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dear for me  作者: 八尾文月
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第11話

『二人が会っている裏での友人達の暗躍(といっても大したことはしてないけど)』

沙希の受付時間聞き出して、その時間帯の教室の周り人払いして、裕哉を誘導して、見回りの先生に見つからないようにしながら立ち入り禁止のテープを教室前の廊下に付けて、非常事態用に近くで待機。

事前の電話でのやりとりは、裕哉と沙希が会える時間の確保と先生の見回り時間の確認と手芸部顧問の先生へのちょっとした取引と噂の上書き、といった裏工作。


今回の功労賞トリオ(友人に対してちょっと過保護ぎみ)



落ち込んでいる沙希の頭を見下ろしていた裕哉が、静かに口を開いた。


「本当は俺、厨房のバイトで…店内にまで出てくる必要はほとんどないんだ」


唐突な言葉に、沙希は顔を上げて目を瞬かせる。


「三崎君?」

「あの噂が流れて店に女子がすごい来たけど、俺は厨房から出なかったから誰にも会ってない」

「あ、そうなんだ…」


それが言いたかったのか、と沙希は納得する。

さっきの、店にいる裕哉を他の子に見られたくなかったという発言に対しての答えなのだろう。事実、噂が鎮火しつつある理由は常に裕哉が不在だったからだ。

ここで喜んじゃう自分は性格悪いな、と沙希は自嘲する。


が、実は裕哉の言いたいことはこれからだった。


「いつも原田が食べてたケーキな、俺が作ってたんだ」

「えっ」


沙希の脳裏に、今まで店で食べてきたケーキの味と姿が次々と浮かんでいく。

苺のショートケーキ、レモンタルト、チーズケーキ、アップルパイ、抹茶ムース、ガトーショコラ、ロールケーキ、チョコレー…


「原田が毎回美味しいって言ってくれるの、嬉しかった」


記憶の中のケーキに意識を持って行かれつつあった沙希は、裕哉の声にはっと我に返った。

危ない、取り憑かれそうになっていた。恐るべしケーキの魅力。

ネガティブでシリアスな気分も、半減どころかほとんど飛んでいってしまった。


「じゃ、じゃあ、あのクッキーも…」

「俺が焼いた」


なんてこった拝んでから食べれば良かった、と沙希は悔やんだ。それはもう悔やんだ。

それが顔に表れすぎていたのか、裕哉が苦笑して「また今度作ってきてやるから」と言ってくれた。


食い意地がはった子だと思われたかもしれないが、裕哉の手作りを食べられるのならと沙希は気にしないことにした。

大体、週一でケーキを食べに店に通っていた時点でバレていることである。


「元々パティシエ志望で接客も苦手だから、厨房ならって条件でバイト入ってたんだけど」


うんうん、と聞いていた沙希はここで、うん?と首を傾げる。


「でも三崎君、いつもお店にいたよね?」


沙希が店に行くと、毎回のように裕哉が出迎えてくれていた。


「原田が来る時間帯だけ、無理言って出させてもらってた」

「へ?」


何で、と聞きたげな沙希に、裕哉は照れたようにはにかむ。


「俺の…ただの我が儘なんだ。ケーキを幸せそうに食べる原田の顔を傍で見ていたかったから」

「…」


うわぁ、と沙希は内心で悶えた。そんな顔で、そんなことを言われるなんて想像もしていなかった。

裕哉の言葉も表情も、沙希を舞い上がらせるには十分で。一人ならきっと、飛び上がって歓声を上げていただろう。

我を忘れるほどケーキが好きで良かった、と沙希は心底思った。



ふわふわと夢見心地な表情をしている沙希を見て、裕哉は目を細める。

元気になったみたいで良かった、とほっとした。


「…邪魔だなんて、誰も思ってないから」


来ない理由を今まで聞けなかったのは、裕哉も怖かったからだ。

二人して臆病になりすぎて、随分と遠回りしてしまった。だけど、会えなくてやきもきしていた日々も今日で終わり。


「だから、ええと…」


居住まいを正して、裕哉は沙希の顔を真っ直ぐに見た。


「店、また来いよ。待ってるから」

「…うんっ」


沙希は満面の笑みで頷く。一方通行でない、初めて出来た約束が嬉しかった。



◇◇◇



その週の土曜日、沙希はどきどきしながら店の前に立っていた。


文化祭で裕哉に会ったことも、店で待っていると言ってもらえたことも香奈子と真由美に報告している。今日も二人を誘ったのだが、笑顔で「いってらっしゃい」と送り出されてしまった。

