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dear for me  作者: 八尾文月
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第3話

裕哉サイドの話です。


裕哉は不機嫌だった。

彼は普段から愛想の良い方ではないが、それなりに穏やかな人物のはずだ。それが今は、まったくの無表情で黙り込んでいる。

クラスメイトも、そんな裕哉に怯えて近付くことが出来ない。遠巻きに裕哉の方を窺っている。


「機嫌わっるいなー」


かたり、と音を立てて椅子が引かれた。


「…啓輔」


幼馴染みでもある裕哉の友人が前の席に座り、裕哉の机に頬杖を付きながら苦笑する。


「原因はあの噂?」


尋ねるというより確認のような言葉に、図星を突かれた裕哉は眉を寄せた。

疲れたように溜め息をつく。


「何だ、あれ」


噂が流れ始めて既に一ヶ月。

すぐに立ち消えるだろうと思われたそれは、未だに収まる様子を見せない。

相変わらず騒がしい店内、足が遠退いていく常連客、苛々としている姉。そして、来なくなった想い人。


最近では店内に出ることもないし学校で聞かれても何の反応をすることなく無視しているのだが、我慢も限界に近くなってきている。


「大体、どこでバイトしていようと俺の勝手だろうに」


喫茶店でバイトしているのは事実だ。別に隠していたわけでもない。

しかし、何故ここまで大事になるのかが裕哉には分からなかった。


「裕哉は自分の人気を分かってないな」


やれやれ、と言ったのように啓輔は肩をすくめてみせた。どこか芝居がかった仕草。

裕哉はこの幼馴染みを見る度に、どうして未だに交流があるのか不思議に思う。

どちらかといえば、苦手な部類の人間なのだが。

それでも裕哉が啓輔と友人関係でいるのは、彼が人との距離の取り方が上手いからだろう。


「人気なら、あの派手な生徒会の方がよっぽどある」


事あるごとに大騒ぎを起こすくせに、いつの間にか良い方向へと変えてしまう傍迷惑だが有能な生徒会は、能力・容姿・カリスマ性その他を諸々とあわせ持った、生徒だけではなく教師まで心酔させる規格外な集団だ。

裕哉や啓輔など足下にも及ばないような絶大な人気を誇る。

裕哉としては関わりたいとも思わない連中なのだが。


「希少性の問題だよ。部活をしている訳でもなく、学校が終わればすぐに帰ってしまってとりつく島もない裕哉がバイトを、しかも喫茶店だなんて接客業をしてるだなんて、恰好の話題でしかないだろ?」


人間ってのは、隠されているものにこそ興味を示す生き物だからね。生徒会は明け透けすぎて面白くないけど。

ついでに自身の本音も洩らすと、啓輔は裕哉の顔を見て笑う。


「それにしても…」


それは彼が人をからかおうとするときに浮かべる、性質の悪い笑み。


「バイト先どころかバイトしていることですら、ずっとバレてなかったのに、急にどうしたんだろうね?」

「…」


裕哉は無言で目を逸らした。

一年以上も働いていたのに、どうして今更このような噂が流れたのか。

原因は分かっている。最近になって、店内に顔を出すことが多くなったからだ。片想い中の少女と会いたいがために。

その事実を、啓輔も分かっている。その上で言ってくるのだから底意地が悪いのだ。


「裕哉? 聞いてる?」

「…」

「…ま、いいけどさ。今の状況の原因が自分にもあるってことは知っておきなよ」


黙秘権を行使した裕哉に、啓輔は呆れた視線を向ける。

子供か! と突っ込みたかったが、黙ったままとはいえ啓輔の言葉には神妙に頷いているので良しとしよう。


裕哉も、自分の考えなしの行動で今の状況になっているということに気付いていたし、焦ってもいた。

このまま沙希が喫茶店に来なくなれば、自動的に裕哉が沙希と話す機会は消滅する。


何せ、裕哉と沙希は学校では接点ゼロなのだ。

それは、彼らが今まで一緒のクラスになったことがないということだけが理由ではない。


文系である沙希のクラスは、男女の割合の関係で女子だけで構成されている。

同じ学校、同じ学年であるにも関わらず、どこか男子を寄せ付けない雰囲気を醸し出す女の園。

あのクラスに近付くことのできる男子は、勇者と呼ばれる。


加えて、不本意ながら、裕哉も人気のある人間の一人だ。しかも、誰彼構わず話しかけてるようなタイプでもない。

そんな自分が今まで喋ったこともなかった女子に話しかけるのは、他の女子生徒達の神経を逆撫でする行為であるということは裕哉にも分かっている。

沙希にしても、よく行く店の店員であるだけの同級生からいきなり話しかけてこられては困るだろう。


とまあ、裕哉は深く考えすぎて行動に移すことができないでいる。

(単に裕哉がヘタレなだけだろうという意見は、今の彼に突きつけるには事実すぎて気の毒なのでそっと心に仕舞っておいてもらえるとありがたい。流石の啓輔でも口には出さなかった)


つまり、沙希が喫茶店に来てくれないことには会話一つもできない状態なのだった。


沙希と初めて店で会ってから半年ばかり、彼女が店に来なくなって一ヶ月。

彼女と間近で会って話すことができないということが、こんなにも気分を重くするものだとは思わなかった。思わず溜息をつく。


「まあ、人の噂も七十五日だ。あと一ヶ月もすれば流石に飽きるだろう」


そうして早く、元通りになればいい。

自分に言い聞かせるように呟いた裕哉に、啓輔は首を傾げて苦笑した。


「さて、それはどうだろう?」


その答えが分かるのは、約一ヶ月後のこと。




裕哉の現状です。沙希が店に来なくなって不機嫌になっているのに、学校では話しかけたりできないヘタ…ごほん、寡黙な男の子。



会話に出てきた生徒会は、きっと男女共にチート主人公タイプの集まりです。



※※※


・藤井啓輔

裕哉の友人兼幼馴染み。飄々としている。


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