ミルクドレスの秘密
僕は植物園で一人ベンチに座っていた。
というのも一人とは当たり前でそれは深夜だったから。
なぜ、こんな所に忍び込んだのかは自分でも分からない。
ジャンパーの前のチャックを上まで上げるとため息をつく。
「なにしてるの?」
唐突に少女の声が聞こえ、僕は驚いてそちらを見る。
・・・15、6才だろうか。
少し雑に切ってあるボブカット。
白いシンプルなドレスの少女。
「こんな所で何をしてるの?」
また少女が言う。
少しつり目の瞳が猫のように光る。
「君こそ、こんな所で何を?」
僕は聞き返した。
「あなたと同じ理由よ」
そう言うと後ろ手に持っていたらしいナイフを取り出す。
「あたし、人を殺したの」月明かりの中、白いドレスが光る。
「なんだって?じゃあ僕も人を殺したと?」
そう言う僕に
「冗談よ」
と、少女は言いながら僕の横に腰を下ろした。
「あなたに人を殺す度胸なんてなさそうだもんねぇ」
くすくす笑う。
「君の話しは本当?」
「昨日、あそこから出てきたの。許せない人がいたから」
あそことは一体どこだろう?
僕は少女の突飛な発言からもしかしたらそれは精神病院でないかと疑っていた。
「こんなドレス、もう見たくなかったのに、あいつはいつまであたしを人形にしておくつもりかしらね」
「あいつって誰?」
少女がこちらを見る。
「父親よ。あそこに入る前に毎晩あたしを玩具にして・・・あげくの果てに家から追放してあそこに入れたの。だから殺したの。あたしに一番似合うと言ったこのドレスのままで」
なんとなく話が見えてきた。
すなわち彼女は父親からおそらく性的暴力を受けていて・・・反発し出した娘を精神病者として病院に放り込んだのだろう。確かにひどい話だ。
それにしてもこの少女は・・・物の言い方、佇まい、しかしどこか儚げなその表情。
僕の理想にぴったりだった。
いや、何かが欠けている。
いや、満ちていると言ったほうが正しいかもしれない。・・・まぁ、こういう時はこんな子のほうが楽しいかもしれない。
僕は僅かに笑う。
「夜の植物園というのもなかなか乙だね」
「おつ?」
少女は本当に意味が分からないようだ。
そんな少女からふと目線をずらすと大分、離れた所にドーム型の建物があった。
「あれはなんだろうね」
「言ったら温室よ。温かい所に生えてる植物があるの」
「バナナとか?」
僕がそう聞くと少女はなぜかおかしそうに笑った。
「そう、バナナとか」
あまりこういう場所に来たことはないが結構、色んなものがあるもんなんだな。
「少し歩いて来るよ」
僕は少女を残しその場を後にしたが、少女は構わず数歩後ろを着いてきた。
ジャンパーのチャックをまた上まで上げ直す。
しばらく歩くと広場に出た。
そこにはアーチ状の噴水があった。
無造作な風に設計されたようにも見える、端から端まで高さの違う段で成っており個々、それぞれ水がチョロチョロ染み出すように出ていた。
そのアーチの後ろ側から、おそらく薔薇だろうか?が垣間見えていた。
月明かりの下で見ていると本当に綺麗だ。
「僕のことは殺さないの」
唐突に口にした。
「あなたを殺す理由がないから」
少女は言う。
背中の方に少女の気配を感じる。
ナイフを持った人間を背後にし、冷静でいられる自分は少しおかしいかもしれない。
しばらくそのままの態勢でいる。
心臓がとくとくなる。
少女の方に向き直ろうとした時、まばゆい光りに照らされた。
「何をしている?」
男の声だ。
懐中電灯を持っていると言うことは警備員だろう。
僕は少女の瞳に訴えた。
“君はもう一人殺しているんだろう?だったらこいつも殺すべきじゃないか?”
少女の瞳が揺らぐ。
明らかに動揺していた彼女だがナイフを握り直した。
そのまま警備員に体当たりする。
懐中電灯が転がる。
少女に血液がかかる。
それを見て彼女は
絶叫した。
分かってたよ。
君は嘘をついていた。
そうじゃないと君の着ているミルクドレスはとっくに血に染まっていたはずだ。
本当に君が父親を殺していたなら。
初めて人を殺め、取り乱していた少女の肩に手をかけた。
「少し、休むといいよ」
少女は泣きじゃくる。
少女に脱いだジャンパーを被せると少女をおぶる。
すぐに少女は眠りに落ちる。
もうすぐだ、僕の理想の少女。
僕のTシャツは乾いた血が付着していた。
そう、君は知らなかった。
僕がネクロフィリアだってことは。