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dear for me  作者: 八尾文月
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第4話

久しぶりの更新です。遅くなってすみません。

電源入れても画面真っ暗という恐怖体験の後、修理に出していたパソコンがようやく帰ってきました。



沙希が裕哉の働く喫茶店に行かなくなってから、二ヶ月近く。

痺れを切らしたのは当の本人達ではなく、その周囲だった。


自分の席で窓の外を眺めている沙希。時折物憂げに溜め息をこぼしている。ここ最近、頻繁に目にする光景だ。

授業はきちんと受けているが、どこかぼんやりとした印象は否めない。


「最近、いやに元気がないわよね?」

「恋煩いにしちゃ雰囲気暗いし」


そう囁き交わすのは、香奈子と真奈美の二人だ。少し離れた席から沙希の様子を窺っている。

彼女達は、ここ最近どこか気落ちしている沙希を心配していた。


否、二人だけではない。沙希の周囲にいるクラスメート達が沙希を少し気にしていた。

様子が変わった当初は数人がどうしたのかと聞いてたのだが、何でもないという返答と笑顔で誤魔化されている。話しかければ普段通りに対応するし、そこまで思い詰めているという感じでもないため、何か悩み事があるのだろうな、ということで今は落ち着いているのだが。


「何が原因だと思う?」

「そうね、あれじゃないかしら」

「ああ、やっぱりあれかぁ…」


二人が思い浮かべるのは、二ヶ月ほど前の噂。

本人から聞いてはいないが、沙希が三崎裕哉を好きだということは香奈子も真由美も知っていた。

だからこそ裕哉に関する噂を沙希に聞かせたのだが、あの様子を見る限り失敗だったか。


原因が例の噂だと決まったわけではないが、沙希が考え込むようになったのは噂を聞いた次の週辺りからだ。


「ああ見えて沙希は頑固だからなぁ」

「直接聞いても答えてはくれないでしょうね」


ならば、と二人は視線を交わす。


「とりあえず」

「行ってみますか」


噂の始まりの店、"calm" へ。



◇◇◇



「ふぅん…」

「ここが "calm" か」


日曜日、香奈子と真由美の二人は店の前に立っていた。


学校の通学路には重ならない道にある店。

隠れるようにひっそりと立つその店に、なるほど噂になるまで誰もが知らなかったのも納得がいく。それでなくとも高校生が入るには勇気のいる佇まいで、静かな空間を楽しめる人達が好む店なのだろうということが窺えた。


扉を開けると、カランと涼やかな音が響く。

ふわりと珈琲の香ばしい匂いが漂ってきた。


「素敵な店ね」

「沙希が好きそうかも」


好きそうも何も沙希は既にこの店の常連と化していたのだが、それを知らぬ二人は目を輝かして喜ぶ沙希の姿を思い浮かべて目を細める。

白と黒を基調とした上品な内装。滑らかな飴色をしたカウンター、アンティーク調の時計や小物。店の中だけ時間が停滞しているような、物静かながらゆったりとした穏やかな空気が流れている。

だからこそ、時折響く甲高い笑い声がこの空間に不釣り合いだった。


見る限り、店内にいる客は十人足らずだ。

窓際に座る夫婦なのだろう年配の男女、カウンターには知り合いではなさそうな四十代の男性二人が間を開けて座り、その奥にはマスターらしき三十代の男性、バイトと思しき若い店員。

そして四、五人の少女達。

話題が盛り上がっているのか声高に喋り、時に悲鳴じみた笑い声が上がる。女が三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、華やかな歓声も過ぎれば騒音だ。

それに二人が眉を顰める前に、若い店員が少女達に声をかけた。

注意でもしたのか、二、三話すと少女達の声が小さくなる。それから逆に話しかけてこようとする少女達を軽くあしらい、店員である男は未だに入り口近くに立っている二人に視線を向けた。


「いらっしゃいませ」


そうにこやかに言いながら近付いてきた店員は、裕哉とタイプは違うものの人目を惹く容姿だ。

少女達が彼の言うことに素直に従ったのも分かる。


「お二人でよろしいでしょうか」


頷くと、こちらへどうぞ、と奥の席へ案内される。

それによって少女達とは離れた場所に座ることができた二人は、そっと安堵の溜め息をついた。

流石に隣であのテンションの声を耳にしたくない。


「こちら、メニューになります」


そう言って渡されたメニュー表をざっと見て、注文を決める。


「珈琲、ブレンドを」

「私はカプチーノを」


「かしこまりました」


一礼をして去っていく店員を何となしに眺めながら、二人は店内を観察する。


「いないね」

「所詮、噂は噂でしかないってことかしら」


今日は偶然いないだけとも考えられるが、噂自体が前より話題にされることが少なくなったということはこの店では働いていないのだろう。


「まあ、噂聞いた子が店に押しかけてきてかなり騒がしかったっていう話だから、噂が本当だったとしてもとっくに辞めてんじゃない?」


その名残でもあるのだろう少女達を見ながら真由美は皮肉った。








「お待たせいたしました」

「ん?」

「あら?」


他愛ない話で時間を潰していた二人は、店員が持ってきたものを見て首を傾げた。皿を置こうとする店員を真由美が止める。


「他の席と間違えてませんか?ケーキは頼んでいないのですが」

「いいえ、間違えてはいませんよ」


店員は首を横に振り、おぼんの陰から小さく折りたたまれた紙をそっと差し出した。


「これ、裕哉から」


掠めるように囁かれた言葉を聞き、はっとしたように香奈子と真由美は視線を交わす。

香奈子が渡された紙を開くと、聞きたいことがあるから閉店まで待っていてくれないか、という内容が走り書きしてあった。

聞きたいこと、と言われて思い浮かぶのはやはり沙希のこと。期待はしていなかったが、店に来たことで何かしら収穫があったらしい。

勿論、裕哉への返事は決まっている。


「ごゆっくりどうぞ」

「あ、すみません」


香奈子は珈琲とケーキを置いて立ち去ろうとしている店員を呼び止めた。


「はい」

「この店は、閉店は何時頃なんですか?」

「土日祝日は六時までになっています」


今は五時少し前。一時間くらいなら許容範囲だ。

真由美に目配せをした後、香奈子はにっこりと微笑む。


「そうですか、ありがとうございます」


そして、渡された紙を一瞬男の前に閃かせた。


「ついでに、分かりました、とお伝え願えますかしら」



(店員が去った後)

「ところで、何でケーキ?」

「待たせるお詫びって意味かもしれないわね。…あ、美味しい」

「本当だ。甘さ控えめで、これなら私にも食べられる」

「これも沙希が好きそうね」

「珈琲も美味しいし、今度連れてこようか」

「そうね。こういうところで三人でお茶をするのも良いかもしれないわ」

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