第9話
自分の片想い他を洗いざらい真由美と香奈子に話してしまってから一週間ほど経ち、沙希は友人達に対して何やら疎外感を感じていた。
「かなちゃーん、まゆちゃーん」
「「ちょっと待ってね、沙希」」
「うー…」
昼休みも放課後も、二人して携帯を覗き込んでいたり隅でこそこそ話し込んでいたり。置いてきぼりにされたような気がして、少しばかり寂しい。
最初は何をやっているのと二人にまとわりついてみたけれど、文化祭の日になったら教えると言われてしまえばそれ以上問い詰めることも出来ず…。
「二人とも、お昼休みだよー」
お腹空いたよーっと訴えてみると、香奈子が顔を上げて苦笑する。
「ごめんね、ご飯食べましょうか」
そう言って弁当を持って沙希の机の真向かいに座った。真由美はまだ携帯を弄っている。
「まゆちゃんは?」
「もうすぐ来るわ。先に食べといて良いって」
「そっか…」
そうして沙希と香奈子が弁当の蓋を開けたとき、携帯を仕舞った真由美が沙希の隣に椅子を持ってきて座った。
「ごめんごめん、お待たせ。食べよっか」
文化祭まではあと一週間を切っていた。
二年五組の出し物は校章をモチーフにした横断幕の展示と、その制作作業を撮影したものを上映する予定だ。主に夏休みに集まって作ったから今ではもう完成して、当日は校門入ってすぐの目立つところに張ることが決まっている。
五組は部活に入っている者が大半で、当日にクラス参加が難しいことが分かっていたからこその前倒し作業だったが、暇を見つけては全員が出来るだけ参加して刺繍をしていた。
とは言っても問題が全くなかったわけでもなく、完成したときは担任も含めた全員が飛び上がって喜んだ。なので作業風景を纏めた撮影もドキュメンタリー映画のようなものになっている。
と、そこまで考えて、沙希はふと気付いた。もしかしたら、真由美と香奈子は文化祭で何かするつもりなのだろうか、と。
部活動に所属していない二人は、文化祭当日にはすることがない。じゃあ文化祭までの秘密とは何なのだろうか。
ミスコンには出ないと言っていたし、事実として参加者の名簿には入っていなかった。大体、ミスコン出場ならば元より隠すようなことではない。
もしかしたら、サプライズイベントでもするつもりなのだろうか。
何事も器用にこなす二人だ。自発的ではなく誰かに頼まれた可能性も高い。たとえば、そう。文化祭実行委員主催のイベントの手伝いとか…。
「沙希? ぼんやりしてどうしたの?」
「もしかして眠い?」
「あ、ううん。大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
顔を覗き込んでくる二人に慌てて首を横に振る。
香奈子と真由美が二人して当日まで秘密にしたがっているのだ。驚かせようと思っているのかもしれないし、何も気付かなかった振りをして文化祭まで待っていよう。
そう考えた沙希は、二人に満面の笑みを向ける。
「文化祭、楽しみだね!!」
先程まで一人で百面相をしていたかと思えば今度は妙にきらきらとした目をして自分達を見つめてくる沙希に、真由美と香奈子は苦笑した。
また何か勘違いしてそうだな、と思ったが本当のことを言えるわけでもなかったので勘違いさせたままにしておく。
啓輔の提案は単純明快なものではあるけれど、タイミングの調整やら事前の根回しやらが必要だった。だからこそ、ここ最近は啓輔と何かと連絡を取り合っているのだが、それが沙希には仲間外れにされたようで寂しかったらしい。
裕哉のことも合わさって再び沈みがちだったので、勘違いでも何でも元気になったのなら良かった。
「いよいよ来週だねぇ」
調子を合わせて頷き、ふと思い出したように真由美は沙希に視線を向ける。
「そういえば沙希、手芸部の受付当番は一時からで変更なし?」
「ないよー。一時から一時間」
「そっか」
「じゃあその時間帯以外は私達と回りましょうね」
「うん」
それから三人は当日どこを回るかで盛り上がった。
この学校の文化祭は模擬店やステージイベントもとても多いのだ。部活に入っているクラスメート達からも出し物の前売り券を貰っていたりするので、回りたい場所は沢山ある。
文化祭を五日後に控えた水曜日の昼休みは、ほのぼのとした空気の中こうして過ぎていった。
◇◇◇
文化祭当日。
午前中から昼にかけて香奈子と真由美と校内を巡り模擬店を堪能した沙希は、手芸部の作品展示をしている教室で一人椅子に座っていた。
沙希が受付をしてから、客は来ていない。とはいえ、この状態は予想の範囲内だったので沙希はそれほど落胆もしていなかった。
今の時間帯は体育館のステージでミスコンが行われているのだ。
この学校のミスコン(正しくはミス&ミスターコンテスト)は文化祭で毎年必ず行われている恒例イベント。元々から話題性の高い出し物である上に今年の文化祭は絶大の人気を誇る今期生徒会のメンバー全員が参加することもあって、前評判も高い一番の目玉になっている。
ただし、幸か不幸かコンテストは自由参加で、推薦されても本人の意志がなければ参加は強要できない。
故に真由美も香奈子も裕哉も啓輔も、今年は不参加だ。実行委員からはかなり粘られたが、目立ちたくない裕哉は去年も出ていなかったし香奈子も真由美も啓輔も今年はちょっとした使命があるために拒否。四人の辞退は周囲に落胆を与えた。
しかし、生徒会が出るというだけで盛り上がりは十分。コンテストのある時間帯はほとんどの者がステージに集中する。誰もが今年のミスコンを楽しみにしており、生徒達もコンテストのある時間帯は受付や売り子の当番とならないように押し付け合うという、小さくも切実な闘いがあった。
香奈子と真由美、そして裕哉の参加しないミスコンは沙希にとってあまり興味のあるものではなく、よってこの時間の受付を引き受けている。
「暇だなぁ…」
沙希は小さく呟いた。想像はついていたとはいえ、暇は暇だ。
来ると思っていた真由美も香奈子も顔を見せない。ミスコンの方へ行ってしまったのだろうか。それともサプライズイベントの準備?
結局何か教えてくれなかったなぁ、と机に頬杖をついたときだった。
誰かが教室の扉を開ける音。
「いらっしゃいま…」
反射的に笑顔を浮かべて発せられかけた言葉が途切れる。
「え…?」
かたりと、沙希が座った椅子が鳴る音がその場に響いた。




