけど、私達も分からないのよ。この店に来ていたこと自体、初めて知ったくらいだから」

「そうか…」

「あの…。何か、ごめんね」

「いや、分からないならいいんだ」


とは言うものの、落ち込んでいるのが丸分かりである。

香奈子と真由美にしては沙希が元気のない原因が分かったので店に来た甲斐があったのだが、裕哉の落ち込んだ様子を見ると何となく罪悪感があった。

最近の沙希も元気がないけど理由は多分ここに来れてないからだと思うよ、くらいのことは伝えてあげたほうが良いだろうか。


「何か、悪かったな。こんだけのために遅くまで待っててもらって」


ありがとう、と裕哉は笑う。

けれどその笑みは少し寂しげで、沙希の存在は彼にとってそれほど軽くないのだということが分かる。


「何か伝言でもあるんなら伝えるけど…」


その表情を見てしまったからには、それじゃあこれでさようならとこのまま別れるには後味が悪すぎたので、そっと提案してみる。


「あ、じゃあこれ…原田に渡しておいてくれないか?」


それに対して裕哉が差し出したのは、綺麗にラッピングされたファンシーな袋。

てっきり店に来てくれるように頼まれるものだとばかり思っていた香奈子は呆気に取られた。その差し出されたものにも。

白地にピンクの水玉が散りばめられた、片手に乗るくらいのビニール状の袋。裕哉のような少年には可愛らしすぎる代物だ。ご丁寧に、赤いモールで口が閉じられている。


「…これは?」


真由美も同じことを思ったのか、裕哉と袋を見比べている。


「クッキー…。原田、甘いもの好きみたいだし、うちのケーキも気に入ってくれてたみたいだったから」


ケーキは流石に日持ちしないからクッキーにしたのだと、裕哉は少し照れたように言った。

学校では寡黙だ何だと言われているが、話してみると本当に普通の少年だ。むしろ少しばかり犬っぽいかもしれない。

同い年の少年に感じることではないかもしれないが、はにかむような様子は何となく微笑ましい。

だから、香奈子は笑って袋を受け取った。


「必ず渡しておくわ」



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