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dear for me  作者: 八尾文月
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4.5話

前話の裕哉サイドです。

話は少し遡る。


今日も、裕哉は店の厨房にいた。

例の噂が流れはじめてから二ヶ月が過ぎ、秋も終わりに近付いてきている。

徹底して厨房に籠もっていたのが良かったのか、噂自体は下火になってきていた。

それでも来店する少女達がいなくならないのは、店員としてバイトで入っている大学生の見た目が良いのと、店に裕哉の姉がいることが原因だろう。

その場にいない人気者より目の前にいる良い男とばかりにその店員に声をかける者もいれば、姉に取り入って裕哉の情報を聞き出そうという者もいる。

それが煩わしかったのか、近頃では常連客だけではなく姉までもが週末の店には近付かない。

とは言っても平日はちゃんと来ているし、元凶である身としては何も言えないのだが。姉や他の従業員、常連客にまで迷惑をかけているお詫びとしても、裕哉は目立たないところで役に立つのみである。


「雅樹さん、ケーキセット持っていって下さい」


厨房に入ってきた店員に声をかけ、裕哉はケーキと紅茶の乗ったおぼんを渡した。

その際に、ちらりと店内の様子を窺う。客に気付かれないように店を見渡して、いつものように落胆した。

今日も沙希は来ていない。

「二ヶ月もすれば確かに最初ほど騒がれなくなるとは思うけど、全部が元通りになるわけじゃないんだからね」という啓輔の言葉を思い出して更に凹む。

耳に突き刺さるような笑い声がそれに拍車をかけた。


「暗くなってんな。待ち人来たらず、か?」

「雅樹さん…」


バイト店員である藤村雅樹は、店からそう遠くない大学に通っている学生だ。声をかけてくる少女達を簡単にあしらい煙に巻ける、実年齢より大人な人である。

彼のおかげで野次馬紛いの少女達の人数が減ったのだから、裕哉は雅樹に頭が上がらない。

かと言って素直に頷く気にもならず、裕哉は僅かに眉を下げた。

そんな少年の葛藤を察したのだろう。苦笑して裕哉の頭をおぼんを持った手とは逆の手で軽く叩くと、雅樹は軽やかな動作で店の中に戻っていった。






カラン、と扉の開く音がした。

レジを打つ音は聞こえなかったから、客が来たのだろう。


「いらっしゃいませ、お二人でよろしいでしょうか」


二人、ということは沙希ではない。

期待はしていなかったが、それでも残念に思いながら裕哉は何となく店内の方を覗いてみた。


「…あ」


私服ではあるものの、裕哉には見覚えのある二人の少女。それは沙希の友人達だった。


待ち合わせだろうか。いや、二人だと言っているから違うのだろう。

裕哉は沙希はどうしたのかと聞きに行きたくなる自分をぐっと堪えた。


故意か偶然か、彼女達が座っているのは沙希がいつも座っている席。注文を受けた雅樹がマスターに話しかけているので、頼んだのは珈琲だけなのだろう。

裕哉はそばにあったメモ帳を掴み、ペンを走らせた。


「雅樹さん」


タイミング良く食器を下げに来た雅樹を呼び止める。


「どうした」

「あの、さっき入ってきた客…」


雅樹は怪訝そうな顔をしたが裕哉の言葉を聞いて、ああ、と頷く。


「黒髪ストレートの等身大日本人形と茶髪の猫目長身スレンダーの二人組か?」

「…そうです」


その表現はどうだろう、と思いながら裕哉は頷く。確かに彼女達の特徴を掴んでいるとは思うが。


「で、その二人が何?」

「これを渡してもらいたいんですけど」


四つ折りにしたメモ用紙を雅樹に見せる。


「ああ、分かった。お前からって言って大丈夫なんだな?」


ここ最近の騒ぎを知っている雅樹が聞き、裕哉は首を縦に振った。


「何だ、例の子絡みか?」


同じ厨房担当の小松に声をかけられ、微かに苦笑する。


「俺、そんなに分かりやすいですか?」

「この件に関してはな」

「…原田の友達なんです、あの二人。あ、雅樹さん、あとこのケーキも。代金は俺が出すんで」


ついでに、と生クリームを添えたシフォンケーキを二つ、おぼんに乗せて差し出した。


「了解」


おぼんとメモ用紙を受け取った雅樹が厨房から出ていく。

それを見送ってから、裕哉は食器を洗おうとスポンジを持った。

皿を洗いながら考えるのは先程のこと。今更ながら冷静になって考えると、唐突で不安なことだらけだ。

勢いだけで向こうの都合を考えずに行動してしまったが、大丈夫だっただろうか。

珈琲だけを頼んだってことは長居する気がなかったということで、沙希の友人だからといって彼女達までケーキが好きかどうかは分からない。

更に言えば裕哉は二人を知っているが、向こうが裕哉を知っているとは限らないのだ。


小松から仕事しろと叩かれるまで、スポンジを持ったまま裕哉はぼんやりと考えに沈んでいた。

だから。


「分かりましたってよ」


だから、雅樹からそう告げられたときは少しほっとしたのだった。



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