ちょっと付いてきてほしかったな、と思いながら沙希は店の中をそっと覗いて見る。賑やかしい少女達の姿は見当たらない。

そのことに無意識の内に安堵の溜め息をつきながら、沙希はそっと扉を開いた。

カラン、とカウベルが控えめに鳴る。


「いらっしゃいませ…あら?」


出迎えてくれたのは、裕哉の姉だった。


「なるほど、それでか…」


沙希をまじまじと見つめた後に小さく呟く。


「あの…?」

「こんにちは、久し振りね」


そう言って微笑みかけられたので、緊張した沙希は「ご、ご無沙汰しておりまして…」とぎこちなく返した。適切な反応だったかどうかは分からない。

くすくすと笑いながら彼女は沙希を席まで案内してくれた。


店は、沙希が来ていた頃と比べて少し模様替えがされている。大きく内装が変わったわけではないが、机の配置を換えているのだ。

以前はなかった観葉植物。その陰になって周りからは見えないようになっている場所には、机が一つ設置されていて。そしてそこにはギャルソンエプロンをしていない、つまり店員の格好をしていない裕哉がいた。


「いらっしゃい」


店にいるときの裕哉はよく笑う。

文化祭のときに見た、はにかむような笑顔とはまた別の優しい表情だ。


「え、何で…」

「今日はバイト休み」


戸惑う沙希に、席を勧める。沙希が恐る恐る席に座ったと同時に、おぼんを掲げた裕哉の姉が現れた。


「はい、お待ちどおさま」


軽快な動作でケーキの皿と空のカップを机に並べる。


「ケーキセットで良かったわよね?」

「え、でも…」


まだ頼んでいないはずなのに次々と机に置かれていく食器を見て、沙希は慌てた。それに対して、裕哉の姉はウィンクを一つ。


「大丈夫、代金は裕哉持ちよ。朝からそわそわしてるし、今日はバイトじゃないのに店に来るしで何だと思ってたけど、待ち合わせだったのねー。あなた、しばらく来なかったでしょ? 裕哉に愛想つかしちゃったのかと思ってたから、また来てくれて嬉しいわ」


「友梨姉」


口も挟めず圧倒されている沙希に変わり、裕哉が姉を窘める。


「原田が困ってるから」

「あら、ごめんなさい」


友梨は首を傾げて沙希の顔を窺った。


「裕哉がいつも心待ちにしてる子だし私もいろいろ話してみたかったから、つい」


おどけたように小さく舌を出した後、沙希に優しい顔を向ける。


「来週も来るかしら?」

「あ、はい。そのつもりです」

「ん、じゃあ来週は私とおしゃべりしましょうね」


そして裕哉の方を見て意味ありげに笑った。


「ま、あんたも久し振りに会ったみたいだし、今日はお邪魔しないわ」


そして友梨は二人のカップに紅茶を注ぐ。


「それじゃあ、ごゆっくり」


最後に笑ってそう言うと、友梨はおぼんを持ち直して颯爽と去っていった。

風のような友梨の言動に沙希は呆気にとられ、裕哉は苦笑する。


「ごめんな」

「ううん。明るいお姉さんだね」

「はしゃいでるんだよ」


呆れたように言うが、裕哉の目は優しくて。きっと仲の良い姉弟なのだろう。


「原田のこと、姉さんも気にしてたから」

「あ…」


途端に気まずそうな顔をした沙希に、気にするなと裕哉は首を横に振った。


「だから、また来てくれて喜んでる。来週は本気でしゃべり倒す気みたいだから、相手してやってくれ」

「うん」


神妙な顔で頷いた沙希の頭を、裕哉は手を伸ばして撫でた。沙希はぱっと頬を染めてはにかむ。


「あ、あの、三崎君」

「うん?」

「今日、誘ってくれてありがとう」


文化祭の日に交換した連絡先。裕哉からメールが来たのは、一昨日のことだ。

土曜日に店にいるから良かったら来ないか、というメールは沙希を驚かせると同時に喜ばせた。当然、すぐに了承の返事を返した上に携帯にはそのメールが大切に保存されている。

店にいるのはバイトだからだと思っていたが、どうやらわざわざ時間を作ってくれたらしい。

こうやって店で裕哉と向かい合って席に座るのは初めてで、何だか特別な感じがして嬉しかった。


「本当は、ね」

「うん」


ゆったりとした曲の流れている穏やかな雰囲気の店、優しい穏やかな表情をした裕哉、目の前にある紅茶とケーキ。


「ずっと、こんな風に一緒にお茶してみたかったの」


沙希の言葉を聞いて、裕哉も柔らかく微笑んだ。


「…俺も、そう思ってた」





その後の沈黙が、少し気恥ずかしくて。

お互い照れたのを誤魔化すようにフォークに手を伸ばす。


今日のケーキは、クリームがたっぷり挟まっているミルクレープ。

口に含んだそれは、幸せの味がした。



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